2023年、ブルーノート東京で行なわれた初来日公演を一瞬でソールドアウトさせたように、今回の神田スクエアホール公演もあっという間に完売となった。レイヴェイは17000人規模のハリウッド・ボウルすら満員にするアーティストであり、1000人規模の空間で彼女を観られるというのは、海外では通常考えられないことだ。まさにファンにとっては夢のような一夜となった。
今回のライブが特別だったのはその点だけではない。「Laufey's Serenades」と題されたこの日のステージは、レイヴェイひとりの弾き語り。しかも、彼女がもっとも得意とするはずのチェロは弾かず、用いた楽器は二本のギターとピアノのみ。普段のライブでは流麗なストリングスや1950年代のジャズを思わせるノスタルジックな編曲も魅力としているが、今回はそうした要素をすべて省き、ピアノとギター、自身の声だけで勝負していた。
7月30日から始まる北米ツアーではオーケストラを交えた公演も行う一方で、この時期に弾き語りを披露したのは、他にイギリスでの数公演のみ。滅多に観られない貴重なステージだったわけだが、そんなふうにミニマムなパフォーマンスだったからこそ、レイヴェイの凄みをはっきりと感じられる一夜となった。

Photo by Kazumichi Kokei
昨年のサマーソニックに出演した際のバンド編では、彼女の音楽が持つ「豊潤さ」が強く印象に残っている。
かたや今回のレパートリーは人気曲が中心。セットリストを眺めるかぎりでは、オーソドックスな構成に映るかもしれない。しかし、フォーキーな「Silver Lining」「Valentine」、ボサノヴァ風の「Fragile」「Falling Behind」、ピアノを奏でる「Promise」「Goddess」などサウンドの傾向はさまざまだが、総じて弾き語りに適した曲が選ばれており、レイヴェイは余裕も感じさせながら演奏していた。
「Dreamer」はもともとジャジーなアレンジの曲だが、YouTubeに自宅ライブ動画がアップされているように、ピアノの弾き語りでもその良さが引き立つ曲だ。ニューアルバムの先行シングル「Tough Luck」は、これまでにないポップな展開に驚かされるが、前半部分は極めてシンプルなフォークソング。最小限の編成ながら観客を引き込むパフォーマンスに聴き入りながら、彼女の楽曲が持つメロディの親しみやすさを改めて実感させられた。

Photo by Kazumichi Kokei
古いジャズやボサノヴァの魅力を若い世代に伝えるセンスや、読書家であることなどマルチな才能に注目が集まりがちな彼女だが、アーティストとしての最大の強みは、ギターとピアノさえあれば十分に成立する曲を書ける優れたソングライター/メロディメイカーであることなのかもしれない。しかも、そのメロディアスな楽曲にはさまざまなストーリーが内包されており、それぞれに固有の情感が込められている。「レイヴェイらしさ」というシグネチャーを確立しながら、その枠のなかで異なるタイプの楽曲をいくつも生み出すことができる。それもまた、彼女の特別な才能なのだと改めて思い知らされた。
さらに、強いメロディと楽曲の豊かさを、余すところなく伝えるステージングにも驚かされた。
若い頃の夢見がちな自身を歌った「Dreamer」では、原曲のバンド演奏も聴こえてくるかのようなピアノ演奏に感激させられた。続く「Fragile」では、前の曲とはまるで異なる切ない響きを引き出し、「Goddess」ではドラマチックな楽曲が進むにつれ、徐々にエモーショナルになり、鍵盤を強く押し込んでいた。ギターでも同様で、ボサノヴァっぽい曲を奏でても、曲ごとに異なるフィーリングで弦を爪弾いていた。一本のギター、一台のピアノだけを駆使しながら、それぞれの曲が求めるものに応じて、そのストーリーを最大限に彩るアレンジを施してみせる。レイヴェイにとって最高の伴奏者は彼女自身なのだろう。
親密なMCから浮かび上がる「もう一つの凄み」
そもそもレイヴェイにとっては異例となる少人数キャパの公演で、ステージと客席の距離をいっそう近く感じさせたのは、あまりにも親密なMCだった。昨年の来日時にRolling Stone Japanでインタビューした際にも感じたことだが、彼女はとにかくよく喋る。それも、とても楽しそうに喋る。たぶん、止めなければずっと喋り続けられるタイプなのだと思う。
曲が終わるたびにMCが始まるのだが、それがとんでもなく魅力的だった。
バーブラ・ストライサンドとのデュエット「Letter To My 13 Year Old Self」に絡めた、来日中のエピソード。「タワーレコードでスタッフさんに『すみません、レイヴェイのCDどこですか?』って尋ねて、自分のCDのコーナーまで連れて行ってもらったんだけど、恥ずかしくなって『これ私じゃないですよ』ってとぼけちゃった(笑)。でも、バーブラ・ストライサンドのCDはちゃんと見つけて買えて、最高だった!」と語ってみせたり。
ギターのチューニングがずれたのを直しながら、「ペダルチューナーは信用できなくて、自分の耳で合わせないと気が済まないのが、クラシック出身の私のやり方」とかっこよく言ったかと思えば、「ちょっとズレてるけど、まぁいいや(笑)」とジョークを織り交ぜる。MCで何かしらふざけないと気が済まないところも、レイヴェイのチャーミングなところ。
他にも新曲「Tough Luck」のちょっとおかしな言葉遣いのことや、白雪姫のモデルが自分と同じアイスランド人だったことがきっかけになった未発表の新曲「Snow White」について、ファンにはお馴染みのウサギのぬいぐるみ「MeiMei」のことなど、とにかくたくさん話してくれた。

Photo by Kazumichi Kokei
そう考えると、この日のライブは、レイヴェイが普段からSNSで行っているファンとの交流のライブバージョンのようでもあった。ファンとの距離が常に近く、誠実で丁寧、そして優しい。そんな彼女のスタンスを肌で感じられる、貴重な機会だったと思う。
個人的に印象深かったのは、「歌詞を知ってる人は歌ってほしいかも。
すでにポップスター/セレブの仲間入りを果たしているはずのレイヴェイだが、そんな今でもなお、SNSで気さくに返信してくれそうな親しみやすさをまとっているのは不思議なものだ。アーティストとして圧倒的な才能の持ち主であることは大前提として、そんなフレンドリーさを保ち続ける「新しいスターのあり方」こそが、レイヴェイの本当の凄さなのかもしれない。

Photo by Kazumichi Kokei
〈セットリスト〉
1. Silver Lining
2. Valentine
3. Fragile
4. Falling Behind
5. Dreamer
6. Promise
7. Goddess
8. Bored
9. Lover Girl
10. Letter to My 13 Year Old Self
11. Tough Luck
12. From the Start
13. Snow White *Unreleased

レイヴェイ
『A Matter of Time|ア・マター・オブ・タイム』
配信・輸入盤:2025年8月22日(金)発売予定
https://LaufeyJP.lnk.to/AMatterOfTimeRS
国内盤CD:2025年8月27日(水)発売予定
https://LaufeyJP.lnk.to/AMatterofTimeJPverRS