スポークン・ワードの系譜を受け継ぎながら、ミニマルなポストパンクの美学を研ぎ澄ませてきたロンドンのバンド、ドライ・クリーニング(Dry Cleaning)。彼らが待望の3rdアルバム『Secret Love』を〈4AD〉よりリリースした。
プロデュースを手がけたのは、ケイト・ル・ボン。さらに、ギラ・バンドのアラン・ダガンとダニエル・フォックスも制作に参加し、これまで以上に開かれた音の実験と、静かな緊張感が同居する作品へと結実している。

音楽のみならずアートワーク面でも評価を集めている彼らは、前作『Stumpwork』がグラミー賞の最優秀レコーディング・パッケージ部門を受賞。今作『Secret Love』でも、聴き手の想像力を刺激する印象的なアートワークが、音楽と強く呼応している。変化を恐れず、しかし自らの重心は見失わない──今作のそういった姿勢はいかにして形づくられたのか。フローレンス・ショウ(Vo)とルイス・メイナード(Ba)に話を訊いた。饒舌に言葉を紡ぐフローレンスと、お茶目に相槌を打つルイス。二人のやり取りは終始笑いに満ちていながら、制作の核心へするりと踏み込んでいく。軽やかさの奥に、確かな手触りが残るインタビューになった。

Dry Cleaningが語るポストパンクの美学 「静かな緊張感」は窮屈な社会への抵抗

左からニック・バクストン(Dr)、フローレンス・ショウ(Vo)、トム・ダウズ(Gt)、ルイス・メイナード(Ba) Photo by Max Miechowski

「偶然を味方にする」地図のない制作過程

—今回のアルバム制作は、ロンドン南東部のペッカムにあるリハーサルスペースで、4人集まって曲を書くところから始まったそうですね。その時に描いていたアルバムのイメージと、いま完成したものを比べてみていかがですか?

フローレンス: 出発点で何を考えていたのかを丁寧にたどるのが難しいけど、「Secret Love」と「Let Me Grow and You'll See the Fruit」みたいに、かなり早い段階で書いた曲はいくつかあって。そういう曲は最初に書いたときの手触りがちゃんと残っていると思う。
もともと持っていたシンプルさはリハーサルのときから自然に生まれていたものだったし、もちろん今はシンセのレイヤーとか、いろいろ素敵な要素が加わっているんだけど、核になる部分は変わらずにある。だから、当初から今作はすごくオープンな状態だったと思うよ。はっきりした地図があったわけでも、こうしたいという明確な目標があったわけでもなく、自由に委ねながら進んでいく感じが強かった。

ルイス: 毎回思うんだけど、スタジオって本当にコントロールできない場所なんだ。曲を持ち込むと、いつも必ず予想しない形で変化が起きる。それを受け入れることが、作品としていい方向に進むためにはとても大事だと思う。「いや、こういう音のはずだ」って強く固めてしまうとうまくいかなくて、自然に起きることに任せるほうがいい結果になるんだよ。そういうことは、レコードを作るたびにより実感するね。

—その後、様々な場所、人とセッションしていったそうですね。それによって相対的に見えてきたバンドのアイデンティティというものはありましたか?

フローレンス:あったと思う。最初は、自分たちだけでプロデュースできるかもしれないなんて、ちょっと夢みたいなことを考えていたの。でもそれはすぐに打ち砕かれた。
ノース・ロンドンのドリス・ヒルにあるFish Factoryというスタジオに、プロデューサー不在で行ってみたんだよね。エンジニアはいたけれど、プロデューサーという立場の人はいなくて。そうしたら、みんなそれぞれ自分の作業に夢中になりすぎてしまって、大きな判断をしなきゃいけない場面になると機能不全になってしまって(笑)。

ルイス:あれは、バンドとしていちばん機能してなかった瞬間だった。

フローレンス:ほんとに(笑)。だから、スタジオではやっぱりリーダーが必要なんだって痛感した。曲を書いているときは全然問題ないんだけれど、最終的に「録る」とか「形にする」という瞬間になると、誰かが流れを導いてくれないと難しい。決断をしてくれる人、あるいは私たちの背中を押してくれる存在ね。今回はその必要性を強く学んだと思う。それから、ダブリンでのセッションもすごく刺激的だった。ダニエル・フォックスとアラン・ダガンは、音の探し方がとても実験的で、どんな音にも心を開いてる。私たちもそうありたいと思っているけれど、彼らは本当にカオスみたいな要素を作品に取り入れることにコミットしていて、その姿勢を見るのはとても面白かった。
偶然生まれた音に対して「今のは面白かったけど、とりあえず先に進もっか」じゃなくて「面白かったからもうプランを変えようよ」って、即座に方向転換しちゃう。私たちの曲作りにも、ああいう瞬発力をもっと取り入れていきたいと思った。とにかく学ぶことがたくさんあった!

―今回複数のプロデューサーが候補にあがっていたそうですが、ケイト・ル・ボンに決めた理由は?

ルイス:最初に彼女と話したときから、もうこの人だ! って感じだった。Zoomで話したんだけど、こちらが送っていた18曲くらいのデモを、本当に丁寧に聴き込んでくれているのが明らかだった。僕たちがその時点で把握していた以上に、自分たちがどこへ向かおうとしているかを理解してくれていたんだ。そのとき僕らが言っていた唯一のヒントが「街の中を歩いていくようなアルバムにしたい」というイメージだったんだけど、彼女はそこをすぐに見抜いてくれた。つまり、僕たちの中にあるものを他の誰よりもしっかり見つけてくれた人なんだ。それにケイトはさ、とにかくすごい才能の持ち主だよね。数週間前に一緒にライブをしたんだけど、スタジオであれだけ優れたプロデューサーでありながら、ステージでも圧倒的だった。この人、何をやらせてもすごいなと思ったよ。

フローレンス:本当にオールラウンダーよね。全部持っている人だと思う。
誰かが彼女のことをブライアン・イーノみたいだって言っているのを聞いたことがあって、すごく分かるなと思ったのよ。技術もセンスも全部そろっているし。でも同時に、すごく遊び心があるの。堅苦しくて技術一辺倒っていうタイプじゃ全然なくて、一緒にいるのも楽しいし、一緒にものを作るのもすごく楽しい。

―ケイト・ル・ボンは、彼女自身のアルバムに加えて、ウィルコやホースガール、ディアハンターといった人たちの作品のプロデュースも手掛けています。彼女のプロデュース作品を聴いた上での、具体的な音作りの議論もバンドの中では何かあったのでしょうか?

フローレンス:そういうのはあまりなかった。というのも、彼女と一緒にやりたいと思った気持ちは、実際に会って話したときの空気とか、その場の雰囲気から自然に生まれたものだったから。それまでにも何人ものプロデューサー候補と話していたんだけれど、彼女と本格的に話したのは2025年の2月くらいで、その時点では既に色々な実験やミーティングを重ねてきた状況だった。どれも有意義だったんだけれど、彼女のアプローチにはどこか落ち着きがあって、とても安心感があったんだよね。彼女はデモの細かい部分まで本当によく聴いてくれていて、「Blood」にある「ドゥドゥドゥ~」っていう小さなハミングみたいな部分をその場で口ずさんでくれたりして。そこに入っている高い音の感情的なニュアンスについて話し始めたり、そういう細部をすぐに拾ってくれた。私たちは普段から細部を大事にしているから、ああいう話し方をされると、もう惹かれてしまうのよね。
大きな抽象的な話ではなくて、彼女は小さな音や小さな感情をすごく丁寧に扱ってくれた。その時点で、もうアルバム制作の道筋が始まっているような感覚があって。私自身、彼女の作品のファンではあるんだけれど、それ以上に私たちとの間に流れるケミストリーが決め手だったと思う。

―新作『Secret Love』は、ボーカルを前面に配置しつつ、ギターを印象的に聴かせるというドライ・クリーニングの基本的な音作りやミックスの考え方は踏襲されているように思いました。このバランスはバンドのシグネチャーとして継続化・資産化していきたいということでしょうか。

ルイス:最初のEPの頃からずっと意識しているのは、どんな狭くて音の悪い場所で演奏していても、全員の音がきちんと抜けるようにすることなんだ。特にボーカルがしっかり聴こえるように、みんなそれぞれ少しずつ弾き方を変えてスペースを作ろうとしてきた。スタジオを道具としてちゃんと使えるようになってくると、そのスペースをより正確に作れるようになる。そしてミックスの時は、ボーカルの位置をどの帯域に置くか、その下にベースがどう響くのか、ギターがどこにくるのかっていうのを全部、意識的に決めていくんだ。そうやって抜けるように工夫しているのは、ボーカルがバンドにとってすごく大事な「支点」みたいな存在だから。言葉がちゃんと聴こえないと、僕たちそれぞれが向かっている違う方向がどれも見えづらくなってしまう。だからこそ、あのバランスはすごく重要なんだよね。


冷静さは世界を見る態度

―アルバムは、1曲目の「Hit My Head All Day」が6分超えの尺で始まりますね。これを1曲目に置いた意図は?

フローレンス:最終的に、この曲がアルバムの中心的存在になっていったの。本来なら6曲目とかに置くほうが自然かもしれないけど、気づいたらこの曲を使って全体を額縁のように囲むのがいいなと思うようになって。この曲って、ちょっと無邪気な感じがあるし、ダンスできる雰囲気もあるじゃない? でも同時に、このアルバムってすごく感情的な瞬間もあれば、暴力的だったり、怒っていたり、逆にすごく気怠かったりもする。かなり幅広い感情が詰まっているの。だから、一見パーティーソングみたいな、ちょっと不思議で変な曲を冒頭に置いて、そこから全部を見渡せるようにするのが大事だと思った。アルバムには本当にいろんな要素が詰まっていて、かなり広いスペクトラムの気分や音があるから。特にこの曲が長くて、循環するような構造でちょっとトリップ感があるところも含め、アルバムの雰囲気を提示するにはすごく合っている気がした。

ルイス:アルバムって、リリース前に3~4曲くらいシングルを出すでしょ? その最初の1曲が、方向性やムードを示すうえでめちゃくちゃ重要になると思うんだ。他にも大好きなシングル候補はあったんだけど、もしそれをドライ・クリーニングのファンとして最初に聴いたら「なるほど、こういう方向に進むのね」って、ある程度予想がついちゃうと思う。でも「Hit My Head All Day」は、ちょっとした変化球で。アルバムの幅を最初に見せられるからこそ、この曲を冒頭に置く選択がしっくりきたんだと思う。

―「Hit My Head All Day」は「デモの段階では、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの『There's a Riot Goin' On』がインスピレーションだった」とのことで、頷ける話ではありますが、完成したプロダクションはまた別物に仕上がっているように思いました。スライからの影響をどのように昇華したのでしょうか。

フローレンス:この曲は、作曲段階でじっくりと話し合った記憶がある。だから、スタジオに入る前と後で大きく変化した曲だった。書いていた段階では今とは全然違う雰囲気で、ドラムマシンも使っていなくて、コンガだけで構成していたの。かなりアコースティックな手触りがあった。でも、その中にも当時の影響は確かにあって。(ルイスに向かって)あのとき、ベースにワウっぽい音をかけてなかった? それとも、もっと濁った感じだったのかしら。

ルイス:うん、もっと濁ってた。水の中に沈んでいくようなエフェクトだったね。

フローレンス:そうそう。そういう音の質感の影響はあったのよね。それから『There's a Riot Goin' On』の、あのテープにどんどん重ねていった結果生まれる、ちょっと擦り切れたような質感。あれがすごく魅力的で、何と呼べばいいのか分からないけれど、少しだけ揺れているようなあの独特の空気感に惹かれていたの。

ルイス:ローファイとはまた違うけど、その方向に寄っていく感じだよね。

フローレンス:その曖昧な質感が好きで。私たちのデモの録り方もかなり実験的で、Fish Factoryでもプロデューサーがいなかったから、ただ録音ボタンを押して、その場の勢いで歌ったり弾いたりしていたの。あの曲のボーカルも、ほぼ一発の即興だった。そういう、その場で起きることを全部拾うという精神は、スライの作品と少し重なるところがあったと思う。それに『There's a Riot Goin' On』って政治的な背景があるのに、人が集まって何かを作っているような、ちょっと社交的で明るい空気も同時にある。あの混ざり方が、この曲の世界ともどこか通じる気がした。ただ、スタジオに入ってからは大きく姿が変わった。ケイトが持ち込んだ80年代のドラムマシン・PULSARの音が入って、そこに男性の変な呼吸音が入っていたりして、ちょっと私たちの世界とは違う感じで(笑)。なので、私が自分の息を録り直して差し替えたの。そうやって新しい形ができていった。
 
ルイス:今思い出したけど、Fish Factoryでは自由に録ることを目指していたんだよ。僕たち、普段からリハのときにボイスメモでたくさん録るんだけど、良い瞬間があっても作品として使える音質じゃないことが多くて。それを何とかスタジオでも再現したかったんだ。ウィルコのスタジオ・The Loftに行ったとき、エンジニアがアイデアが出た瞬間にすぐ録音できるよう常に構えていて、それがすごく良かったからFish Factoryでも同じようにやろうとしたんだよね。その結果、ただ人が歩いている音だけが延々と録られていたりして(笑)。階段の響きが良かったから録ってみよう、とか、いろいろやりすぎたところもあったと思う(笑)。

―ドライ・クリーニングの平熱で淡々としたサウンドは、感情の抑制や冷笑といったものではなく、冷静さを武器に世界を見る態度を表しているように思うんです。「Hit My Head All Day」では他者による情報や感情のコントロールへの警戒を歌っていますが、いまの社会状況の中で、冷静であることはあなたたちにとってどのような抵抗なのでしょうか?

フローレンス:その読み取り方、すっごくいいね! 私にとってあの冷静さは、ある意味「こうありたい」という理想に近いの。私自身はまったく落ち着いた人間じゃなくて(笑)。だからドライ・クリーニングでの表現は、現実の自分というよりも、こういうふうに在れたらいいな、と思う像に近い。普段は小さい声でしか存在していない部分を、大きくしてあげるような感覚というか。

昔、バンド活動を始めるよりずっと前のことだけど、声帯の手術をした後に1週間声を出せなかったことがあって、そのときはものすごく不安だったんだけれど、実際はすごく静かで穏やかな時間だった。言いたいことが浮かんできても全部手放さなきゃいけなくて、海に流してしまうみたいに、勝手に消えていくのを見ているような感覚で。自分のエゴを一度も主張しない1週間というのは不思議な体験で、人の話をよく聞くようになるし、世界の見え方が変わっていったの。あのときに、冷静であることってすごく強いんだなと実感した。怖い状況や対立がある場面でも、ちょっとした余白を自分の中に維持できると、全然違う反応ができる。だから私にとってあの落ち着きは、人生をうまく乗りこなすための鍵みたいなものだと思ってる。でも、現実の私は本当にそれが苦手で(笑)。だからこそ、ドライ・クリーニングというプロジェクトを通して、そのあり方を探っているんだと思う。

ルイス:その「落ち着きを保つ」っていう感覚、ステージに立つとよく分かるんだよね。ステージに出ていく瞬間って全然冷静じゃないのに、あくまで普通に歩いて、普通に演奏し始めるふりをしなきゃいけない。お客さんは叫んでるし、自分たちはこれから大音量を出すわけで、本当は混乱の入り口みたいな瞬間なんだけど、そこにちょっとした冷静さを持ち込む必要があるんだよ。セットリストを組むときにも落ち着きをくれる曲が必ず必要で「Traditional Fish」みたいな曲があると、前後の曲がすごく活きてくる。どこかで一度呼吸を置いてあげると、激しい曲もより強く響くんだ。

不穏なユーモアが共通言語

―「Evil Evil Idiot」など、今作ではストーナーロックのような粘っこく土臭いサウンドも顔を出しますね。ポストパンク的な鋭利なサウンドに加えて、そういったヘヴィな音の要素が加わったのはなぜでしょうか。

ルイス:僕たちは、どの作品でも少しずつそういう方向に寄っていくところはあったと思う。ただ、これまでは音像としてある程度ドライ・クリーニングの範囲に収めていたというか、あまり外に出すぎないようにしていたところがあって。今回は、いろんなエンジニアやプロデューサーと実験する中で、自分たちの幅をもう少し広げてみたい気持ちが強くなっていったんだ。ケイトのスタジオに入ったタイミングでは、ヘヴィな方向にも思い切って踏み込んでみようという気持ちがすでにあったし、どこまでいけるのか試したかった。僕らはそれぞれ全然違うジャンルが好きで、そういう好みが自然と混ざり合うんだよ。前の作品でもそうだったけど、アルバムごとに新しいジャンルに少しずつ足を踏み入れていて、その新たな扉を開けるみたいな感じは今回もあったと思う。

―アルバムの特に後半、たとえば「Rocks」といった曲にはこれまでにないグルーヴを感じました。今作に与えた、ダンス/クラブミュージックのインスピレーションがあれば教えてください。

ルイス:僕たちの中では、ドラムのニック(・バクストン)が一番ダンス音楽に詳しいと思う。

フローレンス:そうね。ただ、あまり勝手に彼の言葉を代弁するようなことはしたくないけれど……。でも、制作中にはいろいろな名前が話題に上がっていたのは確か。たとえばケイトとはクリス&コージーの話をよくしていたし、そこからつながるスロッビング・グリッスル周辺の音の世界観とか。あれはボーカルの質感を考える上でもかなり影響があった気がする。

ルイス:ただ、実際のきっかけとしては、ニックがキーボードを弾くことが増えた影響は大きかったと思う。リハでも、彼がドラムマシンを動かしながらキーボードを弾くことが増えていった。その流れで曲作りが進むことが多かったんだよね。「Hit My Head All Day」も、彼が作ったループみたいなキーボードのフレーズが最初にあって、それに合わせて僕たちが音を重ねていった感じだったし。

フローレンス:確かに。彼はとにかく忙しくしていたいタイプだから、ドラムマシンを鳴らしながらキーボードも弾いて、同時にいろいろ動かして……って感じで(笑)。

ルイス:飽きっぽいんだよ(笑)。常に何かやっていないと気が済まない。

Dry Cleaningが語るポストパンクの美学 「静かな緊張感」は窮屈な社会への抵抗

Photo by Max Miechowski

―いまの社会は、即応や立場表明が求められる傾向ですよね。ドライ・クリーニングの音楽はどちらかというと、サウンドデザイン的にも、もっと考える余白を残しているように思います。4人の間でも、曖昧さや未解決の状態を許容する姿勢はありますか?

ルイス:曲作りに関して言うと、アイデアには時間をかける方だと思う。その日のセッションで突然曲になることもあれば、6ヶ月、1年後にようやく形になるものもある。最初は見落としていたフレーズが、あとになって突然使えそうだと感じられたりね。だから僕たちは、今出てきたアイデアだけを見るんじゃなくて、過去にボツにした断片にも定期的に戻っていく。時間が経つと、同じアイデアでもまったく別の見え方をすることがあるから。

フローレンス:それと、4人が同じ方向に揃う必要はまったくないと思ってる。作っているときも、それぞれがいつも自分らしい状態でいて、誰かが誰かに合わせるようなことはしない。もし、お互いにやっていることがどう考えても噛み合わないときは、その曲は書かないってだけ。「もっとこうしてよ」と誰かに寄せるのではなくて、1人でもピンとこなければ、その案は自然に流れていく感じなの。私たちの間には、いい意味で曖昧さがあるのよね。

ルイス:そこを面白がってくれている人が多いのも感じているし。それぞれのメンバーについて、「あなたはこういう要素を持っていて、この人はまた全然違うものを持ってきていて」と、個別に語ってくれることがすごく多いんだ。その、違うものが集まっている感じにワクワクしてくれているんだと思う。

フローレンス:昔セッションをしたときに「(モーターヘッドの)レミーと(シンガーソングライターの)ニコが同じバンドにいるみたいだ」って言われたことがあって、ものすごく褒め言葉なんだけど、とても面白いと思った(笑)。

ルイス:あと、僕たちってリハに入ると何が起きるか本当に分からないんだよね。「Hit My Head All Day」なんてまさにそうで、ある日突然ニックが持ってきたループが鳴り始めて、普段キーボードなんて弾かないのに弾き始めて。その上にフローレンスがハーモニカを吹き始めて、トム(・ダウズ)はまだ来ていなくて、じゃあ僕はベースを弾くか、みたいな。そんな感じで、予想していなかった要素をその場で受け止めて反応しながら作っていくところが、バンドとしての一番の楽しさ。たぶんライブでも、それが伝わっているんじゃないかな。

―前作『Stumpwork』でグラミー賞の最優秀レコーディング・パッケージ部門を受賞しましたが、今作『Secret Love』のアートワークも素晴らしいですね。デザインの発注や制作の経緯、お二人のこのアートワークへの解釈を教えてください。

フローレンス:今回のアートワークは、まず私が膨大な資料をまとめたところから始まったのよ。ここ数年、ツアーやアルバム制作の合間に、気になる写真や作品、作家を見つけるたびにメモ代わりにどんどん放り込んでいったんだけど、最終的にはとんでもない量になってしまって。自分で撮った写真や落書きまで全部入っていて、その中には作品としては全然合わないものもたくさんあった。その中で、いちばん最初のほうに入れていたのがエリカ・エアーズの作品だったの。彼女は今回のアルバムの絵だけでなく、シングルのアートワークも手がけてくれた人で、もともと私がずっとファンとして追いかけていた作家なのよ。何年も前から彼女の作品を見続けていたので、個人的な思い入れもあったと思う。アルバムの録音が終わってミックスがまとまっていく中で、エリカの作品が音とどんどん馴染んでいく感じがあった。彼女は拾い集めたイメージを使うことがあるんだけれど、それが拾ったものには見えないくらい別のものに変換されてる。その少し不穏だけれどユーモアのある感じが、私たちの音とも自然に呼応していて、メンバー全員がすぐに、これはいいかもしれないと思った。もともと絵画作品を使いたいという気持ちもあったし、彼女にお願いするのはとても自然な流れだったと思う。彼女は控えめなところがありつつも、自分が描きたいものに強い確信を持っている人で、たとえば応急処置マニュアルのイラストを描きたい、というようにブレない好みがある。

ルイス:ケイトと初めて話したときと似ていたよね。最初のオンラインでの打ち合わせで、言葉よりも空気感のほうが先に伝わってきて、この人だな、とすぐに分かる感じだった。

フローレンス:そうね。それに偶然なんだけれど、ケイトもエリカも私たちも同世代なの。後から気づいたんだけど、それがどこかで同じ言語を共有している感じにつながっていたのかもしれない。同じ時代を生きてきたことで自然に共有している感覚があって、それが今回の作品にも反映されたんだと思う。

Dry Cleaningが語るポストパンクの美学 「静かな緊張感」は窮屈な社会への抵抗

ドライ・クリーニング
『Secret Love』
2025年1月9日リリース
日本盤:歌詞対訳・解説書、ボーナストラック2曲追加収録
Tシャツ付きセットも発売(数量限定)
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