2023年5月にシグリッドが初来日を果たした際にインタビューしてとにかく印象的だったのは、彼女の言葉の端々から当時制作中だった新曲に対する強い自信がうかがえたことだ。実際に、その年の秋にリリースされたEP『The Hype』は彼女の本質を全4曲に凝縮させたような傑作で、続いてリリースされるであろうアルバムへの期待も高まりまくっていたのだった。


そして、このたびついに完成した3rdアルバム『There's Always More That I Could Say』は、そんな期待を余裕で超えてくる最高の内容! シグリッドのキャリアにおける重要な到達点として記憶されていくこと確実な極上のポップ作だ。本作を携えての再来日公演を11月に控えている彼女に、現在の心境を語ってもらった。

ニール・ヤングのおかげで生まれた

ー『There's Always More That I Could Say(言いたいことはまだまだある)』というアルバムタイトルとジャケット写真が公開された時に、これは旺盛な創作意欲を表明したものではないかと思って、あなたも敬愛するニール・ヤングを連想したんですね。ところが実際にアルバムタイトル曲を聴いてみたら、とても悲しい別れの歌で驚きました。それと同時に、ニール・ヤングの「After the Gold Rush」に通じる楽曲だなとも思ったんです。どちらもアルバムタイトル曲になったピアノバラードですし。「There's Always More That I Could Say」という楽曲に込めた想いと、この曲を表題にしようと思った理由を教えてください。

シグリッド:ニール・ヤングに通じるところがあると感じてもらえたなんて最高の称賛かも! 共作者たちにも伝えてあげなくちゃ。この曲は去年の冬に、Flyteのウィル・テイラーと(元キースの)オリ・ベイストンと共作したもので、自分がこれまで書いてきた曲の中でも特にお気に入りになった。誤解だったりすれ違いについての歌で、言っておくべきだったこと、言わなければよかったと思うことについて歌っている。確かに悲しくはあるんだけど、それと同時に美しくもあると思って。曲の前半では自分が相手を傷付けていて、後半では相手に傷付けられるという展開も諸刃の剣みたいな感じで面白く出来たと思う。


表題にしようと思ったのは、このタイトルがまさに私自身をよく表していると思ったから。私がミュージシャンとして活動を始めてから10~12年は経つけれど、実際に「言いたいことはまだまだある」と感じているし、ずっと全力を尽くしてきたと胸を張って言える。そして、音源だったりライブだったり、そんな全力を捧げられる場所と環境も得られて、本当に恵まれているとも思ってる。でも、時々「もうこれ以上は無理」と思ってしまうこともあって。それでも敢えて「言いたいことはまだまだある」と言い張るという。だから、ちょっとした皮肉も込みのタイトルになっているんだけど。

ー「There's Always More That I Could Say」の共作者の一人であるウィル・テイラーは、あなたが司会を務めたBBCラジオのニール・ヤング特集番組「Sigrid: My Neil Young Fan Story」にもゲスト出演していましたが、あの番組の司会をオファーされるに至った経緯を教えてください。

シグリッド:自分にとっての「泣ける」曲を紹介する「Tearjerker」っていうBBCの番組に以前に出演した時に、音楽について色々と話したのが気に入ってもらえたみたいで。その番組を制作したオーディオ・オールウェイズって会社が新たにBBCで音楽番組を作ることになって、また私に声を掛けてくれたの。で、打ち合わせをしていく中で「ニール・ヤングについての番組ができたらいいね」ってことになって。

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ーあの番組で、あなたのご両親にニール・ヤングへの思い入れを語ってもらっていたのは最高の親孝行だと思いましたよ。

シグリッド:そうそう、私の両親もニール・ヤングの大ファンでね。
もともと私の母の従妹が父と知り合いで、母に「あなたにピッタリの人がいる」って紹介したんだって。それで、初対面の時に母は父に3つの質問をしたの。「オーレスンに引っ越したい?」。オーレスンってのは母の故郷ね。父の答えは「イエス」。次に「ハイキングやスキーは好き?」。答えは「イエス」。そして最後に、「ニール・ヤングは好き?」。答えは「イエス」。これで決まり。彼らは付き合うようになった。つまり私はニール・ヤングのおかげで生まれてこれたってわけ(笑)。


旅先ではいつもニール・ヤングを聴くの。故郷を思い出させてくれるから。だから、BBCであの番組を担当させてもらえて本当に嬉しかった。

ー「Ghost」に代表されるシグリッドさんのアコースティックナンバーは3拍子の楽曲が多い気がするのですが、これはニール・ヤングの「Only Love Can Break Your Heart」からの影響ですか?

シグリッド:「Only Love Can Break Your Heart」は私のオールタイムベスト曲の一つだし、そこからの影響は間違いなくある。でも、「Ghost」についてはマジー・スターの「Fade into You」からの影響の方が大きいかな。どちらも似たような3拍子の曲だよね。ナッシュビルに滞在している時に書いたから、その雰囲気が反映されたんだと思う。

「Ghost」は2023年のEP『The Hype』収録

ーニール・ヤング本人と直接対面されたことはありますか?

シグリッド:本人に直接会ったことはないんだけど、それで構わないと思っている。だって、私はあくまでもただのファンの一人でしかないからね。

ー『There's Always More That I Could Say』はニール・ヤングの名作『After the Gold Rush』にも比肩しうる大傑作だと思ったんですが、あなた自身は今回のアルバムについてどう思っていますか?

シグリッド:ありがとう! ニール・ヤングと自分を比べるつもりはないけれど、間違いなく、これは私の最高傑作だと思う。本当に、本当に誇りに思ってる。

それに、今回のアルバムは最もポジティブな思い出が詰まった作品でもある。
他のアルバムを悪く言うつもりはないけれど、今回は過去の作品で学んだ知識を総動員して、きちんと自分なりのやり方を貫いて制作できたと感じている。そして、音楽を作る楽しさや喜びを再発見することができた。実際に聴いてもらえれば、私自身が心底楽しんでいるのが伝わってくると思う。そして、大切な友人や尊敬しているアーティストがたくさん参加してくれた。

「Jellyfish」と「I'll Always Be Your Girl」でフルートを演奏してくれたエリス・ユカ(エリス・ソルバーグ)は、(共同プロデューサーの)アシェル(・ソルストランド)の友人で、彼女はビヨンセとも共演したことがあるの。ストリングスのアレンジを手掛けてくれたのは、私とアシェルの共通の友人で、コールドプレイのストリングスのアレンジャーでもあるデヴィッド・ロッシ。オーロラのバックバンドのメンバーだったグドムンドとフレドリックも参加してくれている。それから、ジェームス・フォードは「Two Years」と「Fort Knox」をプロデュースしてくれた。彼はフォンテインズD.C.とかフローレンス・アンド・ザ・マシーンのプロデューサーとしてお馴染みだよね。「Don't Kill My Vibe」や「Strangers」の共作者だったマーティン・ショーリーや、ニック・ハーンともまた一緒に曲が書けて嬉しかった。他にもここじゃ挙げきれないくらいに大勢の人が参加してくれて、凄く素敵な作品になったと思う。

ー2023年にリリースされたEP『The Hype』のタイトル曲「The Hype」で初めてあなたの名前がプロデューサーとしてクレジットされたのに続いて、今回のアルバムでは全曲で共同プロデューサーとして楽曲に関わっていますね。


シグリッド:名目だけの「プロデューサー」になりたかったわけじゃないから、これまで自分の名前はクレジットしてこなかった。でも、スタジオで色々と学んできて、自分がやってきたことは実はプロデューサーとしての役割もあったんだと「The Hype」の時に気付いて。だから、今回のアルバムではきちんと共同プロデューサーとして全曲に関わっていこうと思った。「自分はプロデューサーじゃないから」と言い訳する余地をなくして、責任を持つという意味でも。それに自分の名前をプロデューサーとしてクレジットすることで、プロデューサーを志している若い女の子たちの先例になれたら少しでも役に立てるかなと思って。

東京でのセッション

ー2024年2月には東京のecho and cloud studioで10日間ほど新曲の制作作業をされていたそうですが、東京でのセッションで作った楽曲はありますか? 「Two Years」の歌詞にも東京が出てきますよね。

シグリッド:まさにその「Two Years」をecho and cloud studioで書いたの。とってもクールで素敵なスタジオだった。オーナーの人も凄く親切だったし。

アシェルとインスピレーションを求めて外国に行ってみようとずっと話してて、東京はその第一候補だったから、今回実現できて本当に嬉しかった。アシェルはあの時が初めての日本だったんだけど、すっかり気に入ったみたいで、この秋には2カ月ほど滞在する予定だって言ってた。だから11月の私のライブにも来てくれるんじゃないかな。


滞在中は公園にも行ったし、美術館にも行ったし、バーにも行ったし、カフェにも行った。美味しい料理もたくさん食べた。とにかく歩き回った。東京は散策し甲斐のある都市だから大好き。唯一のストレスは、「スタジオに行くべきか? 街を楽しむべきなんじゃないのか?」という究極の選択を毎日迫られたことね(笑)。

ー東京でのセッションにはSEKAI NO OWARIとしても活躍するアーティストのNakajinも参加していたそうですね。

シグリッド:たしかインスタのDMだったかな。それか東京滞在時のコーディネーターをしてくれた笠原力が連絡を取ってくれたのか、ちょっとよく覚えてないけれど、私たちが作業をしていたスタジオに彼も来てくれて、色々とアイデアを出し合ったりしながら一緒に演奏したりして、とても楽しかった。とってもフレンドリーな人だったしね。インスタを見てるとよく彼の近況が流れてきて、いつも大規模な会場でライブをしていて凄いなあと思ってる。

ー「Two Years」は新型コロナウイルスのパンデミックからの解放感を歌ったものだと思ったのですが、今作はサウンドも解放感や遊び心に満ちていると思いました。

シグリッド:それはキャリアを積んできて、自信が付いたからだと思う。自分の実力は証明できたし、もっと楽しんで、自由に演奏していこうという心持ちになれたから。所属レーベルのA&Rの人からは「今回のアルバムは1stアルバムの続編みたいな感じだね」とも言われたの。確かにそう言われてみると似ているところがあるかもね。たとえば「Fort Knox」は「Strangers」と似たようなエネルギーがあって、それをもっとロックにしたような感じだし。サウンドについてはちょっと自己言及的でありつつ、さらに発展させたような感触があると思う。

ー「Jellyfish」や「Kiss The Sky」での歌唱は凄く生々しくて自由な感じで、これまでの作品にはあまりなかった類のものだと思います。キャリアを重ねていく中で、歌い手としての意識に何か変化はありましたか?

シグリッド:ボーカリストとしてはどんどん上手くなっていると思う。そのおかげで、自分の声をもっと自由に使えるようになった。歌唱力を見せつける為に歌うんじゃなくて、自分の心の底から歌えるようになったというか。このアルバムにはデモとして録音したボーカルがたくさん使われてる。「There's Always More That I Could Say」なんかは、曲を書いたその日に録音したデモをそのままミックスしてアルバムに収録したの。2テイク録ったんだけど、けっきょく第1テイクを使うことにした。あれ以上のものは出来そうもないなと感じて。ライブ感が大切な曲だとも思ったし。

Sigridが語る「最高傑作」と音楽を作る喜び、東京での制作とニール・ヤング愛


クラゲダンスと来日公演への想い

ー「Jellyfish」は映画『ナポレオン・ダイナマイト』を観ながら書いたということですが、〈If you go dancing, I'll go dancing too(あなたが踊りに行くなら、私も踊りに行く)〉という歌詞は、ナポレオン・ダイナマイトがジャミロクワイの「Canned Heat」で踊る有名なシーンとリンクしているように思いました。あの映画のどういったところが「Jellyfish」のインスピレーションになったんですか?

シグリッド:まさにそのダンスシーンだよ。彼(ナポレオン・ダイナマイト)のダンスの動きって少し変な感じで、まるでクラゲ(Jellyfish)みたいにも見えるから。普段の自分は「曲を作るぞ!」と意識して書いていくんだけど、この曲に関しては本当に自然発生的に生まれてきたといえるかも。オスロの屋根裏部屋みたいに小さなスタジオでアシェルと作業している時にひらめいて、一気に書き進めていった。最初は自分でもラブソングを書いていると思っていたけど、途中でアシェルを見て気付いたの。「これはラブソングじゃない。彼との友情について書いていたんだ」と。アシェルとは9年ほど前に知り合ったんだけど、一緒に作業していて彼以上に安心できる存在はいないかもしれない。お互いを信頼しているし、バカなアイデアも気おくれせずに自由に言い合える最高の関係だと思ってる。そんな友情の歌を書いている時に、ちょうどスタジオのモニターで流れていたのが『ナポレオン・ダイナマイト』だった。

この夏のライブでは、「Jellyfish」の演奏中に私もクラゲダンスを踊ってみたんだけど、お客さんも真似して一緒に踊ってくれて凄く楽しかった。だから11月の大阪と東京のライブでも、みんなでクラゲダンスを踊れたら嬉しいな。

『ナポレオン・ダイナマイト』のダンスシーン

ーアシェルのソロとしての音楽作品は、大まかに言うとアンビエントミュージック的なもので、あなたの音楽性とはかなり異なりますよね。お二人のコラボレーションにおいて、彼はどんな要素をもたらしてくれていると思いますか?

シグリッド:アシェルについてはいくら称賛しても称賛しきれない。本当に多才なクリエイターで、ソングライターで、プロデューサーで、なおかつ彼自身もソロアーティストとして活動している。基本的にはキーボディストだけど、ギターも弾けるし、ベースも凄く上手い。彼の音楽性は本当に幅広いし、音楽に対してあれほどまでに真剣に取り組んでいる人は他に見たことがないかもしれない。そして、彼ほどに私を突き動かしてくれる人はいないと言い切れる。私たちはどちらも競争心が強くて、野心的なところがあるんだけど、彼とならそのぶつかり合いも楽しむことができる。彼は私のアイデアに対して率直な意見を述べてくれるし、私も彼に対しては率直な意見が言える。彼との作業はとても流動的で、よくお互いの役割を交換したりもする。アシェルがシンガーソングライター側の視点に立って、私がサウンドプロダクションを統括してみたりね。私の1stアルバムに収録されている「Dynamite」は彼と初めて一緒に作った曲で、あの曲を通して本当に絆が深まったと思う。1stアルバムだと、「Sight of You」も彼との共作。そして、私がこれまでに「アコースティックバージョン」としてリリースしてきたものは全て彼との共同作業だった。そんな彼との共作の集大成が今回のアルバムになった。そんな風に思ってる。

ー今回のアルバムを制作する上で、大きな影響を与えた作品やアーティストがあれば教えて下さい。

シグリッド:実際に曲を聴いても納得してもらえないかもしれないけど、ダフト・パンクのビートだったり、リッキ・リーの初期の曲のベースラインだったり、そういったところからの影響があるかも。スタジオで作業を進める時は、プレイリストを適当に流しながら、そういう細かい部分を参照してみたりするから。

制作中によく聴いていたのは、エールやフェニックスといったフランスのクールなオルタナティブミュージックに、私が子供の頃から馴れ親しんできたスカンジナビアのポップス。ハイアズアカイト、ピーター・ビヨーン・アンド・ジョン、ロイクソップ、ロビンとか。でも、トロイ・シヴァンみたいな最近の音楽もよく聴いてたよ。彼の2023年のアルバムは本当に最高だったし。ずっと大好きなアリアナ・グランデも。あと、ギャング・オブ・ユースは間違いなく幾つかのフォーキーな曲に影響を与えていると思う。

それから、今回のアルバム制作で大きな役割を果たしたのは実は塗り絵かも。スタジオで毎日塗り絵をしてて。曲のアイデアを出そうとしている最中も手を休まず動かし続けたのがいい刺激になった気がしてる。

Sigridが語る「最高傑作」と音楽を作る喜び、東京での制作とニール・ヤング愛


ー「Eternal Sunshine」では映画『エターナル・サンシャイン』への言及がありましたが、映画を楽曲のインスピレーションにすることは多いんですか?

シグリッド:たまにはあるにしても、そこまで頻繁ではないかも。自己中心的に聞こえるかもしれないけど、大抵は自分自身のこと、自分の人生に起こった出来事について書いているから。

「Eternal Sunshine」について言うと、この曲のビートは乗馬をイメージしているの。馬が広大な平原を夕日に向かって走っていくような感じ。ウィル・テイラーとキング・エドと一緒に曲を書いた当初からこのビートはあって、ビートに導かれるように楽曲が構築されていった。そして、途中からバックで幽霊のようなハーモニーが聞こえてくるはず。幽霊のようなボーカルにしたかったのは、過去の恋愛関係を引きずって、お互いの幽霊になってしまうような感覚を表現したかったから。このボーカルサウンドは『ツイン・ピークス』っぽくしたいと思っていたから、そういう意味では映画やテレビからの影響があるかもね。どこか奇妙でありつつ、とても切なくて、美しい曲。アルバムの収録曲はどれもお気に入りだけど。最終曲は絶対にこれじゃなきゃダメだと思った。ライブで演奏したらどんな感じになるのか、ちょうど来週からバンドで新曲のリハーサルを始めるから、凄く楽しみにしてる。

ー新作と11月の来日公演を楽しみにしている日本のファンに向けてメッセージをお願いします。

シグリッド:このアルバムを聴いて、この記事を読んでくれたみんなに会えるのを心待ちにしてる! 私自身も制作を心の底から楽しんだし、本当に誇りに思える作品が出来たと思ってるから待ち切れないよ。このアルバムのツアーは日本から始まる予定だから、11月のライブはお披露目会だね。きっと楽しくなるはず。その時にはクラゲダンスもね!(笑)

「Jellyfish」パフォーマンス映像

Sigridが語る「最高傑作」と音楽を作る喜び、東京での制作とニール・ヤング愛

『Theres Always More That I Could Say』
2025年10月24日(金)リリース
配信・購入:https://umj.lnk.to/Sigrid_TAMTICS

Sigridが語る「最高傑作」と音楽を作る喜び、東京での制作とニール・ヤング愛
Sigrid 来日公演 | indienative

シグリッド来日公演
2025年11月18日(火)大阪・梅田CLUB QUATTRO
2025年11月19日(水)東京・恵比寿ザ・ガーデンホール
公演サイト:https://www.creativeman.co.jp/event/sigrid-25/
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