タイ発、アジアを代表する女性ラッパーMILLIが、待望の2ndアルバム『HEAVYWEIGHT』をリリースした。2022年にはタイ人初のCoachella出演を果たすなど、急速に国際的な評価を高めてきた彼女が、本作でさらにその存在感を押し広げる。
タイトルが示す通り”ヘビー級”の内容となったアルバムには、自己表現としてのラップ、怒りや痛み、誇りといった感情が濃密に織り込まれている。

【画像】MILLIアーティスト写真

今作には、Awichや新しい学校のリーダーズ、アバンギャルディら日本の注目アーティストが参加。日本とタイの音楽家・パフォーマーが共演することで、ジャンルや国境を越えた表現が試みられている。

本稿では、アルバムのリリースに際してMILLI本人にメールインタビューを実施。楽曲に込めた思いや制作背景、アーティストとしての進化と現在地について、彼女自身の言葉で語ってもらった。

ー今回のアルバム『HEAVYWEIGHT』というタイトルには、どんな「重さ」が込められているのでしょうか? それは感情面、精神面、あるいはアーティストとしての覚悟なのでしょうか?

『HEAVYWEIGHT』はただのタイトルではなく、私が背負う物語です。私の人生のある時期を表していて、”重い”という言葉が持つ様々な意味を反映しています。その重みはアルバムのあらゆる要素に込められていて、特に私のメンタルヘルスの伝え方において表れています。内側で苦しんでいること、アーティストとして背負う重圧、恋して傷ついた女の子としての重み、そして自分のやりたいことや自分の能力を証明するために戦わなければならない女性としての重みを見せています。

ー「ONE PUNCH」や「HELL YES」のような楽曲では、あなたの”強さ”や”抗い”の姿勢が表れています。あなたにとって強さの定義は、これまでどのように変化してきましたか?

私にとって”強さ”とは、自分の得意なことを知り、自分に自信を持つことです。この2曲では、強くて攻撃的な自分を表現しています。
例えば「ONE PUNCH」では、自分を戦う者として描いています。愛のために、キャリアのために、他の人と同じことができると証明するために戦っているんです。「HELL YES」は攻撃的に聞こえるかもしれませんが、実は楽しいストーリーで、悪者が地獄に行くようなイメージです。私は自分が善人だとは言いませんが、もしあなたの友達も地獄にいるなら、それほど怖くないのかもしれません。遊び心があるんです。

ー「Invisible Tears」では、より繊細で傷つきやすい一面が描かれています。こうした感情の正直さを音楽で表現するのは、あなたにとって難しいことでしたか?

この曲の制作を手伝ってくれたステファニー・ポエトリに大きな感謝を伝えたいです。まるで音楽を作れるセラピストと話しているような気持ちでした。彼女に自分の話をするうちに涙がこぼれました。彼女はじっくりと話を聞いてくれて、アドバイスをくれ、私の言葉を受け止めて歌詞に練り直してくれました。そうして「Invisible Tears」が生まれたんです。感情的ではありましたが、素晴らしい経験でした。
将来この曲を歌うときに泣かないように願っています。まだその話から心の回復途中だからです。

ー「JAA EHH (peekaboo)」では〈Thats me!〉という印象的なフレーズが繰り返されます。「見える存在であること」と「自分の姿をコントロールすること」は、あなたにとってどういう関係ですか?

正直に言うと、「JAA EHH」は元彼に向けて話しているような曲なんです。彼は私をすべてのSNSでブロックして、それ以来一度も話していません。でも彼にブロックされていても、彼は私のことを見ていると思っていました。私は看板や雑誌、YouTubeの広告に出ているからです。彼はYouTubeプレミアムを使っていないと思うので、広告で私が流れてくるはずです。これは自分へのリマインダーでもあります。これまでやってきたことは全部自分の力で成し遂げたこと。応援してくれたみんなには感謝していますが、自分自身も誇りに思っています。だから、自分を誇りに思うことを忘れないでほしいんです。
それをやっているのはまさに自分で、自分の力で起こったことだからです。だから「Thats me!」と言っています。私は自分のエネルギーを感じてほしい。まるでどこにでもいる幽霊のように。

MILLIが『HEAVYWEIGHT』を通して語る、痛み・誇り・跳躍の記録

Photo by Seesan Vadhanasingha

ーSNSによって常に「見られる」時代の中で、あなたは「パブリックな顔」と「プライベートな自分」をどうバランスさせていますか?

誰もがそうであるように、私もワークライフバランスを保とうとしています。たとえ難しくても。スポーツが助けになっています。友達と遊んだり、エクストリームスポーツをしたりするのが大好きですが、今は膝があまり強くないんです。なので大切な人たちと過ごしたり、カラオケに行ったり、たまにはパーティーをしたりもします。そういうリラックスした時間が、私をしっかり地に足をつけさせてくれます。そして、人生を充実させて生きることで、創作活動のアイデアやメッセージが生まれます。それが次のプロジェクトのエネルギーになるんです。


ー「女性ラッパー」として、周囲から期待されるイメージに合わせて振る舞ったり、見せ方を意識せざるをえないと感じることはありますか?

おそらくそれが私にとって一番重いことです。ラッパーであることには期待がありますが、特に女性ラッパーだとその期待はさらに大きくなります。タイでは女性ラッパーがあまり多くありません。そして女性であることには、ラップや歌、ダンスをこなし、完璧な体型やかわいい顔、素敵なスタイル、きれいなメイクも求められます。とても多くのことが要求されるんです。それはラッパーとしてだけでなく、アーティストであること自体にも大きなプレッシャーです。

ー「DANCE or DEAD」や「ARMSTRONG」のように、あなたの音楽には強いフィジカルなエネルギーがあります。あなたにとって、身体というものは音楽やパフォーマンスの中でどんな役割を果たしていますか?

これらの曲を書いた瞬間から、振り付けがはっきりとイメージできました。ダンスが大好きで、ステージではずっと動き続けてしまいます。自分がかっこつけたり、全力ではしゃいだりしている姿が想像できます。すでにパフォーマンスもしていて、「DANCE or DEAD」では思い切り踊りました。私にとって、ダンスや体の動きは音楽を表現する大切な手段の一つです。


ー「ONE PUNCH」では自らを格闘家になぞらえています。あなたにとって音楽とは”闘い”のようなものでもあるのでしょうか?

はい。いつもそうです。時には昨日の自分と戦っていることもあります。勝つこともあれば、負けることもあります。過去の自分を愛する時もあれば、もっと良い自分を作りたいと思う時もあります。ただ続けていくしかなくて、よくなることを願っています。絶え間ない戦いのように感じますが、それもまた楽しくてやりがいがあります。

ー好きな格闘家はいますか? その理由も教えてください。

スタンプ・フェアテックスです。彼女はONE Championshipの世界チャンピオンで、MMA、キックボクシング、ムエタイのベルトを持っています。それは本当にすごいことです。
一度、彼女と一緒にトレーニングしたことがあります。彼女は集中力があり、忍耐強く、ケガをしていても諦めません。彼女は自分がファイターであることを誇りに思っていて、今でも姉のように私にアドバイスをくれます。彼女は最高です。

MILLIが『HEAVYWEIGHT』を通して語る、痛み・誇り・跳躍の記録

Photo by Seesan Vadhanasingha

ビートで重さを感じる曲もあれば、感情や歌詞で重さを表現する曲もあり

ーあなたの楽曲では、ダンサブルなビートの中に、深い感情や物語が込められていることが多いです。リズムで語る物語と言葉で語る物語、それぞれをどう使い分けていますか?

私はだいたい、表現したいテーマから始めて、それに合うサウンドを考えます。プロデューサーのSpatchiesは、それを形にしてくれる存在で、まるで兄妹のように私と同じ目線でアートを見ています。彼は少ない要素で勝負しますが、細部にこだわっています。例えば「ONE PUNCH」では、重い息遣いの音が入っていますし、「HELL YES」ではヴァイオリンを不気味な雰囲気で使いました。短く鋭く、大きな音で、普通のヴァイオリンのイメージとは違います。それがアートなんです。私はすべてのダンスソングに小さなメッセージを隠そうとしています。注意していないと軽く聞こえてしまうかもしれませんが、いつもリスナーに送りたい何かがあります。たとえば「ARMSTRONG」では、テーマが”運”と”力”です。招き猫を参照していますが、私のバージョンはもっとセクシーで、タイのドレスを着たかわいい女の子が運とお金を呼び込んでいます。そして言いたいのは、それがあなた自身である、ということです。運を呼び込むのはあなた。物事を起こすのはあなた。待っているだけじゃなくて、行動しなさい、ということです。

MILLIが『HEAVYWEIGHT』を通して語る、痛み・誇り・跳躍の記録

Photo by Seesan Vadhanasingha

ーこのアルバムでは、クラブミュージックのビートやトラップベース、エモーショナルなシンセ、さらにはゴスペル的な重層コーラスなど、幅広い音が使われています。アルバム全体のサウンド面におけるビジョンや狙いがあれば教えてください。

私はあらゆる面で「重さ」を感じてもらいたかったんです。ビートで重さを感じる曲もあれば、感情や歌詞で重さを表現する曲もあります。「MENACE」や「INVISIBLE TEARS」のような曲は、感情的または音の面で違った種類の重さを見せています。「BLUES BLURRY」もブルース風の重さを持っています。このアルバム全体は一つの物語を共有していて、それがさまざまな「重さ」の形で語られているんです。

ー制作の過程で、大きく変化した楽曲はありましたか? デモから最終版にかけて劇的に進化したトラックについて、ひとつ例を挙げて教えていただけますか?

難しい質問ですね。多分「HP」かもしれません。デモのままで2~3年くらい置いてあったんです。ある日ノートで見つけて、その曲がどれだけ意味深いものだったか思い出しました。過去の毒になった関係についての曲です。昔の日記を読み返さなければならなくて、それは傷口をまた開くようで痛かったです。曲は時間をかけてかなり変わりましたが、最後にはすべてを捉えることができました。だからこの曲を最後のトラックに置いて、エネルギーを落ち着かせて、リスナーにもその感情を感じてもらいたかったんです。

ーこのアルバムを通じて、あなたがリスナーに伝えたいメッセージは何ですか? あなた自身のことだけでなく、聴き手自身について感じてほしいことがあれば教えてください。

まず最初に、アルバムの多くの曲はジムで運動するときなどにぴったりだと思います。本当に、本当に役立つと思います。例えば、ランニングやトレッドミルのときには「ARMSTRONG」をおすすめしています。そして、アルバムの曲が、あなたの心の中にある話せないことや話したくないことを表現する助けになればいいなと思っています。それが私からあなたへの問いかけだったり、答えだったりするかもしれません。あるいは、あなたの人生には何の影響も与えないかもしれませんが、ただ楽しんで聴いてもらえたり、気に入って何度も聴きたくなったり、CDを手に入れて棚に飾りたくなるかもしれません。そういうことが全部起きたら嬉しいなと思っています。ぜひ気に入ってもらえたら嬉しいです。ありがとうございます。これが「HEAVYWEIGHT」です。

MILLIが『HEAVYWEIGHT』を通して語る、痛み・誇り・跳躍の記録

『HEAVYWEIGHT』
MILLI
YUPP! Entertainment / 88rising
配信中
https://milli.lnk.to/HEAVYWEIGHT
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