『ブラックパンサー』を手がけたライアン・クーグラー監督による大ヒット中のホラー映画『罪人たち』。本作を語るうえで欠かせない音楽の魅力、サウンドトラックとスコアについて、荒野政寿(シンコーミュージック)に解説してもらった。
メタル/グランジの影響が意味するもの
1932年のミシシッピ州を舞台にした『罪人たち』はブルースを大々的にフィーチャー、その音楽も話題になり、様々に研究されているが。試写を観た時点から、”戦前ブルースの再現”とは別の文脈のヘヴィさがサウンドトラックに練りこまれているのを感じていた。筆者はたまたま音楽を手がけたルドウィグ・ゴランソンがメタリカのファンであることを知っていたので、そちら方面のインプットが何かしらありそうな気がして参加ミュージシャンをチェックしていくと……案の定メタリカのドラマー、ラーズ・ウルリッヒの名前が、終盤の重要なシーンで流れる「Bury That Guitar」にクレジットされていた。
San Francisco Chronicleのインタビューで、ライアン・クーグラー監督も、『罪人たち』のインスピレーション源にメタリカの「One」があったことを認めている。あの曲についてクーグラーは「最初は激しく始まるけど、その後メロディアスになっていき、めちゃくちゃクレイジーな方向へ向かっていく。でも、曲が終わる頃には、たどり着くであろう場所がはっきりと分かっていた」と説明しているが、それこそまさに、『罪人たち』の構成そのものと言えまいか。
ヒップホップにどっぷりなイメージがあるライアン・クーグラーだが、1986年生まれの彼は、10代の頃にハードロックやグランジもたっぷり聴いていたそう。「In Moonlight」にはアリス・イン・チェインズのジェリー・カントレルが参加しているが、クーグラーは『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の制作中からカントレルをサウンドトラックに起用することを考えていたというから意外だ。彼が育ったオークランドではグランジが大流行していて、中でも一番のお気に入りがアリス・イン・チェインズだったそう。
Consequenceのインタビューでルドウィグ・ゴランソンは、クーグラーがカントレルの音楽に惹かれたのは「ブルースとのつながりが強かったからだろう」と分析している。『罪人たち』の脚本を書いている間も、クーグラーはアリス・イン・チェインズの曲をゴランソンに送り続けていたそうだ。カントレルに「君が『罪人たち』のサウンドトラックに起用されるかもしれないよ」と、ラーズ・ウルリッヒがこっそり伝えてきた、というエピソードも面白い。
同じくConsequenceのインタビューで、ジェリー・カントレルは自身のルーツにブルースがあったことを明かし、「ロバート・ジョンソンの時代、ジミ・ヘンドリックスの時代、デルタ・ブルースの起源となった偉大なブルース・プレイヤーたちの音楽など、あらゆるものを聴いてきた。僕の中には、最初からブルースがたっぷりと入っていたよ」と語る一方、「アメリカの音楽はどれも、ロックンロール、ラップ、ソウル、ブルース、ジャズといった、あらゆる要素が混ざり合ったマッシュアップだ」と言っている。それらの始点がミシシッピデルタだった、ということも──『罪人たち』の音楽のヴィジョンに、そのまま当てはまりそうな説明だ。
その記事でもうひとつ印象に残ったのは、ジェリー・カントレルの曽祖母がネイティブアメリカンのチョクトー族だったと話していること。というのも、ジャック・オコンネルが演じるアイルランド系移民の吸血鬼、レミックを追って、チョクトー族が登場するシーンが『罪人たち』にはあるのだ。そうした意外な接点が含まれてしまうところにも、アメリカにおける移民の歴史を踏まえた本作の奥深さを感じずにいられない。
ブルースの魅力的な再提示
『罪人たち』についてライアン・クーグラーが語っている通り、本作はブルースを愛していた彼の大叔父と、自身がヒップホップを通して知ったブルース、2つが出発点になっているのだが。ルドウィグ・ゴランソンの父もブルースギター奏者で、事前に親子でメンフィスまで赴いてブルースの歴史を研究したという。ゴランソンはスコアでも自らドブロ(リゾネーターギター)を弾いたが、それは劇中で主人公のサミー(演じるは新人のマイルズ・ケイトン)が弾いているあのギターと同じだ。
ニューヨークで生まれ育ったマイルズ・ケイトンは、幼い頃から音楽に親しんで育ったそうだが、ギターの経験はゼロ。バックボーカル担当として一緒にツアーを回っていたH.E.R.から『罪人たち』について教えられ、オーディションに応募してみるよう勧められたという。届いたデモテープで彼のバリトンボイスを初めて聴いた瞬間から、ライアン・クーグラーもルドウィグ・ゴランソンも特別なものを感じたそうだ。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でディランを演じたティモシー・シャラメは制作途中にコロナ禍を挟んだおかげでたっぷりギターを練習できたと言っているが、それに対してケイトンの練習期間はわずか3カ月! そんな短期間で、スライドギターのソロを見事に弾きこなすところまで成長できたことに驚かされる。「Travelin」などの場面で見せる堂々たる弾きっぷり、歌いっぷりは、間違いなく本作の見どころのひとつだ。
ルドウィグ・ゴランソンはVarietyのインタビューで、「キッズに家に帰ってギターを弾きたいと思ってもらいたいんだ。マイルズのような19歳の若者がギターを弾いている姿は、子供たちにとって共感できるものだよね」と語っている。本作を通してブルースという未知の音楽に触れ、ボビー・ラッシュやバディ・ガイの存在を知った”『罪人たち』世代”が出現することこそ、制作陣にとって何よりの喜びだろう。”ブルースの魅力的な再プレゼンテーション”という簡単そうだがしばらく誰もやれていなかったことも、本作を語る上で欠かせないポイントのひとつだ。
ルドウィグ・ゴランソンと一緒に「I Lied to You」を歌うマイルズ・ケイトン
同じくサミーが歌う「I Lied To You」はラファエル・サディークとルドウィグ・ゴランソンの共作。この曲はサディークが19歳のときに思いついたリフを元にしているそうで、彼がブルースから受けた影響をあぶり出している。劇中ではジュークジョイントで歌うサミーの周りで、幻のようにアフリカのグリオや、Pファンクを連想させるギタリスト、ラッパーやDJの姿が次々に現れる、本作で最もぶっ飛んだシーンにフィーチャーされた。Billboardのインタビューでサディークは、この映画のプロセスを通して「バプテスト教会のルーツに立ち返ることができた。曲の中で歌っているハミングさえも、ユニオン・バプテスト教会から受け継いだものだ」とも語っている。「悪魔の音楽」と呼ばれたブルースと聖なるものが、時にぶつかり合い、時に混じり合う緊張感を表す上で、越境的なR&Bアーティストであり続けてきたラファエルほど適任な人はいないだろう。
アメリカ音楽史の交差点
後半のクライマックスと呼びたいシーンのひとつで流れるのが「Pale, Pale Moon」。ブリタニー・ハワードの強烈な歌唱が耳に残る、ジュークジョイントでの壮絶な場面だ。ルドウィグ・ゴランソンによると、あのシーンは制作初期にライアン・クーグラーと話し合ったアイディアのひとつだったそう。ジェイミー・ローソンが演じるパーリンが舞台に上がってから巻き起こる凄惨な出来事の数々と同時進行で、歌の盛り上がりも頂点に向かってヒートアップしていく。
リアノン・ギデンズは共にオールドタイム・ミュージックを奏でるキャロライナ・チョコレート・ドロップスの仲間、ジャスティン・ロビンソン(フィドル)と「Old Corn Liquor」に参加した。ビヨンセの『Cowboy Carter』にも参加したギデンズは、”バンジョーは黒人の楽器だった”という重要な歴史に着目、フォークとカントリーの黒人ルーツを取り戻すための運動に尽力してきた。WPLNのインタビューでも「『罪人たち』でのバンジョーの使い方も大きな一歩だと思う」とコメント、さらに「これはムーブメントであり、私だけの問題ではないと理解している」と念を押す。
黒人ルーツのフォーク/カントリーを象徴する曲として「Old Corn Liquor」がある一方で、白人のフォークソングも本作では重要な位置を占める。ジャック・オコンネルが「Will Ye Go, Lassie Go?」(ロックファンにはザ・バーズがカバーした際の「Wild Mountain Thyme」というタイトルの方がお馴染みだろう)を歌う悪夢のようなシーンは、オコンネル自身のアイディアを採用してあの曲を選んだそう。悪夢的と言えば、同じくオコンネルらが歌う、エキストラ200人を起用した「Rocky Road To Dublin」のシーンも鮮烈で、単にアイリッシュフォーク風に仕上げるのではなく、打ち込みのビートを敷いたいびつな響きが、いかにもルドウィグ・ゴランソンらしい。そうした過去と未来が交差する独特な質感は、「I Lied To You」のシーンとも通底しているように思う。
その「I Lied To You」の場面から地続きに思える、ラッパーのロッド・ウェイヴが提供したいわゆるインスパイア曲、「Sinners」のMVもぜひ見て欲しい。
ブルース、フォーク、カントリー、ヘヴィ・メタルやグランジ、そしてヒップホップ……1932年を舞台にした映画に、ここまでありとあらゆる音楽の要素を凝縮できてしまうルドウィグ・ゴランソンの手腕にも敬服するが。ヴァンパイア・ムービーという”型”を借り、移民の国であるアメリカの本質を描こうとしたライアン・クーグラーのひらめきを、ゴランソンが全力で受け止め、曲ごとに知恵を絞り切ったからこその収穫だろう。オリジナルサウンドトラック・アルバムとスコア、両方を通して丹念に聴いていくと、慎重に考え抜いた跡が見えてくるはずだ。
【関連記事】『罪人たち』ライアン・クーグラー監督が語る、ヒップホップと黒人音楽の搾取構造
『罪人たち』オリジナル・サウンドトラック
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Sinners_OSTFY
『罪人たち』スコア
ルドウィグ・ゴランソン
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Sinners_ScoreFY
『罪人たち』
2025年6月20日(金)IMAX、2D字幕、Dolby Cinemaで劇場公開
出演:マイケル・B・ジョーダン、ヘイリー・スタインフェルド、マイルズ・ケイトン、ジャック・オコンネル、ウンミ・モサク、ジェイミー・ローソン、オマー・ベンソン・ミラー、デルロイ・リンドー
監督・脚本・製作:ライアン・クーグラー
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Sinners/137分/PG12
©2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories
公式サイト:https://www.warnerbros.co.jp/movie/o596j9bjp/
メタル/グランジの影響が意味するもの
1932年のミシシッピ州を舞台にした『罪人たち』はブルースを大々的にフィーチャー、その音楽も話題になり、様々に研究されているが。試写を観た時点から、”戦前ブルースの再現”とは別の文脈のヘヴィさがサウンドトラックに練りこまれているのを感じていた。筆者はたまたま音楽を手がけたルドウィグ・ゴランソンがメタリカのファンであることを知っていたので、そちら方面のインプットが何かしらありそうな気がして参加ミュージシャンをチェックしていくと……案の定メタリカのドラマー、ラーズ・ウルリッヒの名前が、終盤の重要なシーンで流れる「Bury That Guitar」にクレジットされていた。
San Francisco Chronicleのインタビューで、ライアン・クーグラー監督も、『罪人たち』のインスピレーション源にメタリカの「One」があったことを認めている。あの曲についてクーグラーは「最初は激しく始まるけど、その後メロディアスになっていき、めちゃくちゃクレイジーな方向へ向かっていく。でも、曲が終わる頃には、たどり着くであろう場所がはっきりと分かっていた」と説明しているが、それこそまさに、『罪人たち』の構成そのものと言えまいか。
ヒップホップにどっぷりなイメージがあるライアン・クーグラーだが、1986年生まれの彼は、10代の頃にハードロックやグランジもたっぷり聴いていたそう。「In Moonlight」にはアリス・イン・チェインズのジェリー・カントレルが参加しているが、クーグラーは『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の制作中からカントレルをサウンドトラックに起用することを考えていたというから意外だ。彼が育ったオークランドではグランジが大流行していて、中でも一番のお気に入りがアリス・イン・チェインズだったそう。
Consequenceのインタビューでルドウィグ・ゴランソンは、クーグラーがカントレルの音楽に惹かれたのは「ブルースとのつながりが強かったからだろう」と分析している。『罪人たち』の脚本を書いている間も、クーグラーはアリス・イン・チェインズの曲をゴランソンに送り続けていたそうだ。カントレルに「君が『罪人たち』のサウンドトラックに起用されるかもしれないよ」と、ラーズ・ウルリッヒがこっそり伝えてきた、というエピソードも面白い。
同じくConsequenceのインタビューで、ジェリー・カントレルは自身のルーツにブルースがあったことを明かし、「ロバート・ジョンソンの時代、ジミ・ヘンドリックスの時代、デルタ・ブルースの起源となった偉大なブルース・プレイヤーたちの音楽など、あらゆるものを聴いてきた。僕の中には、最初からブルースがたっぷりと入っていたよ」と語る一方、「アメリカの音楽はどれも、ロックンロール、ラップ、ソウル、ブルース、ジャズといった、あらゆる要素が混ざり合ったマッシュアップだ」と言っている。それらの始点がミシシッピデルタだった、ということも──『罪人たち』の音楽のヴィジョンに、そのまま当てはまりそうな説明だ。
その記事でもうひとつ印象に残ったのは、ジェリー・カントレルの曽祖母がネイティブアメリカンのチョクトー族だったと話していること。というのも、ジャック・オコンネルが演じるアイルランド系移民の吸血鬼、レミックを追って、チョクトー族が登場するシーンが『罪人たち』にはあるのだ。そうした意外な接点が含まれてしまうところにも、アメリカにおける移民の歴史を踏まえた本作の奥深さを感じずにいられない。
ブルースの魅力的な再提示
『罪人たち』についてライアン・クーグラーが語っている通り、本作はブルースを愛していた彼の大叔父と、自身がヒップホップを通して知ったブルース、2つが出発点になっているのだが。ルドウィグ・ゴランソンの父もブルースギター奏者で、事前に親子でメンフィスまで赴いてブルースの歴史を研究したという。ゴランソンはスコアでも自らドブロ(リゾネーターギター)を弾いたが、それは劇中で主人公のサミー(演じるは新人のマイルズ・ケイトン)が弾いているあのギターと同じだ。
ニューヨークで生まれ育ったマイルズ・ケイトンは、幼い頃から音楽に親しんで育ったそうだが、ギターの経験はゼロ。バックボーカル担当として一緒にツアーを回っていたH.E.R.から『罪人たち』について教えられ、オーディションに応募してみるよう勧められたという。届いたデモテープで彼のバリトンボイスを初めて聴いた瞬間から、ライアン・クーグラーもルドウィグ・ゴランソンも特別なものを感じたそうだ。
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でディランを演じたティモシー・シャラメは制作途中にコロナ禍を挟んだおかげでたっぷりギターを練習できたと言っているが、それに対してケイトンの練習期間はわずか3カ月! そんな短期間で、スライドギターのソロを見事に弾きこなすところまで成長できたことに驚かされる。「Travelin」などの場面で見せる堂々たる弾きっぷり、歌いっぷりは、間違いなく本作の見どころのひとつだ。
ルドウィグ・ゴランソンはVarietyのインタビューで、「キッズに家に帰ってギターを弾きたいと思ってもらいたいんだ。マイルズのような19歳の若者がギターを弾いている姿は、子供たちにとって共感できるものだよね」と語っている。本作を通してブルースという未知の音楽に触れ、ボビー・ラッシュやバディ・ガイの存在を知った”『罪人たち』世代”が出現することこそ、制作陣にとって何よりの喜びだろう。”ブルースの魅力的な再プレゼンテーション”という簡単そうだがしばらく誰もやれていなかったことも、本作を語る上で欠かせないポイントのひとつだ。
ルドウィグ・ゴランソンと一緒に「I Lied to You」を歌うマイルズ・ケイトン
同じくサミーが歌う「I Lied To You」はラファエル・サディークとルドウィグ・ゴランソンの共作。この曲はサディークが19歳のときに思いついたリフを元にしているそうで、彼がブルースから受けた影響をあぶり出している。劇中ではジュークジョイントで歌うサミーの周りで、幻のようにアフリカのグリオや、Pファンクを連想させるギタリスト、ラッパーやDJの姿が次々に現れる、本作で最もぶっ飛んだシーンにフィーチャーされた。Billboardのインタビューでサディークは、この映画のプロセスを通して「バプテスト教会のルーツに立ち返ることができた。曲の中で歌っているハミングさえも、ユニオン・バプテスト教会から受け継いだものだ」とも語っている。「悪魔の音楽」と呼ばれたブルースと聖なるものが、時にぶつかり合い、時に混じり合う緊張感を表す上で、越境的なR&Bアーティストであり続けてきたラファエルほど適任な人はいないだろう。
アメリカ音楽史の交差点
後半のクライマックスと呼びたいシーンのひとつで流れるのが「Pale, Pale Moon」。ブリタニー・ハワードの強烈な歌唱が耳に残る、ジュークジョイントでの壮絶な場面だ。ルドウィグ・ゴランソンによると、あのシーンは制作初期にライアン・クーグラーと話し合ったアイディアのひとつだったそう。ジェイミー・ローソンが演じるパーリンが舞台に上がってから巻き起こる凄惨な出来事の数々と同時進行で、歌の盛り上がりも頂点に向かってヒートアップしていく。
リアノン・ギデンズは共にオールドタイム・ミュージックを奏でるキャロライナ・チョコレート・ドロップスの仲間、ジャスティン・ロビンソン(フィドル)と「Old Corn Liquor」に参加した。ビヨンセの『Cowboy Carter』にも参加したギデンズは、”バンジョーは黒人の楽器だった”という重要な歴史に着目、フォークとカントリーの黒人ルーツを取り戻すための運動に尽力してきた。WPLNのインタビューでも「『罪人たち』でのバンジョーの使い方も大きな一歩だと思う」とコメント、さらに「これはムーブメントであり、私だけの問題ではないと理解している」と念を押す。
黒人ルーツのフォーク/カントリーを象徴する曲として「Old Corn Liquor」がある一方で、白人のフォークソングも本作では重要な位置を占める。ジャック・オコンネルが「Will Ye Go, Lassie Go?」(ロックファンにはザ・バーズがカバーした際の「Wild Mountain Thyme」というタイトルの方がお馴染みだろう)を歌う悪夢のようなシーンは、オコンネル自身のアイディアを採用してあの曲を選んだそう。悪夢的と言えば、同じくオコンネルらが歌う、エキストラ200人を起用した「Rocky Road To Dublin」のシーンも鮮烈で、単にアイリッシュフォーク風に仕上げるのではなく、打ち込みのビートを敷いたいびつな響きが、いかにもルドウィグ・ゴランソンらしい。そうした過去と未来が交差する独特な質感は、「I Lied To You」のシーンとも通底しているように思う。
その「I Lied To You」の場面から地続きに思える、ラッパーのロッド・ウェイヴが提供したいわゆるインスパイア曲、「Sinners」のMVもぜひ見て欲しい。
ストーリー全体を振り返るようなリリックは、ゴスペルからの影響を隠してこなかった彼らしさがよく出た、包容力のあるもの。ハードな生い立ちを経てきた彼の生き様を、本作に登場する”罪人”たちと重ね合わせて聴くことも可能だろう。
ブルース、フォーク、カントリー、ヘヴィ・メタルやグランジ、そしてヒップホップ……1932年を舞台にした映画に、ここまでありとあらゆる音楽の要素を凝縮できてしまうルドウィグ・ゴランソンの手腕にも敬服するが。ヴァンパイア・ムービーという”型”を借り、移民の国であるアメリカの本質を描こうとしたライアン・クーグラーのひらめきを、ゴランソンが全力で受け止め、曲ごとに知恵を絞り切ったからこその収穫だろう。オリジナルサウンドトラック・アルバムとスコア、両方を通して丹念に聴いていくと、慎重に考え抜いた跡が見えてくるはずだ。
【関連記事】『罪人たち』ライアン・クーグラー監督が語る、ヒップホップと黒人音楽の搾取構造

『罪人たち』オリジナル・サウンドトラック
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Sinners_OSTFY

『罪人たち』スコア
ルドウィグ・ゴランソン
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Sinners_ScoreFY

『罪人たち』
2025年6月20日(金)IMAX、2D字幕、Dolby Cinemaで劇場公開
出演:マイケル・B・ジョーダン、ヘイリー・スタインフェルド、マイルズ・ケイトン、ジャック・オコンネル、ウンミ・モサク、ジェイミー・ローソン、オマー・ベンソン・ミラー、デルロイ・リンドー
監督・脚本・製作:ライアン・クーグラー
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Sinners/137分/PG12
©2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories
公式サイト:https://www.warnerbros.co.jp/movie/o596j9bjp/
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