近年のブルーノート・レコードの快進撃は本当にすごい。ジョエル・ロスイマニュエル・ウィルキンスといったジャズシーンのキーマンたちと次々と契約し、重要作を立て続けにリリースしている。
かと思えば、世界的にはほぼ無名のブランドン・ウッディや南アフリカの新鋭リンダ・シカカネのような新たな才能を送り出してもいるし、ブルーノートの80年を超える歴史の中でも新たな黄金期と断言していい充実ぶりだ。

とはいえ、このご時世、レコード・レーベルだってビジネスとしてどう成立させるかにどこも腐心している。シーンを切り開くような斬新な音楽を作る若いアーティストの作品は必ずしもセールス面でも上手くいくとは限らない。新しいものは常にチャレンジングで、実験的でもあり、時代が追い付くまでには時間がかかることだってある。

ブルーノートは、そうした課題を軽やかに乗り越えてきた。ビジネスとして巧みに運営しながら、新たなジャズを提示し続け、若手や中堅アーティストにチャンスを与えたりしながら、シーンに刺激を与え続けている。まさに、音楽レーベルの理想を体現し続けているわけだ。

この10年、僕は奇跡のような状態がずっと続いていることに、驚きをもって眺めてきた。どうすれば、そんなことが可能なのか。先進的なアーティストに自由を与えながら、名門レーベルを維持し、運営していくことができるのか。ブルーノートの社長、ドン・ウォズに率直な疑問を投げかけてみた。9月には「Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN」およびブルーノート東京での単独公演に、自身の最新プロジェクト「パン・デトロイト・アンサンブル」を率いて出演することも決まった彼は、「アジアの市場をどう思っているのか」といった質問にも快く答えてくれている。


ブルーノートの最新リリースをまとめたプレイリスト「Jazz Now!」

歴史あるレーベルが若い才能を探し続ける理由

―近年、若手アーティストの育成にも力を注がれていると思います。あなたが関わったブルーノートのオールスター・グループ、Out Of/Intoについて教えてください。

ドン:まず、私たちは(Out Of/Intoに参加している)ジョエル・ロス、イマニュエル・ウィルキンス、ジェラルド・クレイトン、そしてケンドリック・スコットと、それぞれ個別に契約しました。私たちは時間をかけてひとりひとりと向き合ってきたんです。

私が10代の頃に聴いていた、おそらく最も好きなブルーノートのアルバム、たとえばウェイン・ショーター『Speak No Evil』、ハービー・ハンコック『Maiden Voyage』、ラリー・ヤング『Unity』などで演奏していたミュージシャンたちは、みんな20代だったんです。若い演奏家には特有のエネルギーと音楽に対する野心があります。それは「有名になりたい」という欲望ではなく、「音楽そのものを変革したい」という強い意志です。彼らは革命的な精神を持っています。しかし、その精神は年齢とともに徐々に薄れてしまうこともある。だから、レーベルには常に若い才能が流れ込んでくることが重要なんです。

もちろん、チャールス・ロイドのように、年齢を重ねても情熱を失わず、むしろ1967年の頃よりも反骨精神を持ち続けているようなアーティストも例外的にいます。それでも、若者にしか生み出せない表現というのは確かに存在していて、そのエネルギーを記録することが非常に大切なんです。
音楽を前進させるためには、それこそが鍵になる。

ジョエル・ロス、イマニュエル・ウィルキンス、メリッサ・アルダナ、ジュリアン・ラージ、ブランドン・ウッディ、そして新作のリリースを控えているポール・コーニッシュといったアーティストたちは、まさにその重要な担い手なんです。彼らこそが音楽の未来を切り拓いていく存在なんです。

大切なのはアーティストを信じること──ブルーノート社長ドン・ウォズが語る、理想の音楽レーベル像

Out Of/Into、左から: マット・ブリューワー、イマニュエル・ウィルキンス、ジョエル・ロス、ケンドリック・スコット、ジェラルド・クレイトン。Photo: Ryan McNurney / Blue Note Records

―レーベルとして長い歴史をもつからこそ、「今」としっかり向き合おうとしている部分もあるのでしょうか。

ドン:そうですね。私がブルーノートの社長に就任した際、最初に考えたのは「なぜ50年前、60年前に録音された音楽が、今なおこれほどまでに活き活きと聴こえるのか」ということでした。

私たちが見出したのは、いかなる時代においても──1940年代のセロニアス・モンク、1950年代のホレス・シルヴァーやアート・ブレイキーによるハード・バップ、1960年代のウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、オーネット・コールマン、エリック・ドルフィー、そして2012年のロバート・グラスパーに至るまで――彼らはみな、過去の音楽を徹底的に学び、その知識を土台にまったく新しい表現を生み出し、音楽の境界を押し広げてきました。

多くのミュージシャンは、過去を学んでも、それを再現するだけに留まり、いわば音楽の博物館のようになってしまって、未来を切り拓くような創造には至らない。でも、先ほど挙げたアーティストたちには、その「限界を超える力」が備わっていると私は確信しています。それこそが、今の音楽において最も重要なことだと思っています。

ブルーノートの新鋭たち:サックス奏者のメリッサ・アルダナ、トランペッターのブランドン・ウッディ、ピアニストのポール・コーニッシュ

―例えば、ヴィブラフォンひとつとっても、ミルト・ジャクソン、ボビー・ハッチャーソン、ステフォン・ハリス、そしてジョエル・ロスと、ブルーノートにおける系譜がありますよね。
そういった歴史の蓄積が、そのままレーベルカラーにもなっているようにも思いますし、そのあたりの「見せ方」に対しても自覚的であるような印象を受けます。

ドン:「そのアーティストがどの系譜に位置づけられるか」はもちろん考えます。それが私の仕事であり、自分のポジションに課された責任です。

ボブ・ディランの「It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)」という曲に〈生まれ続けていない者は、死に続けている〉という一節があります。レコード会社も同じです。私の役目は、レーベルを生き続けさせること。自分がそのレーベルを預かる間は、常に前に進めていかなければならない。そしてアーティストと契約し、その多くを本物へと育てていかなければならない。ブルーノートから出てくるアーティストたちこそが、ブルーノートというレーベルそのもの。だから、彼らの打ち出し方やブランディングが重要です。そこは意図的にやっていますね。

ジョエル・ロス

―契約するアーティストが「ブルーノートらしいかどうか」といった部分については、どのようにお考えですか?

ドン:それは私たちが彼らに教えることではないですし、明確に話し合うこともほとんどありません。
ただ、私たちがわかるのは、その人が「リーダー」になりうる人間かどうか。私たちが求めているのはリーダーなんですよ。

ここでいうリーダーとは、単にバンドをまとめる人や、お金を配分する人のことではありません。本当のリーダーとは、ビジョンを持ち、そのビジョンを実現させたいという強い意志を持ち、他の人たちを巻き込む力がある人を指します。

―というと?

ドン:チャールス・ロイドについて印象的なのは、彼と共演するミュージシャンたちが、彼がいないときとはまったく違う演奏をするという点です。たとえばジェイソン・モラン。私たちは最近、チャールスとジェイソン、ギターのマーヴィン・スーウェルによるトリオの新作を作りました。もし私がスタジオでジェイソンを見ていなかったら、録音だけ聴いても、それがジェイソンの演奏だとは気づかなかったかもしれません。偉大なリーダーは、周囲のミュージシャンから新たな表現を引き出すのです。

ジョエル・ロスもまた、そうしたリーダーのひとりだと思います。契約する前からそれは感じていて、彼が他のアーティストと共演しているときでも、明らかにバンド全体の音が変わっていました。たとえばマカヤ・マクレイヴンと演奏していたときも、彼の存在が全体に影響を与えていた。
彼は何かを引き出す力を持っている。私たちが探しているのはそういったリーダーです。

信じるアーティストには、とことん付き合う

―昔のジャズレーベルは、誰かのバンドでインパクトを残した若手と契約してましたよね。でも、近年のブルーノートはものすごく若く、まだキャリアが浅いアーティストといきなり契約しているように思います。ジョエル・ロスやイマニュエル・ウィルキンスもそうですよね。

ドン:たしかに、ジョエルやイマニュエルと契約した時点では、彼らにそうした背景はほとんどありませんでした。でも、ジェイソン・モランがイマニュエルのことを私に電話で伝えてくれたんです。当時の彼はまだ18歳くらいでしたが、ジェイソンは「次は彼だ(This is the next guy.)」と言っていました。そして、イマニュエルの1stアルバムを、ジェイソン自身がプロデュースしてくれた。つまり、イマニュエルはブルーノートと契約する前から、すでに完成していたんです。そのアルバムを聴いて、本人と話してみたら、すぐにわかりました。「これは特別な才能だ」って。


ただ、これは「つながり」の話であると同時に、「賭け」でもあります。必ずうまくいくとは限らない。将来有望だと思っていても、さまざまな理由で思ったように伸びないこともあります。そういうときは本当に悲しいし、心が痛みますね。

―でも、イマニュエルは間違いなく伸び続けていますよね。

ドン:最初、ジェイソンが彼との共演ライブに私を誘ってくれたんです。「この若者を絶対に聴いてほしい」と。実際に演奏を聴いて、ジョエルの話を聞いたら、イマニュエルが何を考えているかもすぐに見えてきました。

一部のミュージシャンはコンセプトに囚われすぎていて、演奏の中に「考えている様子」が透けてしまう。それは危険なこと。考えすぎは芸術の最大の敵です。コンセプトを持つことは良いことだけど、演奏中に自意識が出てしまうと、音楽が硬直してしまう。アイデアだけでは面白い音楽にはなりません。コンセプトと魂が揃って、初めて特別な音楽になる。イマニュエルもジョエルも、そのことを心得ているように思います。メリッサにも、ジュリアン・ラージにも。

イマニュエル・ウィルキンス、2024年のブルーノート東京公演

―あなたが名前を挙げたアーティストたち全員に、僕はこれまでインタビューしてきました。僕自身も彼らは特別な存在だと思っているからです。ただ、正直なところ、ジョエルやイマニュエルは、決してキャッチーな音楽を作っているわけではありませんよね。

ドン:そうですね。

―レーベルの社長としては、彼らを売ることには難しさもあるのでは?

ドン:まあ、私の上司たちは日本語が読めないと思うので、ここでは正直に言っちゃいますけども(笑)、私はこれまで一度たりとも「この四半期に数字を稼ぐためのアルバムが必要だ」なんて考えたことはありません。私は、長期的に人に投資すべきだと信じています。彼らはまだ若い。これまでの成果には誇りを感じていますが、彼らはまだ、レースでいえば最初の一周目に過ぎません。本番はここから。そこが一番エキサイティングなんです。彼らがどう成長し、音楽がどう展開していくのかを見守ることこそ、私にとって最大の喜びですから。

―二人とも音楽的にはすでに大きなインパクトを持っていますし、シーンへの影響力もある。こういった才能を長期的な視点を持ちながら扱っていくのは、レーベルにとってはチャレンジでもあるのかなと思います。同じように我々メディアの側にとっても、彼らの音楽をどう扱っていくのかは課題だと思うので、そこにはすごく関心があります。

ドン:これまで彼らが出してきたアルバムはすべて、音楽的進化において重要な一歩だと思っています。彼らが何を目指しているかも私はよく分かっているつもりです。

少し前、アンブローズ・アキンムシーレの演奏を観に行ったんですよ。彼は現在ブルーノートには所属していません。でも、いつ戻ってきてくれても構わない。私たちは彼のために毎晩、食卓に席を用意しているような気持ちで待っています。彼もまさにそうした系譜のひとりで、(世代的に)ジョエルたちより10年先を行っている存在です。そして、近年の彼の進化は本当に素晴らしい。

2週間前にイマニュエルがヴィレッジ・ヴァンガードでライブをしたのを、うちのスタッフが観に行きました。「バンド全体が別次元に入っていた」と報告を受けました。次のアルバムはおそらくライブ録音になると思います。

―それは楽しみですね!

ドン:私がここ(ブルーノート)にいる理由は、私にとって音楽が本当に大切だからなんです。そして、音楽を絶えず更新し続けることが必要だと思っています。きっとそれが自分の役目なんですよね。

大切なのはアーティストを信じること──ブルーノート社長ドン・ウォズが語る、理想の音楽レーベル像

Photo by Myriam Santos

―彼らが日本に来て演奏すると、ヴェニューは満員になります。そして客席には、若いミュージシャンたちがたくさん来ているんです。

ドン:すばらしい。

―ただ、一般的なオーディエンスにまで届けるには、もう少し工夫や努力が必要だなと感じていて、僕らメディアも試行錯誤しているところです。あなたは、長年プロデューサーとしてさまざまな経験を積んできたと思いますが、彼らのような前衛的な音楽を広く届けていくためには、どんなことを意識していますか?

ドン:まあ、オーディエンスはちゃんとついてきてくれますよ。いずれ、その魅力をわかってくれるはず。だから、私はあまり心配してません。

―余裕がありますね(笑)。

ドン:私が尊敬しているレコード会社の人たち――たとえば、クリス・ブラックウェル(※アイランド・レコード創設者)やアーメット・アーティガン(※アトランティック・レコード創設者)、ジェリー・ウェクスラー(※アレサ・フランクリンらを見出したプロデューサー)といった人物たちは、アーティストを信じ、自分のお金で賭けに出ていました。アレサ・フランクリンを信じたのであれば、何があっても彼女についていった。アレサがスーパースターになるまでに5枚のアルバムが必要なら、5枚作ればいい。ボブ・マーリーを信じるなら、レゲエを信じてとことん付き合う。クリス・ブラックウェルは、私と最初に契約を交わした相手でした。私は、彼からそういう姿勢を学んだんです。

―あなたはいつも信じているんですね。

ドン:ブルーノートはユニバーサル・ミュージック・グループの一部で、上場企業です。でもそのなかで、インディペンデント・レーベルのように運営しようとしてるんですよ。つまり、半年先の利益なんか気にしない。私は彼ら若い世代が、長期的には必ず成功すると信じているからです。

たとえば、リー・モーガン。今となっては信じられないほどの売り上げを出しています。彼自身も、アルフレッド・ライオン(※ブルーノート創設者)も、生前には想像もできなかったような額を稼ぎます。それは何百万ドルという規模です。でも、人々が追いつくまでには年月が必要だったんです。

私は流行やトレンドを追いかけるのは好きじゃありません。それは危険だからです。トレンドを追って反応している間に、もう次の波が来てしまう。今の人気を気にするよりも、アーティストが自分らしくあることの方が大切です。他の誰とも違う点こそが、最大の強み。それこそがスーパー・パワーなんです。課題に目を向けるのではなく、アーティストを輝かせる要素を育てることが私たちの役割です。時間はかかりますけどね。でも私は気にしていません。そのことを考えて眠れなくなることだってないですから(笑)。

大切なのはアーティストを信じること──ブルーノート社長ドン・ウォズが語る、理想の音楽レーベル像

ドン・ウォズ&パン・デトロイト・アンサンブル

―でも、そんなふうに長期的な視点を持ち続けるには、強い意志と忍耐力が必要なんじゃないかなって思ってしまいますけども。

ドン:私は今73歳ですが、ようやく「ちゃんとしたベースプレイヤー」になりかけているんですよ。これだけ長く音楽をやってきて、ようやくここまでこれた。転機はロン・カーターに教えてもらったことです。彼はまったく新しい視点を与えてくれた。ミシェル・ンデゲオチェロやジョージ・ポーターにもいろいろ教えてもらいました。最近は演奏の頻度も増やしています。自分のバンド(パン・デトロイト・アンサンブル)も持っていて、ツアーもしているので。実は9月に、そのバンドで「Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN」に出演するんですよ(※取材時は情報解禁前だった)。73年かかってまだ完璧じゃないけれど、少しずつ良くなってきているところなんです。

レーベルだって同じです。振り返ってみると、ブルーノートで働き始めた当初は、自分がどんなブランドを築きたいのか、正直言って何も分かっていなかった。でも、やっていくうちにだんだんと見えてきた。それがすごく面白かったんですよね。

ドン・ウォズ&パン・デトロイト・アンサンブルのライブ映像

「魂」を理解しようとすること

―そんなあなたは近年、ジョシュア・レッドマンやブランフォード・マルサリスのような、確固たるキャリアをもつアーティストとも契約していますよね。特にブランフォードの場合、これまでのブルーノートのイメージとはちょっと違うアーティストなので驚きました。彼との契約はチャレンジだったのでは?

ドン:いやいや、全然難しくないです。だって、私はブランフォードのことをずっと知っていましたから。彼は1984年にウォズ(ノット・ウォズ)のアルバムに参加してくれましたし、グレイトフル・デッドのボブ・ウィアーとのセッションでも一緒に演奏したことがあります。彼のことはずっとリスペクトしてきたので、マネージャーから「ブランフォードがブルーノートで録音したいと言っているんだけど」と聞いたときは、すぐにOKしました。

―向こうから話が来たんですか。なるほど。

ドン:そうです。そして、キース・ジャレットの曲を取り上げたアルバムは本当に素晴らしかった。20年も一緒に演奏してきたバンドには、他にない秘密の言語があるんですよ。あのバンドにはそれがあった。そもそも、ジョシュ・レッドマンやブランフォード・マルサリスを契約しない理由なんてあるわけないって、私としては思いますけどね。

ブランフォード・マルサリス

―ブランフォードは以前、自分でレーベルを運営していましたよね。そのころは「もう自分の作品は売れない」といった悲観的な話をしていたのを覚えています。でも、彼は常に素晴らしいミュージシャンだった。そうしたアーティストに、次のステージを与える。それもまた素晴らしいことだと思います。

ドン:私たちの仕事は、世界中の人々が作品の存在に気づき、耳を傾けるきっかけをつくること。それができて初めて役割を果たしたことになります。今回、彼の作品はしっかりと注目されているので、良い仕事ができたと思っています。ただ、それは作品自体が優れているからなんですよ。本当に素晴らしい作品なので、もっと多くの人に届いてほしい。私たちはそのために存在しているんです。

―ンドゥドゥゾ・マカティーニについても話を聞かせてください。ブルーノートに所属するアフリカ出身のアーティストがいるというのは、大きな意味を持つことだと思います。それだけでなく、あなたは実際に南アフリカを訪れ、彼と一緒にさまざまな町を巡って、その文化的背景を学ぼうとしたと聞きました。そうした姿勢には頭が下がります。

ドン:現地の空気や背景を体感してこそ、ンドゥドゥゾの音楽の深みがようやく理解できると思ったんです。その土地の深い感覚に触れることができたのは重要なことでした。彼の音楽は、アフリカの宇宙論(コスモロジー)に深く根ざしています。そこが非常に面白いポイントです。彼は音楽がどこから来たのかという原点を理解している。アフリカから始まり、アメリカに渡って形を変え、そしてまたアフリカに戻ってきた。そこでは演奏の仕方も少し違っていて、スウィングの感覚も異なります。リズムの感じ方が違うんです。

私は彼と一緒に、ヨハネスブルグ、ケープタウン、ダーバンを巡りました。街によって音楽のスタイルがまったく違う。でも共通しているのは、非常に活気ある音楽シーンが存在しているということ。その後、私たちはリンダ・シカカネというアーティストと契約することにしました。

実は「ブルーノート・サウスアフリカ」を立ち上げようとしていたんです。ヨハネスブルグにA&Rの責任者を置こうと考えていました。ただ、ユニバーサル・サウスアフリカの経営陣が交代して、一旦保留になっています。

ンドゥドゥゾ・マカティーニ、2025年のブルーノート東京公演

―そうだったんですか。

ドン:先週は上海に行って「ブルーノート・チャイナ」を立ち上げてきました。これらはアメリカのものを押し付けるのではなく、その土地の才能を育てて、世界に届けようという試みです。中国には素晴らしいミュージシャンがいます。日本にもいますよね。私はここ日本でも同じようなことができたらと思っているところです。

そこで大事なのは、現地の人にアメリカ風のサウンドを求めないこと。その人らしさこそが強みになります。たとえば南アフリカでも、日本でも、アメリカ音楽の影響は確かにあります。でも重要なのは、それをどう解釈し、どう自分のなかで消化しているか。一方で、すべての日本人が「日本的」である必要はないし、それを無理に求める必要もない。音楽はそういうものではないんですよ。

―つまり、「その人らしさ」の中に、その人が生まれ育った土地の歴史や背景が含まれているのだとしたら、あなたはそれも理解しようとするということですよね。レーベルの人が、そこまで踏み込んで関わろうとする姿勢に驚かされます。

ドン:私がその文化を完全に理解できているかはわかりません。でも、敬意を持つことはできる。最も大切なのは敬意なんです。その音楽がどこから来たのか、その真摯さを理解しようとすること。つまり、それは「商品」ではなくて「魂」だからなんです。その土地の人々、そのミュージシャンたちの魂です。だからこそ、深い価値があるんですよ。

音楽の神秘に敬意を持つ

―先ほどの話はきっと、音楽人としての感覚から来ているものでもありますよね。同じアーティストとしての感覚というか。

ドン:その通りですね。ライブで音楽を演奏した時に何かが起こることがある。でも、それは30分程度のステージではなかなか味わえない。私は以前、グレイトフル・デッドのボブ・ウィアーと一緒にツアーをしました。そこでは即興演奏を3時間ぐらい続けるんです。そうすると1時間ぐらい経ったあたりで、自分が楽器を持っていることすら忘れてしまう。木の板を持ってるという感覚も、弦を弾いているという感覚も薄れてくる。指が勝手に動いて、どこからか流れてくるエネルギーが身体を通って音になる。そしてそのエネルギーが客席に伝わり、観客の反応として返ってくる。私はそのツアーで、そういった循環を体感したんです。それ以上に素晴らしい感覚は、少なくともこの地球上にはないと思います。もしかしたら別の次元にはあるのかもしれませんが、私が知っている限りでは、それが最も純粋で神聖な体験です。

だからこそ、私は音楽を軽んじてはいけないと思うんです。その感覚があるからこそ、音楽は人と人を繋げる力を持つんです。それは自分の中から出てくるものではなく、「宇宙の力とつながること」であり、自分がその媒体になるような感覚です。

―まさにあなたも、ンドゥドゥゾが語っている宇宙論と音楽が密接に繋がっている感覚を実際に体験しているから、そこにシンパシーがあると。

ドン:私のヒーローであるボブ・ディランの話をしましょう。ある晩、私は彼にこんな質問をしました。「どうしてあなたは『Gates of Eden』みたいな曲が書けるのに、私は書けないんだろう?」って。すると彼はこう言ったんです。「安心してくれよ。あれは俺が書いたんじゃない。確かにペンを動かしたのは俺だけど、あれはどこか外からやってきて、俺を通して書かれたんだ」って。

当時は、私の気持ちを傷つけないためにそう言ってるんだろうと思っていました。その後、私のヒーローたち──ブライアン・ウィルソン、ミックとキース、ウィリー・ネルソン、クリス・クリストファーソン、レナード・コーエンといった偉大なソングライターたちと仕事をする機会がありました。その時に彼らもみんな、ディランと同じことを言っていたんです。「自分が書いたんじゃない。それは自分の中を通ってきただけだ」と。

それを聞いて、私もそう考えるようになりました。そして1996年のある晩のことを思い出します。私はローリング・ストーンズの『Bridges to Babylon』というアルバムをプロデュースしていたんですが、そこに「How Can I Stop」という曲が収録されていて。ウェイン・ショーターも参加した名曲なんですが、その制作中にキース・リチャーズがコードを4つだけ弾いていました。私はウーリッツァー・ピアノで、ずっとそのコードを繰り返していました。曲の次の展開が「降りてくる」のを、彼はじっと待っていた。考えようとせず、感じようとしていたんです。だから私たちは2時間以上、ただその4つのコードだけを延々と演奏しました。

そのうちに私も、自分が弾いていることすら忘れていました。「キースを感心させるために、クールなフレーズを入れてやろう」なんて考える余地もなかった。ただ、指から自然に音が出てきたんです。あの瞬間が、私にとって初めて「これか」と腑に落ちた瞬間でした。こういう体験を積み重ねることで、そういうものとつながる力が育っていくんです。

―すごいエピソードですね。

ドン:一度その感覚を知ると、またそれを目指せるようになります。そして、それは音楽だけに限らず、人生のあらゆる場面に応用できるんです。つまり、自意識や思考のノイズを手放し、クリアな状態で物事に向き合うこと。それを通じて「何か」が自分を通して流れてくる。その状態でこそ、本当の音楽が生まれるんです。

でも、あなたの指摘どおり、レコード会社を運営する立場にある人間なら、いろんなことを理解していなければいけない。でなければ、常に的外れなことをしてしまう。それはたとえば、農家が種について何も知らない状態と同じですよね。

―そう、あなたは種のことをよく知っていますよね。あなたがブルーノートのYouTubeチャンネルで行なったノラ・ジョーンズのインタビューも素晴らしかった。アーティストのやろうとしていることを本当に理解しているんだなって。そういった感性をどうやって培ったのでしょうか?

ドン:そう聞かれても、意識して身につけたわけではないんです。長く続けているうちに、自然と学ぶことができたんですよ。幸運なことに、私は偉大なアーティストたちとスタジオで仕事をする機会に多く恵まれました。ウェイン・ショーター、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズなどの作品をプロデュースすることができたからです。だからこそ、常に目を開いて「これはどういうことなのか?」という問いを持ち続けてきました。音楽がどこから来るのか、それは本当にミステリアスなことなんです。完全には理解できない。だからこそ、その神秘に敬意を持つべきです。そして、そのエネルギーを少しでも導けるように努力する。もし彼らのような人たちと出会っていなかったら、私は今の自分にはなれなかったと思います。

ブルーノートが考えるアジア市場の可能性

―話を少し戻すと、先ほど「ブルーノート・チャイナ」の話をしていましたよね。最近は韓国のジャズシーンも盛り上がっていますが、アジア市場についてはどう見ていますか?

ドン:アジア市場は非常に大きいです。売上の数字で言えば、日本はブルーノートにとってアメリカに次ぐ第2の市場で、とても重要な地域です。

それに今、本当に動いているのはアジアだと感じています。私の母国(アメリカ)では、いま衰退が進んでいます。その象徴が国のリーダーであり、アメリカという国全体が衰退の過程にあるように感じます。一方で東京に来ると、まさに未来を感じるんですよね。

私が子どものころ、1950年代には「未来はこうなる」みたいな話がよく語られていました。でも今、NYやLAを歩いても、それは「未来の悪いバージョン」にしか見えません。街は汚いし、治安も悪い。だけど東京は違う。ここは「良い意味での未来」です。上海もそうですし、ソウルもそう。

私が初めて日本で演奏したのは1989年でした。デトロイトからやってきた私たちは、道を歩くとき常に後ろを警戒するのが当たり前でした。銃社会なので、誰が後ろにいるのか注意しないと、命を奪われるかもしれない。でも日本に来たとき、誰も銃を持っていないし、襲ってくる人もいないことに気づいて、まるで夢のように感じました。空を飛んでいる夢でも見ているかのように、「ああ、誰にも殺されない場所があるんだ」って。信じられませんでした。アジアこそ、いま最も重要な場所です。音楽、アートに限らず、すべてにおいて未来なんです。もし若かったら、私も移住していたかもしれません(笑)。

―日本が2位だとは知りませんでしたが、東芝EMI時代からブルーノートを手掛けてきた行方均さんのような方がいて、日本のリスナーやオーディエンスにしっかり根付かせてきた歴史があるわけですよね。

ドン:彼は本当に偉大でした。かつてブルーノートが活動を停止していた時期がありましたが、行方さんは音楽を止めなかった。日本だけでなく、世界に向けて音楽を発信し続けていたんです。その頃、アメリカのブルーノート本社は何もしていませんでしたが、彼は素晴らしいアメリカ人アーティストたち、たとえばジェリ・アレン(90年代に4作を日本制作で録音)のような人たちと共に、素晴らしい作品を世に送り出していた。彼の貢献は途方もないものです。正直に言えば、彼の尽力がなければ、今のブルーノートは存在していなかったかもしれません。そのレガシーを継ぐ責任が自分にはある。それが私の役目であり、今はその仕事に全力で取り組んでいます。

―今後アジアで展開するということは、中国でも行方さんのような熱意を持って取り組んでくれる人を探す必要がありますが、その辺りはどうですか?

ドン:実はすでにいるんですよ。ティモシー・チューという新しいCEOです。私が初めて中国に行ったのは2019年だったんですが、そのときに「アメリカの音楽を押し付けるのは良くない」と気づきました。現地の人々の感性に響く”中国のジャズ”が必要だと感じました。当時の中国ユニバーサルの上層部は、ジャズにはまったく興味がありませんでした。彼らは中国版のK-POPのようなものを求めていた。決して悪い人だったわけではないですが、彼らのビジネスにとってジャズは重要ではなかった。

でも、新しいCEOは違いました。彼はブルーノートの熱狂的なファンで、私よりもカタログに詳しい(笑)。息子もジャズ・ミュージシャンで、ニューヨークでイングリッド・ジェンセンに学んでいます。彼らはきっと「中国の行方」になってくれると思います。

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大切なのはアーティストを信じること──ブルーノート社長ドン・ウォズが語る、理想の音楽レーベル像

Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2025
2025年9⽉27⽇(⼟)、28⽇(⽇)東京・有明アリーナ
開場12:00 開演13:00(両⽇ともに)
公式サイト:https://bluenotejazzfestival.jp/
[出演]
▶︎DAY1:ノラ・ジョーンズ、ドン・ウォズ & パン・デトロイト・アンサンブル and more
▶︎DAY2:ニーヨ、インコグニート and more

大切なのはアーティストを信じること──ブルーノート社長ドン・ウォズが語る、理想の音楽レーベル像

ドン・ウォズ&パン・デトロイト・アンサンブル(単独公演)
2025年9月24日(水)~26日(金)ブルーノート東京
[1st]Open5:00pm Start6:00pm [2nd]Open7:45pm Start8:30pm
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/don-was/
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