昨今の音楽シーンにおいて、ジャンルの境界線を越える音楽家はもはや珍しくない。しかし、まさか和楽器奏者が「ポストジャンル」と称するにふさわしい作品を作り上げるとは思わなかった。


LEOこと今野玲央は、16歳のときに全国邦楽コンクールで文部科学大臣賞を史上最年少で受賞するなど、箏奏者としてエリート街道を歩んできた。一方で、ポスト・インターネット世代らしく、10代の頃からさまざまな音楽に親しんできた彼は、2023年の前作『GRID/OFF』において、クラシック~現代音楽やジャズの音楽家たちと、箏奏者としては異例ともいえるコラボレーションを展開。いわゆる「邦楽」の枠から外れるような、豊かな音楽性の幅を提示してみせた。

最新アルバム『microcosm』では、そうしたポストジャンル的なアティテュードが全面的に開花している。フランチェスコ・トリスターノ、坂東祐大、網守将平、大井一彌、LAUSBUB、梅井美咲、君島大空、林正樹、U-zhaanといった多彩な音楽家たちとの共作を通じて、エレクトロニック・ミュージックの要素を取り込みつつ、ポップな歌ものにも挑戦。その過程で、箏の演奏もかつてないほど独創的なものへと進化している。本作を深く掘り下げるべく、LEOという音楽家の全体像に迫った。

LEOが語る「箏」の進化論 ポストジャンル時代に切り拓く和楽器の可能性


本当の意味での「現代音楽」とは何か?

―『microcosm』は他ジャンルの音楽家とコラボレーションすることで、箏が主戦場にしている「邦楽」の外に出ようという意識を感じました。こういった方向性はいつから意識するようになりましたか?

LEO:前作の『GRID//OFF』というタイトルには、「枠から出る」というイメージを込めました。そこで初めて、箏とあまり関わりのなかったジャズとのコラボレーションや、エレクトロニクスを用いた作品を収録したんです。

それまでの作品では、常に箏が主軸にありました。箏は伝統芸能の世界に属しているので、僕も小さい頃から厳しく指導されてきましたし、師匠は沢井一恵さんという、絶対的な存在の箏奏者でした。
そうした中で若いうちにデビューしたこともあり、先輩方から大きな期待を寄せられ、正直、窮屈さを感じる部分もありました。たとえば、少し前までは、箏にPAを通して音を拡張し、大きな会場で響かせることすら難しかったんです。そうした経験を通じて、自分の中で「箏」という存在があまりにも大きくなっていることに気付かされました。だから『microcosm』では、その意識を変えることを心がけたんです。

2023年の前作『GRID//OFF』

―今回の共作アーティストは、どうやって決めていったんですか?

LEO:普段からよく聴いていたり、最近知って衝撃を受けたアーティストたちとコラボしました。一番最初に決まったのが、「音の頃」を共作したLAUSBUBです。彼女たちの音楽は、歌を楽曲の主軸に据えるのではなく、あくまで要素のひとつとして扱うようなところがあって、僕が「歌をフィーチャーしつつ作りたい」と思っていた音楽の方向性とぴったり合っていたんです。

これまでもクラシック~現代音楽やジャズの音楽家とはコラボしたことがありましたが、その方たちとは似たような音楽言語でやりとりができました。でも、LAUSBUBのようにエレクトロニック・ミュージックを作っている人たちとは、音楽を説明するときに使う言葉もまったく違うし、聴いている音楽も違っていたので、アルバム制作を通じて勉強しながら、徐々に適応していきました。おかげで、Ableton Liveを使った作曲もできるようになりましたね。

そもそも、箏とエレクトロニック・ミュージックのコラボなんて、参考になる音源が存在しないんですよ(笑)。何を参考にして、どんなミックスにすればいいのか、最初はまったく見当もつきませんでした。


―ですよね(笑)。エレクトロニック・ミュージックは昔から聴いていたんですか?

LEO:親の影響もあって、昔からいろいろな音楽に触れる機会は多かったです。記憶をたどると、音楽にどっぷりハマったのは13~14歳くらいの頃で、そのとき一番ハマっていたのがスクリレックスでした。今思えば、10代の頃はダンサブルな音楽が好きだったんだと思います。20代になってからは坂本龍一さんを好きになって、彼の音楽を知ろうとするほど、自分のなかで音楽のバリエーションがどんどん広がっていきました。そういった流れもあって、エレクトロニック・ミュージックは昔から耳馴染みのあるジャンルですね。

―今回のコラボにあたって、他の音楽家が作曲を担当する場合は、曲は譜面でもらうんですか?

LEO:クラシックと同じように、五線譜に書かれて渡されるパターンが多いですね。でも今回は、1曲を除いて「譜面通りに弾いてください」という曲はなかったです。いただいた譜面をもとに、箏に合うようアレンジしていきました。譜面がなかった曲については、すべて即興をベースにして作っています。

―そもそも箏って、五線譜に書いて作曲するものなのですか?

LEO:どこまで遡るかにもよりますが、始まりは口伝です。箏というのは、人から人へ、口で伝える「言葉の音楽」として始まりました。
その後、「縦譜」と呼ばれる、13本の弦に数字を割り振って表す譜面が一般的になりました。

そして今から約100年前、西洋音楽を学んだ作曲家たちが箏のための楽譜を書き始めたことで、五線譜を読める箏奏者というのも現れるようになりました。ただ、今でも五線譜をパッと読める人もいれば、「一応扱える」くらいの人もいて、世代によってまちまちですね。

―やはり箏も、西洋音楽の影響を受けつつ変化してきたのでしょうか? 例えば、宮城道雄(※)のように。

※宮城道雄(1894–1956):近代邦楽の革新を担った箏奏者・作曲家。名曲『春の海』の作曲者として知られる箏曲家。8歳で失明後、箏の可能性を広げるべく西洋音楽の要素を導入することで、新たな音楽世界を切り開いた

LEO:まさにそうです。なかでも(代表曲の)「春の海」は西洋音楽の影響を大きく受けた作品ですね。それまでの邦楽には、そもそもABA構成という発想が存在していませんでしたし、今ではよく耳にする、同じフレーズを何度も繰り返すような奏法も、当時の邦楽にはなかった考え方なんです。

沢井一恵がジョン・ケージのプリペアド・ピアノ楽曲をプリペアド筝で演奏した『3つのダンス』(1992年のアルバム)

―ある意味では、宮城道雄と同様に、LEOさんも西洋音楽の影響を受けた箏奏者と言えますよね。

LEO:70年代から2000年代にかけて第一線で活躍していた僕の師匠・沢井一恵さんも、ジョン・ケージとの共演やジャズ・フェスティバルへの出演を経験していますし、それまでタブーとされていた、ドラムスティックで弦を叩いたり、ガラスのコップで引っ掻いたりするようなアバンギャルドな即興奏法にも挑戦していました。それは「箏=和楽器」という固定観念にとらわれない、反骨精神の現れだったのだと思います。


僕のアルバム『microcosm』では、そんな師匠の姿勢に影響を受けつつ、いわゆる西洋クラシックの流れにある「現代音楽」ではなく、本当の意味での「現代音楽」とは何かを考えながら制作に取り組みました。

「箏」への偏見を手放し、もっと自由に

―新作におけるテクニカルな部分は、箏の伝統から切り離された技法を採用しているのでしょうか?

LEO:パッと見て、誰にも真似できないし、理解もできないような奏法ばかりです。僕自身、このアルバムに向き合うなかで新しく発見した奏法もあれば、「そんな手の使い方はしないでしょ」っていうようなイレギュラーな奏法もたくさん試しています。結果的に、かなり独自性のある演奏になっていると思います。

LEOが語る「箏」の進化論 ポストジャンル時代に切り拓く和楽器の可能性

Photo by Ryuya Amao

―今回チャレンジされた中で、例えばどのような奏法がありますか?

LEO:たとえばミュート奏法ですね。弦を押さえたり、異物を置いたりして倍音を生み出すプリペアド・ピアノにインスピレーションを受けて、それを箏に応用しました。いろんなものを弦に挟んでみたり、指でミュートしてみたりと、曲のなかでいろいろ試しています。他の楽器ではよく見られる技法かもしれませんが、箏の演奏に取り入れるというのは、これまでになかった発想だと思います。

―ミュート奏法なんて、思いつきやすい奏法だと思いますがやられてなかったんですね。

LEO:箏は、ただでさえ音が小さく、余韻も短い楽器なので、それをさらに小さく・短くするという発想自体が、なかなか出てこなかったんだと思います。加えて、これは(音響的な補正が加えられる)PAや録音設備を用いた現場でのみ使える奏法でもあります。

ミュート奏法の延長線で、あえて響かせないハーモニクス奏法も取り入れています。
生音だけでは綺麗に鳴らないハーモニクスの音も、録音したあとに音量や音質を整えることで面白いサウンドが生まれることもありました。例えば「GRID // ON』という曲では、そういった細かいバランスまで考えて演奏しています。これも今までの箏にはなかった奏法ですね。

―箏の音色はキャラクターが強すぎないため、他の音楽的要素と混ざりやすいという印象を受けたのですが、演奏者の立場ではどう感じていますか?

LEO:その通りだと思います。昔は、音の個性が弱いことにコンプレックスを感じていた時期もありました。たとえば、ひと音鳴らしただけで存在感が際立つ尺八や三味線に対して劣等感を覚えたり、複数の音を同時に出せて転調も自在なピアノやギターと比べて、不便さを感じたりしていました。

でも、エレクトロニクスなど、音の方向性を広げる手段を得たことで、今の自分にとってはその「制限」がちょうどよく感じられるようになりました。不便さがあるからこそ想像が膨らむし、箏の音色にフォーカスした楽曲制作ができるようになったと思います。

一方で、ソロ・セットでは日本の箏だけでなく、もっとクロマチックにどんな音でも弾けるような中国の古箏や、民族音楽で使われる異なる形の箏も使ってみたくて、そうした楽器を集めたりもしています。

―以前と比べて、音楽制作の自由度が上がったんですね。

LEO:今までは、箏を主役として音楽を捉えるのが当たり前だと思っていました。でも最近は、必ずしもそうでなくてもいいと考えられるようになったんです。
そんなふうに思えたことで、Ableton Liveを使ったり、他国の箏を取り入れたりするというマインドが自然と生まれたのかもしれません。

たとえば、以前の僕だったら、ライブ中にPCを触ったり、中国の箏を弾いたりすることは、日本の箏奏者として中途半端なんじゃないかと感じていたと思います。でも、箏ではなく「自分自身」を軸に置いて考えられるようになると、他ジャンルの機材や楽器を組み合わせることにも意味を見いだせるようになりました。

これは、決して箏を軽んじているわけではなく、表現者として自分を縛っていた無意識の偏見を手放すことで、むしろ箏という楽器をより自由に表現できるようになった、ということだと思います。

LEOが語る「箏」の進化論 ポストジャンル時代に切り拓く和楽器の可能性

LEOとフランチェスコ・トリスターノ(Photo by Ryuya Amao)

―エレクトロニクスの話がありましたが、ピアノとエレクトロニクスといえば、本作の「落葉」でコラボしているフランチェスコ・トリスターノが浮かびます。彼から受けた影響もあるのですか?

LEO:彼の影響は間違いなく大きいですが、「トリスターノの真似をしてエレクトロニクスをやろう」という順番ではありません。様々な方向性を試したなかで、一番しっくりきたのがエレクトロニクスだったという感じです。トリスターノくらいピアノが上手ければ、バッハを弾いているだけで十分なのに、クラシックとテクノという全然違うジャンルの両方にあえて挑戦し、それを音楽として成立させてしまうところがすごいなと。これでこそ音楽家だなと、生き様や考え方を含めて尊敬しています。

そのあたりは、僕の好きな坂本龍一や、前作でカバーしたティグラン・ハマシャンに通じる部分でもあります。己の芯がありつつ、どんな音楽も受け入れるオープンな姿勢を見て、自分もそうなりたいなと思っています。


箏奏者LEO×フランチェスコ・トリスターノ、レコーディング映像を公開

LEO自身、かねてより大ファンでもあるトリスターノとの初コラボが実現!共作によるオリジナル曲「落葉」は、7/16発売のLEO最新アルバム「#microcosm」に収録

アルバム情報https://t.co/YObS4VkDYV

配信サイト… pic.twitter.com/61Xd7JLRcQ— コロムビアクラシック (@Co_Classics) July 15, 2025
フランチェスコ・トリスターノとのレコーディング映像

―共作アーティストの顔ぶれを見たとき、LEOさんのイメージと一番リンクしたのがトリスターノなんですよね。彼はデリック・メイ「Strings Of Life』のピアノ・カバーでも知られていますが、LEOさんも前作であの曲を取り上げていましたよね。

LEO:仰る通りです。僕にとって彼はロール・モデルともいえる存在で、正直これまでで一番緊張したコラボレーションでした。3カ月ほどかけて楽譜を作ったあと、直接やり取りをして制作を進めていったんですが、そこからも何度も書き直しを重ねました。

―作曲にあたって、トリスターノとはどのようにコミュニケーションをとっていったんですか?

LEO:最初はホールを借りて、2人で1時間くらい即興演奏をするところから始めました。それを録音しておいて、よかったフレーズを抜き出したり、引用したりしながら、曲の土台となる部分を構築していったんです。そのときに録音したピアノのフレーズも一部使っていますが、基本的には僕が箏のフレーズだけで曲の構成を提示して、それに対して彼がピアノ・パートを加えて送り返してくれる、というプロセスで進めていきました。

林正樹、網守将平、坂東祐大らとの「純度の高いコラボレーション」

―「ぽたぽた」のU-zhaanさんと林正樹さんという並びも面白いです。U-zhaanさんはインドのタブラ、林正樹さんは西洋のピアノ、LEOさんは和楽器の箏という和楽器。それぞれ異なる文化圏に出自を持つ楽器ですが、それを意図していたんでしょうか?

LEO:いえ、特にそういったことは意識していませんでした。もともと林正樹さんとツアーをご一緒していて、ピアノの音色にとても惹かれたんです。そこからインスピレーションを受けて、音色でアンサンブルを作りたいと思ったときに、プラスでU-zhaanさんの音が加わったら、もっと面白くなるんじゃないかと思いました。日本にルーツのない、どちらかといえばマイナーな楽器であるタブラの知名度がここまで高まったのは、U-zhaanさんの影響も大きいですよね。そういう意味でも昔から尊敬しています。

そんな流れもあって、この曲はコンセプト先行で作っていきました。変拍子的なリフが続く最終パートは、完全にティグラン・ハマシャンの影響ですね。

―本作でコラボした音楽家のなかで、一番長い付き合いなのは網守将平さんでしょうか?

LEO:網守さんと坂東祐大さんはかなり長い付き合いですね。二人とも同じくらいから付き合いが始まってます。網守さんは前作で一緒にやってるんですけど、新作でもプロデュースをやりたいと言っていただいて、次は箏とドラムのコラボをやりたいねっていう話になったんですよね。それで大井一彌さんを紹介していただくことになり、そこから形になったのが「Vanishing Metro」です。僕と大井さんの個性がひたすら衝突する、純度の高いコラボレーションになりました。

―「Vanishing Metro」について、網守さんとはどういったやり取りをされましたか? 即興で組み立てられていった印象のある曲ですが。

LEO:実は「Vanishing Metro」だけ即興主体ではなく、唯一すべてのパートを譜面に起こして制作した曲なんです。この曲ではドイツ人のピアニスト、カイ・シューマッハーのミニマル・ミュージックから影響を受けています。プリペアドを施した角の立った鋭いピアノのサウンドにドラムが乗っているような曲があって、それが一番大きなインスピレーションになりました。

あとはInstagramで見つけたポリフィアなんかも聴いていて、その流れからインスタでギタリストをリサーチして、かっこいいフレーズを参考資料として網守さんに共有しましたね。それから、僕がメトリック・モジュレーションをコンセプトに曲を作りたいということも伝えました。もともと四拍子だったものが五拍子になったかと思ったら、五拍子のテンポのまま四拍子になって……みたいなことが曲中に起きていて。拍子やテンポを自由に行ったり来たり、網守さんらしいカオスな展開になっています。サウンドも、僕のエフェクターを持ち込んで、グリッチしている音を作ったり、ミックスの段階で組み込んでいきました。

―坂東さんも2作続けての参加ですが、今回の「Microcosm Session」は、前作でのコラボ曲とだいぶ方向性が違うように感じました。

LEO:ずっと坂東さんのこういった側面でもご一緒してみたかったんです。坂東さんは音楽のフィールドが幅広くアイディアも豊富ですし、ある意味予測不可能でもあり(笑)。「こういう曲がほしいです」とリクエストしても、そのまま進むということはまずないので、どんな楽曲になるか想像がつかないんです。ただ、今回は坂東さんからブレイク・ミルズを教えてもらって、彼の動画を見ながら2人で盛り上がり、「セッションしたい」という点で奇跡的に(笑)方向性が噛み合いました。

―どこかに集まって一緒に録音したんですか?

LEO:それぞれ別々にスタジオに入り、パートごとに音を重ねていく録り方でした。「Microcosm Session」はアルバムのなかで最後に完成したんですが、みなさんかなりお忙しいので、締め切りまでに全員が揃うことが難しかったんです。まず初めに僕がスタジオ入りして、骨組みとなるコード進行の部分を録音して。パーカッションの小川慶太さんはNY在住なので遠隔で録音を進めつつ、ベースのマーティ・ホロベックさんの日程がなかなか合わず、たしか僕の次に録ったのがサックスの馬場智さんでした。その後、ベースまで録り終わったくらいのタイミングで、最初に作った僕のパートを録り直して、グルーヴの辻褄が合うように調整して。さらに最終段階で、サックスに合わせて箏のフレーズを足しました。そういう作り方だったのに、仕上がりはなぜかセッションとして成立している。それが坂東さんのディレクションの成す技なんです。

―坂東さんは具体的に何をされたんでしょう?

LEO:現場ではとにかく「いいね!」と言ってました(笑)。構成やコード進行といった骨組みの部分は坂東さんが作ってくれて、テイク選びやミックスなど裏側でも楽曲を支えてくれていました。僕のなかでは、「なんとなくこういうフレーズがあったらいいな」っていうイメージはあったんですが、基本的には奏者に委ねるスタイルで制作が進んでいったんです。

梅井美咲&君島大空との実験、相対性理論を音楽に

―「Cotton Candy」の梅井美咲さんとは、どういう経緯でご一緒することになったんですか?

LEO:(LEOの所属レーベル)日本コロムビアを通してか、もしくは同じ芸大出身の和久井紗良さんをきっかけに知り合った気がします。そこから、彼女のライブを観に行ったり、作品を聴いたりするようになりましたね。素晴らしい才能の持ち主で、純粋に音楽を楽しんでいる方だなという印象があって。何か一緒にやりたいと思うには十分なお人柄でした。楽曲の制作にあたっては、とにかく即興演奏をたくさんしましたね。言葉で話している時間よりも2人で演奏してる時間の方が長かったかも知れないです。

―楽曲の方向性について、事前に話し合うことはなかったんですか?

LEO:2人でやる即興演奏がただただ楽しくて、そのまま流れに任せて、即興をもとにトラックを作っていく制作方法に決めました。僕はもともとエフェクターを使ったりしていて、梅井ちゃんも同じ時期に、ピアノにエフェクターやAbleton Liveを使って音を加工するような実験を、君島大空さんと遊びの延長のようなかたちで試していたみたいなんです。

ちょうどそのタイミングでレコーディングがあったので、そのまま君島さんにも来てもらいました。君島さんのエフェクトボードを梅井ちゃんのピアノに接続して、誰がどの音を出しているのか分からなくなるような、3人での即興演奏を1時間半くらいやりました。その後、梅井ちゃんがその素材をもとにトラックとして仕上げてくれました。

―この曲は君島さんのカラーも強いかなと思っていたので、今の話を聞いて納得しました。でも彼は基本的にはミックス担当なんですよね?

LEO:サウンドのエフェクトに関しては、君島さんがボードで出している要素もあると思います。でも例えば、キックが入ってくる部分は梅井ちゃんが自分の持っているドラムマシンで作っていましたし、曲の構成を作ったのはすべて彼女ですね。逆にミックスに関しては完全に君島さんが担当してくれました。サウンドは君島さんも入りつつ、コラージュや加工は梅井ちゃんの表現です。

LEOが語る「箏」の進化論 ポストジャンル時代に切り拓く和楽器の可能性

Photo by Ryuya Amao

―LEOさんのみで作曲と演奏を手がけた楽曲がいくつかありますが、なにかインスピレーションがあった楽曲があれば教えてください。

LEO:4曲目の「moments within」はいわゆるフェーズ・ミュージックですよね。この曲を作る直前にアルバムのタイトルが『microcosm』に決まったので、「小さな宇宙」をイメージした宇宙論的な曲を、と考えていました。実を言うと、最初はこの曲を「microcosm」と名付けようと思っていました。制作当時は、一般相対性理論にハマっていて。「観測者によって時間の感じ方が変わる」といった考え方を、音楽に落とし込めたら面白いんじゃないかなと思ったんですよね。

―相対性理論を音楽にするとは、どういうことなんですか?

LEO:具体的には、まったく同じフレーズを、一方は一定のリズムで、もう一方は少しずつ加速させて演奏することで表現しました。最後には元のタイミングに帰結する、タイムトラベルのようなイメージです。ずっと同じフレーズを弾いていると、だんだんトランス状態になってきて、2分間の時間軸がずれているように感じられることもあって。そんなコンセプトで作りました。だからアルバム内でも、同じことを2回繰り返しているんです。8曲目の「moments between」は、「moments within」と同じ曲を、音色を変えて演奏したバージョンなんですよ。

他の楽曲で言うと、「GRID // ON」はテクノからインスピレーションを得ています。具体的にモデルにした曲があるわけではないんですが、カイ・シューマッハのプリペアド・ピアノの手法を取り入れたり、制作中に熱心に聴いていたアマーロ・フレイタスのサウンドからも影響を受けたりしました。

―ところで、本作でマスタリングを手掛けているヘバ・カドリー(Heba Kadry)は、LEOさんが希望したんですか? ビョークや坂本龍一も手がけるなど、現代最高峰のマスタリング・エンジニアですよね。

LEO:僕ではなく、レーベルからの提案でしたが、今回のアルバムとも相性がとてもよくて。マスタリングの前と後で、音がまったく違いましたね。とにかく「いい音だな」と思いました。今回は曲ごとにエンジニアさんが違うので、箏の録り方にもさまざまなパターンがあって。曲の並び順も工夫してはいますが、アルバム全体に一体感があるのは、ヘバ・カドリーさんの裁量によるところが大きいと感じています。

マスタリング前は、どこに耳を傾けたらいいのか分かりづらかった曲もあったんですが、そうした曲も聴きやすくなりました。たとえば、耳に痛く感じられるようなエフェクティブすぎる音も、いいバランスにまとまっていて。ただ、単に平坦に整えたわけではなく、説明は難しいんですが、明らかに音が良い方向に変化したんですよね。

―アルバム制作を終えた今、改めてこの先コラボレーションしてみたい方はいますか?

LEO:何度も名前を挙げているティグラン・ハマシャンとは、いつか絶対にご一緒したいと思っています。あと最近はポスト・クラシカルにも興味があって、ハニャ・ラニやオーラヴル・アルナルズの音楽にも足を踏み入れてみたいですね。

もちろんご本人たちとコラボできたら嬉しいですが、彼らのようなポスト・クラシカルの表現を取り入れて、自分の曲に歌声を乗せてみたいという構想を、実は2年くらい前からずっと考えているんです。ただ、まだ自分の中でしっくりくるやり方が見つかっていなくて。彼らの世界観のようなものを、自分一人でも表現できるようになったら、和楽器とのセッションも今までとはまったく違うものになると思います。今はまず「個」としてやりたいことがたくさんあって、それを満足のいくクオリティで形にできたときに、コラボレーションの幅もきっと大きく広がっていく気がしています。

LEOが語る「箏」の進化論 ポストジャンル時代に切り拓く和楽器の可能性

LEO
『microcosm』
発売中
配信:https://leonc.lnk.to/microcosm
詳細:https://columbia.jp/artist-info/leo/discography/COCB-54380.html

LEO –microcosm
2025年11月5日(水)19:00開演 東京・新宿FACE
出演:LEO(箏)、網守将平(Synth)、大井一彌(Dr)、町田匡(Vn)、中川裕貴(Vc)
チケット/公演詳細:https://www.columbiaclassics.jp/20251105

LEO -moments within-
2025年8月29日(金)東京・恵比寿BLUE NOTE PLACE
Open|18:00 前半|19:00~ 後半|20:00~(途中休憩あり)
※前半・後半ともに約30分、合計約60分の公演となります。※入替なし。各回で内容は異なります。
CHARGE:¥3,300(税込/お一人様)
※別途、お一人様につき1オーダー以上のご注文
詳細:https://www.bluenoteplace.jp/live/leo-250829/

LEO with 林正樹 スペシャルコンサート
2025年7月20日(土)福島・けんしん郡山文化センター 中ホール
2025年8月23日(金)富山・黒部市芸術創造センター「セレネ」4Fホール
2025年9月20日(金)兵庫・姫路市市民会館 大ホール
2025年10月18日(土)大阪・高槻城公園芸術文化劇場 南館 太陽ファルマテックホール

LEO公式サイト:https://www.leokonno.com/

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