Diosのボーカル・たなかが、「ぼくのりりっくのぼうよみ」としてデビューした2015年から、結婚を経て、父親になった現在までの心境変化を語った。

10年前、17歳でデビューした「ぼくのりりっくのぼうよみ」の存在は業界内に大きなインパクトを与えた。
常田大希(King Gnu)やSKY-HIとコラボレーションを行うだけでなく、又吉直樹『花火』の編集担当者に見出されて『文藝春秋』にエッセイを寄稿するなど、その表現力や言語感覚は高く評価された。しかし若き才能は、デビューから4年経ったタイミングでぼくりりを「辞職」することを決断。2019年1月にラストライブ『葬式』を行った。

その後、「たなか」と改名。そして2021年、Ichika Nito、ササノマリイとともに3人組バンド・Diosを結成し、音楽シーンに帰ってきた。翌年22年には、実業家・タレント・YouTuberである「ゆうこす」こと菅本裕子との結婚を発表。今年、第一子の誕生を報告した。

17歳から27歳は、人間にとって、環境も心境も人生観も変化の大きい10年だろう。10代のたなかは「自分の存在が恥ずかしい」という気持ちも周りからの期待も背負いながら、満たされているはずなのにすべてがネガティブに見えていたが、いくつもの迷いももがきも乗り越えて、現在は自分の人生をまっすぐ肯定できるようになった。そんな自身の人生を生々しく綴ったドキュメンタリーソング「Seein Your Ghost」を完成させて、Diosの3枚目のアルバム『Seein Your Ghost』に込めた。このインタビューの2ページ目では、結婚、そして父親になったことで、たなか自身の中に起きた変化について素直に語ってくれている。

―Diosの3rdアルバム『Seein Your Ghost』制作中の最後に、「Seein Your Ghost」を書き上げたそうですね。
なぜこのタイミングで、自身のライフストーリーを綴る歌を作ろうと思ったんですか?

たなか:これは作る予定がなかったんですけど、Diosの曲は基本的に「詩」「物語」が多い中で、スタッフから「ヒップホップのやり方でやってみた曲が1個くらいあってもいいんじゃない?」と言われたのでやってみました。

―ヒップホップのように、自分の人生をリアルに歌うような曲があってもいいんじゃないかと。

たなか:でもたしかに作れてよかったですね。未だにファンの中では「(ぼくのりりっくのぼうよみについて)触れていいのかどうかわからない」みたいなことになっていたりもするので、「別にそういうものではないよ」と言っておいたほうがいいのかなと。何か言われても別に何とも思わないし、まだ楽しんでいただけている人がいるのであれば「好きに楽しんでいただければ」という感じですね。

―〈あの頃のおれを愛してくれてどうもありがとう〉〈未だに悼んでくれてるあなたのおかげ〉と、「Seein Your Ghost」の中でストレートに書いていますよね。今日聞きたいことは――まず一個は、どんな人間でも考え方や人生の価値観が大きく変わる17歳から27歳の10年間に、たなかさんはひとりの人間としてどう変わったのかということ。もう1個は、「17歳で業界から注目を集める中でデビュー」というレアな経験を踏んだたなかさんが、この10年でどんな想いを抱えて、それをどう消化したのかということ。その2点が「Seein Your Ghost」で描かれていると思うので、このインタビューでも、その2つの角度から話を聞いていきたいなと思っています。歌詞をなぞりながら細かく聞いてもいいですか? 最初に〈あの冬の日、から数えてもう何年経った?/死にたいだの、消えたいだの〉と書かれていますね。

たなか:これはデフォルメしているところもあるんですけど。「消えたい」は思ったことがあるかもしれないけど、「死にたい」は人生で1回も思ったことないですね。


―サビでも〈希死念慮、強迫観念、あの日の連れ合い〉とありますけど、これもデフォルメ?

たなか:強迫観念はあったと思うんですけどね。希死念慮は別にないかな。

―〈満たされてるはずがマイナスで構築された世界〉とは感じていた?

たなか:それはすごくありました。全部がマイナスに見えちゃう、っていう感じですよね。何というか……「恥ずかしい」みたいな感覚がずっとありましたね、自分の存在自体が。それはどうしてなんだろうと思うと、幼少期からの積み重ねでそういう価値観や視野、目線になっていて、それを破壊するためにぼくりりを終わらせたというのが自分の中であって。ぼくりりのときの価値観と今の価値観自体はそんなに変わらないような気もするんですけど、本当に、〈フラットになった〉というのがすごく嬉しいところです。当時とは「別の人」みたいな感じがします。

―それが〈bkrr、それが自分だったって/もう思えないんだ ネガティヴじゃなくて〉に表れているということですよね。2022年のDios結成時のインタビューで、ぼくりりを辞めた頃は「人間として漠然と負い目を感じていた」「誰からも否定されたくない気持ちが極限まで強くなっていた」と話してくれていましたけど、年月を重ねる中でそれが解消された?

たなか:負い目は多分、一生あって。それは自分が恵まれていたり、客観的に優れていることに対する負い目。平等じゃないことに対する負い目というか、「他の人に申し訳ない」みたいな気持ちは消えないですね。
それはみんなにあるものなのかなって思っていたら、意外とないっぽいですね。すごく優秀な友達に「優れていて申し訳ないな、みたいに思わない? 俺、めっちゃあるんだけど」みたいに聞いたら、「いや、ない」とか言われて、そうなんだと思って。

―日本でも個人主義の価値観が広がっている中で、「自分は環境に恵まれていたから成功できた」という考え方よりも「努力したから成功できた」という努力主義の考えが強まっている傾向はありますよね。

たなか:そういうことなんですかね。みんな、多かれ少なかれ努力していると思うんだけどな。たとえば、幼少期にご両親が亡くなったり、貧困で不遇だったり、物理的にフックアップされる機会が全然なかった人たちに対して「こんなにのうのうと暮らしていて申し訳ないな」みたいに思うんです。

―この発言だけ読んだら、たなかさんは「自分は優れている」と感じている自己肯定感が高い人、というふうに捉えられるかもしれないけど、そうではないと思っていて。前回のインタビューでも、ご自身で「自分サゲ」で「既存の枠組みから外れて、『そこではないところにいまーす』みたいな」ふうに逃げていたということを話してくれていて、DiosのメンバーであるIchika Nitoさんからも「人に正面から向き合っていくことを避けがち」と言われていましたよね。

たなか:負い目はあるけど「自分サゲ」がなくなったっていう感じですかね。「失敗願望」みたいなものがあったんです。子どもの頃からあらゆる試験に落ち続けてきたので、努力を積み重ねて結果を残すことが全然できないという感覚があって。そういう意味で、「自分の人生はなんとなく失敗するんじゃないかな」というか、「失敗しているほうが心地いい、安心する」みたいな感じがすごくあって。
ぼくりりのときはそういうものを払拭しようという気持ちがありました。

たなか(Dios)が語る、ぼくのりりっくのぼうよみからの10年、父親になってからのポジティブな変化

左から:ササノマリイ、たなか、Ichika Nito

結婚による変化「特別な存在になりたい感覚がなくなった」

―歌詞は〈帰れば待ってる子どもと妻/馬鹿みたいにあったかいな/フラットになった プラス重ねた〉と続きますけど、結婚して父親になったことで、そういった心持ちにも変化が生まれました?

たなか:あると思います。裕子はブルドーザーみたいな人間で、俺の中でIchikaと裕子という2大ブルドーザーがいるのはありがたいことで。結婚っていう明確な区切りがあることで、いわゆる「大人のレール」「社会のレール」に乗ったという感じもありますね。より社会に接続されたというか。特に子ども、いいですね。めちゃくちゃ面白い。自分の中に「成長願望」があって、「今日は何をした」「今日は何ができるようになった」ということに嬉しさを感じるし、逆にそれがないと「今日は何もできんかった……ああ……」みたいになって、夜更かしして生活リズム終わっていくという流れがあったんですけど、子どもがいると「昨日できなかったことが今日できるようになった」ということが多いので「俺も頑張ったか」みたいな。

―成長願望や達成感を、子どもと共有できているんですね。

たなか:少なくとも成人になる18歳まで、大学に行ったら22歳とか、それくらいまでは面倒見なきゃいけないというのが面白いですね。「やらねば」みたいな。まだ生まれて半年くらいで、やっとちょっとずつ表情とかが出てきて人間らしさを獲得しているんですけど、「これ、しゃべれるようになったらやばいな」って思います。
可愛すぎるだろって。

―(笑)。

たなか:どんどん自分が、ありふれた人間になっていっているなと思えるのが心地いいです。

―私が結婚して変わったなと実感しているのは、「何者かにならねば」みたいな焦燥感や承認欲求が薄れたというか。自分に対する「もっとこうなりたい」みたいな野望はまだまだあるけど、「孤独感から生まれるもがき」みたいなものがいい意味で削がれていって、楽になったなと思うんですよね。

たなか:結婚して、子どもができて、「保育園どうしよう」とかそういうことに悩んで。それって、テンプレじゃないですか。そのテンプレの中に入っていくことの心地よさみたいなものがありますね。「何らかの特別な存在でありたい」みたいな感覚とか、そういうものが一切なくなって、ただ溶けて一部と化していくことの心地よさがある。アルバム『&疾走』の「渦」という曲で、社会的に自分を縛る鎖が増えれば増えるほど、それは自分が生きてきたことや、社会や世界に対して自分が何らかのインパクトを与えたことの証である、ということを歌っていて。自分が何かをしたから責任が生じて、その責任を負いつつ生きていくという鎖は、ある意味で心地いい。それは鎧でもある。
『&疾走』でそう歌ったことが、いよいよ腑に落ちてきて面白いなって思います。目を向ける対象が「自分」じゃなくて、本当に「他人」になったなということもすごく感じていて。それは多分、子どもができたりしたことに引っ張られているのかなと思います。

―サビを〈さあ、幕が上がる〉と締めているのは、そうやっていよいよ自分の新しい人生の章が始まった、というイメージ?

たなか:それはシンプルに、ライブのことですね。「自分が特別な存在でありたいと思う必要がまったくない」と心底思えたことによって、10年目にしてようやく「お客さんのためにライブをやるぜ」っていうのも腑に落ちました。それでいいんだなって。「ライブが自分の仕事なんだ」ということを極めて肯定的に思えたというか。「ライブをしないと人生が満たされない」とかそういうことではなく、自分が人に対して提供できるものや社会に貢献できる一番いい手段が、今のところ「これだな」みたいな感じですね。

たなか(Dios)が語る、ぼくのりりっくのぼうよみからの10年、父親になってからのポジティブな変化

たなか

引き続き、歌詞に細かくツッコミを入れていく

―〈いま歌いたいのは、おれみたいな誰かをあたためる言葉〉というラインを書いたとき、「おれみたいな」は、どういう人をイメージしていました?

たなか:何らかの満たされなさを抱えているすべての皆様、という感じですかね。ずっと不幸みたいな気持ちでいるとか、自分の人生がピンと来てない、正しい気がしていない、みたいな。

―たなかさんが特殊な人生を歩んできたからという側面もあるとは思いますけど、そういう感情って、10代のときにきっと多くの人にありますよね。

たなか:そうです、むしろ正しい成長のルートだと思います。その上で、音楽の持つパワーってやっぱり怖いなとも思っていて。ライブの熱狂って、容易にカルトに転がれるというか。だから言葉や音の持つパワーに極めて自覚的でありたいなと思っています。聴いてくれるたちにいい呪いを植えたいと思っていて、『&疾走』ではそれを前面に出して作ったけど、今回のアルバム『Seein Your Ghost』は「ちょっとだけ入れます」みたいにやっている、という感じですかね。

―アルバム『Seein Your Ghost』は「過去の喪失」がテーマになっている曲が並んでいる中で、最後に自分の経験を語った上での〈いずれ晴れるでしょう〉という言葉が、当時の〈おれみたいなだれか〉に対する温かなメッセージ――つまりは「いい呪い」――になっていると思います。それは〈Es ist gut.〉(哲学者のイマヌエル・カントの最期の言葉で「これでいい」という意味がある)、〈これでいいんだ〉と、自分の10年を肯定できるからこそ書けた言葉でもあるだろうし。

たなか:カントは、死ぬ間際にパンを食べたかワインを飲んだかして、「これ、美味い」という意味で言っただけという説もよく言われているんですけど、まあどっちでもいいなって。今の感じだと、最期の瞬間に俺もこう言えそうだな、嬉しいな、みたいな感じですね。「雨が降っても晴れる」って、当たり前で陳腐なんですけど、誰がいつどういうシチュエーションで言うかが大事な気はしていて。どこに置くか次第で、意外と輝くなって。

―たなかさんが、今までのことを肯定できたタイミングで歌うからこそ生まれる輝きだと思います。〈ちっぽけなおれをやっと誇れる〉はここまで話してくれたことが集約された一行だとも思うけど、そういうふうになれた時期だからこそ。

たなか:そういうことですね。「等身大でいいよね」っていう。

―でも〈一番変わったのは素直に笑えるようになったこと?〉を「?」にしたのはなんでですか?

たなか:半笑いみたいな感じですかね。「笑えるようになったこと!」っていうよりは「笑えるようになったことかなあ?」くらいの温度感というイメージですね。

―〈横を見れば二人がいて 今はなんか怖くないな〉は、DiosのメンバーであるIchikaさん、ササノマリイさんの「二人」とも言えるし、その前に書いてある「子どもと妻」とも捉えられるし。

たなか:たしかに。この「二人」は完全にIchikaとササノの想定でした。でも1バース目で〈子どもと妻〉の話をしていますもんね。〈なんか怖くないな〉と書いたのは、ライブが怖かったんですよね。お客さんが何を求めているのかがよくわからなくて、やったあとに正しいかどうかのジャッジもできないし、点数がつけられないことの怖さみたいなものがずっとあったんです。でも今は「自分が真にお客さんにフォーカスして、最大限やれていればいいでしょう」という気持ちになれました。

たなか(Dios)が語る、ぼくのりりっくのぼうよみからの10年、父親になってからのポジティブな変化


―「Seein Your Ghost」の前に、「愛がすべて」という曲を書いているじゃないですか。あそこでも〈愛がすべて〉〈やっと馴染んできたんだ〉〈たどり着いた結末は陳腐で〉とか、たなかさんが過去の自分を振り返っているように読めることを歌っていて。あれは「Seein Your Ghost」のエピソード0みたいな立ち位置の曲とも言えますか?

たなか:「愛がすべて」は、自分が思っていること半分、要求される正解を書いた気持ちが半分、みたいな感じですね。

―ヒップホップ的な筆致で書いたわけではない?

たなか:ではないですね。「こうすればヒップホップ的に見えるかな」みたいな書き方です。「Seein Your Ghost」は脚色程度なので、本当に、素直に書いたなという気がします。

―では、最後の質問です。27歳になって、10年前よりも生きやすくなりました?

たなか:明らかにそんな気がしますね。生きるの、楽しいですよ。おもろすぎる。

Edited by Yukako Yajima

たなか(Dios)が語る、ぼくのりりっくのぼうよみからの10年、父親になってからのポジティブな変化


たなか(Dios)が語る、ぼくのりりっくのぼうよみからの10年、父親になってからのポジティブな変化

Dios
『Seein Your Ghost』
配信中
https://orcd.co/seein_urg

『Dios Tour 2025 ”Dance With Your Ghost”』
2025年11月16日(日)北海道・PANY LANE24
2025年11月26日(水)福岡・DRUM LOGOS
2025年11月28日(金)大阪・GORILLA HALL
2025年12月02日(火)名古屋・DIAMOND HALL
2025年12月09日(火)東京・Zepp DiverCity(TOKYO)
https://w.pia.jp/t/dios/
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