僕が撮るのが一番かなと思った
――今作は何もない状態で香川県の讃岐にシナリオハンティングに行った体験が元になっているんですか。
足立:そうです。当時は仕事がなく家にいた時で、さぬき映画祭でプロットコンペがあるのを奥さんが見つけてきたんです。
――ちなみにもう1つは。
足立:もう1つは『14の夜』です。あれは映画と小説を同時進行でやることになりました。
――では、2つとも実現したんですね。
足立:そうですね。
――今作は小説が先行ということで、改めてシナリオにするうえでどの点に一番重点を置かれましたか。
足立:小説は旦那の心の声のような形で進んでいるのですが、シナリオに置き換える際に具体的な行動のお芝居にしないといけないので、奥さんと一緒に実際にお芝居をやりながらシナリオにしていきました。
――まとめていく中で難所になったことはありましたか。
足立:元々、映画にしたくてプロットコンペに応募した作品なので、シナリオにするよりも小説にする方がはるかに難しかったです。
――シナリオライターとして活躍されている足立さんが、監督も兼任されたのはどういった経緯だったのですか。
足立:撮りたい人もいないでしょうし、僕が撮るのが一番かなと思ったんです。プロデューサーはほかの監督を考えていたらしいんですけど、「僕じゃ、ダメですかね」みたいな感じで相談してやらせてもらいました。
――ご自身で監督もされることに奥様からは何かありましたか。
足立:「あんた監督してきなさいよ」という感じで、させてもらえないなら断れくらいな感じでした(笑)。
――そうなんですね(笑)。劇中の「小説も書きなさいよ。そしたら監督もできるし」というセリフがありましたが、普段から言われていたのですか。
足立:奥さんは書いたシナリオがことごとくプロデューサーたちから相手にされずに帰って来るのを見ていたので、「もう、小説にしたら」というのはけっこう早い段階から言ってました。ただ、僕の中で小説というのはちゃんとした人が書くものというイメージがあったんです。シナリオがいい加減というわけではないですけど、簡単に書けないと思っていました。
こんな人ですみたいな話は、ほとんど話してない
――それが映画化に至ったという事なんですね。ご自身たちがモデルの、夫婦役お二人のキャスティングはどのように選ばれたのですか。
足立:水川(あさみ)さんは僕がずっと好きな女優さんなんで、『33分探偵』という深夜ドラマでの演技がとても面白くてずっと一緒にお仕事したいという思いがあったんです。小説を書いている時からなんとなくチカのイメージは水川さんというのがあったので、映画にできるとなった早い時期から「水川さんどうですか」と制作サイドには言っていました。濱田(岳)さんは中村(義洋)監督の「ポテチ」という映画があって、その中でちょっとした泣き笑いのシーンがあるんですけど、そこがずっと僕の頭の中にあって今回のラストシーンのイメージと重なったのが大きかったですね。
――キャラクター作りに関してはどのようなお話をされましたか。
足立:豪太はこんな奴ですという事やチカはこんな人ですみたいな話は、ほとんど話してないんです。僕の家で撮影をするのは決まっていたので、こういうところに住んでいる夫婦なんですという事を感じ取ってもらおうと思って、本読みの際に家に呼んだんです。そこで初めて本読みをしたときには、もう濱田さんは映画で演じられているのと同じ顔をされていました。なので最初は演技でやっているのか、元々こういう全然ダメな人なのかどっちなのかが分からないくらいでした。豪太のヘラヘラして問題をかわそうとする、本当はかわせていなくてもかわした気になっている、生きている感じが出ていて何も言うことはなかったです。あと、僕が書く男性は受け身のキャラクターが多いんですけど、濱田さんはほかの作品を見ていてもお芝居で余計なことをしないというか、変な小芝居で前に出てくることをされなくて、それがこの役にはとっても合ったんだと思います。
――濱田さんの役者としての個性がそのまま生きるような役だったんですね。
足立:現場で僕がこんな顔をしていたらしいんですよね。それは水川さんもおっしゃっていました。水川さんは僕のヘラヘラぶりを見ていてちょっとイラっときたのが演技にはいい作用になったとおっしゃってました。
――ご自宅を撮影現場にされて原作もご自身の経験を元にとのことですが、実際は何割くらい反映されているのですか。
足立:9割くらいです。一番の嘘は奥さんが映画の中でだいぶ優しいとう点です(笑)。
――普段からもよく喧嘩されているということですか。
足立:喧嘩というよりは一方的ですよね。罵り合いって言われても罵り合いになってないような気がします。
――それを監督として外側から見ていていかがでしたか。
足立:濱田さんの演技が良かったからだと思いますけど、外側から見て改めてこの男はダメだなと思いました。
――ダメ男にこれだけ、本気でぶつかってきてくれる人はなかなかいないですよね。
足立:そういう相手を見つけられたのが一番のラッキーなことじゃないかと思います。

罵倒するところは立ち回り
――罵詈雑言のボキャブラリーがすごくて、よくぞここまで酷いことを頭から丸のところまで書ききれるなと思ったのですが。再現度はどれくらいですか。
足立:再現度は相当高いですよ。
――そうなんですか(笑)。
足立:うちの奥さんは普段はそれほど口が回る方じゃないんですけど、僕を罵倒するときだけは何かが憑依したように言葉が湯水のごとく出てくるんです。一つの芸になってると思うくらいです。だから水川さんにも罵倒するところは立ち回りだと思ってくださいという事は伝えました。
――立ち回りというのはわかる気がします。
足立:濱田さんが「途中から水川さんの罵詈雑言を浴びるのが気持ちよくなってきた」というようなことを言われたんです。それは僕もそうで、言われ始めたころは傷つくし腹も立つんですけど、だんだん今日は切れてるなとか、新しい言い回しが出てきたなとか、ちょっとお客さんのような感じになっているんです。
――罵倒芸ですね。
足立:はい。そういう意味では、いいセリフを授けてくれて感謝してます(笑)。
――アキ役の新津(ちせ)さんもすごくいい演技をされていました。ただ、父親が罵られている姿をどのようにみられていたかがすごく気になります。
足立:僕も演技とはいえあんなの浴びるのはよくないだろうとは思っていたんです。なので、新津さんには「パパとママが言い合っているのを不安そうな表情で聞かないでね」とは伝えました。

しっかり見てくれているんだなと思いました
――罵詈雑言の中で「一人になるのが怖いだけ」というセリフが印象に残っているんですけど、その言葉に込められた思いを伺えますか。
足立:そこは僕が一番恐怖に感じていることなんです。お金がないとかは平気なんですけど圧倒的な孤独には恐怖があって、そこを奥さんにも見抜かれているんだと思います。チカからも「一人になる勇気がない」とか言われて。豪太はそこからスタートしないといけない人間なんでしょうけど、その恐怖があってなんとかチカにへばりついているのがあると思います。一人になるのが怖いというのが理由だとしても、そこを乗り越えていく豪太なりの生命力だと思っています。
――一見、チカが怖いという印象がありますけど、チカがやっぱり正しいですよね。
足立:そうですね。
――奥さんは実際の作品を見られて何とおっしゃられていましたか。
足立:シナリオとかも読んでもらっていたので、意見を聞こうと編集ラッシュを見て貰いました。それを離れてみていたんですけど、後半は涙ぐみながらも見ていました。それは色々思い出しながらということもあったと思うんですけど「気に入ったんだな、シメシメ」と思っていたら、見終わった第一声が「あのカットは撮ってないの」とか「あそこ寄りないの」とか、撮っとけばよかったと思ったことを言われたので喧嘩になっちゃいました。
――(笑)。
足立:そういう意味でもしっかり見てくれているんだなと思いました。ただ、「小説よりも断然面白い。やっぱり、映画むきだったんよ」とは言ってくれました。
――水川さんのキャスティングに関しては如何でしたか。
足立:「アリアリ」と言っていました。
――濱田さんに関して奥さんはどうおっしゃってましたか。
足立:「僕にそっくり」と言っていました。今までは似てると思わなかったのが、映画を見て似てるって思ったみたいです。
――原作と同じく撮影は香川で行われたんですね。
足立:はい。香川に撮影に行くはお金がかかるので、別に香川じゃなくてもいいんじゃないかという意見も出てきたりもしたんですけど、その地に行って3人家族を追いかけていくことに意味があるんじゃないかと思って香川で実際に撮影しました。

素の部分が出るのが一番面白い
――この映画もそうですし『14の夜』もそうですが、性の部分を描かれていますがそこにこだわりがあるのですか。
足立:普通に生きていたら性的なところは避けて通れないと思うんです。みなさん凄く興味津々なところだと思うんです。僕も興味があるからやっているというだけですね。
――本当に面白く描かれていました。
足立:性のことは、面白いですよね。ドラマや映画では通り一辺倒な形になっていますけど、本来は人間の素の部分が出るのが一番面白いと思うんです。
――自分の性癖もリアルにさらけ出すことへの抵抗はなかったのですか。
足立:小説を書いているときは全然なかったんです。でも、表に出たときに思いのほか反応があって、その時は変なことをしちゃったのかなと僕も奥さんも思いました。書いている時はむしろSEXシーンでキャラクターの性癖が見えないのが嫌で嫌でしょうがなかったので、そこはそうするというつもりでやっていました。ただ、思いのほかそういう反応があったのでその時は恥ずかしかったです。
――性癖もそうですが、この作品では足立さんの感情もむき出しにしていると感じました。喧嘩するシーンや家族で泣くシーンなど感情も爆発させていて素晴らしかったです。そういったシーンを書かれる際はどう感情をのせて脚本は書かれているのですか。
足立:普段の生活ではここまで爆発することはそんなには多くないと思うんです。ないからこそ映画やドラマでそういったところを描くというか、むき出しにならざるを得ないと思っていますし、映画やドラマの中でそうならざるを得ないように登場人物たちを自然に追い込むよう心がけてます。作られたような感情の爆発のシーンだと見ていてどうしても気持ちが乗っていかないですから。
――そうですね。感情の起伏にもリアリティが必要ですから。特に最後のシーンが凄いいいなと思ったんです。ラブホテルがあって、お墓があって、色んなものがあって三人がいてというシチュエーションが素晴らしかったです。
足立:制作部が本当にちゃんと台本を読んでくれているなと感じました。シナリオでは「ただの道」としか書いてなかったんですけど「生と死の間に三途の川があるようなイメージなんです」と言ってもらえて、自分でもまさにそうだと気付かされました。こういうのはスタッフの映画に対する乗りが出る部分だと思うんです。今作ではすごく乗ってくれて、あの道を探し出してくれたので、スタッフに見せてもらえた時は凄く嬉しくなりました。

なし崩し的な絆というのも強靭な絆なんじゃないか
――100点のロケーションでしたよね。この作品は8年くらい前の足立さんの状況で、そこから『百円の恋』もあり随分状況は変わったと思うんです。生活も安定して奥さんも罵詈雑言を浴びせるようなこともなくなりましたか。
足立:それが、無くならないんですよ。
――(笑)
足立:何でなくならないんだろ。「年収が増えたから、調子に乗っているだろう」とか言われるんです。兎に角、「鼻がちょっとでも伸びようものならタタキ折る」とは常日頃から言ってます。それが愛情なのかは分かんないですけどね。
――これだけ感情をぶつけてくれる方はなかなかいないと思います。先ほども「一番のラッキー」だとおっしゃられていましたし。
足立:ものすごく感謝しています。でも、どうやったらその感謝が伝わるのかなとは思っています。
――なかなか伝わらないですか。
足立:「全然、伝わらない」と言われますね。本当に伝わってないのか恥ずかしいからなのかわからなくて、一度聞いてみたことがあるんですけど「本当に伝わってないよ」という感じなので、どうすればいいか今後考えていかないといけないですね。
――シナリオも一緒に作られたという事ですから愛されているんだなと思いますよ。
足立:「愛してはいない」と言ってます。
――そこがないとここまで一緒に居れないですよ(笑)。正直、男の私から見ても豪太はないなと思いますから。
足立:そうですね。
――監督されてこの映画を作っていて改めて気づきはありましたか。
足立:濱田さんを通して見ると豪太はダメだなというのは改めて思いました。ただ、気付きじゃないですけどこういう夫婦のなし崩し的な絆というのも強靭な絆なんじゃないかというのを世に問うてみたいという思いはあります。僕自身、夫婦二人だけの一対一の関係を描くというのを見たかったんです。それはそれできつい関係だと思うんですが、それをそのまま描いても見られるものになるんじゃないかという思いはあったので、それはやってみたことの一つですね。
――そこは小説の続編でも描かれていることですね。続編の映画化も期待しています。
足立:僕も是非にと思っています。この作品が多くの方に観てもらえて支持してもらえればそれも可能なので、まずはこの作品を楽しんでいただきたいですね。
