プロモーションで初来日して、7月15日にはショーケースライブを行なったのだが、それもまた聴く者みんなを心地よくして幸福な気分にさせるものだった。柔らかな雰囲気を持ち、無邪気で人懐っこく笑うあたりも魅力的だが、ギターとボーカル、作詞作曲においては実に確かな個性と才能とセンスを感じさせる、そんなジャズ・ポップの新星に話を聞いた。
aron!ショーケースライブの模様
シナトラに親しんだ幼少期
―EP『cozy you (and other nice songs)』はあなたにとってのメジャー・デビュー作であり、日本で初めて発売されるCDとなりました。リリースして今はどんな気分ですか?
aron!:日本で自分の作品が出るなんて考えたことがなかったし、こうして日本に来れたのも初めてなので、とても嬉しいよ。
―ではそのEPの話の前に、まずはプロフィール的なところから聞いていきますね。初めに「aron!」という名前についてですけど、エクスクラメーションマークを入れようというのは自分のアイデア?
aron!:そう。エクスクラメーションマークは僕のアイデアで、アーロンという名前は両親のアイデア(笑)。マークを入れたのは……そのほうが目立っていいかなって。
―出身はノースカロライナ州のシャーロットだそうで。どんな環境で育ったんですか?
aron!:シャーロットはスシも食べられるし、ラーメンも食べられる街だけど、日本ほど美味しくないんだよね。
―子供の頃から家ではよく音楽がかかっていた?
aron!:うん。リビングルームでは両親が好きだったクラシック・ロックがずっとかかっていたけど、僕はベッドルームでシナトラをかけていた。
aron!自作プレイリストにも収録、フランク・シナトラ「Mam'selle」
―ロックが好きだったのはご両親だけで、自分は違ったと。
aron!:いや、僕も好きだったよ。システム・オブ・ア・ダウンとか、アリス・イン・チェインズとか、ああいうやつ。だけど僕にはそういう曲を歌える声が備わっていなかったんだよね。
―そういうヘヴィなロックを聴きながら、同時にフランク・シナトラも好きだったというのは面白いですね。
aron!:まあ、シナトラみたいな音楽は、アメリカだとどこかしらで耳にするものだからね。自然に耳にして、自然に好きになった感じかな。
―因みに同世代の友達でシナトラを聴いていた人って、いました?
aron!:いなかった。まわりはグリーン・デイやマイ・ケミカル・ロマンスを聴いてたね。だから友達といるときはグリーン・デイとかの話をして、家に帰って自分のベッドルームで落ち着いたらシナトラをかけるっていう。友達には言い辛いんだけど、聴くことをやめられない、みたいな。
生い立ちや音楽ルーツについて語ったビデオダイアリー

aron!ショーケースライブにて撮影 Photo by Soushi Kimura (sand-pit)
ギターやジャズとの出会い
―ギターは8歳から始めたんですよね?
aron!:そう。ロックから入って、自分にできる限りのロック・ギターを弾いていたんだ。子供だったから、ギタリストとしてやっていこうとか真剣に考えていたわけではなかったけど。
―真剣にギターをやろうと思ったのは、アメリカの楽器店で出会った当時80歳のジャズ・ギターの先生の影響が大きかったとか。
aron!:譜面が読めるようになったのもその先生のおかげなんだ。譜面を読んで弾くのとかって、なんかアカデミックな感じがして初めは抵抗があったんだけど、先生が教えてくれるっていうから。教わってよかったよ。それに、その先生のおかげで僕はちょっと大人になれた。
―その先生との出会いからどんどんジャズにハマっていったんですか?
aron!:それもそうだけど、13歳のときに「JazzArts Charlotte」という地元のプログラムに参加したことも大きかった。自分と同じ年代の子たちがたくさん参加していた音楽教育プログラムで、みんなで競いながら楽器や音楽について学んでいって。それでどんどんハマっていったんだ。
「JazzArts Charlotte」で演奏するaron!(2021年)
―それから家でもジャズを好んで聴くようになった。
aron!:本当はもっと名盤と言われるようなものをたくさん聴くべきだったんだけどね。でも、自分の好みでいろいろ聴いたよ。
―例えば?
aron!:好きでよく聴いたのは、シナトラとトミー・ドーシーのアルバムとか、メル・トーメの『Swings Shubert Alley』とか、エリック・ドルフィーの『Out to Lunch!』とか。ジャズ好きなら必ず聴くべき名盤、っていうのとはちょっと違うんだけど。本当はマイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』とかジョン・コルトレーンの『Giant Steps』なんかをもっとちゃんと聴くべきだったんだけどね。
―ではあなたにとって、ジャズまたはジャズ的な音楽の魅力とは、どういうものですか?
aron!:……(しばし沈黙)。考えてるからちょっと待ってね。えーと。遊び心があるところと、考え抜かれて作った音楽ではないってところかな。そういう音楽が好きだし、自分にもそういうところがあるから。考え抜いて構築するというのではなく、感覚的に音楽を楽しむほうなんだ。そういうジャズ特有の遊び心とか精神性みたいなものに共感する。けど、スタイルとしてジャズに拘っているわけではないんだよね。
―なるほど。で、ジャズにハマってギターを弾きながら、ノースカロライナ芸術大学ではクラシックの作曲を学んでいたそうですね。
aron!:うん、そう思う。そのときは気づかなかったんだけど、クラシックを学んだことは作曲をする上ですごくプラスになっているんだなって、あとで気づいたんだ。その大学に通っているときにはクラシックのピアニストの友達がたくさんいたから、いろいろ教えてもらっていた。ギターではなく、ピアノで作曲の勉強に打ち込んでいたんだよ。
―今はギターでもピアノでも作曲するんですか?
aron!:うん。でもギターで作るほうが多いね。とはいえ、ギターで作るのとピアノで作るのとでそこまで大きな違いはない。もちろんできあがる曲の傾向は違うけど、ピアノで作った曲をギターで演奏することもできるし、その逆もできるので、そんなに差はないんじゃないかな。
レイヴェイや日本の音楽、ポニョへの共感
―ノースカロライナ大学のあと、マイアミ大学に進学してジャズ・ボーカルと映画音楽を専攻したそうですね。映画音楽を学んだことも現在の作曲に結びついていると思いますか?
aron!:うーん、そうでもないかな。映画を観ていても、物語に集中するほうで、そこまで映画音楽を集中して聴いているわけではないし。
―へえ~。特に好きな作品は?
aron!:ポニョ~! ポニョは全てが好き。(日本語で)僕はポニョが大好きです。
―そんなに?!
aron!:うん。僕はポニョになりたいんだ。
―あはははは。で、マイアミ大学時代には、Sunny Side Up!というインディーバンドをやっていたそうですね。面白いネーミングだけど、これはどんなバンド?
aron!:僕を含めた4人組バンドで、みんなを躍らせたり、なんならモッシュさせたりするような曲を僕が作って、ギターを弾いて歌っていた。メンバーはみんな親友だから、今回のEPにも参加してくれてるよ。
―そのバンド活動をしながら2023年からソロでも曲を発表するようになって、2023年10月には初のEP『Teaching The Computer To Cry』をリリースしていますね。今振り返ると、自分にとってどういうEPだったと思いますか?
aron!:自分で全曲書いて演奏してプロデュースしてミックスまでやったのでたいへんだった。特にミックスが難しくて、もう二度と自分でミックスはやらないって思ってしまったくらい。でも作ってよかったよ。すごく勉強になったからね。
―いつも曲はどうやって作るんですか? 曲先? 詞先?
aron!:言葉とメロディが一緒に出てきたものが大抵いい曲になるけど、僕の場合はリリックが先のことが多いね。あとはテーマが先にあって作っていったり。
―詞先というのは少し意外ですね。
aron!:そう? どうして?
―メロディがとにかく気持ちいいので、ギターでメロディを爪弾いて、あとでそれに合った言葉を乗せるのかなと想像したものですから。
aron!:そういうときもあるけど、まず言いたいことがあって、それを曲にするってことのほうが多いよ。だって何も伝えたいことがなかったら、なんのために曲を書くんだって話じゃない?
―そのくらいリリックに力点を置いていると。
aron!:うん。いろんな人のリリックを研究したりもするしね。
―例えば?
aron!:コール・ポーターとか、あの時代の人がどう書いていたかを研究してみたり。ジョニー・マーサーなんか素晴らしいよね。でもジャズの人以上にフォークの人のほうがより研究のしがいがある。ボブ・ディランとかね。最近だとミツキとか。

―リリックに限らず、現行のシーンで活躍している若いミュージシャンで刺激を受ける人はいますか?
aron!:レイヴェイ。もちろん僕のやっている音楽とは違うけど、触発されるよ。
―ロックやR&Bではなくジャズやクラシックからの影響を大きく取り入れて、あれだけ世界中の若い世代を魅了しているミュージシャンはほかにいないと思います。彼女のようなミュージシャンが世界中で愛されている今の状況について、どう感じますか?
aron!:とてもエキサイティングなことだなと思う。それに何より、自分と同じような音楽を好きで聴いている若い人たちが世界にこんなにたくさんいたんだなってわかったことが嬉しかった。
―そうですよね。じゃあギタリストで特に好きな人、影響を受けた人は?
aron!:今はスティーヴィー・レイ・ヴォーン。それにジョン・メイヤー。ほかにもたくさんいるよ。ちなみにピアニストで好きなのはサリヴァン・フォートナー。彼はグレイトだよね。あとピアニストでシンガー・ソングライターのホーネン・フォード。彼女の歌にはすごく共感しちゃう。リリックがまたいいんだよね。
―ずいぶん幅広く聴いているんですね。そういえば細野晴臣とか高中正義の音楽も好きだそうで。どういうきっかけで聴くようになったんですか?
aron!:ホソノは『HOSONO HOUSE』を聴いて。ハリー・スタイルズがあのアルバムを好きで、『Harry's House』というタイトルもそこから取ったって話だったでしょ? それで興味を持って聴いてみたらハマっちゃったんだ。タカナカは、以前僕がフィリピンのbuko boysというインディーバンドとツアーしたことがあって(編注:Sunny Side Up!とのコラボ曲も発表している)、そのときに彼らがクルマのなかでかけていてね。彼のサウンドはかっこいいよね。
『cozy you』で綴ったジャズ・ポップの背景
―では、ここからEP『cozy you (and other nice songs)』についての話を聞いていきます。この作品はテーマのようなものが予めあって作ったんですか?
aron!:明確にあったわけではないけど、6曲中5曲が1週間くらいの間に書けちゃったので、自然とテーマ性のあるEPに仕上がったように思う。いい感じでまとまったというか。
―そのテーマを言葉にするなら?
aron!:nice songs(笑)。
―この6曲のようなジャジーな曲たちが、まさに今のあなたのモードだってことですよね。これまでのストックのなかからレコーディングしたりはしなかったわけでしょ?
aron!:うん。こういうジャズっぽい曲は今までそんなに作っていなかったしね。
―さっき話に出た『Teaching The Computer To Cry』なんかは、もう少しポップの要素が前に出ていましたもんね。ということは、メジャー・デビュー作『cozy you』は意図的にジャズにフォーカスしたわけですか?
aron!:そう。以前はここまでジャズの曲を自分が書けると思っていなかったんだ。それにそういうことをやっている人がそんなにいなかったっていうのもあったし。でも今はジャズの曲を作る自信もついたし、さっきのレイヴェイの話じゃないけど、そういう音楽を好きな若い人たちがたくさんいるってわかったからやってみようと思って。
―以前からジャズを歌ってみたいとは思っていたんですか?
aron!:このことはあんまり人に言ってないんだけど、実は13歳のときにひとつ作品を出していて、そこには自分が書いたジャズの曲も入っているんだ。
―今作はそこに繋がる部分もあるってこと?
aron!:そういうところもある気がする。もちろん今作の曲のほうが遥かに上手く書けているし、いい曲を集められたなって思っているけど。

―オープナーは表題曲でもある「cozy you」。この曲はピアノで始まり、ピアノと歌、それからクラリネットを中心に進んでいきます。間奏でギターも入るけど、ギタリストでありながら1曲目をピアノで始まる曲にしたのには何か理由があるんですか?
aron!:いや、単純に物事の始まりにこっちのほうが相応しいんじゃないかなと思っただけだよ。そんなに深くは考えてない。
―2曲目はリード曲になった「table for two」。50~60年代のジャズの香りをいい感じに漂わせた曲ですよね。
aron!:うん。あの頃のジャズの雰囲気が大好きだから。曲構成やコーラスなんかも、イマドキの普通のものではなく、古いジャズの曲の構成に近いものになっている。6曲のなかで最後に書いたんだけど、この曲は特に構成が気に入っているんだ。で、グルーヴ的にはちょっとボサノヴァっぽかったりもするっていう。
―ボサノヴァも好き?
aron!:うん。好きだし、「table for twoはボサノヴァっぽいですね?」って言われることが多い。まあでも、どっちかというとこのリズムはサンバだけどね。(ギターを手に取ってボサノヴァっぽくメロディを弾きながら)この曲をボサノヴァにすると、こうなるから。
―ああ、確かに。で、3曲目は「i think about you lots」。これもとても心地いい曲だけど、どんなふうにできたんですか?
aron!:これね、実際この言葉を好きなコに言ったんだ。いつだってキミのことを考えてるんだよ(i think about you lots)って。で、口にしてみたときに、これはいいリリック、いい歌になるなって思って。
―で、そのコの答えは?
aron!:「OK。ありがと」って(笑)。
―4曲目「a life with you」は個人的にとりわけ気に入っている曲なんです。軽やかな曲が多いけど、これは深みのあるジャズ・バラードで。
aron!:友達がサックスを吹いてくれて、そのおかげで深みが出せた。ゆっくりした曲を作りたいと思っていたんだ。それで女のコのことをイメージしてリリックを書き始めたんだけど、「キミのことを求めてる」というところを女性じゃなくて男性に対して言っているように変えてみたら雰囲気が変わって奥行きを出せた。
―この曲のボーカルはチェット・ベイカーを想起させるところがありますね。
aron!:この曲は確かにそうだね。チェット・ベイカーに似てるってしょっちゅう言われるから、少しうんざりしてるところもあるんだけど、この曲に関しては自分でもそう思う。認めるよ。
―この曲に限らずの話ですけど、ジャズにフォーカスしたというこのEPの曲群に関して、歌唱の面で特に心掛けたことはありますか?
aron!:歌い方に関してはすごく考えたよ。なるべくカジュアルな歌い方をしたいとは思っていたんだけど、それによって若々しすぎるように聴こえるのは嫌だったし、かといってヘンに大人っぽい雰囲気を出すのも違うよなと思って。そのちょうどいい塩梅を意識しながら歌ってみた。それとあと、あえてちょっとくずして歌ったり、テンポをずらすように歌ってみたり。例えば「i think about you lots」を普通にオンタイムで歌うとすると……(再びギターを手にして歌いながら)こんなふうに一言一言区切る感じになるんだけど、それをあえてずらすというか、前の言葉とあとの言葉に時差をつけるというか。シナトラはそれをやった第一人者だって思うんだ。ボブ・ディランもやるよね。あと、ジャック・ジョンソンもそういうやり方をする。いろいろ参考にしたよ。

―あと、リリックに関することももう一度聞いておきたいんですけど、自分の書くリリックの特徴はどういうところにあると思いますか?
aron!:ちょっとしたジョークが混ざっているところかな。コメディ的な要素をさらっと混ぜるようにしていて、それはほかの人の書くラヴソングと少し違うところじゃないかなと思っている。
―コメディ的な要素を混ぜるのは、自分自身も面白おかしく生きていたいという願望があったりするからなんですかね?
aron!:あ、そうだね、きっと。うん。そうだと思う。
―じゃあ最後に。5年後にはどんなミュージシャンになっていたいですか?
aron!:ええっ、そんな先のこと、まったく想像できないよ。どうなってるんだろ? 今のことしか考えられないな。とりあえず今はしばらく住む場所をどこにするか考えたい。で、決まったらそこに部屋を借りて、自分の思うような部屋にして、落ち着いてからその先のことを考えるよ。
―どこの国に住みたいですか?
aron!:アメリカが大好きかって言われると、そうとも言いきれないんだけど、でもしばらくニューヨークに住んでみたい気持ちはあるんだよね。

aron!
『cozy you (and other nice songs)』
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