「何か手を出してはいけないものに手を出してしまったような感覚に陥った」──ウ・ヒジュンが昨年4月に発表したデビュー・アルバム『pumping of heart is torturing』について、信頼を寄せるライターの山本大地さんが「TURN」に綴ったコラムを読み、気になって聴いてみたところ、あまりにも独創的なサウンドに震えるほどの衝撃を覚えた。ざらついたローファイな音像、人間らしいヨレたリズム。奔放なサイケロックに、美しくも朴訥としたフォーク。何より天真爛漫な歌声に心を奪われ、あとで歌詞の意味を調べてますます驚いた。「韓国大衆音楽賞」選定委員イ・アリムさんの言葉を借りると、そこには「人生においてどうすることもできないもの」への吐露が大胆なまでに刻み込まれている。
もともとセッションベーシストとして知られていた彼女が、シンガーソングライターに転向して最初の動画をアップしたのは昨年2月のこと。そこからわずか1年ほどで、広く絶賛されたアルバムだけでなく2作のEPも発表し、驚異的なスピードで進化し続けている。間違いなく只者ではない──確信を抱きながら渋谷で対面したウ・ヒジュンは、あどけない笑顔を浮かべ、「いつかフジロックに出たい」と目標を語る。そこまでは新人らしい初々しさだったが、いざインタビューを始めると、目を見開かされるエピソードと深い思索の数々が明かされた。
※4月12日(日)神奈川・江ノ島OPPA-LAで、ウ・ヒジュンと韓国のジャムバンド・CADEJOのジョイントライブを開催。詳細は記事末尾にて
Photo by Yuki Kikuchi
INU、カネコアヤノへのシンパシー
―日本にはよくいらっしゃるんですか?
ヒジュン:初めて旅行したのが2023年で、そのときに特別な思い出もできたりして。それからよく遊びに来ています。
―ライブも観たりしました?
ヒジュン:毎日のように通い詰めました。下北沢のかなりディープな、小さなライブハウスなんかにも行ってみたりして。
―特に好きな日本のアーティストは?
ヒジュン:INUですね。初めて知ったときは衝撃的でした。あんなにサイケデリックでパンクで、それでいて凄まじくリアルな音楽を、それまで日本語の曲で聴いたことがなかったので。アルバム(『メシ喰うな!』)のアートワークも好きだし、(町田康が)その後、小説家として活動されているというストーリーもいいですよね。あとは『み空』(金延幸子)や高田渡さん、HUSKING BEEも大好きです。
―最近の人だと?
ヒジュン:カネコアヤノさん、井上園子さん、あとはCwondoさんが好きです。
―カネコさんや井上さんの音楽性や佇まいは、ヒジュンさんとも少し通じるところがあるような気がします。
ヒジュン:周りからも「似てるね」ってよく言われます。なんというか、日々を生きるなかで抱く「感情の質感」のようなものが近いのかもしれません。
『pumping of heart is torturing』フル試聴
半地下で撮った「死に顔」と音のリアリティ
―感情の質感といえば、『pumping of heart is torturing』では何かに抗うようなヒジュンさんの表情に、強く惹かれるものを感じました。
ヒジュン:あの写真は、当時一人暮らししていた家で撮ったものです。韓国には半地下という居住形態があって。もともとは戦争に備えた防空壕のような場所だったのが、経済的な理由から人々が住むようになったんです。映画『パラサイト 半地下の家族』でも描かれていますが、私もそこに住んでいました。ただ、最初からジャケット写真を撮るつもりではなくて、自然体の自分を撮ってもらいたくていろいろと試行錯誤しているうちに、偶然撮れた一枚だったんです。
―そうだったんですね。
ヒジュン:ただ、撮影のコンセプトについては、写真家の方とかなり綿密に計画して臨みました。話の弾みで「死んでしまった人」を撮ろうという話になって(笑)。なおかつネガティブになりすぎないように、面白おかしい死に顔にしようと。アルバムのブックレットには、トイレでうっかり派手に転んで、なぜか笑いながら死んでいる写真もあったりします。
トイレでうっかり派手に転んで、なぜか笑いながら死んでいる写真
―ヒジュンさんはこのアルバムを通じて、個人や社会にまつわる多くの物事に抗っているように感じました。
ヒジュン:この広い世界の中で、自分というのはあまりに無力でちっぽけな存在です。
―どのような点にこだわって制作したのでしょうか?
ヒジュン:まず意識したのは、自分の音楽だからこそできることを形にしよう、ということでした。他のアーティストの編曲やセッションに携わるときは、仕事だから失敗は許されないので安全策をとる部分もあるけど、自分の作品だったら、自分にしかできない冒険ができる。だから、少し突き放すような、あるいは突き進むような感覚で作っていたら、結果として少し過激なものになったのかもしれません。
音のリアリティについても、すごくこだわりました。ASMR用のマイクを使ってみたり、限られた環境でしか生まれない音を大切にしようと。自分を大きく見せるのではなく、あえてそうした野心を排除して、ありのままに保つよう努めました。
―たしかに、アルバムの1曲目を再生した瞬間から、生々しいサウンドの質感に心を鷲掴みにされました。あの質感はどうやって生まれたんですか?
ヒジュン:最初は手探りでしたが、制作を進めるうちに自分なりのスタイルが出来上がりました。それはまず、最初から最後まで勢いでレコーディングしてしまい、そのワンテイクで録ったトラックをベースとし、その上に音を重ねていくという方法です。例えば、曲の構成がまだ決まりきってない状態でも、まずは録り始めて最後までやり切ってみる。
―リズム感やタイム感に関しても、独特な感覚をお持ちですよね。ありがちな四つ打ちやエイトビートとは遠くかけ離れた、どこか生々しい揺らぎがあるというか。
ヒジュン:私はもともと、ベースよりもドラムを長く演奏してきたので、リズム感やタイム感に関しては人一倍敏感な方だと思います。リズムを捉える時は、頭の中で細かく割って考えるタイプです。制作やライブの時も、サポートメンバーに対してかなり複雑な要求をしてしまうことがあって。それが自分の音楽スタイルを形作っていると思うし、それに付き合って演奏してくれる方々には感謝するばかりです。
―「heel(かかと)」という曲は、ベースとドラムがかなりヘヴィで、歌よりも怒っているように聞こえて。ヒジュンさんが両方とも自分で演奏していると知って驚きました。
ヒジュン:もともと音数を詰め込んで細かく刻むよりも、シンプルに「ド・ドド・ド」と叩くだけで重厚感や説得力が出るような演奏に惹かれていたんです。この曲をレコーディングする時はスタジオを一枠しか借りられなくて。
―この演奏は、歌詞のテーマともリンクしているのでしょうか?
ヒジュン:そうですね。最初から意図していたわけではないけど、非常にフェミニズム的なことを歌っていることに制作過程で気づきました。「(靴の)ヒール」というもの自体、フェミニズム的なモチーフとして捉えています。ただ私はそういうテーマを、ありがちな表現スタイルと少し違う、もっと多様なアプローチで紐解いてみたかった。「自分を強く見せよう」と虚勢を張るのではなく、あくまで「ありのままの自分」を見せたかったんです。
韓国の音楽業界には、ある種のスタンダードな「型」というものが存在します。そこから外れないようにというプレッシャーのようなものが、明文化はされていなくても、どこか無言の圧力として確かに存在する気がするんです。
もちろん、そうした状況も少しずつ多様化してきているとは思いますし、私もそうした変化の流れにしっかりと加わりたい。そもそも、女性のソロ・パンクアーティストがまだ多くないので、ただそこに存在して表現すること、それだけでも十分に価値があると思うんですよね。いろいろな立場の人が、それぞれの場所で羽を休められるような……多様な人々が共存できる場所が増えていけばいいなと思っています。
J・ディラが入り口となった音楽人生
―ヒジュンさんがドラムを始めたきっかけはJ・ディラで、小学5年生の頃にヒップホップにハマったことが大きかったそうですね。
ヒジュン:母がすごく厳しい人で、物心ついた頃からずっとクラシック音楽を聴くように強要されてきたんです。今の私の音楽観は、ある意味でその頃の経験に対する反抗のようなものかもしれません。それで兄のMP3プレイヤーにヒップホップの曲がいくつか入ってて。兄はライトなノリで聴くだけだったけど、私は思いっきりハマってしまったんです。
その当時、韓国に「HIPHOPLE」という海外ヒップホップに関する記事や動画を翻訳してくれるサイトがあって。そこに載ってたJ・ディラのインタビューを読んだら「音楽をやるなら、ドラムくらい叩けなきゃダメだ」と語っていたので、「そうなんだ!」と妙に納得してしまって(笑)。自分が通っていたピアノ教室におもちゃみたいな電子ドラムがあったので、ピアノの練習そっちのけで夢中になって叩いてました。
―J・ディラ以外で好きなヒップホップのアーティストは?
ヒジュン:(腕を見せる)これはATCQ、ア・トライブ・コールド・クエストのタトゥー。クオシモード、MFドゥームのタトゥーも彫りました。ケンドリック・ラマーも大好き。あとはディアンジェロを筆頭とする、カリーム・リギンスなど(ネオソウル周辺の)ヒップホップが基盤になっているプレイヤーの演奏スタイルに大きな影響を受けています。
―J・ディラやMFドゥームも所属した〈Stones Throw〉の作品は、独特のラフな質感で知られていますよね。ヒジュンさんの音楽性にも影響を与えていると思いますか?
ヒジュン:もちろんです、間違いなく影響を受けていると思います。ああいう音のテクスチャーが理屈抜きで大好きすぎて、昔からずっと聴き続けてきたので、自分の中にあまりにも深く染み込んでいますね。その辺りは最初にINUが好きと話した理由とも繋がっているし、他にもDJハリソンといった人たちの音楽が本当に大好きです。
右腕にMFドゥームのタトゥー
―ヒップホップ以外で大きな影響源を挙げるとしたら?
ヒジュン:すぐには思いつかないですね。私はただ単純に音楽が大好きで、ひたすら膨大な量を聴き続けてきただけなんです。まるで歴史の勉強でもするかのように、アメリカのルーツミュージックから、フランスやポーランドの音楽まで、気になったものは手を出してみて。いろんなジャンルを通ってきました。でも、一番多く聴いてきたのはヒップホップ周辺の音楽だと思います。
―フォークミュージックはどうですか?
ヒジュン:フォークというのは、生活に根ざした音楽なんだと解釈しています。その人がその場所にありのままでいて、自然に楽器を手に取って鳴らせば、それがすべてフォークになるのではないでしょうか。だから、「フォークというジャンルを愛している」というよりは、ただ自分の生活を愛していれば、(その音楽は)おのずとフォークになっていく。そんなふうに捉えています。
たとえば高田渡さんの歌詞を読むと、あまりの素晴らしさに胸を打たれます。言葉の一つひとつがあまりにも切実で、ただ生活の風景をなぞるのではなく、その奥底にあるものを深く、真摯に見つめていらっしゃるんだろうなと。「私の音楽はフォークです」と安易に言うことを憚れるくらいの重みを感じます。
高田渡「生活の柄」をカバーした動画
―話を戻すと、最初に始めた楽器はドラムでしたが、その後はプロのベース奏者になるわけですよね。そこにはどういう経緯があったのでしょう?
ヒジュン:実は一番最初、小学生の頃にヒップホップ・カルチャーに触れたあと、まずはMIDIから音楽に入ったんです。その後ドラムを少し演奏していたんですが、高校進学を考えるタイミングで、MIDIで作曲をやっていたこともあって、作曲専攻に進みたいと思いました。すると周りから「作曲をやるならピアノを弾けなきゃダメだ」と言われたんです。でも、私はとにかくピアノが嫌いなんですよね(笑)。
そこからドラムに打ち込み、次第にいろんなジャンルの音楽を好きになっていくうちに、「やはり自分でも和声を司る楽器を演奏したい」という欲求が芽生えてきました。ただ、ギターやピアノはどうしても自分の性分には合わない……それでベースを手に取ったんです。
―お気に入りの、もしくは研究対象としてきたベーシストはいますか?
ヒジュン:それがいなくて苦労しました。大学はベース専攻だったんですけど、入試の面接で「好きな演奏家は誰ですか?」と尋ねられて。あまりに緊張していたせいか、ヒップホップのプロデューサーやドラマーの話を延々とし続けてしまったんです(笑)。面接官の方に「ベーシストは好きじゃないの?」と呆れ顔で聞かれたのを、今でもよく覚えています。
練習や学校の試験などでよく演奏したのはサンダーキャットの曲。あとウォーキング・ベースに関しては、レッド・ミッチェルが大好きで、彼のプレイを徹底的に聴き込みながら練習しました。
―そして、シンガーソングライターとしての活動を最近になって始めたわけですよね。自分で歌おうと思ったのは、どんな背景があったんですか?
ヒジュン:今のような音楽を作り始めたとき、自分自身がすごくリラックスした状態で、ただ自然に体が動くまま取り掛かっていたことに気づいたんです。(ソロ作では)もともとインストの作品を作るつもりでした。サム・ウィルクスがやっているようなプロジェクトや、その系譜にある演奏主体の音楽に憧れていて、「あんな風にできたらいいな」と考えながら作業を始めたんです。でも、そこから心がすっかり解き放たれ、いつの間にか自然に口ずさんでいて、歌を歌っている自分に気づきました。
―実際に歌うようになったのはいつ頃でしょう?
ヒジュン:アルバムを出す前にカバー動画をいくつかアップしているんですが、そこからですね。以前働いていたレコードバーのマスターが、音楽への造詣が深い方で。私が動画を上げたら反応が良かったので、マスターが「次はこの曲でどう?」とアドバイスをくださって。それでまた新しい動画を上げて、マスターが「今回のも良かったよ!」と言ってくれて。一緒に音楽で遊んでいたような楽しい日々だったと記憶しています。
ヒジュンが初めてYouTubeに投稿したカバー動画。韓国のフォークシンガー、ハン・デスの代表曲「幸せの国へ」(1974年)を演奏
社会の歪みを、詩的な言葉に託して
―『pumping of heart is torturing』はタイトルもいいですよね。このアルバムは、生と死の境界線について深く考察しているように思ったので。「心臓の鼓動(ポンピング)は拷問のように感じられる」という作品名に、どうやってたどり着いたのでしょう?
ヒジュン:まず、これまでの人生において、死という存在が常に身近にありました。そうした経験を重ねる中で、死について考えることは、私にとってごく自然で、長い時間をかけて育んできた思考の一部だったんです。「鬱っぽい人なのかな」と思われるかもしれませんが、私にとっては日常の一部として、ただそこにあるものでした。
二つ目に、アルバム制作の直前、日本を旅していたときに書いた詩やメモが大きなヒントになりました。その中に「心臓のポンピング」という言葉が含まれた詩があったんです。自分はこんなにも自然に、この生身の感覚を言葉にしていたんだなと気づかされました。
そして三つ目は「羞恥心」というテーマです。以前は自分の至らなさを恥じることに苦しんでいましたが、ある時、「恥を知るからこそ、人はもっと先へ進めるんだ」と、それを誇りに思える境地に達しました。私の周りには、自分を恥じ入ることしかできない人々もたくさんいます。でも、それは自分の不完全さを自覚しているからこそ生まれる感情。私は、そうやって恥じらいながら生きる人々が、むしろ愛おしいと思うんです。
最近、「羞恥心」の正体は、実は「傲慢さ」にあるのではないか、という考えに至ったんです。自分の存在をあまりに大きく捉えすぎているからこそ、失敗を恐れ、プライドが傷つくことを「恥」と感じてしまう。ミスをしたくない、完璧でありたいという執着が、自分を縛り付けていたのかもしれません。
だから今は、その「傲慢さ」を手放したいと思っています。失敗したとしても、それを必要以上に悲観視せず、ただ静かに受け入れて、また歩き出せるような……。そんなふうに、しなやかで本当の意味で強い人間になりたいんです。自分のやってきたことを卑下したり、無理に抗って消耗したりはしたくない。ただ、静かに、それでいて力強く、そこから距離を置いていたい。そう願っています。
Photo by Yuki Kikuchi
―「羞恥心というのは、私たちの身体が狂おしいほど生きている証なんです」ともヒジュンさんは綴っていますね。
ヒジュン:そうですね。自分の身体についても、ずっと深く考え続けてきました。昔は、体格や肌の露出、あるいは自分という存在について、隠さなければならないものがあまりにも多すぎて。周囲から「隠せ」と言われるのは、それが「恥ずかしいもの」だとされているからですよね。世の中には、あまりにも多くのことが「恥ずべきこと」として語られすぎているように思うんです。
例えば、私は「naked(裸身)」という曲の中で、生理についてありのままに歌っています。でも母は、ナプキンなどを隠すべきだと言うんです。家に兄や父がいるから、見えないように捨てなさいと。女性に生理があることはみんなわかっているはずなのに、なぜ共有のゴミ箱ではなく、わざわざ自分の部屋のゴミ箱の奥深くに押し込んで捨てなきゃいけないのか。なぜそんなことを、これほどまでに「恥ずかしい」と思わなきゃいけないのか……。私は、そうしたごく自然なことから、すべてを問い直したいんです。
「naked」の歌詞の冒頭に、〈私はただ、裸身で来ては去っていく/青々とした大きな体を置いて〉という一節があります。「青々とした」というのは韓国特有の言い回しかもしれません。日本語の「青い」が持つ未熟さというよりは、精神の成長は追いついていないのに、身体だけが大人っぽく成長してしまうようなイメージですね。このフレーズを、あえて突き抜けるように晴れやかに歌うことは、自分にとってすごく清々しい経験でした。ちなみにこの曲では、韓国のThe Black Skirtsの曲を一部引用しています。
―そうなんですか?
ヒジュン:彼の曲で表現される女性像や、女性との関係性については思うところがあって。〈汚らわしい騎士道、安っぽい同情心/私は今、そのすべてを通り過ぎる〉と歌うくだりで、彼の曲「Chivalry(騎士道)」に言及しています。〈汚らわしい〉とか言って申し訳ないですが(笑)。
でも、結局はそういう男性たちも、私たちと同じ世界で共に生きているわけですよね。だから、彼らの存在そのものを否定したり、「いなくなればいい」と思ったりはしません。私の大好きなヒップホップの界隈にも、どうしようもない人たちがたくさんいます。でも、そんな彼らが混沌とした日々の中で葛藤し、少しずつ成長したり、面白おかしく生きていたりする姿を、音楽を通じてコミュニケーションしている……昔からそういう文化を見てきたので、今回の引用も、対立するためではなく、そうした共存の一つの形として自然に浮かんできたんだと思います。
―「spacious house(広い家)」は資本主義社会のなかで暮らすことの過酷さ、不平等がもたらす苦悩を歌っているように感じました。こうしたテーマは、ご自身の実人生で経験してきたことが元になっているのでしょうか?
ヒジュン:まさにそうです。これまでお話してきた生活の断片……半地下での暮らしや、目に見える格差、自分の身体に向けられる抑圧といった実体験が、そのまま曲のテーマと結びついています。特別な思想として語るのではなく、ただ日々を生きる中で肌身に感じてきた違和感や痛みが、自然と「資本主義的な不条理」という形をとって音楽になったのかなと。
みんな広い家がいいとか、トップを目指すべきだとか、そんな話ばかりしていますよね。でも、私にはそれがどうしてもピンとこなくて。誰もが当たり前のように「もっと上を、もっと広い土地を」と口にする中で、そうではない自分をどこか場違いに感じたり、そんなふうに思ってしまう自分を恥ずかしく思ったりもして。成功の定義がそれしかないような空気の中にいると、ただ自分の等身大の生活を愛したいだけなのに、それがとても難しいことのように感じてしまいます。
〈私は広い家に住みたくない〉という歌詞は、明確な意図を持って書いたものです。この曲を作っていた当時は、戦争に関する悲しいニュースが溢れていて……そうした状況を目の当たりにしたとき、自分の中に湧き上がったのは、何よりも「戦争が嫌だ」という強い拒絶感でした。誰かが「もっと広い土地を」と望むことが、結局は争いに繋がっていく。だから私は、あえてその欲求から距離を置きたい。
当時住んでいた場所の周辺が、再開発で大きな問題を抱えていたんです。新しいマンションが建設される中で、さまざまな困難に直面する人々を目の当たりにしてきました。そうした身近な光景が、ニュースで見る戦争とどこか重なって見えて。詩の一節というものは、真実を突いた言葉であれば、どんな状況に置いても通用するものだと思うんです。だから、私は自分の置かれた状況や社会の歪みを、詩的な言葉に託して真摯に伝えたいと考えました。
放浪者のように生きていきたい
―アルバムを発表した3カ月後の2025年7月に『once again, survive and cheek to cheek(また生き延びて頬を寄せ合う)』、さらに11月に『Ah, the grits of truth sting my feet... and it prickles!(ああ、真実という砂粒が私の足元を刺して痛い!)』と、短いスパンで二つのEPを発表しました。これはどんな経緯で?
ヒジュン:私はアルバムを世に出すことで、ただ気心の知れた人たちと、ささやかに喜びを分かち合いたかっただけなんです。でもその後の反響で、私の音楽を聴いてくれる人が、こんなにも存在していることがわかって。リリースから1カ月ほどしてリスニング・イベントを開催したら、友人でも知り合いでもない方々がたくさん足を運んでくださって。私が想像もしていなかったような鋭い質問を次々と投げかけられたんです。
その質問に答える中で、自分の込めた思考が誰かの中に宿り、そこでまた新しく発展していくのを感じました。自分一人で生きていたら決して辿り着けなかったような視点に、みなさんとの対話を通じて気づかされたんです。そのプロセスがあまりにも刺激的で、「音楽を作って世に出すというのは、こういうことなんだ!」と気づいて。そこから、次の作品を作りたいというアイデアが次々と湧き上がってきました。
先に出したEP『Once again,~』はアルバムの続編と言いますか、世の中に出したことで生まれた反応に対する、自分なりのアンサーという側面が強かったと思います。1枚目で描ききれなかったことや、「このアルバムをそのように受け取ってくれたのなら、次はこういうアプローチはどうだろう?」という、リスナーと対話するような感覚がありました。
その次の『Ah, the grits of~』に関しては、そうしたこれまでの経験や対話のすべてを土台にした上で、ようやく自分が本当にやりたいこと、できることと純粋に向き合えるようになったと感じています。過去の補完ではなく、もっと広い意味での未来を見据えて、新しい試みに純粋に飛び込んでいけたような気がします。
『once again, survive and cheek to cheek』フル試聴
『Ah, the grits of truth sting my feet... and it prickles!』フル試聴
―アルバムとは異なるアプローチについて、もう少し具体的に説明すると?
ヒジュン:私に対して「フェミニズム」という言葉が向けられることに、正直なところ少し違和感があって。最初のアルバムを出した時、そんなに多くはないですが、確かにそう言われることがありました。「えっ、私がフェミニスト?」と驚いて、それからすごく考え込んだんです。だったら、私はこれからどう生きていけばいいんだろうって。その後に出したEPは、まさにその答えを探すためのものです。どうすれば身の安全を確保しつつ、真実を語り続けられるのか。その方法を模索した記録なんです。
そこで私が感じたのは、私がフェミニストかどうか、フェミニズムが何なのかということよりも、それを私に向けてくる人たちの権威や、社会の中で起きている現象でした。今まさに私に「フェミニズム」を語る人たちの意図や、彼らと私のあいだに生まれる権力関係を見て感じながら、ああ、これが私が女性アーティストとしてこれから乗り越えていかなければならない現実なんだと気づいたんです。そして結局、私がフェミニストかどうか、フェミニズムが何であるかは、今の社会においては、もはや本質的な問題ではないのだと気づきました。
だから、3作目のEPを作る時は、聴いた人が思わず「えっ、これって一体何なの?」と感じてしまうような、そんな得体の知れない空気感をあえて意図して作りました。簡単に一言で説明できてしまうようなものにはしたくなかったんです。答えを提示するのではなく、聴く人の中に「問い」が生まれるような、何だかよくわからないけれど、気になるもの。その違和感こそが、私があのEPに込めたかった一番の狙いなんです。
―『Ah, the grits of~』は、アブストラクトな音像や演奏も印象的です。
ヒジュン:嘘をつかずに真実を語る方法として、私が見つけた一つ目の答えは、音そのものの面白さを追求すること。言葉で説明しきるのではなく、音の響きや質感で直感的に伝えようと。そして二つ目が、私がいま挑戦したいことで、安部公房の『砂の女』という小説に関わっています。普通、音楽で文学を引用する時は、その物語性や情緒を補強するために使われることが多いですよね。でも私は、そうはしたくない。その小説という存在を、もっと即物的な、一つの人工物として音楽の中に置きたかった。意味に寄り添うのではなく、冷徹なストラクチャー(構造)として文学を扱うことで、新しい表現ができるのではないかと考えています。むき出しのままでは伝わらなかったり、誰かを傷つけてしまったりする真実でも、芸術というフォームを通すことで、嘘をつかずに、けれど安全に世の中に放つことができる。結局、表現の本質はそこにあると思うんです。私にとって、音楽や小説とはまさにそのために存在するものだし、あらゆる芸術作品もまた、そうあるべきだと思っています。
―最初にアルバムを聴いた時に惹かれたのは、シリアスなテーマを扱う一方で、歌声や曲調そのものは明るい曲が多いですよね。
ヒジュン:そのバランスは、まさに私の性格の根幹に関わる部分です。私はまず何よりも「自分自身の安全」を第一に考える人間なんです。例えば、母と一緒に車に乗っている時に、危なそうな車や、明らかにマナーの悪い人がいたとしますよね。そこで下手に怒りをぶつけたりしたら、相手がどんな恐ろしい報復をしてくるかわからない。なので「静かに通り過ぎよう」と考える、そんな性格なんです。
だから音楽でも、自分の言いたいことはハッキリ言いますが、それをあえて明るい雰囲気で包み、遠回しに伝えるようにしています。そうすることで身の安全を守りながら、同時に言いたいことを届けることができる。その境界線をいつも意識して作っています。
―自分の音楽には、希望と絶望のどちらが多く含まれていると思いますか?
ヒジュン:周りの人がどう思うかわかりませんが、私自身は希望について話しているつもりです。「世の中がこんな状況でも、みんなこうして生きているよね」という、そのこと自体に希望を感じています。
Photo by Yuki Kikuchi
―多作であることと同様に、ライブでも弾き語り、バンドセット、ときには座りながらパソコンや様々な機材も使ったり、いろんな形態でパフォーマンスしているみたいですね。
ヒジュン:一つ目標を定めてしまうと、失うものが多すぎる気がするんです。視野が狭くなってしまうというか、その瞬間にしか手にできないものを逃したりするのがあまりに惜しくて。私は、その時、その瞬間を逃さない人間でありたいんだと思います。これからも放浪者のように生きていきたいです。
―すでに新作の制作にも着手している?
ヒジュン:はい。ただ、ずっと作り続けてはいるんですけど、最近は以前ほど言葉やメロディが出てこなくて。どうすればまた、あの頃のように自然な感覚を取り戻せるだろうかと考えながら音源制作に向き合っています。
その話でいうと、(ヒジュンの初来日イベントを企画した)菊地佑樹さんが、熱心な営業担当のようにあちこち連れ回してくれて(笑)。そこからキャメロン・ウィンター(ギース)やマック・デマルコとお会いすることができたんです。彼らと一緒にいながら感じたのは、「根っこの部分では同じ人間なんだな」ということ。ステージの上で自由に振る舞う姿が羨ましくもあるけど、そんな彼らと話してみて、私と同じように苦労し、それでも一生懸命生きていることを知りました。日本に来て、同じような悩みを持つミュージシャンたちと出会い、新鮮な環境に身を置いたことで、また自然な感覚を取り戻せそうな気がしています。
弾き語りパフォーマンス
バンドセットでのパンキッシュな演奏
AJIMI&OPPA-LA presents「SUNDAY MIX」
2026年4月12日(日)江ノ島 Diner OPPA-LA
開場 / 開演 16:00
出演:CADEJO、Woo Huijun and Special Guest
DJ:VIDEOTAPEMUSIC
チケット:前売: ¥5,000(税込 / 1ドリンク代別途)
予約:https://sundaymix.peatix.com/
『pumping of heart is torturing』
『once again, survive and cheek to cheek』
『Ah, the grits of truth sting my feet... and it prickles!』
ディスクユニオンにて取扱中(CD・LP)
https://diskunion.net/portal/ct/list/0/81248310


![VVS (初回盤) (BD) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51lAumaB-aL._SL500_.jpg)








