勢いに乗るトミー・リッチマンは、先日新たなシングル「DEVIL IS A LIE」をリリース。ファルセットを多用したヴォーカルやファンクの要素は「MILLION DOLLAR BABY」と同様だが、トラップ的な要素はなくまた異なる一面を覗かせていた。これは現行メインストリームど真ん中の音というよりは、2000年代にザ・ネプチューンズが取り組んでいたようなスタイルと近いものだ。
ノー・ジャンルなスタンスの中でファンクやR&Bを一つの軸に
「MILLION DOLLAR BABY」で突如大ブレイクを掴んだトミー・リッチマンだが、そのキャリアは急に始まったものではない。初リリースは2016年のシングル「Ballin Stalin」で、その後も精力的にシングルを発表。2022年にはEP『Paycheck』とアルバム『ALLIGATOR』、2023年にはEP「THE RUSH」をリリースしている。また、2023年にはR&Bシンガーのブレント・ファイヤズが立ち上げたレーベルのISOスプレマシーと契約しており、ブレント・ファイヤズのアルバム『Larger Than Life』収録の「Upsest」に客演も行っている。初リリースから数えればキャリア8年、積み上げてきたものがあるアーティストなのである。
「MILLION DOLLAR BABY」と最新シングル「DEVIL IS A LIE」はファンキーな路線だったが、これまでの作品で聴かせてきたスタイルはそれだけではない。初リリースの「Ballin Stalin」は暖かいホーンとタイトなドラムを使ったブーンバップだったし、曲によってはパンクなどの要素もある。ヴォーカル面でもR&Bシンガー的な歌い方だけではなく、ラップやロック文脈のシャウトも聴かせる多才なアーティストだ。
SoundCloudラップのシーンとヴァージニアの地域性
トラップ、ブーンバップ、R&B、パンク……トミー・リッチマンが挑んできたスタイルを並べてみると、いわゆる「SoundCloudラップ」と呼ばれているシーンで人気を集めるスタイルとある程度重なっていることに気付く。例えばSoundCloudラップを代表するラッパーの一人のXXXテンタシオンは、トラップの「Look At Me!」やブーンバップの「Riot」のような曲に挑みつつ、トラヴィス・バーカーとの共作もたびたび行っていた。歌とラップ、シャウトを自在に使うヴォーカルスタイルもトミー・リッチマンと共通するものだ。また、トミー・リッチマンの現時点での唯一のアルバム『ALLIGATOR0』収録の「NET WURTH」では、トリッピー・レッド「Miss the Rage」に代表されるSoundCloudラップ発のサブジャンル「レイジ」的なシンセを導入している。2000年生まれのトミー・リッチマンはソーフェイゴやイートといった現行SoundCloudラップシーンの中心人物たちと同世代であり、そのシーンからの影響も大いにあるのではないだろうか。「MILLION DOLLAR BABY」には、ケン・カーソンやリル・テッカなどを手掛けるプロデューサーのカヴィの名前もクレジットされており、人脈的にも共通している。
しかし、トミー・リッチマンの音楽はこういったSoundCloudラップ的な要素だけではなく、先述した通りR&Bやファンクの要素がキーとなっている。そのルーツを考えるのに重要なのが、トミー・リッチマンの出身地のヴァージニアのシーンだ。
ヴァージニアは、トミー・リッチマンと同じく「R&Bやファンクを軸にジャンルを横断する」スタイルの先駆者を多く輩出していた。例えばファレル・ウィリアムスは、ヒップホップやR&B作品をプロデュースしながらN.E.R.D.でロック的な路線にも挑んでいた人物だ。こういったクロスオーバー志向を持ちつつも、自身の作品では代表曲「Happy」などR&B寄りのスタイルが軸となっており、ダフト・パンクに客演した「Get Lucky」のようなファンクのヒット曲も持っている。
DMVの連帯を主導してきたブレント・ファイヤズ
リリカル・レモネードのインタビューでは、ファレル・ウィリアムスと並んでティンバランドの名前も挙げている。ティンバランドもアリーヤやジャスティン・ティンバーレイクの作品でR&B~ファンク名曲を多く生み出し、マグーと共にラップアルバムを出し、自身のソロ作ではワンリパブリックやフォール・アウト・ボーイと共にロック的なノリにも挑んでいた。「MILLION DOLLAR BABY」では「VA next(次はVA=ヴァージニアだ)」というラインが登場する。トミー・リッチマンの音楽はSoundCloudラップ世代らしい越境性を纏いつつも、地元のヴァージニアを背負っているのだ。
ヒップホップ/R&Bの分野において、ヴァージニアは地域として注目を集めたことはこれまでなかった地だ。しかし、先述したファレル・ウィリアムスやティンバランドのほか、トレイ・ソングスやミッシー・エリオットなどスーパースターはこれまでにも何人か生まれている。トミー・リッチマンはリリカル・レモネードのインタビューで、「ヴァージニアの音楽シーンについて思うことは、才能のある人たちはいっぱいいるんだけど、多くの人たちが門戸を閉ざしているように感じるということ。分断されていて、まとまっていないように感じる」と話している。
また、ヴァージニア(V)は、隣接する州のワシントンDC(D)とメリーランド(M)と合わせて「DMVエリア」と呼ばれている。それを踏まえると、メリーランド出身のブレント・ファイヤズがトミー・リッチマンをフックアップしたことはその大きな一歩だ。
トミー・リッチマンが「MILLION DOLLAR BABY」でのブレイク後にリリースした注目のシングル「DEVIL IS A LIE」は、先述した通りザ・ネプチューンズ風のサウンドだ。本人の地元に関する発言やブレント・ファイヤズの動きを思うと、この路線はDMVの系譜への自覚から生まれたものだろう。彼らの成功がDMVのシーンを切り開くことに繋がるのか、トミー・リッチマン本人の今後と共に要注目だ。

トミー・リッチマン
「DEVIL IS A LIE」
ISO Supremacy / PULSE Recordings
配信リンク:https://tommyrichman.ffm.to/DEVILISALIE

トミー・リッチマン
「MILLION DOLLAR BABY」
ISO Supremacy / PULSE Recordings
配信リンク:https://tommyrichman.ffm.to/milliondollarbaby