【画像】味園ユニバース70年の歴史に幕(全11枚)
2000年代以降は大阪のサブカルチャーの拠点として名だたるアーティストが出演してきた味園ユニバース最後のライブは、BOREDOMSの∈Y∋率いるユニットFINALBY ( )の壮絶なパフォーマンスだった。
大阪に住む者なら誰でも知っている、大阪の文化的アイコンとも言える『味園ユニバース・ビル』は、ちょうど日本が敗戦のダメージから立ち直り高度成長期に突入していた1956年にオープン、当初はダンスホールとして始まり、やがて2階から5階まで吹き抜けの大型キャバレーも営業を始め、スナック、バー、居酒屋、ナイトクラブ、ディスコ、サウナ、レストラン、ホテルなどが集まった複合娯楽施設として、国内最大の歓楽街ミナミの夜を、その毒々しいネオンで彩っていった。ジャズ、ラテン、マンボ、ルンバ、歌謡曲や演歌の有名歌手や生バンド演奏が毎夜のように行われ、その様子は昭和以降の日本の大衆芸能の縮図そのものだったと言える。とてつもない祭りのエネルギーは、今回見ることができた当時のチラシやポスター、新聞記事などからもたっぷりうかがえた。


90年代のバブル崩壊を経て2000年代以降は若い層に門戸を広げ、味園ユニバースはクラブ~ダンスやオルタナティヴ・ロックやエクスペリメンタル・ミュージックなど、現代サブカルチャーやアンダーグラウンド・カルチャーの関西に於ける一大拠点となっていく。ここ10年あまりは個性的なライブハウスとしての存在感も大きかった。そこで大きな役割を果たしたのは味園ユニバースを拠点として幅広く活動し、同所の発展にも貢献してきたオーディオ・ヴィジュアル表現集団「COSMIC LAB」である。
また今回のイベントのメインスポンサーであるAUGERは、グローバル刃物メーカー貝印から13年ぶりの新ブランドとして2022年に発売されたグルーミングツールブランドで、「身だしなみを整える時間」をより豊かで、より心地良いものへと導くべく誕生した。これまで、暮らしを「整える」心地よい豊かな時間をテーマに、アート、ホテル、音楽など様々なカルチャーとのコラボレーションを通して新たな価値を提供してきた。

今回の味園ユニバース最後の日を彩るにあたってふさわしいアクトは誰か。関係者の話し合いの結果、「COSMIC LAB」とともに味園ユニバースを舞台に数々の先鋭的なパフォーマンスを展開してきた∈Y∋そしてFINALBY ( )以外にありえない、という結論に到達したという。もし単に味園ユニバースの歴史を振り返り、懐かしみ、惜別するだけならほかにもふさわしいアーティストはいくらでもいただろう。だがこの最後のイベントは過去を懐かしむだけではなく、未来に向けて開かれていくものでなくてはならなかった。長年日本のエクスペリメンタル・ミュージックの最先鋭であり続け、最近では音楽の領域をはるかに超えた前代未聞のパフォーマンス・アートを圧倒的な強度と斬新さで生み出し、今もなお表現の領域を拡大し続ける∈Y∋を総監督に、「空間表現によって認知の拡張を探求するオーディオ・ヴィジュアル表現の追求者」COSMIC LAB、「音とマシンの関係性を追求するアートエンジニア」HORIO KANTA、「回路設計から音響合成まで行うプログラマー」のNIIMI TAIKI によって構成されるユニット「FINALBY ( )」こそは、味園ユニバースの遺産を、倉庫にしまい込まれるような過去ではなく、未来に向けての大いなる可能性として次世代に開放していくことができる、唯一の存在であるということだ。

エントランスには、ライブペインティングDOPPELによる味園ビルに捧げる大作が描き下ろされた
COSMIC LABからのオファーに対して、∈Y∋側は十分な時間をとった下準備とリハーサル、そして会場の自由な使用を条件とした。実際、∈Y∋は1週間前から現地入りして入念な準備を重ねてきたという。
単にバンドがハコにやってきて演奏するというものではない。「FINALBY ( )」にとって味園ユニバースは単なる「演奏場所」ではない。味園ユニバースという会場の特性や設備、外見、内装、建物の造作や構造などを入念にチェックして、それを活かした……というよりはFINALBY ( )の表現として一体化させパフォーマンスする。それが∈Y∋のやりたいことだったのだろう。
FINALBY ( )のライブは、およそ我々が考える音楽ライブの定型からはかけ離れている。2021年フジロックに於けるパフォーマンスでも披露されたように、∈Y∋が発光するカラーコーンを振り回し、叫んだり踊ったりする。カラーコーンを傾けたり持ち上げたりするたびに音と照明が連動し、さまざまに変化する。ステージ前面には透過型のスクリーンが設置され、アブストラクトな映像が流れている。ノイズからグリッヂ、クリック・ノイズやインダストリアル、エスノ・トライバルなリズムが縦横に鳴らされるが突き刺すようなものではなく、包み込むように会場を覆っていく。

∈Y∋は神聖な儀式をとりおこなう司祭のごとくゆったりと振る舞っている。すべての時間がゆっくりと流れていく。気がつくと、天井に取り付けられたいくつもの巨大な球体の照明が、カラーコーンの動きにつれ発光し、音を奏でている。


このようなことが可能だったのは、この日以降味園ユニバースがライブ会場として使用されることはなく、取り壊されるのを待つばかりだったからだろう。もし40年前の∈Y∋ならパワーショベルで物理的に建物を破壊していたかもしれないが、今の∈Y∋は、70年の歴史を閉じようとしているこの建物から、最後に美しく切ない光と音を優しく引き出し奏でてみせた。その音には70年分のありとあらゆる記憶や知識や感情や風景が溶け込み、次々と流れ出していく。夢のように美しくサイケデリックな瞬間だった。
その音と光の饗宴は、さながら∈Y∋の脳内に入り込んだようなイマーシブな感覚があったが、ふと私の脳裏に「アカシック・レコード」という言葉が浮かんだ。宇宙誕生から現在に至るまでのすべての出来事、思考、感情などが記録されている最高密度の宇宙的データベース。もちろん実体のあるものではなく概念上の存在に過ぎないが、その高密度のエネルギーの波動が、∈Y∋の脳と身体を通って味園ユニバースの空間になだれ込んでいるような感覚に陥ってしまったのだ。∈Y∋の捧げ持つカラーコーンが、そのエネルギーの通路となり、古今のあらゆる情報が行き交い会場全体が発光し振動し共鳴している。

そんな途方もない妄想に囚われてしまうような唯一無二の体験。それはこれまで出会ったことのない、自分の中の陳腐な常識や狭苦しい枠組みが片っ端から破壊されていくような快感だった。∈Y∋のやっていることを「前衛アート」と定義づけるのは簡単だが、と言って決して頭でっかちにならず、身体を張っての肉体表現という原点を決して離れないから、ある意味ポップでわかりやすくもある。
∈Y∋という触媒を通して高密度のエネルギーの放射を浴び、深い充足感と共に、FINALBY ( )という謎の大きさを感じている。その謎が大きければ大きいほど、その余白を埋めるために我々は受け身ではない想像力を求められる。それこそが音楽を、カルチャーを、ノスタルジーの道具にするのではなく、前に進ませるために必要なことであり、FINALBY ( )がこの日ステージに立った意義だったと思える。この日は味園ユニバースが表象した時代の終わりだったが、同時に、新しい時代の幕開けでもあったのだ。
そんなことを思いながら、ライブ後も、余韻と味園ユニバースへの惜別の思いで立ち去りがたい人々でごった返す会場をあとにした。
