ロジャー・ウォーターズ(元ピンク・フロイド)による最新ライヴ作品『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル:ライヴ・フロム・プラハ - ジャパン・エディション』が8月1日にリリースされ、さらに超限定で劇場公開も行われることになった(7月23日~世界同時公開)。ロジャーは2022年7月から2023年12月にかけて、『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル(これは訓練ではない)』と題したツアーをヨーロッパ、北米、南米で全99公演行い、その中から2023年5月に行われたチェコ・プラハ公演が完全収録され、パッケージ化された。


ロジャー・ウォーターズは活動家なのか?

このツアーはロジャーにとって”最初のフェアウェル・ツアー”と位置づけられ、そのテーマは「誰もが生き抜こうともがく企業支配によるディストピア社会を強烈に批判するもの」であり、「人類の魂をかけた闘いのさなかにある、世界中の兄弟姉妹たち」に捧げられている。

現在、世界の至るところで戦争やそれに伴う戦争犯罪が起きているが、政治家たちはまるでゲームを楽しむかのような態度を見せ、都市に暮らす人々はバーで酒を飲みながら、テレビのニュースを遠い国の出来事として受け流している。こうした情景はベトナム戦争の時代から指摘されてきたが、半世紀を経てもなお状況は変わらず、人種差別や無意味な殺戮、そしてそれを止められない政府に対する不満が渦巻いていて、ロジャーにとって、それらは怒り以外の何ものでもなかった。そして、ついに彼は声を上げた──「我々は抵抗(Resist)し続ける。これは訓練ではない、現実だ(This is not a drill)」と。

第二次世界大戦中の1943年に生まれたロジャー・ウォーターズ(現在81歳)は、父親の愛にも肉体にも触れた記憶がなく、反政府志向の厳格な教師である母親に育てられた。そのため非常に偏った思想を強いられた過去があり、幼少期から戦争がトラウマのように心に刻み込まれていた。彼はピンク・フロイド在籍時から一貫して、「戦争、政治、政府への不満」を多角的に訴え、歌い続けてきた。

ロジャー・ウォーターズ「究極のライヴ作品」徹底解説──「没入」以上の一体感を劇場で体験せよ


ピンク・フロイドの『狂気(The Dark Side Of The Moon)』(1973年)では、「社会からの孤立」や「死への恐怖」など人間の感情の裏側(狂気性)をテーマにし、『炎(Wish You Were Here)』(1975年)では「夢への欲望と落胆」、『アニマルズ(Animals)』(1977年)では「政治や社会への反抗」、『ザ・ウォール(The Wall)』(1979年)では「孤立の象徴」としての”壁” (外界と遮断された象徴)を描き、『ファイナル・カット(The Final Cut)』(1983年)では「戦争は決して終わらない(もう夢を見ることはできない)」というメッセージを放ってきた。

ピンク・フロイド脱退後のロジャーのソロ作品では、社会的メッセージ性がさらに強まり、一部では要注意人物とされるほどに。その姿勢は『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル』ツアーでも如実に表れ、「世界で最も有名な反ユダヤ主義者の一人」と非難され、入国禁止、ホテル宿泊拒否、ポーランドでは「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」とされるなど、数々の妨害にも直面した。会場前では抗議団体がシュプレヒコールを上げる場面も見られたという。


「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」本編クリップ動画

とはいえ、ロジャーのコンサート中に登場する政治的な演出は、彼自身の姿勢を反映してはいるものの、あくまで問題提起の表現手法の一つであり、”どう感じ、どう行動するか”はオーディエンスに委ねられている。彼の言動を真に受けてコンサートを妨害することは、むしろロック・ミュージックが持つ自由な精神を否定することにならないだろうか。ロジャーは、世界に対する悲観の中にも、最終的には「皆で立ち上がって地球を守ろう」という壮大なメッセージを発信しているにすぎないのだ。

たとえば「イン・ザ・フレッシュ」(『ザ・ウォール』収録)では、ロジャーによる”暴走するファシスト”の扮装がナチを想起させるとして非難を浴びたが、彼は「1980年の『ザ・ウォール』ツアー以来、私のショーの一部であり続けており、今に始まった演出ではない。私の父親は第二次世界大戦でナチスと戦い命を落とした。問題とされているパフォーマンスの要素は、明らかにファシズム、不正義、偏見に対する反対のメッセージであり、それを歪曲して解釈しようとする動きは不誠実であり、政治的動機によるものにほかならない。私は不正義とそれを行う者を断固として非難し続ける」と一蹴した。

目の覚めるような映像美、驚異的な音像空間

『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル:ライヴ・フロム・プラハ - ジャパン・エディション』には、全曲を収録したCD2枚と、映像版を収録したBlu-rayが同梱されており、音声はリニアPCMステレオ、ドルビーTrueHD 5.1chサラウンド、さらにドルビーアトモス・ミックスにも対応している。

ステージはプラハのO2アリーナ(収容人数18,000人)の中央に設置され、頭上には十数メートルに及ぶ十字型の巨大LEDスクリーンが宙に浮き、360度から視認可能となっている。演出はこのスクリーンに映し出される映像やメッセージとともに展開される。

なかでも圧巻なのは、吸い込まれるような映像の透明感と美しさだ。ギンギン・ギラギラの派手な照明やムービング・ライトの演出ではなく、スクリーンとステージの照明を同色に統一して、どこが”演出”でどこが”現実”なのか曖昧になるほどの一体感を創り出す。
数あるロック・コンサート・フィルムとは一線を画す異例のクオリティで、目の覚めるような映像美とインパクトのあるメッセージに圧倒させられっぱなしに。

今回、日本盤では歌詞の対訳はもちろん、スクリーンに表示されるメッセージ、英語字幕、MCまでも日本語化されており、ロジャーの伝えたかったメッセージを余すことなく理解できるようになった。ここまで徹底的にローカライズされたものは過去に例がなく、まさに画期的といえる。

また、ピンク・フロイドの楽曲「シープ」や「ラン・ライク・ヘル」では、コンサート定番の”出し物”である羊や豚が登場し、『狂気』の楽曲ではレーザー光線で象徴的なプリズムが描かれるなど、視覚効果も抜群。まさに至れり尽くせりで興奮が冷めやまない……。

ロジャー・ウォーターズ「究極のライヴ作品」徹底解説──「没入」以上の一体感を劇場で体験せよ

「シープ」で宙を舞う羊

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レーザー光線で描かれる『狂気』のプリズム

映像の美しさはもちろんだが、ロジャーのライヴ作品では初となるドルビーアトモス・ミックスが出色の出来映え。これは凄い!

スクリーン映像と連動する効果音(カミナリ、ヘリコプター、行き交うパトカーのサイレン、銃の発砲、破裂音などなど)が頭上から降ってくるほか、歓声も四方八方から包み込まれるように響き、まるで自分が巨大アリーナの中心にいるかのような臨場感となり、鳥肌が立ちっぱなしになる。

オープニングの「コンフォタブリー・ナム2022」でいきなり涙を流す女性もいれば、「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パートⅡ)」で歓喜するファン(おそらくこの曲がヒットした当時はまだ子供だったはず)、シド・バレットとの思い出を切々と語る「あなたがここにいてほしい」における会場が一体となった大合唱──そして『狂気』で訪れるクライマックスに、ロジャー自身の回顧録として歌われる新曲「ザ・バー」に至るまで、思い入れや感情が交錯する瞬間が次々と訪れるストーリーテラーぶりはさすが。息が詰まりそうになるほどの感動作品に仕上がっている。

ロジャー・ウォーターズ「究極のライヴ作品」徹底解説──「没入」以上の一体感を劇場で体験せよ

スクリーンに大きく映し出されるシド・バレット

「あなたがここにいてほしい」本編クリップ動画

ピンク・フロイドやロジャー・ウォーターズのファンに限らず、すべてのロック・ファンに体験してほしい至福の作品である。

そしてなんと! 7月23日から超期間限定で映画館での上映も実施される。『ピンク・フロイド・アット・ポンペイ(Pink Floyd at Pompeii - MCMLXXII)』と同様、超期間限定の上映なので、これは絶対ドルビーアトモス対応の劇場で鑑賞したい。


”没入”ではなく、”一体感”という言葉がふさわしい、奇跡の143分だ。

文:片山 伸

ロジャー・ウォーターズ「究極のライヴ作品」徹底解説──「没入」以上の一体感を劇場で体験せよ

ロジャー・ウォーターズ『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル :ライヴ・フロム・プラハ− ザ・ムービー』
2025年7月23日(水)~ TOHOシネマズ日比谷 ほか公開
本編上映時間:144分(予定)
鑑賞料金:一律 3,200円(税込)※一部劇場を除く
配給:カルチャヴィル合同会社
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ロジャー・ウォーターズ「究極のライヴ作品」徹底解説──「没入」以上の一体感を劇場で体験せよ

ロジャー・ウォーターズ
『ディス・イズ・ノット・ア・ドリル - ライヴ・フロム・プラハ』
【日本盤】2CD+BD(3枚組) 7,700円(税込)
完全生産限定盤 7インチ紙ジャケット仕様
2025年8月1日リリース
(他4LP/DVD/2CD/Blu-rayの単体は輸入盤で発売)
▶詳細はこちら
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