アニマル・コレクティヴのパンダ・ベア(Panda Bear)ことノア・レノックスが7枚目のソロ・アルバム『Sinister Grift』を2月28日に発表する。

単独のソロ名義作としては2019年の『Buoys』以来6年ぶりとなるが、記憶に新しいソニック・ブームとの共演作『Reset』とそのダブ・ミックス盤『Reset in Dub』を始め、アニマル・コレクテヴィウで制作した2枚のスタジオ・アルバム(『Time Skiffs』『Isn't It Now?』)やサウンドトラック、またジェイミーXXやフルームへの客演なども含めると、この間にリリースされた彼の関連作は数多に及ぶ。
そんな多忙にして充実した創作のサイクルのなかで制作された今作には、作業の起点を担ったディーケンことジョシュ・ディブを筆頭にアニマル・コレクティヴのメンバーのほか、昨年アルバム『Diamond Jubilee』が大きな注目を浴びたシンディー・リー、フィラデルフィアの気鋭スピリット・オブ・ザ・ビーハイヴのリヴカ・ラヴェデ、シンガー・ソングライターのキャス・マックームス、そして現在レノックスが暮らすポルトガルのリスボンの地元ミュージシャンら多彩な顔ぶれが参加。さらに、実の娘が一曲ボーカルと作詞を務めるなど、今作はパンダ・ベア史上もっとも「コレクティヴ」な作品になっている。

レコーディングではオーセンティックなロック・バンドを意識したセットが組まれ、生演奏を中心に作業が進められたという今作。そこには初期のバンド・スタイルに回帰したアニマル・コレクティヴの近作との繋がりが感じられる一方、ルーズだがポップでメロディアスな魅力が際立つソングライティング、お馴染みのレゲエのリズムやエコーの効いたダブのテクスチャーには、サンプルがメインだった音作りこそ対照的だが初期のロックンロールやオールド・ポップへの憧憬に導かれたソニック・ブームとの共演作『Reset』の反響、そして何よりパンダ・ベアという「音響作家」の一貫したトーン&マナーを聴きとることができる。とくに、ボッサとドローンのあわいを縫う「Left in the Cold」から、『Young Prayer』(2004年)も重なる弾き語りの悲痛なダーク・アンビエント「Elegy for Noah Lou」、シンディー・リーがギターを弾く燦々として惚けた「Defense」へと続く後半の展開は圧倒的だ。併せて、今作はパンダ・ベアのディスコグラフィのなかで最高の「ボーカル・アルバム」であることも特筆したい。

「このアルバムは、僕にとって新しいチャプターの2作目という感じなんだ」。今作についてそう語るレノックスの言葉はとても雄弁で、以下のインタビューからは彼が自身に訪れた「変化」に大きな手応えを感じていることが伝わってくる。アニマル・コレクティヴのデビューと同時期に発表された最初のアルバム『Panda Bear』から長い時間をへて、今再び何度目かのピークを迎えているパンダ・ベアの新たな音楽に、ぜひ耳を凝らしてほしい。

レゲエとカントリー、「Less is more」の感性

―今回の『Sinister Grift』はまず、これまでのあなたのソロ・アルバムのなかでもっとも「コレクティヴ」な作品だと言えると思います。他のアニマル・コレクティヴのメンバーや様々なゲスト・ミュージシャン、そしてあなたの娘さんまで参加していますね。

レノックス:すべてがゆっくりと、一歩一歩進んでいった感じだね。
始めるときに何か確かな計画があったわけではないんだ。リスボンの自宅近くに小さなスタジオを建てたばかりで、そこでやる最初の大きなプロジェクトがジョシュとだったらクールだな、と思ったんだ。ジョシュとは8歳の時に初めて一緒に音楽を録音して以来の仲なんだけど、最近はお互い会うことが少なくなっていたからね。とはいえ、最初はただ、変わったノイズやサウンドを録音していただけで、もっとカジュアルな感じだった。僕たちの人生における、音楽制作とレコーディングのストーリーは、本当に2人で一緒に始まったからね。4~5週間くらい一緒に過ごして、それが何かに繋がればいいなと思ったんだ。

―ジョシュは近年、一人の独立したソングライターとしてバンドの内外で個性を発揮している印象が強くあります。

レノックス:そうだね。ここ10年くらいで、ジョシュはレコーディングやプロデュース、エンジニアリングにおいて、ある種のシグネチャー・サウンドを確立したと感じる。また、彼は音楽に対するある種の視点というか、音楽に関して重要なことなど僕とは異なるものを持っていて、特にこの音楽に関してはいいコンビになると思ったんだ。実際、このアルバムでは、彼が音楽で本当に反応するようなものをフィーチャーしている。歌詞とメロディー、そして歌声へのこだわりとかね。
彼は音楽を歌詞で表現するような人だから、それがアルバムに反映されたんだ。このアルバムには、彼の視点がかなり取り入れられていると思うよ。

そして、ジョシュと一緒にやろうと決断したのと同時期に、ブライアン(・ウェイツ、ジオロジスト)に頼んで、サウンドパックのようなものを作ってもらった。フィーチャリングやリミックスなどをするときに、制作ツールとしてある種のサウンドが欲しくなることがよくあるんだ。自分では作れないようなサウンドとか、自分では提供できないようなフレーバーとかね。そしてそこから、ギター・ソロであれ、ノイズ・ソロであれ、曲のなかで特定の何かが必要だと感じる瞬間が少しずつ出てくるようになった。もちろん僕が曲を書いて、歌い、ドラムを叩き、ギターとベースを弾くんだけど、そうすると、この作品にはあまりにも「僕」が入りすぎていると感じた。だから、他のキャラクターが参加することで、曲の助けになると思ったんだ。ナジャ(レノックスの娘)もそう。そうして、すべてが一歩一歩ゆっくりと、徐々に多くの人を巻き込むものになっていった。でも、音楽の本当に素晴らしいところは、そういうところだと思う。人々をひとつにするってこと。


―今回の制作にあたって最初に考えていたのは、昔ながらのバンド・スタイルでレコーディングすること、典型的なロック・バンドのセットアップで生演奏することだったそうですね。あなたのソロでは珍しいアプローチだと思いますが、一方で、直近のアニマル・コレクティヴのアルバム『Isn't It Now?』はデビュー当時のような生楽器のバンド演奏に立ち返った作品でもありました。

レノックス:恐らくこれは、アニマル・コレクティヴがそのようなモードになっていることの直接的な結果だと思う。アニマル・コレクティヴでは、僕はドラムと歌だけの担当だけど、僕たちはとても自然なトーンの音楽をやることにすごく興奮していたんだ。楽器構成はとてもストレートなもので、エフェクトやシンセティックなサウンドはあまり入っていない。だから、たとえ変わった方法で演奏していたとしても、音楽の音色はすぐに認識できる。ある意味、実態があるような感じだ。『Sinister Grift』を作る前の5、6年間はそのようなやり方で仕事をしてきたし、そういうモードだった。これに先立って僕がやった2つのこと(『Time Skiffs』『Isn't It Now?』 )を見ればわかると思うし、今作はそのようなストーリーへの新たな一歩のような気がする。

―そのほか、今回の曲作りやプロダクションに関しては、具体的にどんなアイデアやコンセプトをもって作業を進めていったのでしょうか。

レノックス:オリジナルのアイデアは、ギター、ベース、ドラム、そして歌というストレートなセットアップで、その後、すべてをレコーディングで抽象化するというものだった。それでジョシュがリスボンに来たら、4~5週間かけてレコーディングする計画だった。
でも、結局次の6カ月間は、すべてを解体し、抽象化し、曲をバラバラにすることに費やした。それが顕著に表れているのが「Elegy for Noah Lou」という曲で、曲の内容はなんとなくわかるんだけど、実はこの曲には秘密のようなものが隠されているんだ。それに対して、残りの曲のほとんどは、僕が最初に持っていたようなヴィジョンを無理矢理押しつけるよりも、 なるべくしてそうなったという感じだった。だから、ただ始めてみて、2~3週間後に、アレンジを自分たちが本当に気に入るところまで持っていくのにとても時間を費やした。サウンドを編集し、造形していくことで、それ以上何も必要ないと感じるような方法をとった。こうして、この作品のアイデアは時間の経過とともにかなり変化していったんだ。でも、僕にとっては、自分が思ったとおりの結末にたどり着けるかどうかは、それほど重要なことではないんだ。いろんな意味で、人生と同じだと思う。子供たちにもいつも、「計画を持つことは大切だ」と言っている。「計画に忠実である必要はないけれど、少なくとも計画を持つべきだ」ってね。

パンダ・ベアが語る「新章」での変化、ソロ活動とアニマル・コレクティヴがもたらしたもの

Photo by Ian Witchell

―サンプリングが多く使われたソニック・ブームとの『Reset』と今作の生演奏を主体とした制作プロセスは対照的と言えますが、一方で、50~60年代のアメリカン・ミュージック/ポップスのテイストや、何よりダブの影響を受けた深いエコーと空間的な音作りなど、両作品の間には繋がりも聴き取ることができます。実際、『Reset』での経験やそこで得た何かしらが今作にフィードバックされた部分があるとするなら、それは何だと言えますか。


レノックス:初期のロックンロールの精神みたいなものは、『Reset』の多くの曲に直接関係していると思う。『Reset』では、僕が選んだサンプルを使って作り始めた曲も多いんだけど、それはピート(ピーター・ケンバー=ソニック・ブーム)が30~40トラック分のループを送ってくれたからなんだ。これらのサンプル・ループは、いつも僕が傾倒していたものなんだけど、50~60年代初期のロックンロールのようなものだった。とはいえ、それらの曲の多くは、最終的にはサンプルを取り除いて、自分たちがもともとやっていた基礎の残りの部分を続けたんだ。そのような精神性、音楽に対するスピリットは、この作品にも影響を与えていると思うよ。

ピートには、音楽を作る上での非常に独特なアプローチがあって、それが長い時間をかけて僕にも影響を与えてきたんだと思う。僕たちは音楽に対する感性、つまり「Less is more(少ないことは豊かなこと)」というか、 物事に対するミニマリスト的なアプローチを共有している。そしてそれは、どちらかというとミキシング的な側面に表れているかもしれない。もちろん、意見が分かれるところもあった。例えば、ピートはどんなサブ・ベースにも強く反対するんだ。彼はある一定の周波数帯域より下が嫌いで、音楽的でないと考えているんだけど、僕はそれには同意しない。でも、それも含めて共同作業の素晴らしいところだと思う。
自分とは違うポジションを考えざるを得ない、それは本当に貴重な経験だと思うんだ。

―今話してくれた「Less is more」という感性にも関わるところだと思いますが、今回の曲作りにあたっては、「黎明期の頃のポップスを改めて聴いて勉強した。より少ないものが多くを生み出す、という昔ながらの考え方に学んだ」というあなたの発言を資料で目にしました。具体的にどんな音楽やレコードからそれを学んだのか興味があります。

レノックス:これがそうだ、と言えるものはないかな。それは生涯を通じての進化のようなものだと思うし、終わりのない物語のようなもので、常に変化していくものなんだ。だからといって、ミニマルな音楽だけが好きというわけでもない。僕が本当に好きなもののなかには、マキシマルだと表現できるようなものもたくさんある。暗闇がないところに明るさはないように、最大限のものが最小限のものに影響を与えることもある。それに、何をマキシマルと呼ぶのか、何をミニマルと呼ぶのかにもよるよね。ただ、僕が何かを作っているときは、それ(ミニマル)が自然な感じなんだ。何かを加えることよりも、何かを取り除くことのほうが、より自分の行きたいところに近づけるような気がする。例えば、アニマル・コレクティヴの『Centipede Hz』のような、僕らがマキシマルのキックを発揮していた時期もあった。あのアルバムはとても気に入っているし、僕らにとってもあの時期が本当に好きだった。でも、一般的に、僕の視点がそうだとは言えないかな。

―そのあなたの視点から見た「Less is more」という感性に触れる音楽というと、どんなものが挙げられるのでしょうか。

レノックス:このアルバムの中には、僕が聴いている音楽のスタイルがとても強く感じられるものがあるんだけど、どれもその時(制作時)に僕が聴いていたものではなかった。でも、やはりさっきも言ったように、初期のロックンロール、そしてレゲエは特に好きだね。60年代後半から70年代前半のレゲエのプロダクション、アレンジのタイプは、『Sinister Grift』のほとんどの曲に感じられると思う。リズム・セクションというとベースやドラムを思い浮かべると思うけど、ギターはもっとリズム・プレイヤーに近い。ハーモニーというよりは、この3つが一緒になってアレンジのリズムの土台のようなものを作っているんだ。 実は、ピートが最初にこのことを僕に指摘してくれたんだけど、僕の音楽には常にパーカッシブな要素が加わっている。『Reset』でも少しやったけど、多くの曲にはグイロ(※ラテン音楽でよく使われる、ヒョウタンをくりぬいて刻みを入れた体鳴楽器)やシェイカーといったパーカッシブな要素がミックスに入っていて、それがドラム、ベース、そしてギターの土台に加わっているんだ。

それと、カントリー・ミュージック。このアルバムにはアメリカのカントリー・ミュージックみたいなものがたくさん入っている。そして、特にアメリカではクラシック・ロックと呼ばれているものもね。ゲス・フーとかバッドフィンガーとか、シン・リジィみたいな70年代のロックだね。高校生の頃、毎日のようにラジオを聴いていたんだけど、それは僕が住んでいたフィラデルフィア郊外のクラシック・ロック・ラジオ局だった。僕が音楽に対して持っているボキャブラリーのようなものが、そういうものにとてもインスパイアされているような気がするんだ。これらの音楽を聴いていたのは、ティーンエイジャーの時で、今の僕が形成される時期だった。これまでの僕の音楽では(その影響は)あまり出てこなかったんだけど、このアルバムではよく聴こえるんだ。なんで?って言われても答えられないんだけどさ。

シンディー・リーら共演陣との交流、リスボンとの繋がり

―今作で共演しているミュージシャンについても教えてください。まずは「Defense」でギターを弾いているシンディー・リーですが、ウィミン(Women)のメンバーだった頃からのファンだったと聞きました。どんなところに惹かれてオファーしたのでしょうか。

レノックス:パトリック(・フレーゲル)の音楽には、ある種のシンメトリー(対称性)があると感じた。特定のタイプのハーモニーに対する親和性だと思う。パトリックとそのことについて話したことはないけれど、おそらく僕らは同じような音楽が好きだと思うよ。ある曲のなかで、ちゃんとしたギター・ソロが欲しい瞬間があったんだ。僕にはそんなプレイはできないけど、パトリックが本当に素晴らしいギタリストだということは知っていた。『Diamond Jubilee』がリリースされる直前だったから、本当にラッキーだったと思う。(スケジュール的に)ちょうど滑り込んだって感じ。パトリックが持っているメロディックな感性に、僕はとても共感しているんだ。シンディー・リーの音楽にはドリーミーさがあって、それがすごく好きなんだけど、僕が作品を作っているときにいつも到達しようとしているような、ある種のドリーミーなトランスポートのようなクオリティーがある。でも、シンディー・リーとコラボをしたいと思った主な理由は、パトリックがギター・ソロを本当にうまく弾きこなせるということを知っていたからだよ。

―「Praise」と「Ends Meet」に参加しているスピリット・オブ・ザ・ビーハイヴのリヴカ・ラヴェデは、今作のアートワークも手がけているそうですが、彼女はあなたにとってどんなインスピレーションを与えてくれる存在ですか。

レノックス:リヴカは僕のガールフレンドで、今、別の部屋にいるよ。僕らは4、5年前のツアーで出会ったんだ。(参加曲に関しては)女性たちのコーラスが欲しいと思っていた。彼女は本当に素晴らしい声の持ち主で、彼女と友人のマリア(・レイス)にお願いしたんだ。それから、アートワークについては、僕はもともと彼女のファンなんだけど、彼女はとにかくよく絵を描くんだ。あのアルバム・ジャケットは、実は自宅のホールウェイに飾ってあった絵なんだけど、ある日その前を通ったとき、この絵は(アルバムを作っているときの)僕の音楽に対する気持ちを表しているような気がしたんだ。あの絵に描かれているのは、暗闇に包まれているキャラクターなんだけど、彼女の顔には明るさがあって、天を見上げて、何かを必死に訴えているように見える。それが完璧にこのアルバムの音楽を表現していると感じたんだ。それで彼女がその絵を描いた後、僕はさらに2枚の絵を頼んだ。それらはスリーブの中の挿絵で見ることが出来るんだけど、そのうちの1枚は神と光を表現したもので、もう1枚は闇と悪を表現したものと言える。それで彼女は、雲間から光が海に差し込むような絵を描いたんだ。そして真ん中には人間のキャラクターである、このジャケットの絵が描かれている。さらに彼女は腐った果物やテーブルの上のお金などの静物画を描いた。これは暗闇を表現しているんだ。つまり、光と闇の間に人間がいることになる。

『Sinister Grift』アートワークを用いた「Ends Meet」MV

サムネイルのベーシストがリヴカ・ラヴェデ

―ちなみに、今作の日本盤にはボーナストラックとして、ダニエル・ロパティン(Oneohtrix Point Never)をフィーチャーした「Virginia Tech」が収録されます。あなたとロパティンがどのようにして交流を深めていったのか、そして彼の音楽のどんなところに魅力を感じているのか、とても興味があります。

レノックス:ダニエルとは、彼がリスボンのOutfestというフェスティバルに出演したときに出会った。その年は僕もそのフェスに出演していて、ちょうど感謝祭の頃だったから、僕はその年のパーティーにみんなを招待したんだ。それからすごく仲良くなって、お互いの音楽を送り合ったりしたんだ。いまでも友達だよ。

それで「Virginia Tech」なんだけど、僕にはちょっとカントリー・ロックっぽすぎたんだ。ある種のSynthetic(合成的な)なライズがいくつかあって、少し違ったキャラクターを与えている感じだったから、ジョシュと僕はその方向で居場所を見つけようとした。でも、アルバムのシークエンスに入れる場所が見つからなかったんだ。出来上がった曲は気に入っているんだけど、アルバムのなかで、曲順や配列ですべての曲が何かを語っているようにストーリーのようなものを展開させた結果、そのストーリーのなかで「Virginia Tech」がどこに収まるのか見つけられなかったんだ。だから、この曲は(アルバムから)外すことにしたんだ。

―ところで、先ほどマリア・レイスの名前が出ましたが、前作の『Buoys』にも、現在あなたが暮らしているリスボンのシンガー、ディノ・デ・サンティアゴが参加していましたね。せっかくの機会なので、あなたとリスボンの音楽シーンとの関わりについてぜひ伺いたいです。

レノックス:ほとんどがマリアを通してなんだけど、彼女と同じくらいの年齢のクルーがみんな音楽を作っているんだ。皆インディペンデントで、本当にクールな人たちだよ。マリアや彼女の友人たちを通して、彼らと知り合いになったんだ。それから、友達のネルソン(・ゴメス)は〈Príncipe〉というレーベルに所属していて、エレクトロニックなクラブ・ミュージックを作っている。この2つ(マリアと〈Príncipe〉)を通して、僕はここリスボンでいろいろな経験をしていると言える。

Príncipeの代表格、DJ Marfox

―あなたから見て、〈Príncipe〉の面白さはどんなところにありますか。

レノックス:音楽そのものだよ。ここでは、他の音楽とは全く違うものがたくさんあるんだ。独特で個性がある。しかも、アルバム・アートなども特徴的で、すごく良い仕事をしている。以前、本当にクールで楽しいナイト・イベントがあって、レーベルの人たちが大勢出演するんだけど、そこに行くのが好きだったんだ。当時はこの街で一番好きなイベントだった。また行かなきゃなあ。実は、ネルソンという存在が、いろんな意味で僕がここにいる理由なんだ。ネルソンとペドロ・ゴメス(※ネルソンと共に〈Príncipe〉のファウンダーの一人)はもう一緒に仕事をしていないんだけど、リスボンに多くの素晴らしい音楽をもたらしたのは、彼らのおかげだと思う。リスボンは、一般的なサーキットのような場所ではないので、人々を呼び込むのは結構大変なんだ。でも、この20年間、彼らは本当にいい仕事をしてきた。実にエキサイティングで興味深いものをもたらしていると思う。

―〈Príncipe〉に代表される、リスボンのアンダーグラウンドなダンス・ミュージック・シーンのディアスポラなカルチャーにあなた自身が影響を受けている部分があるとすれば、それはどのようなかたちで今作にも反映されていると思いますか。

レノックス:僕がシティ・ミュージックから受けた影響というのは、あまりないと思う。すごく正直に言うと、この都市(リスボン)が僕に与えた影響というのは、確かにあるんだけど、ただそれを定義付けるのは本当に難しい。ここが晴れているから僕の音楽は晴れやかだとか、ビーチが近いから僕の音楽はビーチっぽいとか、そういう単純な話ではないし、それは正確ではないと思う。それと同時に、この街や場所がクリエイティブな面だけでなく、パーソナルな面でも僕に影響を与えていることは確かだ。この国のこの街、このエリアに住んでいるという事実によって、毎日、自分の決断が多少なりとも影響を受けているような気がするんだ。

―リスボンでの生活やそのなかで触れるすべてが、今作には反映されている?

レノックス:そうだね。すべてだよ。というか、このアルバムだけでなく、僕がやってきたことすべてが、ある種の学びを反映したものであってほしい。このようなものを伝えることの意義は、それが何らかの形で有益なものになるかもしれないという期待にあると思うんだ。僕にとってだけでなく、他の人にとっても、ある意味何かの役に立つといいなと思う。誰かの人生を変えようなんて大それたことは考えていない。誰かの一日が少しでも良くなるようなことを考えているんだ。そのような小さな勝利でさえ、僕にとってはとても重要なことなんだ。

ソロ活動とアニマル・コレクティヴがもたらしたもの

―あなたのこれまでのアルバムでは、常に「家族」が歌詞の焦点となっていました。ただ最近の作品では、個人的な経験を普遍的な視点で捉え、内省的な歌詞の中にも今の時代や社会とのつながりを意識した描写が増えたように感じます。今作の歌詞についてもそう感じたのですが、自身としてはいかがでしょうか。

レノックス:そのとおりだね。自分自身を表現し、何かを伝えるための最善の方法は、できるだけ直接的かつ正直、そしてパーソナルなものだと感じていた。 誰かに何かを表現する唯一の方法は、本当の意味での「内に向かっていく」ことだと思ってたから。でも、2014年ごろから、それがすっかり変わってしまったんだ。おそらく、子供ができたことが関係しているのだろうと思うけど、最近はいつも、もっとストーリーを語りたいと感じている。物語を語ることは、メッセージを伝えたり、コミュニケーションを取ったりする上で、より効果的な方法だと感じているんだ。そしてできることなら、音楽がみんなのものであると同時に、誰のものでもないと感じられるようなものになることを願って、観客と自分との間に空間をつくることを目指しているような気もする。

今では、音楽が非常に個人的なものを反映していることが、自分にとって本当に重要だとさえ言えるようになった。もし音楽のなかに、自分にとって本当に意味のある何かの種みたいなものがなかったら、どうして他の人はそれを気にかけてくれる? それは化石のように、サウンドのなかに埋もれているような、生きているもののようなものであるはずだし、(今作の)曲について具体的に言えば、すべての曲は僕自身が経験した感情や体験にインスパイアされている。でも、それをフィクションにしたり、具体的に自分だけの経験でないものに成長させたりするのが好きなんだ。その方が、僕がコミュニケイトしようとしていることをより効果的に伝えられると思うから。

―それは、キャリアを重ねてベテランと呼ばれるような域に入り、ストーリーを伝えることの責任のようなものが生まれたということでしょうか。

レノックス:ある意味、経験に忠実であることの責任を感じているかな。でも、以前よりも今の方が、自伝的ではない言い方をすることの重要性を感じている。

パンダ・ベアが語る「新章」での変化、ソロ活動とアニマル・コレクティヴがもたらしたもの

Photo by Ian Witchell

―今回のアルバムは、1999年のセルフ・タイトルから数えて7枚目のソロ・アルバムになります。制作直後でまだ客観的に作品全体を見ることは難しいと思いますが、ここまでの話を踏まえた上で、これまでのディスコグラフィにおける今作の位置付けについて、現時点でどんな手応えを感じていますか。

レノックス:このアルバムは、僕にとって新しいチャプターの2作目という感じなんだ。『Buoys』は、僕にとって大きな変化があった最初のアルバムで、このアルバムは、表面的にはそう見えなくても、『Buoys』と非常に直接的に関係している感じがする。どちらもギター・アルバムだけど、『Buoys』はギターらしさを隠すための加工がされたアルバムで、『Sinister Grift』は音楽のより自然な要素を明らかにするための加工が施されている。でも、このふたつのアルバムは、僕自身ととても密接につながっているんだ。

それ以前は、『Person Pitch』(2007年)、『Tomboy』(2011年)、『Panda Bear Meets The Grim Reaper』(2015年)からなる3部作のようなものがあって、それらは、ある意味フィットしている。対して、これら(『Buoys』と『Sinister Grift』)は、僕にとっての2番目の3部作という感じかな。そして、『Young Prayer』(2004年)と1stアルバム(『Panda Bear』:1999年)は完全に分離しているように感じる。もちろん僕のアルバムだけど、まるで自分の作品ではないみたいだ。この24年間、僕が音楽とともに歩んできた旅がどのようなものであったとしても、1stアルバムはそれとは別のものだと感じている。物語から切り離されているというか。最初の作品は、その時点では自分自身の物事に対する見方は確立していなかったと思う。(『Panda Bear』からは)自分が何かを真似しようとしているのが聴きとれる。一方、『Young Prayer』は、僕にとって物語の始まりのようなものかな。だから、この作品(『Sinister Grift』)は、新しい章の第2ステップのような感じがする。

―今作は、アニマル・コレクティヴのメンバーが勢揃いした、初めてのバンダ・ベアのアルバムになります。1999年の結成から25年以上にわたるアニマル・コレクティヴとしての活動と、そしてソロでの活動という、異なる2つのキャリアを営み、あるいは異なる2つのコミュニティに属していることは、あなたの人生やクリエイティビティをどう育み、どう豊かにしてきたと言えますか。

レノックス:他の人と一緒に仕事をすることの素晴らしいところは、自分を驚くような場所へ導いてくれることだと思う。 クリエイティブな面でもパーソナルな面でも、想像していない場所に行くことができることだと思うんだ。それは本当に大切なことで、コミュニティの重要性が浮き彫りになるんだ。コミュニティの一員であること、友人がいるグループの一員であることの素晴らしさはそこにあると思う。彼らは違う視点を与えてくれる。さっきのピートとベース(ダブ・ベース)の話もそうだけど、つまりアイデアや視点の交換だね。制作過程で、ある要素についてまったく異なる考えを持っていたとしても、僕たちはまだ両方が好きなものを作ることができる。自分自身と彼らとの間に共有できる何かを見つけなければならないし、そうしなければ成長できないかもしれないような方法で、自分を引っ張ってくれる。それはとてもヘルシーなことだと思う。

―そういえば昨年、ジェイミーXXのアルバム『In Waves』に「Dafodil」という曲で参加されましたよね。リリース時にジェイミーにインタビューしたのですが、彼は昔からのアニマル・コレクティヴのファンだったと話していました。逆に、あなたがThe XXやジェイミーの音楽にどう接してきたのか、興味があります。

レノックス:The xxに関しては、一番最初のビデオを覚えている(※「Crystalised」)。ミュージック・ビデオをよく見ていた時期があったんだ。僕が1000歳だっていうことは想像できるよね(笑)。あの曲をすぐに好きになったんだけど、あの時は(メンバーが)4人だったかな。その後、メンバーの一人がすぐにバンドを脱退したんだけど、その最初のビデオでは4人だけが映っていて、ただそれだけなんだけど、すぐに好きになったんだ。彼らがそこから世界的に活躍していく姿を見るのはワイルドだったね。(ジェイミーは)明らかに類まれなる才能の持ち主で、僕は彼をとても尊敬している。直接会ったことはないけど、いつか一緒にプレイできるといいね。

―リスボンとイギリスなんて、ひとっ飛びですよ。

レノックス:そのうちね。飛行機ですぐだよ、ジェイミー! 早く会おうよ!

―(笑)。日本のファンもあなたに会えるのを楽しみにしています。

レノックス:僕は日本が大好きなんだ。世界で最も好きな場所のひとつだし、みんなが元気でいることを願っている。来年には日本でプレイできるように、僕も頑張るよ。

パンダ・ベアが語る「新章」での変化、ソロ活動とアニマル・コレクティヴがもたらしたもの

パンダ・ベア
『Sinister Grift』
2025年2月28日リリース
日本盤ボーナストラック追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14474
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