ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(Oneohtrix Point Never)が、最新アルバム『Tranquilizer』を〈Warp〉よりリリース。世界有数の実験的エレクトロニック・ミュージックのプロデューサー/作曲家としてその名を確立し、近年は映画音楽のフィールドでも活躍。
21世紀の音楽表現を刷新し続けてきた彼の現在地とは? ライターのhiwattに解説してもらった。

P2Pソフトは(結果的に)革新をもたらした

ナップスターに始まる、P2Pソフト黎明期にティーンエイジを過ごした場合、その人物はどうなるだろうか? デメリットとして、確実にネットにおけるイリーガルな事象に躊躇がなくなり、著作権に関する倫理観が緩くなるだろうし、社会的な実害は大きい。ただ、その人物が音楽家を志す場合には、大きな恩恵を受けることになる。それまでのキッズは、CDやレコードを限定的な資金の中で受容していたのに対し、無限のライブラリに触れることとなり、巨大な文化資本を得ることができる。ただ、それらの音源を本来の音質で聴くことはできず、低ビットレート、つまりビット(粒子)の粗い音で聴くことになる。ニール・ヤングのように、その状況に業を煮やしたアーティストもいたが、皮肉なことに、低音質MP3で育った若者たちが、その後の音楽にイノベーションをもたらした(断言しておくが、この文化のイリーガルな側面を肯定しないことを前提とするし、ストリーミング・サービスが人類のスタンダードになった今、完全に過去のものになったと言える)。

ソフィーが低音質MP3で育っていなければ、ラフで攻撃的なディコンストラクテッド・クラブの今は無かった。チャーリーXCXが、ティーンの頃にLimeWireで大量のクラブ・ミュージックを漁っていなければ、『brat』は無かった。アルカだってそう。最近ではマッギー(Mk.gee)も、低音質MP3の”水中にいるかのようなサウンド”からの影響を語っていた。音を粒子で表現するものとして、グラニュラー・シンセはP2Pソフトより遥か昔から存在したが、ここ10年ほどで、グラニュラーがあらゆる音を粒子化するエフェクターとして一般化したのには、この文化的背景も大きい。中には、所在不明な”ネットで拾った音源”を、自らの作品に取り入れる音楽家もいる。
ブリアルはまさに代表的な存在であるし、もう一人挙げるなら、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下、OPN)をおいて他にない。

OPNことダニエル・ロパティンの最新作『Tranquilizer』は、そんなインターネット上に存在する巨大なアーカイブの喪失から生まれた。彼が自らの作品に取り入れる、もといサンプリングする音源の特徴は、所在不明かつオブスキュアなものが多い。それらは、1980~90年代の企業用ニューエイジCDからの引用もあれば、Pirates Bayで落としたカフェ用ジャズコンピ、自己啓発ニューエイジ、テレビ通販のジングル、ポルノのBGMだってある。また、OPNという名前自体がMagic 106.7というラジオ局名を聞き間違えて引用したものであり、ラジオの虫である彼がニューエイジ番組で発見したものや、ジングルや広告もその対象に含まれる。それは、20代前半からチャック・パーソンズ名義でリリースしていたプロジェクト『Eccojams』から変わらない。4chanからカルト的に人気を集めたというのも、非常に彼らしいエピソードだ。

クリアランスの面で面倒が起こらないという利点もあるが、それらの埋もれた音源をノスタルジックなものと捉えず、誰も望んで聴こうとしない/聴いたことのないもの=”新しい”と捉え、一部のおいしいところだけを抜き出す、つまりアクフェンが言うところの”マイクロサンプリング”をして、それらを絵の具として描くのが彼の作家性だ。そのドローイングの手法は、彼が愛してやまないマシュー・ハーバート経由のミュージック・コンクレート的なもので、その行為を資本主義への皮肉とする点でも、彼らは共通している。

だがここに来て、そんなアイデンティティを揺るがしかねない事件が起こった。以下、『Tranquilizer』プレスリリースからの引用。

「数年前、Internet Archiveから、巨大なサンプル・ライブラリが忽然と消えた事件も創作の引き金となった。
90年代から2000年代にかけての何百枚ものクラシックなサンプルCD──シーケンス、ビート、パッド、バーチャル楽器」

一般的にはアーカイブ(過去)だが、彼にとってそれは未来だ。その約500GBにものぼるアーカイブは、有志がアップロードしたもので、中にはドラムマシンのプリセットを一つ一つ手作業で録音したものもあり、まさに魂のこもった集合知であった。彼はそこから作品を作ろうと構想していたが、実行には踏み出せず、一部のお気に入りはダウンロードしていたものの、大半はブックマークしていただけだった。ある日、再びそのページを訪れたところ、アーカイブは一瞬にして棄損されていた……だが、彼のプレスリリースを受け、そのデータを持っていたファンが再びInternet Archiveにアップロードするという事象までを含め、時間軸が交錯する、あるいは時間が存在しない、インターネットにおける、アカシック・レコード的な集合意識とスピリチュアリズムが本作にはある。アブナー・ハーシュバーガーによる一連のアートワークも、その抽象性がOPNの偽史感と同期し、表現を補強している。つまり『Tranquilizer』は、常にインターネットという概念を音像化してきた、OPNとしてのエッセンシャルな作品なのだ。

OPNの新たな傑作『Tranquilizer』を徹底考察 粒子化された記憶たちのサウンドスケープ【Oneohtrix Point Never】

『Tranquilizer』CDアートワーク

音楽におけるループの哲学の更新

本作は、彼のブレイクスルーのきっかけとなった、2011年作『Replica』に似ている。あの作品で何度も聴くことのできるカットアップの手法、それはロパティンの音楽的志向が定まった高校生の頃に遡るが、彼が「永遠に俺の全てだ」と語るほどに敬意を示す、DJプレミアからの影響だ。具体例としてGang Starの「Moment Of Truth」を挙げていることからも分かるが、短いサンプルがループすることに快楽を見出しており、それは『Replica』でいうところの「Sleep Dealer」であり、最新作でいうところの「Bumpy」にあるものだ。

一方で、長いスパンのループにも美学は宿っている。小津安二郎作品の評論で頻繁に用いられる、”反復とズレ”という表現は、アンビエント音楽でもしばしば引用されるが、本作のそれはループモノフィクションに通じるものがある。ループする中で時間という感覚が薄れる普遍的な表現もあれば、近年のアクション性の高いものにある、ループしながら徐々に解決の糸口を見つけていく快楽性もある。
そして、その没入感を音楽として表現したことが今作の比類なきポイントで、昨年に話題となったPCゲームの『8番出口』に近いものがある。プレイし始めた頃の、時間をかけて恐る恐る紐解く感覚を持つ「Fear Of Symmetry」のような曲もあれば、「Lifeworld」や「D.I.S.」には、高速でクリアを目指し何度も繰り返す、RTA的なメディテーションがある。つまり、ループによる退屈と興奮が同居しており、楽曲ごとの緩急が日常と非日常のアナロジーとなり、そのエキサイトメントでブーストする演出が仕掛けられている。

『Replica』は過去の再構築、そして単なるコピー以上のものを目指したが、『Tranquilizer』は安っぽい人工的なコピーに溢れた世界で、日常と非日常の反復、実存性の揺らぎへの精神安定剤として生まれた。コンセプトとして通底しながらも、そのバイアスは相反するものだ。それに、『Replica』の方が新しいものに感じる時だってある。全くもって不思議な作家だ。

他者の介入で得たスケール感

『Replica』との違いとして、スケール感の差もある。サフディ兄弟の作品を通じて、ダニエル・ロパティンの映画音楽家としてのキャリアが開かれたわけだが、『グッド・タイム』(2017年)から『アンカット・ダイヤモンド』(2019年)への変化を比較すると、それが分かる。後者では、ジョシュ・サフディやプロデューサー陣からのダメ出しが入ったり、合唱団や壮大なパーカッションを取り入れるなど、単純にオケのスケールが大きくなっただけでなく、リヴァーブへの取り組み方、使用するシンセの数や規模も大きくなった。来年3月に日本公開予定のジョシュ・サフディ監督作『マーティ・シュプリーム』でも、ロパティンが音楽を手がけているが、『Tranquilizer』と同時進行で制作されたようで、両者ともに「すごく面白い方法で”時間”を遊んだ」と語っている。これまで現代劇のスコアを作ってきた彼が、1950年代のNYを舞台にした作品でどう遊ぶか、非常に楽しみだ。


また、『アンカット・ダイヤモンド』に出演したザ・ウィークエンドとは、映画のために4~5曲を共作したそうだが、最終的には使用されなかった。その代わりに、そこでの仕事がきっかけとなり、『After Hours』(2020年)から『Dawn FM』(2022年)、『Hurry Up Tommorow』(2025年)までのトリロジーにプロデューサーとして参加。テレビでのパフォーマンスにも参加するなど、世界的ポップスターとの共演は、間違いなく彼に影響を与えたし、逆にOPNの『Magic Oneohtrix Point Never』(2020年)には、ザ・ウィークエンドがエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しており、この数年で自らの音楽に他者が介入するという経験を経た。この経験の集約が、オーケストラがフィーチャーされた、前作『Again』(2023年)であっただろうし、その揺り戻しとして個人的な創作への欲求が、今作に着手する原動力になったのだろう。

OPNの新たな傑作『Tranquilizer』を徹底考察 粒子化された記憶たちのサウンドスケープ【Oneohtrix Point Never】

Photo by Aidan Zamiri

時間という概念を内包した傑作

時間、この『Tranquilizer』における大きなテーマだ。物理学の仮説で、光よりも早く移動する観測不可能な粒子として、タキオン粒子というものがあり、しばしばSF作品のタイムスリップモノで、時間を移動する道具としてご都合主義的に用いられる。ただこの作品では、音楽というフォーマットと、彼の専売特許であるスクリュードという手法によって、それが観測できるような気がしている。キラキラと煌めくシンセ、破片を撒き散らすグリッチノイズ、砂嵐の如く襲いかかるグラニュラー・シンセシス。どれもが粒子状で、その一粒ずつにOPNの歴史があれば、彼が生まれる前に放映された番組のジングルや、陳腐なニューエイジCDの粒子もある。ある粒子には、マシュー・ ハーバートやプリモ、ジョシュ・サフディ、ザ・ウィークエンドの魂も宿っているし、サンプル音源を録音した誰かや、失われたライブラリを再アップロードした誰かの魂も宿っている。もちろん、この作品を聴いたあなたや、それから2055年にこの作品を再発見する誰かの魂も。オーディエンスの意思が粒子となって、時間をかけてこの作品を風化させ、この作品を彫刻物のように仕立て上げるのだ。
いちオーディエンスとして、結果的に『Tranquilizer』は音楽史に残る傑作となると確信している。

彼は作品の価値について、時代や時間の経過によって変化するという旨の発言を繰り返しており、最新のインタビューではこう語っている。

「山を例に取ると、何もないところから丘になり、頂上が別の気候になるまで高くなり、最終的に風化して消える──その全体の歴史を想像できたら、それがそのオブジェクトの本質であり、時間の中での安定性や強度を与えるものだ。ただ登ったり、綺麗だと言ったり、克服するものじゃない」

OPNの新たな傑作『Tranquilizer』を徹底考察 粒子化された記憶たちのサウンドスケープ【Oneohtrix Point Never】
Tranquilizer

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
『Tranquilizer』
発売中
Tシャツ付きセットも販売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15439

OPNの新たな傑作『Tranquilizer』を徹底考察 粒子化された記憶たちのサウンドスケープ【Oneohtrix Point Never】

Oneohtrix Point Never
live visuals by Freeka Tet
2026年4月1日(水)大阪Gorilla Hall
2026年4月2日(木)東京・Zepp DiverCity
open 18:00 / start 19:00
前売:8,800円(税込 / 別途ドリンク代)※未就学児童入場不可
公演詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15467
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