深紅に染まったステージから音楽が消えていく。「Night Shift」を大きな声で歌った私たちは、少しばかりの寂しさと、ようやく一緒に歌えた嬉しさを行ったり来たりしながら余韻に浸った。
ルーシー・デイカスの初来日公演。会場には白いシャツにネクタイ姿の、ルーシーのコスプレ・ファンもポツポツと見受けられる。ジュリアン・ベイカーもフィービー・ブリジャーズもすでに来た。残るはルーシーだけだ、と、みんな首を長くして待っていたのだ。
シンプルなステージにはキーボード(兼フィドル)を含む計6人が並び、思った以上にラウドな音を鳴らす。ボーカルにエフェクトをかけているのだろうか、序盤、音のバランスの悪さが気になったが、徐々に改善されていって一安心。前作『Home Video』から2曲続けたあと新作『Forever Is A Feeling』から2曲と、一気に4曲終えたところで口を開いた。「ルーシーだよ」。なんてキュートな! そして「今日はみんなからのリクエストを何曲かやるけど、全部できなくて、ごめんね」と言いながら、『Historian』からの「Addictions」を歌った。丸みを帯びたルーシーのハスキーな歌声が、キレのいいリズムに乗る。
ギターを弾きながら歌うことの多いルーシーだが、「Partner in Crime」ではギターを置いた。”最高の相棒”を意味するタイトルのスロー・ナンバーに、前日の取材でのやり取りを思い出しながら惹き込まれていく。アルバムで聴き慣れたポスト・ロック的なサウンド・アプローチとは違ってグッとシンプルなバンド・サウンド──90年代オルタナティブ・ロック・バンドを想起させる──になっているが、故に際立つギター・ソロが心地いい。
「新曲です」と紹介された明るく軽快なポップ・チューンは、セットリストによると「Planting Tomatoes」というタイトルで、4月のRecord Store Dayにシングル・リリースされるという。ストリングスとキーボードだけでスタートした「Limerence」のクラシカルな趣は、ロック然とした中にあって華やかに映える。そしてライブでは滅多に聴けない「Thumbs」。リクエストしてくれた人に感謝!! 友人への愛と友人の父への憎しみのせめぎ合いがゾッとするほどの美しさに昇華されるこの曲は白眉。本国ではステージ上で行われる実際の結婚セレモニーこそ日本ではなかったけれど、「Best Guess」の人気はさすがに高く、場内をしあわせな空気が包み込む。
Photo by Ashley Gellman
アンコールでは、待ってました!?の「True Blue」。次々に点灯されるスマホのライトには、ボーイジーニアス来日祈願の思いが込められているはず。そして、これまたリクエストに応じる形で、「私の曲ではないけど」披露したのは「Dancing in the Dark」(ブルース・スプリングスティーン)。私が初めてルーシーにインタビューした時(2021年)、「子供の頃は父がスプリングスティーンばかり聴いているから、大嫌いだった。
そしてラストの「Night Shift」。「大きな声で歌って!許可をあげるから」とルーシーに言われるまでもなく、きっとみんな歌っただろう。ロマンチックでメランコリックなハートブレイキング・ソングは、絶望と希望の両方を受け入れるのが人生だと教えてくれる。私がルーシーの沼にハマるきっかけもこの曲だった。だから前日のインタビュー終わり、ルーシーに「明日のリクエストある?」と聞かれた時には、必ず演奏するだろうと分かってはいたが、ダメ押しの意味を込めてこの曲をリクエストしたのだった。
「Night Shift」2022年のライブ映像
音楽は「宇宙の言語」
─パンデミックの最中に電話インタビューをした時には、フィラデルフィアで6人の友人と同居生活をしていましたね?
ルーシー:今はジュリアン(・ベイカー)とロサンゼルスに住んでいます。でも友人たちはまだあの家にいて、私がいたときは最大8人で暮らしたこともありました。
─ロサンゼルスとフィラデルフィアでは、気候も街の雰囲気もずいぶん違いますよね。
ルーシー:全然違いますね。ロサンゼルスはとても自然が多くて、でも自分はそこに馴染めない気もします。
─頻繁に住む場所を変えるのは大丈夫なようですね。
ルーシー:引っ越し、大好きです。私の場合は、ちょっとし過ぎかなってくらい(笑)。人生は短いと分かっているから、できるだけ多くのものを見たいんです。ひと所で行き詰まりを感じたら、ただ引っ越す。そうすると新しい視点が得られると思っていて。
─今日はまず、コミュニケーションについてお話を聞きたいと思っているのですが、以前あなたは「人と人を繋ぐのが好き」と話していました。それは今も続いていますか? そしてその資質が音楽制作にも何らかの影響を及ぼしていますか?
ルーシー:そうですね、今でも「人をマッチング」してます(笑)。ステージ上では、まるで人を結婚させているみたいな気分になるときもあります。
─実際に結婚式もやっていますしね。
ルーシー:はい(笑)。私が思うに、”時間”は原材料みたいなもので、それをどう使うかは創造的に行なえるということなんです。たとえば友人が「自分の人生がどうあるべきか分からない」と話したとする。すると私は、「ここに住んでみたら?」とか「この人と友だちになってみたら?」と提案したくなる。もちろん、頼まれてないときは我慢するようにしてますけど(笑)。でもどこにでも”つながりの可能性”はあるんですよね。
─それって音楽制作におけるプロデューサーにも通じる資質ですね。
ルーシー:そうかもしれませんね。
「Best Guess」は来日公演でもハイライトの一つに
─音楽は、あなたにとってコミュニケーション・ツールの一つであると捉えていますか?
ルーシー:最近友人が、「音楽は本当に”宇宙の言語”なんだね」と言ったんです。それを聞いて「まさにその通り!」と思いました。
─その感覚をあなたがステージ上で実感することは?
ルーシー:感じますね。私自身も、観客がそう感じているのを目にします。言葉を超えた”何か”がつながっていくのを。私も観客としてライブに行ったことがあるので、その感覚がどんなものか分かるんです。
─演奏者というよりも、観客の一人としてその感覚を味わっているような?
ルーシー:そうですね。
─それは、興味深いお話ですね。ところであなたは、フィービー(・ブリジャーズ)らにそうしたように、友人のために曲を書くことがありますよね。本来であれば日記にしたためているようなことを歌うのに、ためらいや恥ずかしさはないのですか?
ルーシー:私が他の人のために書くときは、”その人の日記の1ページ”を書くつもりで書いています。そのために、その人がミュージシャンなら曲を全部聴いて、どんな考え方をしているのか想像して。他人の頭の中に入り込むような、すごく親密な作業をするんです。でも、私はそれがすごく楽しくて。むしろゲームみたいな感覚ですね。
─それは、誰か別の人になる、例えば俳優の演技にも似ているような……。
ルーシー:たしかに! 演技には”演じる”タイプと”なりきる”タイプがありますが、私は後者、つまり”その人を体現する”方に近いと思います。
─そういえば、あなたは大学で映画を学んでいるから、演技にはちょっとうるさいのでは?
ルーシー:(悪戯っぽい笑顔で数回頷き)そうですね。映画を観て「いい作品にできたはずなのに、演技がリアルじゃない」と感じることもあります。
─最近観てよかった映画はありますか?
ルーシー:『ブゴニア』は、キャラクター重視の演技が光る作品でした。『ワン・バトル・アフター・アナザー』は戦いの連続で、すごくおもしろかったです。それと『カサブランカ』をまた観たんですけど、あれは、観るたびによくなる映画ですね。
─『ブゴニア』のヨルゴス・ランティモス監督の作品は、どこかあなたの音楽に通じる部分があるように思います。
ルーシー:えーっ、本当ですか!?
─『ブゴニア』にあるようなえげつない描写とかではなくて(苦笑)、手に負えない人間の業とか複雑な心理を時には辛辣なユーモアを交えて、でも美しく描いているところ、ですかね。あくまでも私の見解ですが。
ルーシー:うん、それはいいですね。すごく好きです。
友情が恋愛に変わった瞬間、ボーイジーニアスと日本
─あなたが思う”よい人間関係を築く秘訣”は何だと思いますか?
ルーシー:恋愛関係のこと?…… あれ、なんでそう聞いたんだろう?(と自問自答)。恋愛だからといって特別なルールがあるわけじゃないですよね。すべての人間関係に共通しているのは──相手を”自分の人生のアクセサリー”として見ないことだと思います。相手にも自分とは別の人生があって、自分のために存在しているわけじゃないと、常に意識していなきゃいけないと思います。もし、その人が自己実現のために変わっていく必要があるのなら、それが少し寂しくても応援すべきなんです。
─そうですね。あと、私は”親しき中にも礼儀あり”で、「ありがとう」を忘れないように心がけています。
ルーシー:それは、私も同じです。
─関係というのは、一度築いたら育てていくもので、その過程で友情が恋愛(愛情)に発展することもある。その後、愛情が失われた場合、また友情に戻ることは可能ですか?
ルーシー:恋愛関係になったとしても、そこに友情がなかったら続かないと思います。恋愛だけだと”雰囲気のようなもの”に左右されやすくて、その空気が変わったとき、何が残るのか?という話になってしまう。でも友情は、相手への純粋な関心とケアなんですよね。だから私は、友だちだった人と付き合って、また友だちに戻ったこともあります。でも逆に、恋愛関係になったことで友情が失われて、すべての関係が終わってしまったこともある。いずれにせよ、やっぱり友情が”土台”なんです。
─ジュリアンとは、友だちであり、バンド仲間でもありますよね。あなた達の友情が恋愛に変わった時のことを覚えていますか?
ルーシー:えっと……先に動いたのは彼女の方ですよ(笑)。初めて出会ったとき、私も「少し惹かれているのかも」と思ったけど、「まずは友だちになる方が大事」だと思って、その「惹かれているかも」は、心の中にしまいました。それから7~8年くらいして、彼女の方から気持ちを打ち明けてくれたんです。
─しっかり育まれた友情で結ばれたのがボーイジーニアスだったと思いますが……残念ながら日本ではライブを観ることができませんでした。
ルーシー:もし今、ライブをするのに1ヶ所だけ選べるなら、きっと日本を選ぶと思います。フィービーもジュリアンも日本が大好きなんです。私も今回来てみて同じ気持ちになりつつあります。でも今のところ予定はなくて……。近々ありそうなのは、3人揃って”旅行で日本に来る”ことですね(笑)。
─ボーイジーニアスのライブ映像を観ていると、ファンはみんな本当に楽しそうで、あなた達も楽しそうで、最高の時間を過ごしているようでした。
ルーシー:本当に最高でしたね。観客も私たちも同じくらい楽しんでいました。ボーイジーニアスのツアーが終わって、他のアーティストのライブを観に行ったら、観客がすごく静かで(笑)。そこで気づいたんです、「あ、私たちの観客って特別なんだ」って。ほとんどの観客は”観に行く”ために来ているけど、私たちのファンは”一緒に解放されに来ている”んですよね。5年間、何もリリースしていなかったから、そもそも私たちに対する期待は、何もなかったと思います(笑)。だからこそ、サプライズ的に音楽を出せたし、誰もが純粋に楽しめた。今は活動を終えていて、この先の予定もないから、みんな「期待しすぎないでね」って感じですね。
価値観の違いを受け入れること
─あなた方が日本を好きでいてくれて本当に嬉しいです。でも日本に住んでいると、残念なこともあります。人権問題や経済問題、いろいろと。親しい友人と考え方が違って「え!?」となることも増えました。考えの違う友人とのつきあい方、あなたはどうしていますか?
ルーシー:そうですね。今の私の友人たちは、基本的に”人間の尊厳を尊重する”という価値観を共有しています。でも、私の出身はヴァージニア州で、トランプを支持する人にはよく出会います。私は支持しませんが、そういう場でもできるだけ”感じよく(彼女はCharmingという言葉を使った)”振る舞います。もし相手がホモフォビック(同性愛嫌悪)だったとしても、私がやさしく接すれば「ゲイでも好きになれる人がいる」という経験になるかもしれない。そうすれば少しずつ固定観念が変わるかもしれないって、思うんです。
誰かを本当に大切に思うなら、そういう話題もちゃんと話し合えるはずです。もしそれができないなら、それこそが、関係の根本的な問題でしょう。政治的な意見の違いを超えても互いに愛せるかどうかが重要です。もちろん、あまりに根本的な価値観が違う場合は「もう話さない」ということもあるけれど、幸い最近はそこまでの経験はありません。
─アメリカも日本も今、分断や価値観の違いが大きくなっています。そういう時代に、音楽はどんな役割を果たせると思いますか?
ルーシー:音楽は、世代や背景の違う人たちをつなぐ最高の手段だと思います。たとえば、親子で私の音楽を好きでいてくれるケースがよくあって、それがすごく嬉しいんです。お父さんは私のロック的な部分に惹かれ、娘さんは私の歌詞の”日記的なリアリティ”に共感してくれる。ふたりでライブに来て一緒に感じることで、彼らの関係がより深まるんです。私自身も、父とブルース・スプリングスティーンの音楽で絆が強まりました。音楽が人をつなげる例は、きっと無限にあります。
─お父さんと一緒にコンサートに行ったんですか?
ルーシー:はい。それも”人生でやりたいことリスト”の一つでした。父と兄と一緒に行ったんです。最高の夜でしたね。父は全曲歌ってました(笑)。
─最近のことですか?
ルーシー:2023年です。
─そろそろ時間なので、最後の質問です。今、”人生でやりたいことリスト”の話が出ましたが、他にはどんなことがリストに残っていますか?
ルーシー:このツアー自体がリストのひとつでした。シドニー・オペラ・ハウスで演奏して、『レーンウェイ・フェスティバル』に出て、そして日本に来ました。全部叶ったので、次は南米に行ってみたいですね。あと、いつかウサギを飼いたいです。
─ウサギ!?
ルーシー:アンゴラ・ウサギを飼って、その毛を紡いで毛糸を作りたいです(笑)。
─(笑)そのリストに”フジロック出演”も加えてくださいね!
ルーシー:あ、そうだ! 本当に出たいです。マネージャーにすぐ言わなきゃ(笑)。
Photo by Ashley Gellman
ルーシー・デイカス
『Forever Is a Feeling: The Archives』
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