2019年の「Summer Girl」のミュージックビデオでは、ハイムの3人が地元ロサンゼルスの街を歩きながら、少しずつ服を脱いでいく。ポール・トーマス・アンダーソンが監督を務めたこのビデオは、3姉妹がダウンジャケットやピーコートを着て登場し、やがて水着のトップス姿でベンチュラ・ブルバードを歩くシーンで締めくくられる。夕陽が沈み、夢のようなカリフォルニアの一日が終わりを迎える。
このビデオは、ハイムの音楽を聴く感覚そのものだ。彼女たちは、70年代のロックやR&Bのエッセンスを巧みに取り入れた、洗練されたソフトなポップ・ロックを得意とするバンド。どの季節にも映える音楽だが、このヴァレー出身の3姉妹は、うだるような夏の日にぴったりの清涼剤のような存在で、冷たい飲み物と芝生用のチェアがよく似合う──まさに、彼女たちが2013年の名盤『Days Are Gone』のジャケットで座っていたような椅子だ。そして、新作『I Quit』では、その”夏のムード”を完成させるだけでなく、文字どおり熱気を最大限まで引き上げ、そのなかで堂々と輝いている。
新たな時代の幕開けを告げるのは「Relationships」だ。この曲は2017年から”ハイム・ユニバース”の中でじっくりと熟成されてきたが、これまでのアルバムにはうまく収まりきらなかっただろう。テーマは、恋愛という地獄のような現実についての瞑想。なぜ人は恋愛に関わるのか、どうしてケンカは〈17日間〉にも及んでしまうのか、そして、いつ〈もうやめるべき時〉が訪れるのかを問う。
リリースと同時に、ハイムはSNS上で「シングル・ガールの夏」の到来を宣言した。そして最近ロサンゼルスで行われたライブでは、そのモットーについてさらに踏み込んで語った。「みんなに知っておいてほしいんだけど、このアルバムを作ったとき、ハイム史上初めて、私たち3人全員がシングルだったの」とアラナが話す。「だから、いろんなヤバいことが詰まってるってわけ。全部ぶちまけたから、楽しんでね!」
嘘じゃない。『I Quit』にはなんと全15曲が収録されている。前作『Women in Music Pt. III』(2020年)の13曲に比べればわずか2曲多いだけだが、本作はより一貫性があり、失恋とその先にある自立をテーマにしたカタルシス満載のコンセプト・アルバムに仕上がっている。オープニング・トラック「Gone」で、ダニエルは〈ちょっと注目してくれる?〉と力強く呼びかける。そして、ジョージ・マイケルの「Freedom 90」のサンプルに乗せて、〈好きなことをする/会いたい人に会う/好きなときに姿を消す/必要な自分になる〉と新たな目標を次々に宣言する彼女の姿に、これまで以上に心を奪われる。
続く楽曲「All Over Me」では、その自由への意志がさらに強調される。これは、いわゆる”友達以上恋人未満”の関係に徹することを歌った、セクシーで鮮烈な一曲だ。
我が道を突き進むハイム姉妹
ハイムはこれまでも常にクラシック・ロックの研究者のような存在であり、その影響は本作の随所にも色濃く表れている。「The Farm」は間違いなくハイライトのひとつで、3人がアメリカーナの世界に全振りした楽曲だ。ダニエルのソウルフルなボーカルは、リヴォン・ヘルムやザ・バンドを彷彿とさせる。「Blood on the Street」では、ブルージーな楽曲の中で3姉妹それぞれが順番に歌声を披露し、終盤にはダニエルによる激しいギターソロが炸裂する。
「Take Me Back」は10代のノスタルジアを歌ったアンセムであり、その中でダニエルは〈19の頃から恋に落ちたり冷めたりしてきた〉と歌う。この一節は、ジョニ・ミッチェルの「Dont Interrupt the Sorrow」に登場する〈17の頃から/誰の支配も受けてこなかった〉という何気ない一節を彷彿とさせる。
『I Quit』は、ハイムにとって長年共同プロデューサーを務めてきたアリエル・レヒトシェイド(かつてダニエルのパートナー)抜きで制作された初のアルバムだ。その代わりに、今回はダニエルが、これまでもたびたび共作してきたロスタム・バトマングリと共にプロデュースを担当している。
From Rolling Stone US.

ハイム
『I quit』
国内盤CD/輸入盤各種/デジタル配信
発売中
再生・購入:https://umj.lnk.to/HAIM.Quit

FUJI ROCK FESTIVAL '25
2025年7月25日(金)、26日(土)、27日(日)
新潟県・湯沢町 苗場スキー場
※ハイムは7月27日出演
https://fujirockfestival.com