ガール・イン・レッド(girl in red)待望の2ndアルバム『I'M DOING IT AGAIN BABY!』がリリースされた。ソールドアウトの大盛況となった昨年の初来日を経て、今夏のフジロックに出演が決定。
『I'M DOING IT AGAIN BABY!』のリードシングル「Too Much」
苦しみがなければアートは成立しないのか?
1stアルバム『if I could make it go quiet』の成功を受けて少なからぬ期待が寄せられる新作に着手するにあたり、過去にも数多の表現者が向き合ってきたこのミリオン・ダラー・クエスチョンに大いに悩まされたのが、我らがガール・イン・レッドことマリー・ウルヴェンである。ノルウェーの首都オスロ郊外の町ホーテン出身、”Girl in Red”の名義でマリーが、当初はノルウェー語の、その後英語の自作曲をSoundCloudにアップし始めたのは、約10年前のこと。フィルターなしのざっくばらんな語り口で、自身のメンタルヘルスを堀り下げ、クィア・コミュニティの一員であることをオープンにして恋愛を論じる彼女の曲は国内外で注目を浴び、Z世代の熱狂的な支持を勝ち取ってきたことは、今や説明するまでもないだろう。
2010年代後半を通じてリリースを重ねる一方、BBC Sound of 2021の候補に挙がるなどして着々と存在感を高め、満を持して2021年春に『if I could make it go quiet』を発表。開口一番、”セロトニンが低下しちゃってる”と吐露する同アルバムでは主に、鬱に傾きがちな自身のメンタルヘルスにフォーカスしたマリーはメディアの称賛を浴び、ノルウェーのグラミー賞にあたるスペルマン賞で史上最多の7部門にノミネートされると、アルバム・オブ・ジ・イヤー、ベスト・アーティスト、ソングライター・オブ・ジ・イヤー賞の3冠を達成。昨年1月には初来日も実現し、大阪と東京での公演を売り切るのだが、日本滞在中に行なった本誌とのインタビューで新作の進行具合を訊ねた際、次のように語っていたものだ。
「ここにきて自分にとってソングライティングが何を意味するのか、ちょっと見えなくなってきたというのが正直な気持ち。これまでに色んなテーマで、自分の体験をたくさんの曲に綴ってきたわけだけど、もうすぐ24歳になるし(※編注:今年2月16日に25歳の誕生日を迎えた)、最近は人間として少し安定してきて、当分まったり過ごしていたい気分で。そういう生活のモードがソングライティングにも浸透しつつあって、何を書いていいのか分からなくなってるっていうか」。
そう、『if I could make it go quiet(これを黙らせることができるとしたら)』を「it would feel like this(こういう気分なのかも)」と題されたインスト曲で結んだことが示唆しているように、精神的にどん底にあった自分の中からノイズを一掃し、一旦空っぽの静謐な状態に到達した彼女。ライブをやれば世界中どこでもソールドアウトになるし、2021年の『Happier Than Ever World Tour』でサポートしたビリー・アイリッシュに次いで、憧れのテイラー・スウィフトの『The Eras Tour』にも北米7公演のオープニング・アクトに指名され、同様にグローバルなブレイクを果たしたオーロラとシグリッド共々ノルウェーを代表するアーティストと見做されるようになった。
だがあれから1年と少しが経過し、無事に届いた2ndアルバム『I'M DOING IT AGAIN BABY!』を聞く限り、苦しみではなくハピネスやエキサイトメントに根差した音楽も、同等に有効で意味があるのだと会得したようだ。前作に付きまとっていた痛々しさは払拭され、”またやっちゃうよ、ベイビー!”というゴキゲンな看板に偽りはなく、これまで以上に美しいメロディと時に甘くセンシュアルな歌声で、オプティミスティックかつロマンティックとさえ言い表せる曲の数々を披露している。
ハピネスとサッドネスが同居する最新モード
ちなみに本作は1st発表後に契約したメジャー・レーベル、コロンビア・レコーズからのリリースであり、マリーにはロンドンやLAでヒットメイカーたちとレコーディングするという選択肢もあったはず。しかし彼女は故郷に戻り、1stと同じマティアス・テレスとの共作・共同プロデュースを選び、共にマルチ・インストゥルメンタリストであるふたりでほとんどの楽器を自らプレイして、10の収録曲を作り上げた。マティアスと言えばノルウェーきってのミュージック・シティであるベルゲンの、2010年代以降のインディ・シーンに深く関わってきたキーパーソン。ソロ活動を経て、ヤング・ドリームズを率いる傍らプロデューサー/ミキサーとしてソンドレ・ラルケ、カックマダファッカ、ボーイ・パブロ、ラジカといった地元アーティストを支え、最近ではa-haの最新作『True North』のミックスを手掛けたり、メイジー・ピーターズやグレイシー・エイブラムスら英米のミュージシャンともコラボし、着々と知名度を上げていた。
マティアス・テレス関連作をまとめたプレイリスト
”クリエイティヴなソウルメイト”と本作にクレジットされているそんなマティアスとマリーは、1stでは、宅録時代のインティメートな感触を維持しつつ、インディ・ロックとR&B、エレクトロ・ポップ、フォークが重なり合う、いたって2020年代的なジャンルレスなプロダクションを志向。今回もジャンルミックスとインティマシーという柱を引き継ぎ、どことなくアメリカ寄りだった前作に対し、UKポストパンクから、”スカンディ・ポップ”と総称された90年代以降の北欧産インディ・ミュージックまで、ヨーロッパ由来の嗜好に軸足をシフト。前述したオプティミスティックさとロマンティックさをサウンドにも反映させている。それを象徴するのが、全編で聞こえる輪郭をぼかしたノスタルジックなピアノの響きだ。”帰って来たよ~”と手を振っている冒頭の「Im Back」然りで、この曲でマリーは近況を説明しながら、またもや精神的に危なっかしい時期があったこと、でも助けを得て克服し、今は絶好調であること、アップもダウンもあるという人生の摂理を受け入れたことを、我々に報告する。
また「Phantom Pain」や「A Night To Remember」といった曇りのないラヴソングも、『if I could make it go quiet』からは聞こえなかった種類の曲だ。前者はストリングスの壮麗なイントロが予告する通り、まさにトゥーマッチなラヴをなみなみと湛えて、後者はまるで映画のシナリオのような恋物語を描き出す。そう言えば、かれこれ7年ほど前にマリーがあっけらかんと”I Wanna Be Your Girlfriend”と歌った時には、まだまだ女性アーティストが恋愛対象に女性形の人称代名詞を用いることに衝撃があったが、もはやなんら驚きがないのは隔世の感と評するよりほかないだろう。
これら2曲に挿まれた80s風味のロック・チューン「You Need Me Now?」は逆にブレイクアップ・ソングなのだが、ここにも暗さはない。彼女と同じく『THE ERAS TOUR』で前座を務めたサブリナ・カーペンターをゲストに迎えて自分の言い分をまくしたてるマリーは、ハートブレイクの悲しみより、パワーを奪還した解放感を強調。最新作『Emails I Cant Send』に至ってディズニー・チャンネル出身のアイドルから面白いアーティストへと脱皮したサブリナも、出番は少ないながらインパクトは絶大だ。
と同時に、フラジャイルな部分が完全になくなったわけではない。ささいなきっかけで自己肯定感や自尊心は簡単に瓦解してしまう。例えば古典的バラードに仕立てた「Pick Me」。ひとりの女性を男性と取り合いながら、みるみるうちに自信を失っていく彼女は、不穏なムードの「Ugly Side」で改めてメンタルヘルスと向き合い、自分を”ジキルとハイド”と呼んで、ハイド氏の影におののいている。そして、”If I could make them all go quiet, thatd be SOMETHING!(黙らせることができるならたいしたもんだね!)”と1stのタイトルを引用し、一旦止んだはずのノイズが今もどこか自分の深い部分で鳴っていることを認めているのである。
この「Ugly Side」のあと、さらにもうひとつハートブレイクにまつわる切ない曲「New Love」を経て、本作はフィナーレに向かう。ラストソングは、ハピネスとサッドネスが等しく曲作りの理由になることを自分に証明してきた、それまでの9曲と全く趣を異にする『★★★★★』だ。ここではインダストリアル・ノイズで音楽業界を工場になぞらえて、ソングライターとしてそんな世界で感じるプレッシャーを歌っているらしく、”よっぽどうぬぼれてない限りこの業界にはいられない”とマリーは茶化す。それでもやめられない自分を笑い、ちゃっかり5つ星を与えて、”Can I do it again?(またやってもいい?)”と繰り返し問いながらアルバムを締め括る彼女に伝えてあげたい、”Yes, you can!”と。
ガール・イン・レッド
『IM DOING IT AGAIN BABY!』
輸入盤&配信アルバム:2024年4月12日(金)発売
再生・購入:https://GirlInRedJP.lnk.to/imdoingitagainbabyRS
※国内盤発売日:2024年7月発売予定
FUJI ROCK FESTIVAL'24
2024年7月26日(金)27日(土)28日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※ガール・イン・レッドは7月27日(土)出演
フジロック公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/
シンガーソングライターとして大きな成長を遂げた彼女の最新モードを、音楽ライター・新谷洋子に解説してもらった。
『I'M DOING IT AGAIN BABY!』のリードシングル「Too Much」
苦しみがなければアートは成立しないのか?
1stアルバム『if I could make it go quiet』の成功を受けて少なからぬ期待が寄せられる新作に着手するにあたり、過去にも数多の表現者が向き合ってきたこのミリオン・ダラー・クエスチョンに大いに悩まされたのが、我らがガール・イン・レッドことマリー・ウルヴェンである。ノルウェーの首都オスロ郊外の町ホーテン出身、”Girl in Red”の名義でマリーが、当初はノルウェー語の、その後英語の自作曲をSoundCloudにアップし始めたのは、約10年前のこと。フィルターなしのざっくばらんな語り口で、自身のメンタルヘルスを堀り下げ、クィア・コミュニティの一員であることをオープンにして恋愛を論じる彼女の曲は国内外で注目を浴び、Z世代の熱狂的な支持を勝ち取ってきたことは、今や説明するまでもないだろう。
2010年代後半を通じてリリースを重ねる一方、BBC Sound of 2021の候補に挙がるなどして着々と存在感を高め、満を持して2021年春に『if I could make it go quiet』を発表。開口一番、”セロトニンが低下しちゃってる”と吐露する同アルバムでは主に、鬱に傾きがちな自身のメンタルヘルスにフォーカスしたマリーはメディアの称賛を浴び、ノルウェーのグラミー賞にあたるスペルマン賞で史上最多の7部門にノミネートされると、アルバム・オブ・ジ・イヤー、ベスト・アーティスト、ソングライター・オブ・ジ・イヤー賞の3冠を達成。昨年1月には初来日も実現し、大阪と東京での公演を売り切るのだが、日本滞在中に行なった本誌とのインタビューで新作の進行具合を訊ねた際、次のように語っていたものだ。
「ここにきて自分にとってソングライティングが何を意味するのか、ちょっと見えなくなってきたというのが正直な気持ち。これまでに色んなテーマで、自分の体験をたくさんの曲に綴ってきたわけだけど、もうすぐ24歳になるし(※編注:今年2月16日に25歳の誕生日を迎えた)、最近は人間として少し安定してきて、当分まったり過ごしていたい気分で。そういう生活のモードがソングライティングにも浸透しつつあって、何を書いていいのか分からなくなってるっていうか」。
そう、『if I could make it go quiet(これを黙らせることができるとしたら)』を「it would feel like this(こういう気分なのかも)」と題されたインスト曲で結んだことが示唆しているように、精神的にどん底にあった自分の中からノイズを一掃し、一旦空っぽの静謐な状態に到達した彼女。ライブをやれば世界中どこでもソールドアウトになるし、2021年の『Happier Than Ever World Tour』でサポートしたビリー・アイリッシュに次いで、憧れのテイラー・スウィフトの『The Eras Tour』にも北米7公演のオープニング・アクトに指名され、同様にグローバルなブレイクを果たしたオーロラとシグリッド共々ノルウェーを代表するアーティストと見做されるようになった。
つまりキャリアは順風満帆で、いざ新たに曲作りに着手してみると「”気分がいい”とか”楽しい”とかいった内容」の曲ばかり生まれたことに、それまでは心の重荷を軽くするためにソングライティングを用いていた彼女は、戸惑いを覚えている様子だった。
だがあれから1年と少しが経過し、無事に届いた2ndアルバム『I'M DOING IT AGAIN BABY!』を聞く限り、苦しみではなくハピネスやエキサイトメントに根差した音楽も、同等に有効で意味があるのだと会得したようだ。前作に付きまとっていた痛々しさは払拭され、”またやっちゃうよ、ベイビー!”というゴキゲンな看板に偽りはなく、これまで以上に美しいメロディと時に甘くセンシュアルな歌声で、オプティミスティックかつロマンティックとさえ言い表せる曲の数々を披露している。
ハピネスとサッドネスが同居する最新モード
ちなみに本作は1st発表後に契約したメジャー・レーベル、コロンビア・レコーズからのリリースであり、マリーにはロンドンやLAでヒットメイカーたちとレコーディングするという選択肢もあったはず。しかし彼女は故郷に戻り、1stと同じマティアス・テレスとの共作・共同プロデュースを選び、共にマルチ・インストゥルメンタリストであるふたりでほとんどの楽器を自らプレイして、10の収録曲を作り上げた。マティアスと言えばノルウェーきってのミュージック・シティであるベルゲンの、2010年代以降のインディ・シーンに深く関わってきたキーパーソン。ソロ活動を経て、ヤング・ドリームズを率いる傍らプロデューサー/ミキサーとしてソンドレ・ラルケ、カックマダファッカ、ボーイ・パブロ、ラジカといった地元アーティストを支え、最近ではa-haの最新作『True North』のミックスを手掛けたり、メイジー・ピーターズやグレイシー・エイブラムスら英米のミュージシャンともコラボし、着々と知名度を上げていた。
マティアス・テレス関連作をまとめたプレイリスト
”クリエイティヴなソウルメイト”と本作にクレジットされているそんなマティアスとマリーは、1stでは、宅録時代のインティメートな感触を維持しつつ、インディ・ロックとR&B、エレクトロ・ポップ、フォークが重なり合う、いたって2020年代的なジャンルレスなプロダクションを志向。今回もジャンルミックスとインティマシーという柱を引き継ぎ、どことなくアメリカ寄りだった前作に対し、UKポストパンクから、”スカンディ・ポップ”と総称された90年代以降の北欧産インディ・ミュージックまで、ヨーロッパ由来の嗜好に軸足をシフト。前述したオプティミスティックさとロマンティックさをサウンドにも反映させている。それを象徴するのが、全編で聞こえる輪郭をぼかしたノスタルジックなピアノの響きだ。”帰って来たよ~”と手を振っている冒頭の「Im Back」然りで、この曲でマリーは近況を説明しながら、またもや精神的に危なっかしい時期があったこと、でも助けを得て克服し、今は絶好調であること、アップもダウンもあるという人生の摂理を受け入れたことを、我々に報告する。
そして続く「DOING IT AGAIN BABY」で世界に向かってその無敵でハイな気分を叫んでいる彼女には、「Too Much」によると、自分のハピネスにケチをつける人間はたとえパートナーであっても許せないのだ。
また「Phantom Pain」や「A Night To Remember」といった曇りのないラヴソングも、『if I could make it go quiet』からは聞こえなかった種類の曲だ。前者はストリングスの壮麗なイントロが予告する通り、まさにトゥーマッチなラヴをなみなみと湛えて、後者はまるで映画のシナリオのような恋物語を描き出す。そう言えば、かれこれ7年ほど前にマリーがあっけらかんと”I Wanna Be Your Girlfriend”と歌った時には、まだまだ女性アーティストが恋愛対象に女性形の人称代名詞を用いることに衝撃があったが、もはやなんら驚きがないのは隔世の感と評するよりほかないだろう。
これら2曲に挿まれた80s風味のロック・チューン「You Need Me Now?」は逆にブレイクアップ・ソングなのだが、ここにも暗さはない。彼女と同じく『THE ERAS TOUR』で前座を務めたサブリナ・カーペンターをゲストに迎えて自分の言い分をまくしたてるマリーは、ハートブレイクの悲しみより、パワーを奪還した解放感を強調。最新作『Emails I Cant Send』に至ってディズニー・チャンネル出身のアイドルから面白いアーティストへと脱皮したサブリナも、出番は少ないながらインパクトは絶大だ。
と同時に、フラジャイルな部分が完全になくなったわけではない。ささいなきっかけで自己肯定感や自尊心は簡単に瓦解してしまう。例えば古典的バラードに仕立てた「Pick Me」。ひとりの女性を男性と取り合いながら、みるみるうちに自信を失っていく彼女は、不穏なムードの「Ugly Side」で改めてメンタルヘルスと向き合い、自分を”ジキルとハイド”と呼んで、ハイド氏の影におののいている。そして、”If I could make them all go quiet, thatd be SOMETHING!(黙らせることができるならたいしたもんだね!)”と1stのタイトルを引用し、一旦止んだはずのノイズが今もどこか自分の深い部分で鳴っていることを認めているのである。
この「Ugly Side」のあと、さらにもうひとつハートブレイクにまつわる切ない曲「New Love」を経て、本作はフィナーレに向かう。ラストソングは、ハピネスとサッドネスが等しく曲作りの理由になることを自分に証明してきた、それまでの9曲と全く趣を異にする『★★★★★』だ。ここではインダストリアル・ノイズで音楽業界を工場になぞらえて、ソングライターとしてそんな世界で感じるプレッシャーを歌っているらしく、”よっぽどうぬぼれてない限りこの業界にはいられない”とマリーは茶化す。それでもやめられない自分を笑い、ちゃっかり5つ星を与えて、”Can I do it again?(またやってもいい?)”と繰り返し問いながらアルバムを締め括る彼女に伝えてあげたい、”Yes, you can!”と。
ガール・イン・レッド
『IM DOING IT AGAIN BABY!』
輸入盤&配信アルバム:2024年4月12日(金)発売
再生・購入:https://GirlInRedJP.lnk.to/imdoingitagainbabyRS
※国内盤発売日:2024年7月発売予定
FUJI ROCK FESTIVAL'24
2024年7月26日(金)27日(土)28日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※ガール・イン・レッドは7月27日(土)出演
フジロック公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/
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