今回のインタビューでは、澤野が近年刺激を受けている海外アニメ『アーケイン』の話に始まり、2万人を集客した上海での単独公演~アニメ×音楽の世界的ムーヴメント~「Get Wild」的アニソンの在り方~LiSAとの7年ぶりコラボ楽曲~澤野弘之とファンの関係性~李豪凌(リ・ハオリン)監督との出逢い~『TO BE HERO X』とその楽曲群について~Rei(Newspeak)との共作~10周年記念公演@パシフィコ横浜と、連鎖的に興味深いトピックについてがっつり語ってくれた。
-SawanoHiroyuki[nZk]のプロジェクト始動10周年記念ベストアルバム『bLACKbLUE』リリースタイミング以来のインタビューになるのですが、まずは今現在の音楽活動へのモードから伺わせてもらえますか?
澤野弘之:相変わらず刺激を受けたサウンドのインプット、アウトプットを繰り返しながらの音楽制作が続いているんですけど……『アーケイン』っていう海外アニメがあって、それがめちゃめちゃ好きなんですよね。
-Netflixで世界配信されているCGアニメシリーズですよね。僕も大好きです。
澤野弘之:サウンドもめちゃくちゃ拘っていて、あそこで鳴っているサイバーなサウンドの世界観も含めて好きなんですよ。あの音楽ってもちろん海外のファンの人たちも好きだとは思うんですけど、ビルボードのトップチャートに入っているようなサウンドとは違うと思うんです。でも『アーケイン』みたいな作品と一緒になると音楽のエンタメ性も強く感じられるから、日本人も好きだと思うんですよね。あのサイバー感がめちゃくちゃ格好良いと思って、それこそ僕がプロデュースしているSennaRinとも「ああいう音楽を追求していきたいね」と話していて。なので、最近は『アーケイン』とか、その原作のオンラインゲーム『League of Legends』に近いサウンドに影響を受けていますね。
-今回、澤野さんが手掛けているアニメ『TO BE HERO X』の楽曲群からも通ずるものは感じたのですが、その『TO BE HERO』シリーズが生まれた国でもある中国で、昨年11月に5年ぶりの上海公演【澤野弘之 LIVE [nZk] in Shanghai 2024】を開催しましたよね。2日で2万人を集客したそうですが、自分の中ではどんな公演になりましたか?
澤野弘之:本当にやってよかったなと思いました。最初は「お客さん、来るのかな?」って心配していたんですけど(笑)、想像以上にたくさんのお客さんが集まってくれて。そもそも中国に自分の音楽が届いたきっかけには[nZk]の「aLIEz」だったり、アニメ『ギルティクラウン』の「βios」もあったりしたんですよ。
-その結果、2万人ものオーディエンスが集まってくれたと。
澤野弘之:でも、不思議な気分でしたよ。5年前も上海メルセデスベンツアリーナでやらせてもらったんですけど、日本ではアリーナクラスのライブをやったことがなくて、「いつかアリーナでやってみたいな」と思っていたら、意外なことに中国でやれることになったんです。そもそも海外でライブやること自体がレアなのに、そのレアな場所で自分がやったこともない規模のライブがやれている。それはめっちゃ嬉しいことなんですけど、同時に「なんか面白いことが起きているなぁ」みたいな(笑)。
-単純に人口の母数の違いだけでは語れないですよね。
澤野弘之:母数の違いはたしかにあるんですけど、かと言って日本でアリーナクラスのライブをやれている人たちが、海外でもみんな同じようにアリーナクラスのライブが出来るかと言ったら、そういうことでもないと思うんですよ。何かしらの理由で興味を持ってもらえないと。だから、そこは本当に運が良かったんだろうなと思います。
-日本の音楽がアニメと共に海をわたる。この現象は近年急増していますけど、澤野さん自身は中国でそういう体験もした今、海外展開についてどう考えていますか?
澤野弘之:僕はマニアックな音楽を追及しているとは思っていなくて、エンタメと思うものに影響を受けて、自分なりにそれをやっているんですよね。でも、たまに思うのは、日本のヒットチャートを賑わせていたり、日本のポップと言われている音楽とは、もしかしたら自分が「ポップ」と思ってやっているものは違うのかもしれないなって。その中で、アニメ作品を通して海外の方たちに聴いてもらえるようになって、それこそ中国の人たちにも反応してもらえたりすると、別に日本で売れるポップを視野に入れなくていいわけではないけど、海外の人たちも視野に入れたうえで「じゃあ、自分の音楽をどう追求していくか」と言ったら、海外から影響受けた音楽を自分なりの音楽で表現していく。このやり方を今後も追及していくことが重要なのかなって。いろんな国の人たちに聴いてもらえる、そういう意味でのエンタメを追求していくことのほうが大事なのかなと思っています。
-実際、澤野さんは「こういう音楽が売れる」とか「アニメとの組み合わせが売れやすい」とかそういう感覚で音楽を創ってきた人じゃなくて、純粋に「この音楽は格好良い」「この映像作品に自分が音楽を創るならこれがベストだ」と思えるものを長年追求し続けた結果、今の状況に辿り着いた人ですもんね。
澤野弘之:最近思うのは、今は日本のアニメの影響力がすごく強くて、それに連動してそのアニメで流れる音楽も聴いてもらえている。でも、そこにかまけちゃいけないというか、アニメの音楽だから視聴者の人たちが受け皿を広くしてくれているところもあると思うんですけど、そこに甘えちゃいけないし、だからこそ「どういう音楽を追求していくか」考えなきゃいけない。
-澤野さんは本当にそれをやり続けているじゃないですか。
澤野弘之:例えば、TM NETWORKの「Get Wild」ってアニメ『シティーハンター』のエンディングテーマでしたけど、あれっていわゆるアニソンとは異なるものだったじゃないですか。当時の世間がイメージするアニソンに寄せていなかったと思うんですよね。それでも子供には響いたわけで。そういう体験が自分の中でも大きいのかもしれないです。僕もどちらかと言ったら、そう感じてもらえるような音楽を創っていたい。たとえ子供向けのアニメでも寄せすぎるのではなく、自分自身が納得したものを創って、それに子供も反応してくれるほうが理想的だなって。
-たしかに「Get Wild」は子供ながらに「新しい音楽だ」と興奮しながら聴いていた記憶があります。ちなみに、最近、LiSAさんの新曲「ReawakeR(feat. Felix of Stray Kids)」(アニメ『俺だけレベルアップな件 Season 2- Arise from the Shadow -』OPテーマ)も手掛けられましたけど、こうしたケースの曲の創り方は変わってくるんですか。やはりLiSAさんをちゃんとイメージして制作する?
澤野弘之:まったくイメージしていないわけではないんですけど、それをイメージし過ぎて寄せること自体「あんまり一緒にやる意味がないんじゃないか」と思っちゃうんですよ。それだったら、LiSAさんがいちばん信頼している人と一緒にやったほうがファンの皆さんも喜ぶと思うんですよね。
-2018年の『機動戦士ガンダムNT』主題歌「narrative」以来のコラボ楽曲になったわけですが、久々にLiSAさんとご一緒してみていかがでしたか?
澤野弘之:LiSAさんとフィリックス(Stray Kids)さんの歌声のアプローチのおかげで、自分の想像以上にサウンドの世界観を広げてくれたなと思います。LiSAさんがこの曲に対してどうアプローチするのか、すごく考えてくれたんですよね。それが「収まった」という意味での「ハマった」じゃなくて「広げてくれた」という意味で「ハマったな」と感じました。彼女も長年音楽活動を続けていて、自分とは6、7年ぶりのコラボだったんですけど、いろんな経験を積んだうえでこの曲に対して今できることを詰め込んでくれたんだろうなって。
-ちなみに、澤野さんの中でLiSAさんってどんな印象のアーティストなんですか?
澤野弘之:音楽活動の年数を重ねて、いろんなヒット曲を生み出してきても、そこに過信しないというか、常に「どうこの楽曲と向き合うか」考えている人だと思います。その「向き合う」ことって彼女の中で「ファンと向き合う」ことに繋がっていると思うんですよね。それをすごく大事にしているんだろうなって。だから、絶対に手を抜かない。
-今の話を聞いていてふと思ったんですけど、澤野さんって「ファンと向き合う」みたいな感覚を重要視するタイプなんですか?
澤野弘之:自分が「ファンと向き合う」みたいな言葉を使うのはおこがましいと思っちゃうんですよ(笑)。そもそも劇伴作家として長く活動してきているので。でも、広い括りで「自分の音楽を聴いてくれている人たち」という意味では、最終的にそこに届くんだからこそ「手を抜けない」と思っています。例えば、最近はあまりないですけど、中には制作のやり取りなどでモチベーションが下がるような出来事も稀にあるんですよ。もちろん相手側にも考えがあると思うので、どちらが正しいとかではないですけど、そこがうまく噛み合わずお互い腑に落ちない状況になることって誰しもありますよね。でも、その状況に対して「もういいや!」となりそうな時、その先にいる聴いてくれる人たちにはここの揉め事なんて関係ないと思うんですよ。自分が創ったモノを単純に作品を通して楽しんでもらうわけだから「その人たちに向けて創るんだ!」と思うことが、モチベーションを持ち返すことに繋がっていく。フラストレーションに潰されずに乗り越えられる。そういう意味でも、最終的に聴いてくれる人たちと向き合っていますね。大きい存在です。
-これから公開&リリースされるアニメ『TO BE HERO X』関連の楽曲たちも楽しみにしている人たちがたくさんいると思うんですが、まず『TO BE HERO X』自体にはどんな印象を持たれましたか?
澤野弘之:最初に資料を頂いたとき、これは「似てる」と言いたいわけじゃないんですけど、ちょうど『アーケイン』にハマっているタイミングだったんですよ。
-澤野さんが『アーケイン』にハマって、その前後に中国で手応えのあるアリーナ公演が実現して、中国で生まれた『TO BE HERO』シリーズの日本オリジナル版『TO BE HERO X』の放送が決まって、その音楽を澤野さんが担当するって運命的すぎません(笑)?
澤野弘之:たしかに(笑)。しかも『TO BE HERO』シリーズの李豪凌(リ・ハオリン)監督と仕事するのはこれが初めてじゃないんです。それこそ『アーケイン』の原作オンラインゲーム『League of Legends』が、アーティストを起用したりしてPVをよく出していたんですけど、そのPVで1回ご一緒したのが李監督だったんです。だから、監督もこのあいだお会いしたときに「『アーケイン』が好きだ」とおっしゃっていたし、お互いに好きなモノで通じ合っている中で『TO BE HERO X』を一緒にやれるというのは、すごく嬉しかったですね。
-今回のニューシングル『INERTIA』には、その『TO BE HERO X』関連楽曲が収録されているわけですけど、まずメインテーマ「JEOPARDY」はどんなイメージのもと制作したんでしょう?
澤野弘之:監督から、ある程度展開をつけてもらいたいとオーダーがあって。なおかつ、歌モノで、後半にはEDM的な要素を入れて、前半はエピックというか、僕が『進撃の巨人』のサウンドトラックなどでアプローチしてきたようなサウンド感も欲しいと。それこそ『League of Legends』のPVにもそういうエピックボーカル曲があったりして。あとは、ハリウッド映画のトレーラーミュージックみたいなものを専門で創るグループがいて、その人たちがインストの曲の上に歌を乗っけるアプローチをしていたんですけど、それにも2010年代ぐらいに影響を受けたりしていたので、そういった音楽アプローチを今の自分がどう落とし込むか。それを重要視して制作したメインテーマが「JEOPARDY」ですね。
-また、本作にはナイス編劇中歌「PARAGON」の別バージョン「PARAGON <MODv>」が収録されています。これらは『TO BE HERO X』においてどのような役割の楽曲になるんでしょうか?
澤野弘之:『TO BE HERO X』にはキャラクターが何人もいて、そのキャラクターごとに違う作家が音楽を創っているんですよ(※参加アーティスト:澤野弘之、KOHTA YAMAMOTO、ケンモチヒデフミ、DAIKI、睦月周平、深澤秀行、馬瀬みさき、高田龍一(MONACA))。その中にナイスというキャラクターがいて、そのナイスのテーマとして制作したのが「PARAGON」なんです。それとは別に、今回シングルリリースするうえで『TO BE HERO X』と関係ない曲をカップリングに収録するよりは、その「PARAGON」を[nZk]バージョンとしてリアレンジしたものを入れたいなと思って制作したのが「PARAGON <MODv>」ですね。
-そして『TO BE HERO X』オープニングテーマで、今回のシングルのリード曲となっている「INERTIA」。Rei(Newspeak)をフィーチャリングしたナンバーです。澤野弘之とNewspeakの音楽は、個人的に親和性が高いなと元々思っていたのですが、澤野さんはNewspeakやReiさんにどんな印象を持たれていましたか?
澤野弘之:歌声を聴いたときにとにかく「格好良いな」と思っていたので、ご一緒できるなら歌ってもらいたいなと。あと、Newspeakの音楽もバンドでありながら、打ち込みとかいろんなサウンドアプローチをしていて。たぶん、好きな海外の音楽が近いんじゃないかなと思っていました。なので、ここじゃないタイミングでもいつかコラボしていたと思います。今回の曲はダンサブルで勢いのあるEDM的な感じなんですけど、乗っかる歌は多少ロック的な要素を持っている声が良かったんですよ。ゴリゴリのロックというよりは、そこのバランスを持っている人がいいなと思っていたんですよね。そんな中で「Reiさんの声がいちばんフィットするかもしれない」と思ってお願いしたんです。結果、Aメロからサビに向かうコントラストを理想的な形で表現してもらえました。普段から英詞の曲を歌われている方なので、英詞での表現やグルーヴの出し方がナチュラルなんですよね。近々ライブでもご一緒するので、楽しみにしています。
-そんな「INERTIA」含む『TO BE HERO X』の為に制作した楽曲たち。どんな風に楽しんでほしいなと思っていますか?
澤野弘之:もちろん『TO BE HERO X』を楽しんでもらうこと前提で制作した楽曲たちなので、アニメ作品と一緒に楽しんでもらいたいんですけど、それこそ『アーケイン』って観たときに映像や物語だけじゃなく音楽がちゃんと入ってくるじゃないですか。だから、観終えたときに「このサントラが聴きたいな」って思える。そういう意味でも凄い作品だと思うんですけど、『TO BE HERO X』も李監督自身が音楽に拘っているので、1話ごと観終える度に「あの音楽聴きたいな」と思ってもらえるようなアニメになってほしいですね。
-『アーケイン』って例えば橋の上でのバトルシーンがあって、それの世界観に合った音楽が流れるじゃないですか。その数分間がまんま1本のMVとして成立するクオリティなんですよね。で、そんなシーンがたくさんあるっていう。
澤野弘之:そう! MVみたいなんですよね! それが思い切りが良くて格好良くて。きっと『TO BE HERO X』もそういう見せ方をするシーンがいくつかあると思うから、僕もすごく楽しみにしています。オープニングやエンディングもスキップしないで聴きたくなるような作品になったらいいなと思っているので、音楽好きにも注目してもらいたいですね。
-そんな『TO BE HERO X』も楽しみなんですが、5月31日(土)には、神奈川・パシフィコ横浜 国立大ホールにて【SawanoHiroyuki[nZk] 10th Anniversary LIVE”A=Z”】が開催されます。
澤野弘之:有難いことにいろんな方に参加してもらえて、かなりの組数が出演するので、来て頂ける方には[nZk]の音楽と出演者の皆さんのパフォーマンスを1曲1曲思う存分楽しんでもらいたいです。自分はテンパってあたふたしていると思いますけど(笑)、ひとりひとり1曲1曲のボーカリストのアプローチを楽しめるようなライブにできたらいいなと思っています!
<リリース情報>
SawanoHiroyuki[nZk]
13th Single『INERTIA』
2025年6月11日(水)発売
通常盤(CD)
品番:2696 金額:1430円(税込)
期間生産限定盤(CD+Blu-ray)
品番:2697~8 金額:2200円(税込)
※アニメ「TO BE HERO X」描きおろしイラストデジパック仕様
[CD] ※通常盤・期間生産限定盤共通
1. INERTIA by SawanoHiroyuki[nZk]:Rei
2. PARAGON<MODv> by SawanoHiroyuki[nZk]:Benjamin & mpi
3. INERTIA (TV size)
4. INERTIA (instrumental)
5. PARAGON<MODv> (instrumental)
[Blu-ray] ※期間生産限定盤
1. INERTIA Music Video
2. アニメ「TO BE HERO X」ノンクレジットオープニングムービー