表情やしぐさで表すように演出したつもりです

――『水上のフライト』の監督を受けられたのはなぜですか。

兼重:「障害は個性だ」というプロデューサーの方々が今作で訴えようとしたメインテーマが凄く好きで、お引き受けさせていただきました。

――素晴らしいテーマですね。

監督を受ける以前からパラスポーツは見られていたのですか。

兼重:このお話を受ける前は本当に知らなくかったんです。土橋(章宏)さんの脚本を見てこれは凄いなと感動して、改めてパラカヌーも含めてブラインドサッカーなどもほかの競技も勉強しました。

――今作は土橋さん発進の作品なんですね。

兼重:そうです。土橋さんとは以前にも何度かご一緒させていただいたので、今作でまたご一緒できてうれしかったです。

――以前からお付き合いがあったんですね。土橋さんの脚本の魅力はなんですか。

兼重:パワフルなことと、普通とは切り口が違うことですね。侍がマラソンとか考えないじゃないですか。

――確かに(笑)。

兼重:『超高速参勤交代』もなんだろうなと思いましたけど、描かれるものが土橋さんならではで、軽妙というか、笑いも含めて一気に走る作品です。

――ジェットコースターのような勢いがある作品ですよね。

兼重:そうですね。それが魅力だと思います。

――作品の勢いの面でいうと今回の『水上のフライト』は静かで丁寧で物語を積み重ねている作品で、ペースもゆっくりしていますが。

兼重:はい。土橋さんと話し合ってそういう風に直させえていただいたんです。

――セリフも抑え目でした。

兼重:そうですね。この作品では小澤(征悦)さんにご出演いただけることを熱望していて、お願いした時に「お笑いの方に持っていくと感情移入できないんじゃないかなと」とアドバイスをいただいたんです。小澤さんだったら宮本(浩)という役のシリアスな部分・ヒューマンな部分も演じてもらえると思い、いただいた意見を取り入れていまの形になりました。

――小澤さんの演じられた宮本、素晴らしかったです。希望を与えてるんですけど、現実もちゃんと見据えていて。

兼重:冒頭に藤堂家に来て夕飯を食べているところで、暗い話になって「俺もお前のオリンピックを夢見てた」と言っちゃうところはオヤジな感じも出ていてましたよね。宮本の肉親のようなところを小澤さんだったらやってもらえるだろうなと思いました。杉野(遥亮)さんはセリフを言わなくても感情を伝えられるような俳優さんなので、セリフを思い切って抑えて書いていただきました。その分、表情やしぐさで表すように演出したつもりです。

――おっしゃる通り、表情がすごくよく見える作品だと感じました。ただ、そういう形だとキャストのみなさんの演技力が必要だと思います。その点、みなさんの演技は素晴らしく、抱えている葛藤・立ち向かって努力していく姿がよく伝わってきました。小澤さんの意見を受けて今の演出・脚本になったとのことですが、小澤さんを起点にして配役を決められたということでしょうか。

兼重:小澤さんからのお返事が最初に頂けたので宮本から決まった形ですが、みなさん同じ頃にオファーはしていたので起点にというわけではないんですね。勿論、起点は主役の中条(あやみ)さんになります。

――今作では中条さんのイメージが今までとはかなり違っていて新鮮でした。

兼重:『セトウツミ』から始まって中条さんの作品を全部拝見したんですけど、ほかの監督がやってないことをやって欲しいなと思ったんです。

――こんな表情が出来るんだとびっくりしました。藤堂遥は事故で夢を失ってそこからもう一度新しいしい夢に挑戦していく役柄で、こういったキャラクターはともすると暗くなってしまうと思うんです。

兼重:そこのバランスは難しかったです。台本をいただいたときにプロデューサー方に「この台本が面白いのは、下半身不随になった時にそれでどん底になるのではなくて、自分が知らないところでみんなが画策していて。それは正確には画策じゃないんですけど、パラリンピックに出そう、なんとか世間に戻そうとしていることを感じて落ち込んでしまう。落ち込みどころが2個あるのが面白いんです。」というお話をしてもらったので、台本はそれをテーマにしていきました。

――そうなんですね。確かに周りに気を使わせてしまうこともプレッシャーに感じますから。

兼重:そこについてくる感情を、テーマに沿って書いていったかたちです。

すごい信頼できる俳優陣・女優陣でした

――その感情を見事に演じられていました。感情以外の面で言うとカヌーに関しても中条さんご本人が乗られていたとのことですが。

兼重:実はライバルの朝比奈麗香役の冨手(麻妙)さんもそうなんです。冨手さんは特に後半に決まった方で、練習時間もないなかだったので大変だったと思います。

――しかも、トップ選手という役どころですよね。

兼重:そうなんです。エキストラとして出演していただいている、東京女子体育大学のカヌー部の子たちは「レジャーカヌーから競技用のカヌーに乗りこなせるようになるのに1ヶ月はかかる。」と言っていたんですけど。

――普通そうですよね。バランス感覚も必要な競技だと一朝一夕では難しいと思います。

兼重:最初は、ピアノ線で引っ張るとか補助器具をつけてあとで消すということを考えていたんですけど。なにもせずに1カットもせずに終わりました。

――選考レースのシーンもご本人たちが。

兼重:全部そうです。乗り初めで転ぶシーンなんかはわざと転んでもらったくらいです(笑)。

――なるほど、むしろ安心ということですね(笑)。

兼重:はい。

本当に中条さんと冨手さんさまさまです。

――そのセンスも含めて奇跡的な。ピッタリの配役だったんですね。お二人はもちろんですが、ほかのみなさんもそれぞれの役に嵌っていて凄く自然でした。悲壮感がないのがよかったです。そこはコンセプトの「障害は個性」という点とも合っているなと感じました。

兼重:最初に土橋さんにいただいた台本だと、事故にあってから車いす生活になるまでの葛藤があって、リハビリが始まるとその辛さとか、その間に精神的に病んでいくというシーンも書かれていたんです。そこは全体のバランスを見て無くしました。あとは出演を受けてくださった方に合わせて、さらに当て書きしていきました。

――ライブに近い感じで脚本を作り上げていかれたのですね。

兼重:そうですね。杉野さんの演じてくれた加賀(颯太)は、本当はもっと話すキャラクターの予定だったんです。

ですが加賀は心に傷があって自分の存在理由を探している子なので、人に対してあまりしゃべらない方がいいのかなと思って、大事なことだけ話すキャラクターを杉野さんと作っていきました。それは是枝(裕和)さんから教わったことでもあるんです。「表情でわかること、画でわかることは、説明する必要がない。ナレーションを付ける必要がないよ。」と教えていただいたんです。すごい信頼できる俳優陣・女優陣でしたから、僕はキャラクターにそってセリフを変えたり、削っていった感じです。

――それは映像作品だからこその強みですね。

兼重:そうですね。

――演出も凄い巧みで、全体的にカメラの目線が人の目線に近いと感じました。

兼重:そこは撮影の向後(光徳)さんが凄い考えてくださったおかげです。この作品をいただいたときに車いすの目線にしようと考えてたんです。なのでいつもより低めになっています。あとシネマスコープにしているので余計ローアングルに感じるのかもしれません。

――凄いコダワリですね。目線の高さもそうなんですけど、カメラの動きも作品の雰囲気、役者のみなさんの感情とリンクして動きが出ていて現場に一緒にいるようでワクワクしました。ほかには画面全体の色使いもシーンとマッチしているなと感じました。

兼重:ありがとうございます。衣装の色使いもだんだん変わっていく感じにしているんです。以前、KADOKAWAさんとご一緒した『泣くな赤鬼』が高校野球の話でユニフォームがいっぱい出てきたんですけど、色が似ていてわかりづらかったんです。そこでチームカラー作るということを勉強したんです。今作はタイトルが『水上のフライト』なので空を飛んでいるイメージで青を基調にだんだん明るくなっていくようにしていきました。

疑似家族の話にしたいなと思ったんです

――空を飛ぶイメージだったんですね。この作品はチームを作っていく、居場所を見つけていく作品だと思っています。そこは障害のあるなしとは関係なく、誰しもが持っている抱える葛藤ですが、それを描いたのはなぜですか。

兼重:それは最初に土橋さんの台本をいただいたときに考えたことなんです。もちろんプロデューサーの方々に言われた「障害は個性」だというのは大テーマなんですけど、僕の中では疑似家族の話にしたいなと思ったんです。

――それはなぜ。

兼重:それは僕に映画を教えてくださった是枝さんの『万引家族』が疑似家族の話だったので、そのことに影響を受けたということもあります。是枝さんがこういう疑似家族の話をやるんだったら、僕は違う疑似家族の話をやろうと思ったからなんです。

――確かに『水上のフライト』は出てくるみんな、子供たちも含めて一緒になっていく話なんですよね。

兼重:そうなんです。中条さんが演じてくださった藤堂遥というのは身体的なハンディキャップはあるんですけど、出てくる子供たちや杉野さんの加賀も精神的なハンディキャップを持っているので、それを乗り越えていくというのが僕の中での1つのテーマだったんです。

――そこも含めてなんですけど、「障害があることないことは関係ない」という意識を持たれたのは何故なんでしょうか。そこは監督ご自身のパーソナリティの部分でもあると思いますが。

兼重:僕のいとこがボランティア活動をやっているので、小学生くらいから障害がある方とも触れ合う機会があったんです。土橋さんの台本を読んだときに『水上のフライト』は事故で障害を抱えてしまった話ではあるけど、障害を抱えても自分の立場やパーソナルな部分も含めて、今までと関わりあい方が少し変わるだけで、自分も社会の一部だと認識する姿を描けるんじゃないかなと思ったんです。ちゃんとした答えになっているかわからないですけど、この思いをみんなにもわかって欲しいというのがあったんです。

――素晴らしいですね。そこは土橋さんも同じ思いだったんでしょうか。

兼重:そうだと思います。僕自身はモデルになったパラカヌーの選手とは2回くらいしか直接お会いしてはないんですけど、土橋さんがパラカヌーに出会って「障害は個性」なんだということを書きたいと思ったことととても共感しました。

――大変なこと、乗り越えなければならない壁はあるんですけど、努力の描き方もすごくきれいで前向きな姿もよかったです。中条さんもそうなんですけど、大塚(寧々)さんが演じられた藤堂郁子も陰ながら応援している姿から母親の無償の愛も感じ取れました。そこを過剰に演出されているのではなく、さりげなく感じ取れて…。

兼重:それは俳優さんたちが上手だから、そうゆう風に分かっていただけるんです。実は、。お母さんが夜なべして目をこすりながらやっているところとか、加賀が小学校3年生の時に両親が離婚した際にどちらからも引き取られないという回想シーンも撮っていたんですけど、もうなんかいらないかなと思ったんです。みんなさんの演技が素晴らしいから、後でジワッとわかってくれればいいのかなと思ったんです。それは俳優さんが素晴らしいから出来たことですね。

深くその魅力を伝えるお手伝いができれば

――脚本・演出も素晴らしいからさらに相乗効果が出ているんですよ。

兼重:ありがとうございます。

――終盤で遥が帽子を脱いで子供に預けるシーンが印象的でした。心の壁がなくなっていくのが視覚的にも感じられました。

兼重:形見ということではないですけど、心に傷を持っている少女と自分の思いを共有するものが欲しかったんです。なにかないかなと思って、帽子にしました。

――あのシーンも含めてみんなが家族になって乗り越えていくというのを自然に感じ取ることが出来ました。

兼重:俳優のみなさんもそうですが、上野(耕路)さんの音楽の力にも助けられました。訓練が始まるシーンは上野さんじゃなかったら、ロッキーみたいな曲になってたかもしれないんですよね(笑)。

――熱くなれていいですけどね(笑)。

兼重:ピアノをメインにして、遥をイメージした上品な曲にしていただけました。あの軽快な音楽があったからこそ、コケティッシュな感じになったんだと思います。

――この作品は乗り越えていくこと・挑戦していくことの表現としてスポーツを取り入れていらっしゃいますが、スポーツの持つ力・魅力について兼重監督はどのように思われていますか。

兼重:本当にスポーツはノンフィクションで、嘘がなく、ドラマチックなものだと思っています。どんなに物語を丁寧に描いても映画は嘘になってしまいますが、スポーツではそれがないじゃないですか。観ていて手に汗を握るのはそういう部分なのでそこは敵わないなと思うんですけど、だとしたらそのバックグラウンドを描くことでより深くその魅力を伝えるお手伝いができればと思っています。

――確かにそうですね。いよいよこのドラマが公開となりますね。

兼重:はい。どうしてもお願いしたくて、お願いして、お願いして、この『水上のフライト』出演を引き受けてくださった俳優さんがとても素晴らしい作品なので、そこを劇場でご確認いただければと思います。

――本当にみなさんの演技・表情も素晴らしくて、綺麗な作品なので大きなスクリーンで観たい作品でした。

兼重:ありがとうございます。本当に大きなスクリーンで観ていただけると嬉しいですね。

兼重淳(監督)- 「水上のフライト」自分も社会の一部だと認識...の画像はこちら >>

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