ビヨンセのダンスパフォーマンスで突如お笑いシーンに現れた少女が、20年後には東京ドームを埋め尽くす未来を誰が想像しただろうか――。来る2月11日(水)、渡辺直美は『渡辺直美 (20) in 東京ドーム』を東京ドームで開催した。
約4万5000枚のチケットは、公演内容が全く明かされていないにもかかわらず即日完売。個性豊かなちょくみーず(渡辺直美のファン呼称)と一緒に、「ピン芸人初となる東京ドーム完売」という快挙を堂々と成し遂げたのである。

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この実績だけでも圧倒的だが、3時間を超える公演内容も圧巻の出来だった。演者としてステージに立っていた向井(パンサー)も、Instagramの投稿で「直美にしか出来ない3時間のスーパーエンターテイメントショーで、日本でお笑いが流行っているとか流行ってないとかそんな変な議論のまったく外側にあるものでした」と綴っていたように、まさに「渡辺直美にしか出来ないコメディーショー」。お笑いもミュージカルもファッションも全部抱きしめて、人生そのもので魅了したのである。

まず、東京ドームに足を踏み入れた時点で、渡辺直美のすごさを体感せざるを得なかった。ちょくみーず一人ひとりが、なんと多彩なことか。渡辺直美がプロデュースを手掛けるPUNYUSに身を包んだ人はもちろん、多種多様な年齢の人がいろいろなファッションで集っていたのである。”自分らしさ”で道を切り拓いてきた彼女の軌跡を感じ、開演前からすでに胸が熱くなった。

黒歴史を爆笑に変換する、渡辺直美だけの"錬金術"

開演時刻を迎えて客席の照明が落ちると、60秒のカウントダウンがスクリーンに出現。色とりどりのペンライトが煌めき、自然にクラップや歓声が沸き上がる様からは、ちょくみーずの高鳴る気持ちがヒリヒリするほどに流れ込んできた。ネオンの文字が「0」を刻むと、いよいよ『渡辺直美 (20) in 東京ドーム』の開幕だ。


いきなり渡辺が姿を現すのかと思いきや、まずは総勢72名のダンサーがお出迎え。花道からメインステージへ導きながら、ハイクオリティなパフォーマンスで観客の期待値をさらに高めていく。焦らして、焦らして、焦らして──。正面のスクリーンが開き、階段状のステージが顔を出すと、大勢のダンサーの頂上に渡辺が君臨した。

晴れやかに「東京ドーム、ぶちあがっていくぞ!」と焚きつけ、「Crazy in Love」へ巻き込んでいく。ビヨンセを憑依させた彼女の勇ましさは、20年かけてひとつの芸を磨きあげてきた者ならではの風格とでもいうべきか。オープニングにして衣装の早着替えまでやってのけ、あっという間に空気を掌握したのである。

東京ドームを埋めた「笑い」の正体──渡辺直美、芸歴20年目の回答

©渡辺直美 (20) in 東京ドーム

渡辺の人生を描いたようなOPVを挟み、白シャツとネクタイにプリーツスカートを合わせた制服スタイルへお色直し。髪型も前髪パッツンのストレートロングヘアにし、ガラッと印象を変えてきた。

大きな拍手に包まれるなか再び姿を現すと、「すごっ! こんなにたくさんの人々を初めて見た。一斉に」と瞳を輝かせる渡辺。かと思えば、感慨深くなる隙を与えずに「正直、さっきのビヨンセで全部体力使いました(笑)」と笑かしにくるのだから、本当に根っからのエンターテイナーである。


そのままの調子で「芸歴20年目記念として、私のことを隅から隅まで知ってもらえたらいいなと思っておりますので」と本公演のテーマを告げると、「まずは私の0歳から18歳までのお話しをしようと思っているんですけど」と口火を切り、流れるようにして漫談へ繋げていった。

0歳から順に人生を振り返りながら、写真を交えて語られていく鮮烈なエピソードの数々。とんでもなく破天荒な母親のこと、幼少期は『志村けんのだいじょうぶだぁ』を観て育ったこと、初めて”気まずい”という感情を知った日のこと、思春期ならではの珍事件のこと。人によっては悲壮感のある苦労話や絶対に思い出したくない黒歴史になってしまうような話題でも、彼女にかかればたくさんの人を笑わせる面白話の題材に姿を変える。

東京ドームを埋めた「笑い」の正体──渡辺直美、芸歴20年目の回答

©渡辺直美 (20) in 東京ドーム

そんなムードのなかでも、渡辺のターニングポイントとなった出来事については、とりわけ真っすぐな言葉で触れられていった。母親がずっと外で働いていた寂しさをテレビで紛らわしていた経験から「いつかはテレビの向こう側に行って、面白くて楽しいことをやって、同じようにテレビの向こう側で寂しい思いをしているみんなを楽しませる存在になろう」という想いが芽生えたこと。劇場や漫才でコントをしている芸人を『よしもとファンダンゴTV』で観て、「吉本芸人になる」と心に決めたこと。クラスでモノマネをしたときに、一匹狼のヤンキーが笑った姿を見て「芸人になろう」と決意したこと。どのエピソードも”渡辺直美らしく”、彼女がなるべくしてこうなったのだと思わずにはいられない。

また、学校の同級生や担任、中学時代のバレー部の後輩など、エピソードに出てくる人たちが東京ドームに駆け付けていたのも印象的だった。時には「どこら辺にいるの? 6年3組チーム!」や「え、バレー部の後輩いますか?」と声をかけ、積極的に漫談に巻き込んでいく。その和やかなやり取りは、たくさんの人の愛に包まれながら成長してきた、渡辺の生き様を想起させた。


絶えずやってくる笑いの波に飲み込まれていると、あっという間に漫談内での渡辺は18歳に。東京NSC(吉本の養成所)の面接当日まで淀みのないトークを繰り広げ、シームレスにコント『ミュージカル~渡辺直美物語~』へ誘っていった。

コントでもミュージカルでもない第三の形式──渡辺直美が確立した新しいフォーマット

ここからは、渡辺のNSC入学からアメリカ挑戦までを描いたストーリーに突入だ。コント×ミュージカルといっても、いわゆるミュージカルコメディとは一味違う。歌い踊りながら、渡辺直美の半生を通して「自分を信じて進んでいれば、夢は叶う」というメッセージをきちんと伝えながらも、ゲストの芸風を汲んだコントを混ぜ込みつつ自身の芸も披露する、新たなフォーマットを確立したのである。昨年6月に開催した『渡辺直美コントライブ SKETCH COMEDY SHOW』で得た知見を、おそらく存分に詰め込んだのだろう。ひとつのエンターテイメントとしての強度が抜群だった。

NSC授業初日のシーンでは、1期上の先輩としてチョコレートプラネットとシソンヌ、パンサー向井が登場。彼らが集結したときならではの本気の悪ノリに、全力で渡辺が乗っかりながら、先輩が後輩をしごく様子を表現していった。ハリセンボンとの出会いを描いたシーンでは、渡辺と春菜のたどたどしいコミュニケーションを描写。前のめりにセリフを重ねる春菜やなかなか上手くいかない赤外線通信など、ハリセンボンが生み出すコントのムードを感じる時間となった。このように各ゲストに合わせた展開を、渡辺は緻密に脚本へ落としこんだのである。


また、オリジナルの劇伴においても細かなところまでこだわりが反映されていた。場面や感情に応じて用いる音楽ジャンルを決めるのは、ミュージカルではよくある手法のひとつ。そのはからいは、コント『ミュージカル~渡辺直美物語~』でも、しっかりと取り入れられていた。

いいとも少女隊の卒業が決まり「芸人人生が終わったかもしれない」と絶望したシーンでは、演歌で哀愁たっぷりな歌声を響かせ、千鳥の大悟が渡辺をアメリカへ送り出すシーンでは、フォークに乗せて別れと希望を紡ぎあげる。なかでもインパクトが大きかったのは、『ピカルの定理』に千鳥が合流する場面で、いかにもSWAGなヒップホップ・ナンバーが採用されていた点だ。片手に持った白い粉(お好み焼き粉)も相まって、東の芸人が恐れおののく”西の匂い”がまざまざと伝わってきた。日本版のミュージカルらしくJ-POPや演歌なども取り入れた幅広いジャンルで、オーディエンスを一段と作品に惹きこんだのである。

東京ドームを埋めた「笑い」の正体──渡辺直美、芸歴20年目の回答

©渡辺直美 (20) in 東京ドーム

それでいて、渡辺自身の芸を随所に散りばめることも忘れない。学生時代からの専売特許である鬼塚ちひろの「月光」を筆頭に、無音でのビヨンセや美空ひばりの「お祭りマンボ」など、出し惜しみせずにモノマネを投入していく。

極めつけは、ミュージカル『ヘアスプレー』の練習という名目で盛りこまれた「You Cant Stop The Beat」のパフォーマンスだ。三浦宏規、平間壮一、清水くるみ、田村芽実、上口耕平、エリアンナ、石川禅、瀬奈じゅんといった面々も駆けつけ、東京ドームのステージを一瞬にしてブロードウェイに染め上げた。

なお、ここまで記してきた以外にも、平成ノブシコブシや又吉直樹(ピース)、友近、モンスターエンジン、はるか(ハリセンボン)、池田一真(しずる)、ジャングルポケット、ハライチ、朝日奈央といった豪華ゲストがサプライズ出演。
物語のリアリティを後押しするだけでなく、20周年記念らしい彩りを添えたのである。

たくさんの出演者と共に作り上げられたコント『ミュージカル~渡辺直美物語~』は、エンターテイメントや周りの人への愛が溢れんばかりに詰めこまれた、類まれなるコメディーショーと評していいだろう。ただ単にコントやモノマネ、音楽といったコンテンツを切り張りするのではなく、しっかりとひとつの物語として昇華。さらには、彼女の生き様を通して「不安になることがあっても、自分を信じて進んでいけば、夢は叶う」と描ききったのだから。

東京ドームを埋めた「笑い」の正体──渡辺直美、芸歴20年目の回答

©渡辺直美 (20) in 東京ドーム

"みんなの人生のなかに私を入れてくれて、ありがとう"──東京ドームに響いた最後の言葉

超大作をやりきり、いよいよ『渡辺直美(20)in 東京ドーム』もラストスパートへ。Little ThunderがデザインしたTシャツに描かれている女の子と同じドレスを着用した渡辺は、ちょくみーずにとってはお馴染みの「ハッスルタイム」に合わせて再登場。ハッピー感満載のピンク色のトロッコに乗り込み、客席をグルッと巡っていった。観客からの質問に答えたり、感謝の気持ちを伝えたり、可能な限り一人ひとりとコミュニケーションを取っていく。「うっわ、すごいね。こんな広いんだ」と東京ドームの大きさを改めて噛みしめる一幕もあり、言葉の煌めきからはしっかりと実感のこもった感動が波及してきた。会場を回りきると「SNSでいつも見てくれているメンバーなんでしょ? 会えて嬉しいです。本当にありがとう」と改めて感謝を届けたのだった。


「東京ドームといえば音楽だと思っていて……」と切り出した渡辺は、『渡辺直美(20)in 東京ドーム』に向けて、Peach Napというアーティスト名でこっそり活動していたことを告白。本来であれば、公演当日までにブレイクを果たし「これって、実は直美ちゃんだったんだ⁉」となる予定だったが、現実は思いもよらぬ方向へ転がってしまったと明かした。

そうはいっても、こんなことではへこたれないのが渡辺直美。「今日という東京ドームの特別な日を1曲に作って残したいなって思ったの」と仕切り直し、リアルでホットに今をぶち上げているラッパーの友達、千葉雄喜を声高らかに呼びこんだ。

東京ドームを埋めた「笑い」の正体──渡辺直美、芸歴20年目の回答

©渡辺直美 (20) in 東京ドーム

ステージに入ってきた千葉は、「4万5000個のiPhoneのライトがついたら、すごそうだと思って」と話し、スマホライトで光の海を作り出す。その絶景を見た渡辺の「こんなきれいな景色を見たら、何これって思っちゃうね」の言葉を合図に、東京ドーム記念ソングの「なにこれ?」になだれ込んだ。何度も繰り返される《なにこれ なんだこれ》のフレーズは、困惑するような事態に遭遇しながらも、恐れることなく《とりあえず笑えよ それで幸せ》のマインドで突き進んできた渡辺を彷彿。フランクなムードをまといながら、次々に革命を起こしてきた彼女のリアルが感じられるナンバーとなっていた。

渡辺が千葉と一緒にステージから去ったあとは、ダンサーたちの圧倒的なパフォーマンスが転換に華を添える。何度かのビートチェンジを繰り返し、ついにレディー・ガガに扮した渡辺のお出ましだ。これまでの疲れを感じさせないエネルギッシュなモーションで、パワフルに「JUDAS」を踊りこなす。ラストは会場一体となるジャンプで締めくくり、晴れやかにコメディーショーを結んだのだった。

東京ドームを埋めた「笑い」の正体──渡辺直美、芸歴20年目の回答

©渡辺直美 (20) in 東京ドーム

フィナーレには「ハッスルタイム(ロング ver.)」を投下し、端から端まで歩き回りながら、何度も何度も「ありがとう!」と感謝を手渡していく渡辺。そして、『渡辺直美 (20) in 東京ドーム』を走り切った直後の胸の内を、柔らかくこぼしていった。

「東京ドームに出るというのは、自分のなかの目標になくて。今までの人生のなかの。本当にみなさんからのプレゼントというか。みなさんが日頃応援してくださっているおかげで、こうやって素敵なステージの上に立てたんだなって思いました。本当に、みんなの素晴らしい人生のなかに私を入れてくれて、本当にありがとうございます。いつまで生きてるかわからないんですけど、みんなも一緒に長生きして、またどこかで会えたら嬉しいなと思っています」と。

最後の最後まで全方位に愛を振りまき、お笑い芸人の渡辺直美にしかできない、笑顔と感動に満ちたコメディーショーを成し遂げたのだった。
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