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高橋啓泰の声をもフレーズの一部のようにミックスしたドリーミーかつサイケデリックなサウンドスケープは前作の延長線上にあるものだが、レコーディングに全面参加したKeityこと田口恵人によるメロディックかつグルーヴィなベースが楽曲に躍動感を与え、これまで以上にライブを感じさせる内容に仕上がっている。中国のレーベルWeary Bird Records(Taihe Music Group)と契約を交わすなど、これまで以上にグローバルな展開を進める彼らにアルバム制作についてじっくりと話を聞いた。
─今作『Afterglow』は、2019 年にリリースされた前作『location』からEP『silver rain』を経ての通算4枚目のオリジナルアルバムです。この間バンドは中国のレーベルWeary Bird Records(Taihe Music Group)と契約を交わし、本国でのツアーも行いました。実際に現地での手応えはどのようなものでしたか?
高橋啓泰:中国ツアーは向こうのスタッフからオファーをいただき実現したのですが、会場はどこも渋谷 CLUB QUATTROや恵比寿LIQUIDROOMくらいのキャパだしワンマンだったので、集客など大丈夫かなという不安もありました。中国の情報ってなかなか日本にも入ってこないですし。でも、実際にやってみたら本当にたくさんの人が観に来てくれて。しかもライブを重ねていくうちに口コミで広がったのか、少しずつお客さんが増えていったんです。それは素直に嬉しかったし、単発ではなくツアーで行くメリットを強く感じましたね。
─中国は何カ所くらい回ったのですか?
高橋:7カ所です。初雪が降りしきる北京公演から始まって、最終公演の広州はちょっと暑いくらいで。中国という国の広大さを実感する事もできましたね。
とまそん:中国のお客さんって、凄くエモーショナルというか、感情を表に出してくれる人が多くてライブがものすごく盛り上がったんです。僕らの音楽の楽しみ方として、日本でライブをやると結構じっくり聴き込んでくれる人が多い印象ですが、音楽に身を任せ、踊ったり手を上げたりしながら楽しんでくれていました。そういうリアクションはすごく嬉しかったし、日本語であるにもかかわらず、歌詞の意味なども調べてくれているようだったのも感動しましたね。僕らにとっては、一つの自信につながるツアーだったんじゃないかな。
中国のファンの反響
─中国ではどんなふうに受け止められているのでしょう。
松浦:例えば「Bloody Mary Girl」(『location』収録)という曲は、ちょっとオリエンタルなテイストがあるんですよ。現地スタッフによれば、鳴っているシンセの音も、中国のある都市で夕方に鳴るチャイムの音に似ているらしくて(笑)。きっと僕らの音楽には、ちょっと言葉にできないような感覚というか。郷愁を誘う感じがあるのかもしれないですね。僕ら基本的には日本語で歌っているんですけど、歌も音色の一部みたいな。それが「シーハーズらしさ」につながっているし、ちょっとインストバンドを聴いているような感覚もあるんじゃないのかなと思います。ライブ会場にtoeのTシャツを着た人もいたし(笑)。
─へえ!
松浦:それと、ちょうど僕らが中国へ行った頃辺りから、レコードプレーヤーが普及し、流行り始めたみたいで、物販として持っていったアナログレコードもすごく評判良かったんです。ライブでも感じたけど、熱量というか「音楽に対する貪欲さ」が、僕らを初心に帰らせたりもしてくれてすごく新鮮なツアーでした。
─そもそも中国のレーベルからは、どんなふうにアプローチがあったのでしょうか。
松浦大樹:ホームページからDMをもらいました。2018年にリリースした『SPIRAL』という5曲入りのCDで、初めてシーハーズとしてのブランディングというか、音楽やアートワークなど全てがをリンクさせることができたと思えたんです。そのときに日本より早く反応してくれたのが、北京のWearyBirdRecordだったんです。その頃は僕らも、「自分たちの音楽が届く場所って一体どこにあるんだろう?」と思っていたタイミングだったので、すごく嬉しかったですね。
とまそん:『stereochrome』の時とはメンバーも変わって、そこでバンドも一新したというか。「ここから始まった」感はすごくあったんですよ。バンド全体の歴史でいうと、結成からかれこれ10年が経つのですが、自分たちとしてはかなりフレッシュな気持ちでいますね。
松浦:しかも、どんどん楽しくなっている感じはあるよね。もちろんそれは、自分たちの向かうべき方向性が定まってきたのも大きい。
高橋:大樹が言ったように、『SPIRAL』あたりからアートワークを含めていろんなものを一つひとつ見直すモードに入っていて、それが届くところにはちゃんと届いていることに大きな手応えを感じているし、今後しばらくはその延長線上で広げていけたらいいなと思ってやっていますね。
浮遊感と強靭なグルーヴ
─中国で受け取った熱量は、新作『Afterglow』の制作にも影響を与えましたか?
高橋:最初はそのつもりでした。『location』のリリース後に中国ツアーに出て、帰国して「さあ、ここから日本でもライブをやって「新しい僕ら』を見てもらおう」と思った矢先にコロナ禍が始まり、ライブが全てなくなってしまったんです。そのもどかしさをどこかで常に感じながら、ステイホーム期間に制作していたアルバムなので、ライブの勢いを封じ込めたアッパーな内容というよりは、『location』での手応えを確かめながら、その延長線上でじっくりと作り上げたアルバムになりましたね。実際、作り方も『location』とほとんど同じでしたし。
ただ、コロナ禍で自分自身のDTMのスキルはかなり上がったと思っています。『location』の時はまだ打ち込みとか全然できていなかったんですけど、そこからしっかり覚えていったおかげでシンセのアプローチなどもどんどん変わってきて。それは自分的にもかなり大きかったですね。やれることもどんどん増えてきているので、あのステイホーム期間がもしなかったら、今とは全く違っていただろうなと思っています。
松浦:コロナ禍で、メンタル的にやられちゃっている周りのアーティストもたくさんいたし「啓泰は大丈夫かな……?」と心配もしていたのですが、めちゃめちゃ精力的に曲作りをしていたのでホッとしたのを覚えています。
高橋:今回は、トロ・イ・モアやクルアンビンのような、R&Bやソウル、アンビエントなどの要素を感じつつ、ベースにはロックミュージックがあるような音楽を聴きつつ曲作りをしていたので、その辺りの音楽に自分ではかなりインスパイアされていたつもりなんですけど、実際に出来上がったのはそれとはまた全然違ったテイストになっていましたね(笑)。
─確かに言われてみれば、ギターのエコー処理やベースのグルーヴ感などクルアンビンっぽさは感じますね。
高橋:「Wolves」とかはそうかも知れない。今、シーハーズのライブでサポートをしてくれているLUCKY TAPESのベーシストKeity(田口恵人)が、最初にレコーディングに参加してくれたのがこの曲で、彼のベースが入ったときに「こんなに曲の雰囲気が変わるんだ!」とびっくりしたのを覚えています。
─高橋さんが上げてきたトラックに対してお二人はどのようなアプローチをしたのですか?
松浦:僕自身は昨年リリースされたアーロ・パークスの『Collapsed In Sunbeams』や、ジョーダン・ラケイの『What We Call Life』みたいな、ジャズやソウルにオルタナティブをクロスオーバーさせたようなサウンドに触発され、そういう要素を取り入れたいと思っていました。Keityはブルースやソウルが大好きで、今回全曲レコーディングに参加してもらってて、今言ったような音楽やタイム感をリファレンスに、弾いてもらいました。それがめちゃハマったというか、シーハーズが持っているもともとの浮遊感にビートミュージックの強靭なグルーヴを混ぜられたので、自分でもかなり満足していますね。
─ということは、今回とまそんさんはベースは弾いていないんですね。
とまそん:僕はKeityみたいなベースは弾けないし、そういうベースが必要だったら弾ける人が弾けばいいなと思うんですよ。昔の自分だったら、そこにプライドやこだわりみたいなものもあったと思うんですけど、今はチームとしていい作品ができればそれでいいという考え方にシフトしました。今回ベースはKeityに任せて自分はシンセを弾いたり、ライブだったらマニュピレーターに回ったりしようと。
松浦:とまそんは、ライブではステージ中のエンジニアリングも手掛けているし、シンセも弾くし中国語も話せるし(笑)。
「映像を文字にしている感覚に近い」
─高橋さんがメロディを作り、とまそんさんと松浦さんが歌詞を書く、その土台さえしっかりしていれば、あとはサポートメンバーが参加したり、楽器を持ち替えたりしながら流動的に音楽を作ったとしても、それは「シーハーズ」の音楽として成り立つ自信があるからこそ、今おっしゃったようなアプローチができるのでしょうね。
高橋:そう思います。
松浦:曲によってバイオリン、パーカッション、サックスも入ってます。数年前に Rhyeのライブを観に行って、そのときにトロンボーン奏者が曲によってはギターを弾いたりしているのを観て「これだ」と思ったんですよ。マイク・ミロシュ(Vo)がステージからいなくなってインストが始まったりもしていて。「こういうの、シーハーズでもやりてえ!」と思ったんですよね。音源はすごく静謐なのに、ライブはめちゃくちゃ躍動感があるところもかなりインスパイアされています。ボン・イヴェールとかもそうですよね。
─確かに。
松浦:正直、これまでのシーハーズはそういうフィジカルの部分が弱かったところもあったんですけど、Keityが参加してくれたり、他にもサポートメンバーが流動的に加わってくれたりしたおかげで、自分達が思い描いていたイメージにかなり近づいてきている気はしています。
─今回とまそんさんと松浦さんは、歌詞をどのように作っていったのでしょうか。
とまそん:最初から最後までストーリーを組み立てていくというよりは、まずメロディに合う言葉を選んでから、それを並べてパズルのように言葉を埋めていく作り方でした。同じ意味の言葉でも、「k」で始まるのか「s」で始まるのかで響きが全く違うしメロディの印象にも影響を与えるので、その辺りのセレクトにはものすごく時間をかけましたね。
松浦:僕の場合はまずテーマを先に決めることが多いですね。例えば「Arrows」という曲は、デモトラックを聴いたときに母親の胎内にいるイメージが湧いてきたので「生命」について書こうと思いました。テーマは大抵2、3個設定していて、「Arrows」の場合は「生命」の他に「愛」や「喜び」というキーワードがあって、そこから映画のプロットを組み立てていくみたいな感じで長い文章を書くんです。で、その中から特に心を動かされたチャプターを選び、さらにディテールを描きこんで歌詞に落とし込んでいく。映像を文字にしている感覚に近いかも知れないです。
怖さや緊張感、その狭間にある「美しさ」
─そういう、二人の作詞におけるプロセスの違いは歌っていても感じますか?
高橋:感じますね。とまそんの書く歌詞は、全く違和感なくメロディと馴染んでいく感覚があるんですけど、大樹の歌詞は言葉遊びに特徴があって、自分が考えたメロディと合わさったときにより強い訴求力を持つというか。その違いは歌っていてすごく面白いです。
松浦:言葉のチョイスや、メロディ1音の中に言葉をどう乗せていくのか? みたいなフロウのこだわりは、自分では宇多田ヒカルの影響が強いと思っています。ほんと、とまそんの歌詞と自分の歌詞はチョコとバニラくらいの違いがあるので、シーハーズの世界観はそれが混じり合ったソフトクリームみたいな感じなんじゃないですかね(笑)。
─なるほど、いい喩えですね。アルバムのアートワークもとても印象的です。
松浦:実はこれビニールハウスなんですよ。今までのシーハーズのアートワークをずっと手掛けてくれている小林光大に今回もお願いしたのですが、なんていうか、繭の中から人間が孵化しているみたいに見えないですか?(笑) アフターコロナの世界に生まれた新しい生命みたいな、そんなイメージにすら感じられる。
─言われてみれば、そんなふうにも見えてきます。
松浦:先の未来が希望に満ちているのか、それとも絶望が待っているのか分からないけど、そういう怖さや緊張感、その中や狭間にある「美しさ」みたいなものは、今後も表現していきたいなと思っています。
<INFORMATION>

『Afterglow』
She Her Her Hers
FRIENDSHIP.
発売中
1. Diagram X
2. Imaginary line
3. SONAR
4. Arrows
5. Wolves
6. Mermaid
7. After a Moment
8. Little while
She Her Her Hers "Afterglow" Release Tour
4月21日(木)大阪・CONPASS
4月24日(日)東京・ADRIFT
http://sheherherhers.com/