シンガポール出身のアーティスト、ナット・チミエルによるプロジェクト、ユール(yeule)の前作『softscars』リリース時に行ったインタビューは、今でも忘れがたい鮮烈な記憶として残っている。驚かされたのは、自分が用意した質問に対する回答の圧倒的なボリュームと、その熱量の高さ。
自らの生い立ちや影響源、これからのビジョンまで。丁寧かつ濃密な語り口に触れた瞬間から、どこか浮世離れしていてあまり人間味を感じさせなかったユールのイメージが一変した。

そんなユールの4作目『Evangelic Girl is a Gun』が5月30日にリリースされる。多くのメディアから絶賛を集めた前作とは打って変わって、ビジュアルイメージや色彩を大きく転換した本作は、サウンド面でもリリック面でも、これまでにないほど生々しくユールの素の部分が表出した作品となっている。タイトルに込めた意味や影響を受けた90年代の音楽、日本のカルチャーへの思いなど、今回も様々な角度からたっぷりと語ってもらった。

エヴァと宗教観、荒廃した廃墟

—前作『softscars』は自身の人生においてトラウマになっている出来事や印象的な思い出、すなわち傷跡と真実が作品のテーマになっていました。今作『Evangelic Girl is a Gun』はどのようなきっかけや出来事から制作に繋がっていったのでしょうか?

ユール:今回のアルバムは自我の生き残りと、救済される自己とが交差する中から生まれたものなんだ。粗野で荒々しい人生の心象風景、そして現代社会における自分自身の立ち位置から生まれてきたと言ってもいいと思う。このアルバムの曲を書くことで、自分はすごく存在主義的な視点を持つようになった気がする。

12月で27歳になるけど、年を重ねてアートを作り続けるなかで、自分が育った環境や、どのように成長してきたのかをよく振り返るようになった。カトリックの家庭で育ったから、神の罪悪感や神の恵みといったイメージが、自分の中に深く刻み込まれているの。だから、宗教的なトラウマもあって、最もつらかった時期にカトリックという生育環境に戻ることはなかった。
でも、それも結局は”救済”を求めることに他ならなくて。ただしそれは、報酬として与えられる救いではなくて、自分自身のなかに武器を宿すというか。そんな形の救済だったんだと思う。

—タイトルにはどういった思いが込められているのでしょう?

ユール:実は、『Evangelic Girl is a Gun』というタイトルは、『新世紀エヴァンゲリオン』からインスパイアされたものなんだ。エヴァは破滅後の日本という設定だよね。戦後の”恐怖の時代”において、技術がどのように進化していくのか。アーティストとして、そのテクノロジーにどう向き合っていくべきかを自分自身に問うようになった時、ちょうどノイズ音楽というサブカルチャーが(自分のなかで)盛り上がっていたんだ。

エヴァには、神に見放された終末のアダムのような存在が描かれているけど、そこから”エヴァンジェリック”という言葉をひねり出したんだ。たしかに「エヴァンジェリスト(福音主義者)」という言葉にも似ているけど、エヴァに描かれているのは、カトリックとはまた異なる宗教観。カトリックは美的側面を重視しているけど、日本におけるキリスト教的な表現――特にエヴァの中では、かなり美的に描写されている。信仰と、それに伴う緊張感が表現されているというか。

それを観て、自分は”救済の幻想”を打ち砕かれたような気がした。
深い悲しみに暮れて、絶望的な気持ちのとき、祈ることしかできない瞬間があるってことに気づいたから。でもその祈りは、必ずしも”神”に向けたものじゃなくて、もっと高次の存在に向けられていたんだと思う。罪から自分を救ってくれる、神聖な炎のような存在。自分の内にある罪や悪を浄化してくれるようなイメージ。

だから”銃(Gun)”という言葉を取り入れることにしたの。これはペイントガンのことなんだ。自分は子どもの頃から絵を描いて育ってきたし、大学の専攻も絵画だった。だからこそ、アートを武器として描きたかった。暴力の象徴ではなく、アーティストが自らの力をどう使って創造に向かうか、そのことにフォーカスを当てている。

このAIの時代において、ツールそのものは非常に有用だけど、人間はしばしば、自分たちが持っているものを破壊してしまったり、創造性や自立性を失ってしまうことがある。だからこそ、「それは人間にとって何を意味するのか?」という問いが浮かび上がってくるわけで。『Evangelic Girl』というアイデアは、そうした存在を自分がどのように感じ、どうイメージしているかをかたちにしたものでもあるの。


yeuleが語るAI時代の「生身」の音楽、『エヴァ』とポーティスヘッド、ノンバイナリーの思想

『Evangelic Girl is a Gun』アートワーク

—実際、質問作成者(hashimotosan)は、「Evangelic」という言葉を、日本人の自分からすると『新世紀エヴァンゲリオン』を思い起こさせるものだと言っています。何か作品に影響を受けていたり、共通するテーマがあったりするということですよね。

ユール:たしか7年くらい前に「Eva」っていう曲をリリースしたことがあるんだけど、それはアスカとEVA弐号機について歌ったものだった。アスカはとてもパンクで、自分に与えられた役割を覆してしまうところが魅力的なんだよね。すごく面倒臭くて要求が多いキャラなんだけど、実は感情的にすごく解放されている。

自分は『ベルセルク』とか『NANA』も大好きで、キャラクターたちの感情がつくる重力みたいなものを描いていると思う。それが読者や視聴者との繋がりを生み出している。エヴァもそうだけど、だからこそ、アニメやマンガはこれほどまでに多くの人に支持されているんじゃないかな。人間の感情が複雑かつ多層的であるということを教えてくれるから。

もともと自分はサイエンスフィクションやサイバーパンクが大好きで、ウィリアム・ギブソンやH・R・ギーガーの世界観に強く惹かれてきた。だからこそ、エヴァのような破壊的な未来は、とても真実味を帯びて感じられるんだ。それってまるで、信仰が純粋で聖なるものではなく、どこか腐敗していて機械的に感じられる合わせ鏡のようなもの。
自分が昔、教会のミサに通っていた頃の記憶とも重なってくる。あの荘厳な集まりの中で奏でられる音楽や歌は本当に美しかったけれど、それはまるで、自分の霊的な恐怖が、偽りで焼け焦げた世界に投影されているような感覚だった。

自分はノンバイナリーでクィアな存在だから、常に「隠れている」という感覚を抱えていた。だからこそ、エヴァのような作品に強く惹かれたのかもしれない。あの破滅的な美しさ、生きることへの恐怖、そして「なぜ自分はここに存在しているのか?」という問い。そうしたテーマが、今回のアルバムにも反映されていると思う。

—今作についてはポーランドの芸術家、ズジスワフ・ベクシンスキーの作品からもインスピレーションを受けたそうですね。画家としての顔も持つあなたにとって、絵画とはどのようなものなのでしょうか?

ユール:絵画は、このアルバムの精神や核心を見つける手助けをしてくれた。ヴィジュアルのコンセプトについて考えることが、音楽に影響を与えてくれるから。自分はギターを手に取る前に、まずヴィジュアルのイメージから世界観を組み立てていくの。好きな映画や観たアニメ、フォローしているアーティストたちからインスピレーションを受けることが多い。

自分は絵描きとして、とくにラファエル前派の時代に見られる、極めて優美で憂いを帯びた女性性や自然に惹かれる。
静謐でありながら強い印象を残すところにね。一方で、ベクシンスキーやH・R・ギーガーのような、終末後の美しさや、肉体と信仰が融合するダークな世界観にも強く惹かれている。まるで、かつて何かが存在していた余波の中を漂いながら、それが破壊され、そして再生されていくような感覚。H・R・ギーガーは、生体力学的にディストピアを描く画家だと思う。

山本タカトも素晴らしいよね。非常に美しく人間の姿を描いて、腐敗した風景の中に配置する。それがエグさを際立たせるの。人間って美を追求する一方で、闇や暴力性、エロティシズムにも抗いきれない好奇心を抱いているよね。自分は”エログロ”にも魅かれる。丸尾末広やフランシス・ベーコンのような、暗く重い歴史を背負ったアーティストたちに。ベーコンのドキュメンタリーを観るとよく分かるけど、彼の作品がもつ闇と重さ、年齢を重ねるにつれて暗闇へと没入していく様子に、すごく共感するの。

だから、前作『softscars』が花の咲き乱れる墓地の庭園だとすれば、『Evangelic Girl is a Gun』は荒廃した廃墟のような作品だね。
自分は聖書や、そこには含まれていない『エノク書』も深く掘り下げていて、天使の描写や、ルシファーが神の光から堕ちていく物語の真実についても研究しているの。そこにある物語と美しいイメージに深く引き込まれている。

ズジスワフ・ベクシンスキー作品の紹介動画

トリップホップへの心酔、AI時代にさらけ出す生身の声

—今作のサウンド面に影響を与えたアーティストや作品があれば教えてください。

ユール:UKのトリップホップね。完全にハマっちゃった。ポーティスヘッド、フーバーフォニック、初期のゴールドフラップ、マッシヴ・アタックを聴きまくったし、スニーカー・ピンプスみたいな、トリップホップのサブヴァージョンというか、ファンキーな側面を持つバンドもよく聴いてた。すごく象徴的なドラムパターンが使われているんだけど、とにかく美しい手法でサンプリングされていたり、そのサンプルを圧縮したりしているのがすごくて。これってアナログじゃないと出せない質感なんだって気づいたの。

実際にトリップホップ色の強い曲もあって。「Skullcrucher」がそのひとつ。この曲はクラムス・カジノとフィットネス(Fitnesss)、それに自分でプロデュースしたものなんだけど、かなりその要素が出てると思う。もうひとつは「Tequila Coma」で、これはスニーカー・ピンプスの世界観に近い感じかな。

ポーティスヘッドは、ベス・ギボンズの声も印象的。深く心に響くというか。ブロードキャストもそう。(トリッシュ・キーナンの)ファム・ファタール的な雰囲気を纏った声って、とても魅力的で強力なツールだと思う。初期の自分はソフトかつ繊細に歌っていたけど、本当はずっとこういう表現をしてみたかったの。

—ほかには?

ユール:「Eko」は、イモージェン・ヒープの作品にインスパイアされた曲なの。彼女はすごく独特なメロディのフロウを持っていて、ほとんど遠吠えのような感じなんだ。

それから、キャロライン・ポラチェックもすごく尊敬してる。彼女のことは2017年、共通のプロデューサーであるダニー(ダニー・L・ハール)を介して知ったんだけど、数年前にロンドンで実際に会う機会があったの。彼女はさっき話したようなボーカル・スタイルの権威とも言える存在で、声のテクスチャーや感情、脆さを表現する、興味深い技術を駆使している人。そこから自分も新しい音声表現や、新しいジャンルのインスピレーションを取り入れて、なおかつポップが持つ繊細さもそこに加えたかった。ファム・ファタール的なエッジも意識しつつ、同時に”失われた純粋さ”への憧れもあったから。

だから、このアルバムは”新しい時代のポップ”と、ほぼアヴァンギャルドと言ってもいいようなポップが融合したサウンドになってる。まだ完全に”ポップ”とは言いきれないけど、それに近いものを目指しているという感じ。それに今回は、意図的に昔のサウンドを取り入れて、いろんなスタイルで遊んでみたかったんだ。そういった音を”取り戻す”ことが楽しくて。自分は1997年生まれで、そういう音楽を聴いて育ってきたし、どこか懐かしさも感じる。最近では、ジュリー(julie)みたいなバンドも90年代っぽい音楽をやってるよね。そうした時代の音楽にオマージュを捧げることは、自分にとっても大切なことなんだ。

—たしかに、今作ではこれまで以上にあなたの歌声がはっきりと聴こえてくる印象を受けました。これまではエフェクトを多用する場面も多かったと思うのですが、今作では”そのまま”に近い声の質感だなと。そのあたりは意識していたのでしょうか?

ユール:意図的だったのは間違いないね。曲作りを始めた頃からずっとツアーを回ってきて、感情をソフトなメロディのフロウに乗せて表現するのって、実はすごく難しいって感じてた。もちろん、そういうことを上手にできるアーティストもいるけど、自分はステージの上でも、もっと生々しくて、抽象的ですらある感情をさらけ出したいと思ってた。

以前はライブでもオートチューンのデバイスを使っていて、ロボットっぽいサウンドを出せるのが面白かったし、『Glitch Princess』でもそういうソフトウェアを取り入れていた。でも2年くらい前に、テクニカルライダーから外したの。そこから、ボーカル・エフェクトは極力使わないようになった。とくに、苦しみや叫び、唸るような感情を表現するには、生々しさが不可欠だと感じるようになったんだ。そういう不完全さの中に、何か神聖なものが宿っている気がしていて。それにむしろ、AI音楽がここまで進化しているなかで、”音程が外れている歌声”って再現しにくくなってきてるんじゃないかって思ったからでもある。

最近、Suno AIっていう音楽生成アプリを試しに使ってみたんだけど……スタジオで曲を作ってるときに、ドラマーと一緒にちょっと好奇心で触ってみたの。そしたら、正直めっちゃ怖くなって。「オーマイゴッド、自分もう別の仕事を見つけた方がいいんじゃない?」って(笑)。Sunoで生成した曲がすごく良かったの。もう自分たちは用無しなんじゃないかと思ったくらい。ビートルズっぽいメロディが、すごくスパイシーな五度進行になってて、ペンタトニック・スケールまで使ってて。「音楽理論まで理解してるの!?」って(笑)。それもあって、「わざとクソみたいなサウンドを出して、誰にも真似されないようにしなきゃ」って思ったんだ。

—今作には盟友のキン・リオン(Kin Leonn)、ムラ・マサやクリス・グレッティといったお馴染みの面々に加え、A.G.クックやクラムス・カジノといった初顔合わせのプロデューサーも参加しています。どのような経緯で一緒に仕事をすることになったのでしょうか?

ユール:A.G.とは友人を通じて出会ったの。自分はいつも、アルバムのプロデューサーが誰なのかを調べるのが好きで。彼はもちろん、チャーリー・XCXのサウンドに大きく貢献してきた人だし、ソロ・アルバム『7G』もすごく印象に残ってる。2021年のリリースだけど、当時いちばん新鮮で、実験的でありながらポップでエレクトロニックな作品だったと思う。混沌としてるけど艶があって、”ディテールにまでこだわった混沌”という感じ。同じようなスタイルを挙げるなら、エイフェックス・ツインやアルカとか。

A.G.とはそうやって出会って、お互いに興味の対象も重なっていて。それで一緒にロンドンで「Saiko」を作ったんだけど、クラシックな雰囲気がありつつ、彼が加えてくれたギターエフェクトが本当にクールで素晴らしかった。自分はギターペダルとかギターエフェクトのオタクでもあるから、他の人がギターサウンドをどんなふうに切り刻んだり、加工したりしてるのかを見るのが大好きなんだよね。

—クラムス・カジノとは?

ユール:まだ実際に会ったことはなくて、オンライン上の友人なの。ドラマーのフィットネスと一緒に「Skullcrusher」を作っていたとき、「この曲、クラムス・カジノのインスト・アルバムみたいじゃない!?」ってなって、彼にDMしてみたの。そうしたら、彼がそのデモを本当に気に入ってくれて、最高にクレイジーなシンセのサンプルを加えてくれたの。それを自分がさらに切り刻んで、まるで機械の脈動みたいなサウンドに仕上げたんだ。自分は、曲に”波”や”流れ”がある感じがすごく好きで……ぶつかりそうで、でもすり抜けていくような。まるで呼吸しているみたいな音。クラムス・カジノは、そういう生きてるような音、呼吸して脈打ってるようなサウンド作りが本当に上手だと思う。

yeuleが語るAI時代の「生身」の音楽、『エヴァ』とポーティスヘッド、ノンバイナリーの思想

Photo by Vasso Vu

—今年に入ってから、ロンドンのラジオ局・NTS Radioで、あなたが選曲を手がける番組「altar ♱ electronica w」が何度か放送されていますよね。番組ではどのような基準で楽曲を選んでいるのでしょうか?

ユール:自分のバンドのドラマー、ライアンはフィットネスっていう名前で活動していて、素晴らしいエレクトロニック・プロデューサーでもあるんだけど、彼がそういう音楽をやっている仲間たちを、1年かけて隅々まで紹介してくれたんだ。そこから、自分の音楽の世界が一気に広がった。

だからNTSの番組は、SoundCloudで活動しているダークなエレクトロニカのアーティスト、奇想天外で美しくて、限界を押し広げるようなサウンドを作っている人たちを紹介するためのプラットフォームにしたかった。アグレッシブなんだけど、同時にダンス・ミュージックとしての技術や精度も持ち合わせているような音。業界の緊張感に揺さぶりをかけるようなサウンドっていうのかな。ホラー映画から叫び声や暴力的なサウンド、生々しいエッジをサンプリングしているアーティストもいて、そういうのもすごく面白い。そこには脆さや傷つきやすさもあるし、自分の育った風景を思い出させてくれるの。学校のノイズや、歪んでいながらもどこかクリアな音。そんな音に囲まれて育ってきたから。

自分は、歪んだ音やノイズのような反音楽的なサウンドを、けっして諦めたくないと思っていて。だって、そういう音楽って本当に面白いから。パンクやノイズの感覚がエレクトロニックの世界に繋がっている感じが面白いと思う。ちなみに、ノイズバンドで昔から好きなのはMerzbowとBoris。ブラック・フラッグもすごく好き。

NTS Latest · altar ♱ electronica w/ yeule 030125

ノンバイナリーの思想、ヴィジュアル系へのシンパシー

—前作のインタビューで、ご自身のメイクについて「深海生物や爬虫類にインスピレーションを受けている」と話していたのが印象的でした。その頃と比べると、今作のアートワークは生身の人間らしさがメイクからも感じられる気がします。

ユール:前作のフェーズでは、顔を歪ませたり、変形させたり、傷をつけたりして、”完全に人間でなくなる”ことを目指していた。でも、このアルバムではそのスタイルを少し離れて、「誇張されたメイクはマスクではない」っていう考え方に戻ってきたの。マスクじゃなくて、むしろ”鎧”。自分が何を感じていて、どう見られたいかを表現する手段としてのメイク。

多くの人がメイクを”美しさを引き立てるためのツール”だと捉えているけれど、自分にとっては芸術表現の一種なんだ。極限まで削ぎ落とされた、古典的な生の肌、黒いまつげ、色味のない唇……そういうものにすごく惹かれる。そのあたりは、ゲームの『サイレントヒル』からの影響も大きいね。あの霧の情景は本当に美しいと思う。あと、Chilla's Artっていう日本のゲーム制作チーム、知ってる? すごくクールなホラーゲームを作ってるんだ。女の子が夜道を歩いていて、ふとコンビニに入ったら不気味なことが起こる……みたいなシチュエーションで。その情景がとても美しくて。夜の色とかね。それって静けさや孤独に、どこか安心感を見出しているからなんじゃないかな。青空や日差しは一般的には幸せの象徴だけど、霧や暗闇にも、人は安らぎを感じることがあると思う。

とにかく、ファッションやメイクって、ただのコスチュームじゃなくて、感情の居場所をチャネリングするような存在だと思う。よく自分が”乖離”してしまうというか……うまく溶け込めないときがあって、そんなとき、自分のことを彫像みたいに感じることがあるの。ちょっと説明が難しいけれど、そういうときは、古典的な彫刻としての自分を表現したくなる。だから最近のメイクは、もうそこまで大げさなものにはしたくなくて、どちらかというと”哀悼”とか古典絵画みたいな雰囲気を出したいと思ってる。

yeuleが語るAI時代の「生身」の音楽、『エヴァ』とポーティスヘッド、ノンバイナリーの思想

Photo by Vasso Vu

—あなたは音楽や歌詞を通して、クィアやノンバイナリーの人々が抱える悩みや葛藤に寄り添い、多くの共感や力を与えている存在だと思います。アジアの国々も含めて、セクシュアル・マイノリティの人々が生きる社会は、今、良い方向へ向かっていると感じますか?

ユール:自分は東南アジアで育ったんだけど、あそこは伝統的な宗教観が深く根付いている地域だった。だからこそ、ノンバイナリーやクィアの人たちは、今後もアジアの社会の中で多くの暴力に直面し続けることになるんじゃないかと思ってる。それが現実だと思う。自分は世界に多くいる、ノンバイナリーを自称する個人のひとりにすぎない。殉教者になれるわけでもないし、説教できるような立場でもない。それでも、少しずつ状況は変わりつつあって、自分たちが”存在を許されている”と感じられる瞬間もある。

学校でポスト・ヒューマン文学や学術的なテキストをたくさん読んできたなかで、いちばんしっくりきたのが、ダナ・ハラウェイの「サイボーグ宣言」。。これはよくインタビューでも話してるんだけど、「サイボーグの身体は無垢ではない」という言葉にすごく共感している。ハラウェイは、サイボーグという存在を”性別の非二元性”の最前線としてとらえて、性を取り払い、解体し、流動的で、変換可能なものとして捉えた。その視点は、社会が成熟していくため、他者を見る目を変えていくためにすごく重要だと思う。

自分自身のアイデンティティを理解するうえでも、テクノロジー、戦争、社会的規範、記憶、経験、トラウマ――そうしたものによって形成される”断片的なネットワーク”として自分を捉えている。だから、自分にとって”性別を経験する”というのは、二元性を解体することそのものなんだ。

他人からすると、自分は”女の子”に見えるかもしれない。でも、多くの人がノンバイナリーという概念を誤解していると思う。「こう見られたいと思ってるんでしょ?」って。それは少し違っていて——「これは自分のためのものであって、あなたのためのものじゃない」っていうことなんだよね。誰かが誰かのジェンダーを”誤魔化す”とか、”間違って認識する”という行為があるとしたら、それはその人自身の問題。でも同時に、それは”自分自身をどう理解しているか”とも関わってくる。ノンバイナリーのアイデンティティには、そういったプロセスや”流れ”が必要だし、”性別の不在”という考え方は、自分にとってすごく解放的なことなんだよね。

自分にやさしい言葉をかけてくれる友人たちには、心から感謝してる。もし彼らが、自分の存在を通して、少しでも彼ら自身を理解する手助けができているのだとしたら、それはすごく嬉しい。同時に、自分にも尊敬する人たちがいて、彼らが自分を理解する助けになってくれた。だから、この状況はいつかきっと変わると、希望は持っている。でも……たとえばアメリカでは、今の政治状況はむしろ後退しているようにも感じている。性転換手術を保険でカバーできなくなったって。イギリスでは保険で手術を受けられるけど、待機リストがとても長くて。それでも、イギリスでは少なくとも自分たちを”生身の人間”として見てくれるところがある。でも、社会全体としては「一歩前進して二歩後退している」ような気がしてならない。

今の自分たちにできる最善のことは、真実を恐れずに語ること、自分が信じる道を生きること、そしてそれを表現することだと思ってる。

—最後の質問です。前作のインタビューの時に、日本のカルチャーや作品からも大きな影響を受けていて、いつかBABYMETALやきゃりーぱみゅぱみゅと共演してみたいと仰っていましたが、今気になる日本の音楽やアーティストを教えてください。

ユール:Tommy heavenly6も好きだったし、岩井俊二監督の映画『リリイ・シュシュのすべて』で歌っていたSalyuもすごくいいよね。たしか、YEN TOWN BANDにも参加してたはず。そのCDがね、ここにあるんだよ(と言ってCDを見せる)。これ、もうどこにも売ってなくて、Spotifyにも全然ないんだ。eBayで日本人の女の子から買ったの。すごいでしょ。

さっき90年代や2000年代の音楽の話をしたけど、自分はヴィジュアル系にも夢中だったんだよね。X JAPANとかLUNA SEA、それからMIYAVIが大好き。人生で3番目に買ったCDがMIYAVIの『MYV☆POPS』で、あのアルバムは本当に衝撃的だった。ヴィジュアル系って、とてもメランコリックでマキシマリストっぽい美学を持ってると思う。醜く見えることも、華やかすぎることも、悲しすぎることも全然恐れていない。とても演劇的で新鮮で、甘さと歪みを混ぜ合わせたようなサウンド。すごく独特な美意識だと思う。

yeuleが語るAI時代の「生身」の音楽、『エヴァ』とポーティスヘッド、ノンバイナリーの思想

ユール
『Evangelic Girl is a Gun』
2025年5月30日リリース
詳細:http://beatink.com/products/detail.php?product_id=14764
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