スクエアプッシャー(Squarepusher)による幻のアルバム『Stereotype』が〈Warp Records〉より再発された。彼の原点を体現する伝説的音源を今こそ聴くべき理由とは? 音楽評論家・小野島大に解説してもらった。


凄まじい音である。テクノがジャンルとして確立され、洗練され整備される前の荒々しく狂おしい初期衝動に溢れた原初のエレクトロニック・ダンス・ミュージックが炸裂している。2025年の今、これが正式音源として日の目を見る意義は大きい。

スクエアプッシャーがスクエアプッシャーになる前の1994年、弱冠19歳だったトム・ジェンキンソンが「ステレオタイプ」名義でリリースしたアルバム『Stereotype』が、31年ぶりにリマスター復刻される。オリジナルは限定プレスのヴァイナルのみ発売されていたが、今回初めてデジタル化され、CDや配信でもリリースされる。まだ試聴用のストリーミング音源で聴いただけだが、その音質は鮮烈そのもの。オリジナルLPは55分近いサイズをヴァイナル1枚に収めていたが、今回は2枚組となり、溝の切り方に余裕が出て音質面でも格段に向上しているはずだ。

スクエアプッシャーの「原点」が30年後の今も刺激的な理由──重要作『Stereotype』を読み解く

『Stereotype』2LP展開写真

トムがスクエアプッシャーと名乗りファースト・アルバム『Feed Me Weird Things』で衝撃的なデビューを飾ったのは1996年6月。高速ブレイクビーツ/ドラムン・ベース~複雑系ドリルンベースとジャズ的イディオムをミックスし、自ら演奏する超絶技巧のベース・プレイを融合した革新的なサウンドでセンセーションを巻き起こしたのは周知の通りだが、『Stereotype』は、その前夜と言うべき時期の作品集だ。

幼いころから教会音楽に触れ、父親の影響でジャズやレゲエなどを聴いていたというトムは12歳の時に初めてバンドを組む。以降ベーシストとしてさまざまなバンドでプレイしていたが、1990年、ブリープ・テクノの名曲LFO「LFO」を聴いて電子音楽の魅力を知る。ちょうど英国の音楽シーンはレイヴ全盛期に突入しており、トムは英国のポップ・カルチャー史の巨大な転換期のさなかに、アンダーグラウンドなエレクトロニック・ミュージック~ダンス・ミュージックに一気にのめり込んでいく。
そうした音楽は主にパイレート・レディオと言われる海賊ラジオでオンエアされていた。やがてトムはアナログ・シンセサイザー、サンプラー、リズム・マシーンなどの電子機材を導入して音楽制作に熱中するようになる。『Stereotype』は、そんな若き日のトムが作り上げた情熱溢れる作品集だ。資料には「『Stereotype』は海賊ラジオとレイヴ文化を燃料に生み出された」とあるが、青年期のトムの飽くことのない探究心とやむにやまれぬ情熱が、ここには詰まっている。音楽的には後年の複雑系ドリルンベース以前の、アシッド/レイヴ由来のフロア直結感が非常に強い。55分の長尺をCDではなく1枚のヴァイナルに詰め込むというのも、いかにもダンス・フロア由来のDIY精神を感じさせるものだ。

16分半ものサイズで展開されるオープナー「Whooshki」が強烈だ。TB303によるアシッドなフレーズが延々とうねりリフレインされるミニマル・トランスからは、のちのスクエアプッシャーに於ける生演奏グルーヴと通じるようなドライヴ感がある。続く「1984」は、ガバやハードコア・テクノに通じるBPM150を超える高速のビートから、当時のレイヴやカッティング・エッジなテクノ・パーティーの高揚が伝わってくる。初期エイフェックス・ツインやカール・クレイグなどの影響を我流に消化したような、無機的でアシッドなビートと叙情的でメランコリックなメロディが同居する「OBrien」は、1993年8月ごろの録音で、友人と資金をかき集めて12インチ化し、近隣のレコード店に持ち込むも反応は薄かった、という。ここからはスクエアプッシャーの前段階とも言うべきプロト・ジャングル的なリズム~音像もうかがえる。単なるフロア向けのダンス・トラックの次に鳴らすべき音が、トム・ジェンキンソンの頭にはすでに鳴っていたのだ。


新しい音楽への飽くなき探究心

92~93年ごろ、トムが一緒にやっていた音楽仲間が幼なじみで一歳年上のクリス・マーシャルだった。クリスとトムはいつもつるんで、クラブで遊んだり、音楽を作ったり、機材を研究したりした仲だった。そのクリスがわずか44歳で亡くなり、悲嘆に暮れたトムは彼へのトリビュートとして、彼と音楽制作をやっていたころに使っていたアナログ機材のみを使用してアルバムを1枚作った。それが『Be Up A Hello』(2020)である。それも古いアナログ機材をそのまま使うのではなく、新たにトム自身が書いたソフトウェアによる複雑で情報密度の濃い指示を送り込むことで、90年代レトロではない新しいサウンドを構築しようとした。当初はクリスと作っていたような「さほど実験的なエッジを伴わないダンス・ミュージック」「シンプルで反復するパターンが多めな音楽」をやろうとしていたトムは、やがてそれでは物足りなくなり、古いアナログ・シンセに指示を送り込むソフトウェアを自作するという奇想天外なやり方で──つまり、90年代当時には不可能だったテクノロジーを使い──新たなプロセスを加えるうち、曲の運び方や構成も複雑に多様化した結果、ノスタルジーではない2020年代最新のスクエアプッシャーの音楽ができあがった、という。

つまりトム・ジェンキンソンがクリス・マーシャルとやっていたシンプルなダンス・ミュージックは、やがて本作『Stereotype』へと進化し、さらにルーク・ヴァイヴァートらの影響でブレイクビーツの可能性に目覚め、トム自身の弾く生ベースをフィーチュアすることで、他に比肩するもののないスクエアプッシャーの表現へと変容していった、というわけだ。それはトムの新しい音楽への飽くなき探究心と、不断の実験精神のあらわれにほかならない。

それにしても、このアグレッシヴで情熱迸るサウンドからは、今の洗練された完成度の高いテクノやエレクトロニカにはない荒々しいエネルギーを感じる。私にとってテクノとは常に変化し進化して、新しく刺激的な光景を見せてくれる音楽であり、スクエアプッシャーこそはその象徴であり代表格だったし、今もそうだ。『Stereotype』にはそんな彼の原点があり、それはそのまま今の音楽状況への痛烈な批評となっているのである。

スクエアプッシャーの「原点」が30年後の今も刺激的な理由──重要作『Stereotype』を読み解く

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