先週末に開催されたブルース・スプリングスティーン『明日なき暴走(Born to Run)』50周年シンポジウムに、Eストリート・バンドの過去と現在のメンバーが一挙集結。「涙のサンダーロード」「明日なき暴走」が披露された。


「ここにEストリート・バンドが全員揃った!」9月6日(土)、モンマス大学ポラック・シアターに詰めかけた幸運な観客に向け、ブルース・スプリングスティーンがこう叫んだ。彼は今しがた「涙のサンダーロード」を7人のミュージシャンと共に演奏したばかりだった。そのうち6人は、この日のためだけに組まれた特別編成──スティーヴン・ヴァン・ザント、ゲアリー・タレント、デヴィッド・サンシャス、ロイ・ビタン(キーボード)、アーネスト・カーターとマックス・ワインバーグ(ツインドラム)──そして長年の仲間エド・マニオン(サックス)という顔ぶれだ。1975年以前のジャズ寄りのEストリート(サンシャスとカーター)と、以降の黄金期を築いた布陣(ビタンとワインバーグ)が、初めて一つのステージで交わる歴史的瞬間となった。

続いて披露されたのは「明日なき暴走」。シンポジウムを締めくくる2曲のセットの2曲目だ。カーターが、ワインバーグ自身が「苦手だった」と認める複雑なフィルを見事に叩ききり、会場の700席の講堂は一気にスタジアムと化した。観客は通路に溢れ、”Tramps like us!”の掛け声を大合唱。

ブルース・スプリングスティーン『明日なき暴走』50周年シンポジウム、Eストリート・バンドの歴代メンバーが集結

Photo by Rob DeMartin

この壮観なフィナーレは、一日をかけて行われた『明日なき暴走』50周年シンポジウムの総仕上げだった。ステージにはスプリングスティーン本人をはじめ、アルバム制作に関わったミュージシャン、エンジニアのジミー・アイオヴィン、当時と現在のマネージャー(マイク・アペルとジョン・ランダウ)、ジャケット写真を手掛けたエリック・メオラ、さらにはコロンビア・レコードのスタッフらが登場し、パネルやインタビュー、ラウンドテーブルで当時を振り返った。

スプリングスティーン自身も3つのパネルに登壇。演奏は事前に告知されていなかったが、最も期待されていた”主役”として会場を沸かせた。
とはいえ、このシンポジウムは彼一人の功績ではなく、『明日なき暴走』を今日の形に作り上げた仲間や協力者たちへの大いなるオマージュでもあった。

「彼らは、俺に何もなく、誰でもなかった時にすべてを与えてくれた人たちなんだ」スプリングスティーンは、仲間やアペル、ランダウ、アイオヴィンについてそう語った。

シンポジウムは、来月公開予定のブルース伝記映画『Deliver Me From Nowhere』(『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』11月14日より日本公開)を前にした”レガシー構築”の一環でもある。同映画や最新ボックスセットは『ネブラスカ』に焦点を当てているが、今年は『トラックス II』のリリースも含め、節目となる『明日なき暴走』50周年を祝う「振り返りの年」となっている。ピーター・エイムズ・カーリンによる新著『Tonight in Jungleland』でも同様の証言が記録されており、この日のパネルでもカーリンが司会として登壇した。

それでも、関係者が生の言葉で語る裏話の数々は、ファンにとって何よりの宝物だった。アペルが「取材には必ず表紙を」という条件を掲げ、『Time』と『Newsweek』両誌の表紙を同時に勝ち取った話(さらには『Playboy』にも同じ条件を出したという噂まで)、アイオヴィンが数週間前の雨の日のドライブでスプリングスティーンに言われた「お前、これがピークだな」というジョーク、撮影中のクラレンス・クレモンズとブルースが疲れ果ててあくびをする一方で、別のカットでは全力の笑顔を見せたと語るメオラの回想。さらにはコロンビアのスタッフたちが、成功をつかむまでのブルースを必死で売り込んだ苦労話──どれもが会場を沸かせた。

スプリングスティーンは朝から姿を見せ、アイオヴィンの隣で腕を組み、笑いながらツアーカメラマン、バーバラ・パイルの逸話を聞いていた。「彼が1年ぶりに笑った瞬間を撮ったんだ!」とパイルが語ると、会場も爆笑に包まれた。彼はパネルで次々に本音を吐露した。「50年経った今、『明日なき暴走』はどう聴こえるか?」と聞かれての答え──「俺の音そのものだ!」

13歳のとき、映画館で大人料金を避けるため母に「12歳」と偽らされた話。
部屋に貼っていた『ピーター・パン』のポスターから”Wendy”というキャラクター名を取った話。イントロを「The Locomotion」から拝借したこと。スタジオでの異常なまでのコントロール欲。ブレッカー・ブラザーズやデヴィッド・サンボーンらベテラン・セッション勢に気後れしていた若き日の自分──。さらに「裏通り(Backstreets)」の話題ではテレプロンプターに歌詞を出すよう頼み、「全部必要だ。俺は76歳だ、何一つ覚えちゃいない!」と自虐ネタで笑わせた。

ブルース・スプリングスティーン『明日なき暴走』50周年シンポジウム、Eストリート・バンドの歴代メンバーが集結


白眉はヴァン・ザントがギターを手に取り、「明日なき暴走」の最後のコードがマイナーからメジャーに変わった経緯を実演してみせた場面だ。「もしこの変更がなければ歴史は変わっていた」とスプリングスティーンが付け加えると、観客は大喝采を送った。

この日のシンポジウムは、単なる記念イベントではなかった。50年前、名もなき青年だったスプリングスティーンと、彼を信じた仲間たちが築いた物語を、当人たちの肉声で確かめる──ファンにとってかけがえのない一日となった。

From Rolling Stone US.


ブルース・スプリングスティーン『明日なき暴走』50周年シンポジウム、Eストリート・バンドの歴代メンバーが集結

映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』 
2025年11月14日(金)全国公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C) 2025 20th Century Studios
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen

ブルース・スプリングスティーン『明日なき暴走』50周年シンポジウム、Eストリート・バンドの歴代メンバーが集結

ブルース・スプリングスティーン
『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』
発売中
特設ページ:https://sonymusicjapan.lnk.to/TheLostAlbumsAW
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