7月27日(日)、フジロック3日目のヘッドライナーを務めたヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)。本誌で彼らをインタビューしてきた音楽ライター・清水祐也によるライブレポートをお届けする。


この8年間で、実に3度目となるフジロックGREEN STAGEのトリを務めたヴァンパイア・ウィークエンド。しかし過去2回は、どこか心残りな印象もあった。というのも、本来であれば5年ぶりの新作を携えて出演するはずだった2018年はアルバムの制作が遅れ、ハイムのダニエル・ハイムがゲスト出演するというサプライズはあったものの、ほぼ完成していたという新曲は披露されることなく終了。一方、そのダニエルが全面参加した2019年のアルバム『Father of the Bride』を携えて出演した2022年は、スケジュールの都合からかダニエルは帯同せず、機材トラブルの影響もあって、演奏時間の短縮を余儀なくされてしまったからだ。

それだけに、ハイムと同日の出演という”お膳立て”が整った今年のラインナップが発表された際には、快哉を叫んだファンも多かったことだろう。しかし、同時に懸念材料もあった。まずは2組のタイムテーブルが、一部重複していたこと。そして今年リリースされたハイムの最新作『I quit』が、ヴァンパイア・ウィークエンドやハイムのプロデューサーであり、ダニエルの私生活のパートナーでもあったアリエル・レヒトシェイドとの破局を歌ったもので、ヴァンパイア・ウィークエンドを脱退した元メンバーのロスタム・バトマングリを共同プロデューサーに迎え、新しく手に入れた自由を謳歌する内容になっていたからだ。

結論から言うと、期待されていたハイムとの共演がこの日実現することはなかった。しかし仮にタイムテーブルが重複していなかったとしても、彼らは共演を選ばなかったのではないだろうか。この日のセットリストからは、そんな気概が伝わってきた。

Vampire Weekendが3度目のフジロック大トリで示した、バンドの新章とささやかな希望

Courtesy of Sony Music Japan International

96ポイントまで拡大されたFutura──というのは彼らの代表曲「Holiday」の歌詞の一節だが、まずはトレードマークとも言えるFuturaのフォントで書いたバンド名が掲げられたバックドロップの前に、ボーカル&ギターのエズラ・コーニグ、ベースのクリス・バイオ、ドラムのクリス・トムソンというオリジナル・メンバー3人だけが登場。
1stアルバムの1曲目だった「Mansard Roof」、2ndアルバムからの「Holiday」と立て続けに演奏すると、今度は「ただいま」という第一声の後にエズラがひとりで最新作『Only God Was Above Us』からの「Ice Cream Piano」を弾き始め、バックの演奏が入ってくると同時に幕が降り、サポートを含めた8人全員のメンバーが現れる──新生ヴァンパイア・ウィークエンドのスタートだ。

ここからは名物ローディーであるジョシュア・ゴールドスミス氏が間奏でダンスを披露する「Classical」など新作からの曲が立て続けに演奏されたが、実際この日のセットリストには『Only God Was Above Us』からの曲がもっとも多く、7曲も含まれていた。新作をリリースしたばかりのバンドでも、フェスティバルでは自然と過去の代表曲が多くなってしまうのが世の常だが、そうすることを選ばず、しかも新曲がセットリストの核になっていたのが、ヴァンパイア・ウィークエンドというバンドの凄さだろう。

Vampire Weekendが3度目のフジロック大トリで示した、バンドの新章とささやかな希望

 
そんなこの日のハイライトのひとつが、新作のストリングス・アレンジも手掛けた鍵盤奏者、ウィル・カンゾネリが超絶技巧を披露する「Connect」だ。エズラ曰く”サイケデリック・ガーシュイン”と称するこの曲では、『ドライヴ・コンポーザー』という初期パソコン用作曲ソフトの画面が背後に映し出され、五線譜の上に音符をぶちまけたような複雑なフレーズを、カンゾネリが一糸乱れず速弾きしていく様が圧巻だった。

前作『Father of the Bride』からの「Sympathy」でアクロバティックなヴァイオリンのソロを披露していたのは、そのウィルの妻でもあるイザベル(ちなみに彼女や黒子のスタッフが蛍光反射ベストを着ていたのは、新作のテーマにもなっている海中トンネルや、道路工事作業員へのリスペクトらしい)。メドレーで披露されたSBTRKT「New Drop. New York」のカバーでは、元ベッカ・スティーヴンス・バンドのコリン・キアレアがエズラとのツイン・サックスを披露するなど、サポートを含む各メンバーのスキルの高さも窺えた。

ラスト曲「Hope」の意味を考える

ライブの後半では、ジャケット写真も撮影したスティーヴン・シーゲルによる80年代ニューヨークの映像をバックに、最新作からの「Capricorn」と「Gen-X Cops」に加えて、1stアルバムからの「A-Punk」や「Oxford Comma」といった人気曲も披露。しかしながら、来日時のセットリストには必ず含まれていた「Cape Cod Kwasa Kwasa」や「Cousins」といった曲も、ライブのフィナーレの定番である「Walcott」といった曲も、この日演奏されることはなかった。

そんな彼らがラストに選んだのは、最新作のラスト曲でもある「Hope」。サポート・メンバーがひとりずつステージを去り、再びオリジナル・メンバー3人に戻り、最後にはクリス・バイオだけが残ってベースを弾き続けるという演出も粋だったが、シンプルなフォーク・ソングであり、必ずしもフェスティバル映えするとは言えないこの曲をラストに選んだことに、彼らの自信と、強いメッセージが感じられた。〈I hope you let it go(君がそれを手放してくれることを願う)〉というフレーズが繰り返されるこの曲は、バンドの過去の姿や楽曲に固執してしまう、ファンに向けても歌われていたのかもしれない。


フジロックの初日、甲本ヒロトが「世界が壊れていくのはどうしてだかわかるか? 新しくなるためなんだよ」と言っていたのが印象的だった。古き良き世界が壊れていくのは怖いけれど、それが壊れた先に、もっと良い世界が待っているのかもしれない。そんなささやかな希望を、ヴァンパイア・ウィークエンドが見せてくれたような気がする。

Vampire Weekendが3度目のフジロック大トリで示した、バンドの新章とささやかな希望


Vampire Weekendが3度目のフジロック大トリで示した、バンドの新章とささやかな希望

ヴァンパイア・ウィークエンド「フジロック 25」セトリプレイリスト
https://vampireweekendjp.lnk.to/FRF25TW

ヴァンパイア・ウィークエンド全5タイトル日本語帯付きLP(再発)
詳細:https://www.sonymusic.co.jp/artist/vampireweekend/info/575137
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