水曜日の午後、ノースハリウッド。翌朝には世界ツアーへ旅立つWispことナタリー・ルーには、残されたリハーサル時間があと数時間しかない。賑やかなコーヒーショップが併設された、外観は地味なリハーサルスタジオの一室で、21歳のシンガーソングライターは正直に打ち明ける──いま、とても緊張しているのだと。
「もっと練習したいですね」と、8月の容赦ない暑さのなかでナタリーは言う。「まだ一度もライブでやっていない新しい曲が、ちょっと怖くて」
その不安も無理はない。数週間前(8月1日)、彼女はスケールの大きなデビューアルバム『If Not Winter』をリリースしたばかりだ。2024年のブレイク作となったEP『Pandora』に続く本作は、宙に浮かぶようなポップ・メロディと、幽玄でありながら圧倒的な存在感を放つギターが絡む、シューゲイズ・サウンドを詰め込んだ作品。どの曲にも彼女自身の日記から着想を得た、きわめて個人的なソングライティングが息づいている。
「このアルバムの多くは、ほとんど意識の流れに近い書き方だったんです」とナタリーは語る。「自分の日記の抜粋をたくさん使って、それを歌詞へと練り上げていきました」
1年半をかけて制作され、ロサンゼルスで「お茶をすすりながら山を眺めつつ」録音されたというこのアルバムについて、ナタリーは「短編集のようなもの」と例えており、それぞれの曲が固有のテーマへと溶け込むように構成されている。Wispとしてのデビュー作に収録された複数の楽曲は、すでにオンラインで何百万回も再生されており、「Sword」「Breathe Onto Me」「Save Me Now」といった曲は合計で1000万回以上のSpotify再生数を記録している。
「曲の最後でソロを弾くんですけど、最近ペダルボードからQuad Cortexに切り替えたばかりで、物理ペダルを見て踏むのとは勝手が違うから、ボタン操作に慣れているところなんです」と彼女は話す。「トーンを切り替えるスイッチがちょっと怖くて……それに、ストロークしながら歌って、最後にソロへつなぐのが、なぜかすごく難しくて変な感じがするんです。でも大丈夫だと思います。あとはとにかく練習あるのみですね」
2023年当時、ライブやステージ上のペダルボードのことを考え始めるよりずっと前、Wispは「Your Face」という曲の動画をYouTubeに投稿し、そこからすべてが動き出した。動画はTikTokでバイラルになり、現在では1億回以上の再生を記録している。
Photo by Sacha Lecca
ヴァイオリンを習い、エレキギターを独学で身につけたナタリーは、その頃まだベイエリアの大学でコンピューターサイエンスを専攻するフルタイム学生でもあり、ロサンゼルスと行き来しながら生活していた。
「全部の期末試験に落ちて、どの科目もほぼD評価になったあたりで、もう両立は無理だと気づきました」と彼女は語る。「それで大学を辞めて、音楽一本でいくと決めたんです。正直、それがこれまでで一番いい決断でした」
もし再び学校に戻るなら、音楽に関わる分野を選ぶだろう、と彼女は言う。「ツアーで旅をしたり、バンドのみんなと過ごしたり、ミュージックビデオを撮ったり、音楽だけじゃなくてクリエイティブ・ディレクションでも自分を表現できたり……そういう経験すべてが本当に充実していて。子どもの頃からやりたかったことでもあるし」と話す。
ファンタジーの世界に憧れて
Wispのデビューアルバムへと至る道のりが本格的に動き出したのは、今年5月。前回のツアーから帰宅した直後のことだ。Whirrやデフトーンズといったバンドのファンでもあるナタリーにとって、自分自身のサウンドや作品のビジョンをつかむまでには時間が必要だった。「アルバムのために書き始めた当初は、物語として何を語りたいのか、全体としてどんな音像にしたいのか、そのビジョンが明確ではありませんでした」と彼女は振り返る。だが、ギタリストのマックス・エプスタインや、プロデューサー/ハイパーポップ・アーティストのaldnといったコラボレーターたちと制作を進めるなかで、ナタリーはようやく答えを見つけたのだ。
「aldnと一緒に作業するようになってから、自分のエネルギーや音楽への向き合い方がガラッと変わったんです」とナタリーは語る。「それまではスタジオに行くのがすごく楽しみだったのに、だんだん疲れやストレス、不安を感じるようになっていて。でも、aldnに出会ってからは毎回『早く今日も音楽を作りたい』と思えるようになった。朝起きた瞬間からアイデアがどんどん浮かんで、スタジオを出るときには必ず1曲できているんです。後から聴き返して、『今日こんな曲を作ったなんて信じられない』って思うくらいでした」
ナタリーにとって特にお気に入りの曲のひとつは、実はアルバムに収まるかどうかギリギリだったという。最終段階で、EP制作でも共にしたプロデューサーのクラウスとタッグを組み、「Black Swan」を書き上げた。重厚なギターの壁と反響するボーカルの下には、彼女が自宅の寝室でスマホに録音したボイスメモが忍ばせてある。
ナタリーが日記のように綴るソングライティングは、アルバムジャケットやWispのバイラル動画が描く神話的で異世界めいたムードの中心にある。たとえばアルバムのハイライトのひとつ「Sword」。映像では、Wispが白いドレスをまとい野原に座り、鎧と踊り、最後にはその鎧を身につけて剣を手に海の前に立つ──そんなシーンが繰り広げられる。Wispの他の作品同様、その世界はスタイリッシュなファンタジードラマとして成立しそうなほど完成されており、ただしこちらのほうがずっとクールなサウンドトラックを伴っている。
「ミュージックビデオのクリエイティブって、私が”現実にあったらいいのに”と思っているものから生まれることが多いんです」とナタリーは語る。「お姫さまが本当に存在したらいいのに、とか、人魚が本当にいたらいいのに、とか。ユニコーンも、ね? 私、子どもの頃は映画ばかり観ていて、『ハリー・ポッター』とか『ロード・オブ・ザ・リング』、『ゲーム・オブ・スローンズ』とか、そういう世界観にずっと憧れてきたんです」
彼女はそうしたテーマをごく自然に自身のアーティスト性へと組み込んでいる。「そういう作品が私のビジュアルの世界に大きな影響を与えていると思います。完全に”非現実”であってほしいんです。ミュージックビデオの撮影現場では、子どもの頃に描いていた空想を実際に体験できて、それがめちゃくちゃ最高なんですよ。自分が子どもの頃に出演したかった映画を自分で監督している感覚。
「人生最大の喜び」を求めてステージへ
Wispがいよいよツアーに出発する頃には、ナタリーにとって”まだ新しい”と感じていた曲たちも、すっかり身体に馴染んでいるだろう。今回はフロント・オブ・ハウスのスタッフや照明クルーも加わり、新しく成形したインイヤーモニターまで導入している。「映画を観ているようで、同時にバンドがそのサウンドトラックを奏でている、みたいな感覚にしたいんです」とナタリーは語る。「私は母と一緒にバレエを観に行って育ったので、ライブもああいう”全体として味わう体験”にしたいんですよね」
その”全体として味わう体験”には、白いライトや布、鍵穴や窓を思わせるプロジェクションなど、夢の中のようなビジュアル演出も含まれている。ツアーの美術的な方向性を固める以上に、いまナタリーが胸を躍らせているのはバンドのサウンドそのものだ。「バンドとして、どんどんタイトになってきているんです」と彼女は言う。「一緒に演奏すればするほど良くなるし、シナジーも生まれていくはずだから」
Photo by Sacha Lecca
ノースハリウッドでのリハーサルから数週間後、ナタリーとバンドはシステム・オブ・ア・ダウンとデフトーンズのスタジアム公演でオープニングアクトを務めることになる(※現在は終了)。「みんな、このバンドを聴いて育ってきたので、一緒のステージに立てるなんて本当に光栄です」と彼女は話す。Wispは秋にかけて北米とヨーロッパを巡るツアーを敢行し、そのなかにはアトランタ公演も含まれている。アトランタは、彼女にとって”夢が叶った瞬間”を初めて強く感じた街だという。
「ステージに立っている自分がすごく”今この瞬間”にいると感じたのに、同時に夢みたいだったんです。
ノースハリウッドでのリハーサルも、1年半にわたる曲作りも、TikTokでのバイラルも、そのすべてを経た今でも、ナタリーは当時のあのエネルギーを再び掴みたいと願っている。「あの夜ステージを降りた瞬間、『これは人生で味わった中で一番の感覚だ』って思ったことを、今でもよく覚えています」
From Rolling Stone US.
WISP Japan 2026
2026年1月19日(月)東京・渋谷WWW X
OPEN 18:00 / START 19:00
チケット:¥7,000-(税込/1ドリンク別)
チケット発売日:11/21(金)10:00am~
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