今の若手ジャズ・コミュニティの中で、ピアニストの壷阪健登が一目を置かれているのは明らかだ。中村海斗『BLAQUE DAWN』、松井秀太郎『FRAGMENTS』、浅利史花『Thanks For Emily』など、それぞれ音楽的に異なる作品に起用されていることも彼への信頼を物語っていると思う。


そんな壷阪が2作目のアルバム『Lines』を発表した。近年はジュリアン・ラージの作品でも知られるドラマーのデイヴ・キングと、バークリー音楽院時代の盟友でもあるベーシストのチャーリー・リンカーンとNYで録音したピアノトリオでのアルバムだ。壷阪は石川紅奈との歌ものプロジェクトsorayaでも知られており、ハイブリッドな音楽性に挑むのかと思いきや、文字通りの「ジャズ」を追求している。

2010年代のジャズは、ヒップホップやネオソウルなど他ジャンルとの融合や、ポップな感覚の前傾化によって注目を集めてきた。しかし近年は、「ジャズ」の枠組みの中で自身の表現を模索するミュージシャンの活躍が目立つ。僕(柳樂光隆)自身もそういうジャズが一番面白いんじゃないかと思っていた。

また、「ジャズ」の中でも、フリージャズとまではいかないにしろ、かなり抽象的な演奏に足を踏み入れるミュージシャンも増えており、「即興」への意識や考え方も変化してきている。とはいえ、それも「ジャズの中の一要素」といった感じで、それぞれが様々なバランスで自身の表現を模索しているのも興味深い。

それはアメリカに限らず日本でも見られる傾向であり、世界的に興味深い潮流が訪れているのを感じていた。壷阪のアルバムを聴いて、まさにそうした世界的な流れの中に位置する作品という印象を受けた。つまり、これこそが「今」のサウンドであり、現代の表現なのだと僕は思う。

ここでは壷阪にそんな話を聞いている。
「ジャズとは何か?」そんな本質的なことも考えさせられるようなやり取りができたと思う。

メロディが導く、三位一体の即興

―2024年のデビュー作『When I Sing』に続く2作目は、ピアノ・トリオ作品になりました。この作品を作ろうと思ったきっかけから教えてください。

壷阪:「最初に作る作品はピアノ・トリオになるだろうな」と、なんとなく思っていました。ピアノ・トリオはジャズのフォーマットの中でも特別な存在です。でも結果的に、デビュー作はソロ・ピアノになった。それはそれで本当に大切な経験だったんですけど、僕の中では「いつかは必ずトリオをやりたい」という思いがずっとありました。

前作『When I Sing』のレコーディングは3日間ありましたが、その最終日に、滞在先のホテルで朝ご飯を食べながら(プロデューサーの)小曽根真さんと話していたんです。まだソロ・ピアノの制作が終わってもいないのに、「次、何を録る?」という話になって(笑)。そのときに「トリオをやりたいです」と伝えたら、「いいね」と言ってくださって。小曽根さんも、1作目でピアニスト/コンポーザーとして一つ軸を打ち立てて、2作目はよりジャズ/インプロヴィゼーションに焦点を当てた作品にすれば、二つの柱ができる、という話をしてくださった。今振り返ると、1作目でソロ・ピアノにしっかり向き合ったからこそ、今このトリオ作品が作れたんだと思います。
そういう意味でも念願でした。

―壷阪さんにとって、ピアノ・トリオとはどんなフォーマットですか?

壷阪: 一番ミニマルで、自由度が高いフォーマットだと思っています。その源流を辿ると、ビル・エヴァンスのインタープレイですよね。ピアノ、ベース、ドラムス(という編成)には特別な関係性があると思います。「三位一体」という言葉がよく使われますけど、ジャズをやっているピアニストにとっては特別なフォーマットですね。例えば、チック・コリアのトライアングルのアートワークが印象的な『A.R.C.』。ああいうイメージです。

―自分の中で特別なトリオの作品って何がありますか?

壷阪:ピアノ・トリオではありませんが、オーネット・コールマンの『At the "Golden Circle" Stockholm』ですね。今作『Lines』にかなり影響を与えています。あのアルバムのオーネットのメロディは本当にあっけらかんとしていて、思わず笑ってしまうようなものも多い。演奏はすごくフリーなのに、アヴァンギャルドなだけじゃなくて、メロディが素晴らしくて、スウィングしていて、ブルージーでもある。今回の作品でやりたかったのはその両立です。


―トリオをやる時に備えて、以前から書き溜めていた曲もあったと思うんですが、そういう昔の曲にも今作のコンセプトに通じるものは既にあったりしましたか?

壷阪: ありましたね。「トリオだったらこういうことをやりたい」という感覚はずっとありました。たとえば「Sing It」みたいにコードがほとんどついてないような曲もあります。そういう試み自体は、初期のポール・ブレイや、ECM周辺の作品、ポール・モチアンらによって行われてきたことだと思います。

―モチアンでいうと、どのトリオですか?

壷阪: ビル・フリゼールとジョー・ロヴァーノですね。彼らのルバート(※テンポを自由に加減しながら演奏すること)から影響を受けています。今回のベースを担当しているチャーリー・リンカーンはモチアンを敬愛していて、彼にとっては心の師みたいな存在なんです。おそらくデイヴ・キングもそういった音楽的なバックグラウンドを持っています。だから、僕が細かく説明しなくても、僕が思っていた以上のものを彼らが返してくれる。

壷阪健登が語る、世界的なジャズ新潮流と共鳴する「シンプルなのに深い」音楽観

左からチャーリー・リンカーン、壷阪健登、デイヴ・キング(Photo by Sanae Ohno)

―オーネット・コールマンやポール・モチアンについて、どんなところに強く惹かれてきたのでしょう?

壷阪:一番大事なのは、メロディだと思っています。今回のアルバム・タイトルが『Lines』なのも、メロディ・ラインからとったという意図もあります。演奏するときって、まずメロディを演奏して、それを3人で共有して、その上でインプロヴィゼーションを行っていきますよね。
逆に言うと、メロディさえ3人の中で共通言語としてしっかり流れていれば、どこまでも行けるし、必ず戻ってこられる。

オーネット・コールマンの演奏も、即興の部分だけを見ると、かなりフリーで、アウトなところまで行きますが、「その曲」をちゃんと演奏している。フリーなインプロヴィゼーションをする前に、まずみんなでメロディを一回演奏して共有することはすごく大事で、それは僕らがジャズ・スタンダードを演奏するときと同じメンタリティだと思っています。だから、これはジャズの「コアの部分」の話なんだと思うんです。

―オーネットと言えばカルテット編成も有名ですよね。

壷阪:カルテット作品も大好きですし、彼の作品はどれも好きです。でも、ストックホルムのゴールデン・サークル盤は、トリオだからこそ、オーネットそのものがより強く出ているような気がするんですよね。リズムセクションのふたりのシンプルさもいい。メロディも本当にシンプルで、「Dee Dee」のあの「あっけらかん」とした感じ、一小節聞いただけでクスってしてきちゃうくらいです(笑)。

―ポール・モチアンからの影響については?

壷阪:アンサンブルの感覚についてたくさん影響を受けています。今作で言うと「Rubato for a Mystical Moment」「Ballad No. 2 in E-Flat Major」「The Joy of Living」での、フリーなアンサンブルのやりかたの部分です。水平線上にぱーっと広がっていくフリーじゃなくて、バンドと一緒に前に進む。
でも、相手のことをしっかり見ているわけではなくて、気配を感じながら一緒に前に向かっていく感じ。僕らはこういうやりかたを「モメンタム」って言っています。

こういうアンサンブルをモチアンはトリオでやってるし、菊地雅章さんが参加してるヴィレッジ・ヴァンガードで録音したライブ盤(『Paul Motian Trio 2000 + Two – Live At The Village Vanguard Vol II』)でも同じ感覚でやっています。ラリー・グレナディアとクリス・ポッターが参加したアルバムで、「Till We Meet Again」みたいなバラードを、ルバートで辛口にやってるんですよ。僕も菊地雅章さんからは影響を受けています。あんなふうには弾けないですけど、そういった要素をやりたかったのはありますね。

―3人の演奏はすごく自由ですよね。曲自体はどのくらい書いていて、どんな指示をしていたんですか?

壷阪:全曲が1~2枚の譜面に収まっています。今回のトリオではシンプルにするだけじゃなくて、「余白」を作りたかった。『When I Sing』はソロだったので全て自分でコントロールできましたが、今回はメロディを書いておいて、コードもある程度は書くけど、それ以上は彼らの解釈に委ねたいと思いました。僕は彼らからもらえるものを聴きたかったんです。

リハーサルの前も、僕がソロ・ピアノでテーマだけを弾いた簡単なデモ音源と譜面を渡しただけ。
詳しく説明する前にまず一緒にやってみました。その時点でいきなりアルバムの音源みたいな演奏になったんです。だから、僕からはほぼ何も伝えていません。彼らの素晴らしいプレイと一緒に、自分もただ演奏すればいいだけ、という感覚でした。

―壷阪さんはもともと、こういう作り方をするタイプだったんですか?

壷阪:自分でもよく分からないですね(笑)。ただ、今は以前よりも「信頼できる人に委ねる」ことがすごく大事だと思っています。信頼できる人に出会えたなら、その人たちに委ねたほうが、音楽はもっと大きくなっていくんじゃないかと、ここ数年ずっと思っています。コロナ禍の時期は、どうしても閉鎖的だった部分もありましたし、それはそれで大事な時間でした。そこから少しずつ信頼できるミュージシャンと出会い、彼らにシェアして、返ってきたものを受け入れる、という循環の大切さに気づくことができた。今回はそこがドンピシャでした。

新世代のフリージャズ観、壷阪の軽やかさ

―オーネット・コールマンの名前が最初に挙がるくらいなので、今作にはフリージャズも関係あるのかなと。フリージャズを本格的に追求していた時期もあるんですか?

壷阪:「フリージャズだけ」という時期はないです。でも、ずっと好きで、(自分の音楽に)要素として取り入れてきましたし、誰かのバックでフリーだけのライブをやったことはありますけどね。フランシスコ・メラの下で学んでいた頃は、かなり傾倒していました。

僕はただアヴァンギャルドなだけじゃなくて、「リズム、ハーモニー、メロディといったコアのものから逸脱した先にフリーがある」という考え方でやりたいんです。逸脱してもいつでも戻ってこられるし、外へ出ていくには勇気がいるからこそ、エネルギーが生まれる。そういったバランス感覚で、どっちもやりたい気持ちがあります。

―それは正しくオーネット・コールマン的とも言えそうですね。

壷阪:そうなんです。ポール・ブレイやキース・ジャレット的でもありますよね。

―壷阪さんは中村海斗さんのバンドにもいたわけですよね。彼のバンドにもそういう「フリージャズ観」のようなものを僕は感じるんですよね。自分の同世代や、もっと若い世代のジャズ・シーンの流れの中に、自分の音楽もあるって実感はありますか?

壷阪:そうですね。最近は素晴らしいミュージシャンたちの間でフリーの要素が増えている気がします。音楽性が高い人ほど、自然とそういう領域に行ってしまう部分はあるんじゃないかなと。ただ僕自身は、そういうトレンドとは少し距離がある感覚もあります。(自分の音楽は)あっけらかんとしているし、スウィングしていて、スペースがあって、ちょっと冗談みたいで、思わず笑ってしまうような感覚を大切にしているので。

中村海斗×壷阪健登×佐々木梨子×古木佳祐によるパフォーマンス動画(2023年)

―たしかに世界的にも、新しい世代のジャズミュージシャンはもっとシリアスかもしれないですね。

壷阪:もちろん彼らの音楽は素晴らしいし、聴いていて感動します。でも自分は、もう少しくつろいだ、肩の力が抜けた場所にいる気がしますね。最近だと、ショーン・メイソンはそういう感じがします。彼はもっとオーセンティックですけど、コアにあるのはメロディをただただ演奏する感覚。彼の音楽もベーシックな感じがするんですよね。

ショーン・メイソンのパフォーマンス動画

―そのあっけらかんとしたメロディなんですけど、かなり単純なものも多いですよね。即興の素材としては必ずしも使いやすくはなさそうというか。

壷阪:そうですね。ただ、「Old Chair」や「Stomp」といった曲では、リズム的な仕掛け、急な転調、一瞬別の場所に行く、というふうに演奏していて楽しめる仕掛けを作っています。

その話でいうと、ソニー・ロリンズの「St. Thomas」が思い浮かぶんですよね。本人のインタビューによると、彼はメロディを「ただ演奏する」ことをすごく大事にしていたそうです。ああいう単純な曲を取り繕って演奏するのではなく、ただ演奏する。別に展開がなくてもいいっていうか。そういう視点も大事な気がします。今作の1曲目「Rhizome Changes」もただのリズムチェンジ(※ジョージ・ガーシュインが作曲のスタンダード「I Got Rhythm」を基にしたコード進行)ですし。難しく考えなくても「ただ演奏する」だけでいいんじゃないかって。

―すごく深い話ですね。大ベテランが言いそうな……。

壷阪:いやいや(笑)。そんなに達観した境地にいるつもりでもなくて、どちらかというと無邪気なノリですね。もっと軽く浅い感じで「面白いことをただやって楽しもうよ」って気持ちです。

「シンプルなのに深くて新しい」

―アルバム全体を聴いていると、前半と後半で雰囲気が変わるようにも感じました。

壷阪:「Prelude No.2」あたりから、少しフリーになっていく、というのは確かにあるかもしれません。
特に意識して構成したわけではないですけど、言われてみるとそうですね。

―前半はわかりやすいメロディがスウィングしているのに対し、後半に向かうにつれて少しずつ崩れていくような印象です。

壷阪:たしかに。1曲目にリズムチェンジを置いたのは、2作目だし「スウィングしたい」「自分たちが好きなジャズをやりたい」というステートメントでもありました。「Rhizome Changes」という曲名の「リゾーム」は地下茎って意味なんです。地下茎みたいにどんどん伸びていく。ドゥルーズ=ガタリが提唱した哲学用語(※リゾーム:ツリーとの対比で使われる。ツリー型のような単線的な流れではなく、四方に広がり、横断的で、偶然生じる接続や横断、逸脱や脱線が本質。中心も基点もゴールもない)でもあります。要するに今というものは、出発点でも終着点でもなくて、ずっと変化し続けている途中の一瞬に過ぎない、という感覚です。僕自身も留学時代の頃、コロナ禍、デビュー作を経て、今もずっと変わり続けている。その「変わり続けている今」を、このアルバムでキャプチャーしたかったんです。

―リズムチェンジみたいなジャズの基本構造に取り組むことで、今の自分が炙り出されるというのもありそうですしね。ご自身の中で特に実験的、チャレンジングだった曲はどれですか?

壷阪:「The Joy of Living」は、前作にも入れた曲ですが、今回はトリオでやるので、テーマを一度演奏したら、ほぼ完全にフリーのインプロヴィゼーションに入る構成にしました。演奏してみたら3分くらいで自然に終わったんです。フリーの即興って、どうしても長くなりがちで、終わり方がわからなくなることも多い。でも今回は、フリーの要素が強い曲でも、ほとんどが4分前後に収まっている。「作品」としても成立させたかったので、その意味ではかなりのチャレンジでした。

―たしかに即興要素が強くても、きれいに「曲」としてまとまってますね。

壷阪:僕のほうから「何分くらいにしよう」「どうまとめよう」とか事前に指示したわけではないんです。でも、フリーで演奏していたときに「あ、ここで終わるな」とわかる瞬間があったんですよね。素晴らしいミュージシャンとやっていると、そういうことが時々起きるんです。その瞬間に「恐れずに終わる」のが大事なことだと思います。

―恐れず終わる、ですか。

壷阪:そのあたりは、パット・メセニー『Song X』の影響が大きいです。プロダクションとしてもかなり洗練された「作品」で、そこに彼独自のバランス感覚があると思うんですよね。すべてを作り込んだ完璧主義的なアルバムを作ることもあれば、オーネット・コールマンやチャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンスとも演奏している。その両輪が回ることで、パット・メセニーの音楽はどんどん深くなっていった。彼と自分を比べることはできないけど、作品として長く聴きたいと思えるようなフリーの「作品」には、何かしらのアプローチが存在するんじゃないかと思いますね。

―たしかに『Lines』は、作品を作ろうとしている意思がはっきり伝わるアルバムですよね。フリーにどこまでも抽象化できる一方で、「止まる」勇気が3人にあったから、このアルバムができたんですね。

壷阪:まさにそうです。この作品では、その「止まる」ための枠組みがメロディでした。メロディがあるから、どこまで行っても、また帰ってこられる。リズムやハーモニーではなく、メロディが世界観を守ってくれる。それは、過去の多くのフリージャズとは違う考え方かもしれませんね。

―その「帰ってこられる」感覚も、近年のジャズに多く見受けられる気がするんですよね。その意味で僕は、すごく今っぽい作品だなってやっぱり思うんですよ。

壷阪:個人的には、このアルバムを作れたことで、「もっと帰ってこられるんじゃないか」と思えるようになりました。むしろ、もっと前のめりに、もっと深く入り込めるんじゃないか、と。僕はインサイドの面白さや素晴らしさを知ろうとすればするほど、どうしてもアウトに向かっていく感覚がある。その途中に、「ここから先に行くか、ここで戻るか」という境界線があるのですが、それが演奏している最中にふっと見える瞬間があるんですよ。その境界に立ったときに「今、戻ろうと思えば戻れる」って感覚が確かにあるんです。

ただ、そこでもっとのめり込んで、すべてを忘れるように演奏できたら、もう一段階先に行けるかもしれないとも思うんです。それだと失敗する可能性もあるし、リスクも伴う。でも、そのリスクを取ること自体にも意味がある。一方で、音楽を大事にする、守ろうとする引力もすごく重要。結局はそのバランスをどう取るか、なんですよね。セット全体の中で「今日はこっちに行く」「ここはこっちを大事にする」という選択を積み重ねていくことで、「音楽の幅」が生まれるというか。

そういう意味では、イマニュエル・ウィルキンスやマイカ・トーマスは、とんでもないレベルでそれをやっていると思います。サリヴァン・フォートナーもそうですよね。中村海斗のバンドの布施音人くんも、梅井美咲さんもそう。みんなそれぞれのやり方で実践していると思います。

―そうですね。

壷阪:僕自身、今回こうして一度「きれいにまとまった形の作品」を作ることができた。この経験があるからこそ、次はもっと前のめりなものを作れるんじゃないかな、と思っています。たとえばキース・ジャレットのアメリカン・カルテットの作品には「どこへ行くんだろう?」と思うようなものもあるけれど、そこには間違いなく深い感動がある。今の自分なら、音楽的にも人間的にも成長して、もっと自分をさらけ出せるかもしれない。そういう感覚がありますね。

壷阪健登が語る、世界的なジャズ新潮流と共鳴する「シンプルなのに深い」音楽観

Photo by 廣田達也

―『Lines』はジャケットもすごく重要ですよね。作品の音楽性に沿っている。

壷阪:アートワークは美術家の望月通陽さんにお願いしました。『せんはうたう』という谷川俊太郎さんの詩集で装丁と挿絵を手がけていて、その本との出会いが今回お願いするきっかけになりました。谷川さんの言葉って、感謝を伝えるなら「ありがとう」なんですよ。たくさんの言い回しは必要ない。みんなが知っている言語なのに、どこか新しくて、面白くて、味わいが深い。その感覚が、望月通陽さんの絵にもあります。かわいいんだけど深くて、自由でもある。このアルバムの世界観を表してくれた作品だと思います。

―抜けがいいというか、すごく開放感のあるアルバムになりましたね。

壷阪:2019年の暮れにバークリーを卒業したあと、翌年3月にミゲル・ゼノンのカルテットに参加して、バードランドで演奏しました。幸先がいいなって思ったんですけど、帰りの電車の中でロックダウンの知らせを受けて、そこからみんな離れ離れになって。僕は日本に戻ってきました。

その後、日本で少しずつ時間が流れて、コロナ禍を経て、ようやく今作のレコーディングでNYに戻ることができた。(旧友の)チャーリーと再会して、尊敬するドラマーのデイヴと作品を作れたことで、憑き物が取れたような感覚がありました。ただ演奏するだけで楽しい、という喜びが戻ってきた。その気持ちが、曲にも自然と反映されたと思います。クレイジーな世の中ではありますけど、自分がそういう気持ちになれた、というのがこの作品に関しては大きいですね。

壷阪健登が語る、世界的なジャズ新潮流と共鳴する「シンプルなのに深い」音楽観

壷阪健登
『Lines』
発売中
再生・購入:https://kentotsubosaka.lnk.to/Lines

壷阪健登
新譜リリース記念ライブ「Lines」at COTTON CLUB
2026年5月15日(金) 丸の内コットンクラブ
[1st.show] open 5:00pm / start 6:00pm
[2nd.show] open 7:45pm / start 8:30pm
出演:壷阪健登(p) 高橋陸(b) 中村海斗(ds)
詳細:https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/kento-tsubosaka-260515/

その他ライブ情報
2026年3月19日(木)19:00開演 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール (共演:小曽根真/Kan)
2026年4月18日(土)14:00開演 神奈川・杜のホールはしもと (ソロ)
2026年5月9日(土) 名古屋・Halle Runde (トリオ)
2026年5月10日(日) 神戸・100BANホール (トリオ)
2026年5月20日(水) 三重・三重県文化会館 ワンコインコンサート (ソロ)
2026年5月21日(木) 松阪・クラギ文化ホール ワンコインコンサート (ソロ)
2026年5月27日(水) 福岡・北九州市立 響ホール (ソロ)
2026年6月20日(土) 富山・富山県高岡文化ホール (共演:松井秀太郎)
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