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ロバート・レッドフォード
1936年カリフォルニア州生まれ。舞台芸術を学んだ後、1959年にブロードウェイでデビュー。
2025年9月16日、アメリカ映画界のレジェンド、ロバート・レッドフォードがユタ州の自宅で89年の生涯に幕を閉じた。
映画俳優、プロデューサー、監督として世に放った名作は数知れず。ほかにも大自然を愛し、環境保護のために尽力し、性的マイノリティや先住民(アメリカに限らず)の人権擁護にも力を注いだ。さらに自らが設立した非営利団体サンダンス・インスティテュートを通じた若き映画人の支援、育成、映画祭の運営にも携わった。その功績は、極めて広範で、分厚い。彼ほど自分の信念をひたすら正直、かつスマートに貫いた人は滅多にいないだろう。
ざっと人生を振り返ってみよう。1937年、レッドフォードはロサンゼルスで生まれた。父は牛乳配達員として朝から晩まで働き、後に会計士として石油会社に勤務するようになる。家庭生活はそれほど裕福ではなかったが、彼はやがて抜群のスポーツ能力を発揮し、野球の奨学金で大学進学するほどの成果を残す。
その反面、若い頃のヤンチャなエピソードには事欠かない。特に大学時代はバーに入り浸り、酔っ払ってばかりいたとか。結果、1年半で大学中退を余儀なくされるのだが、この頃から「ルールを破る」という生き様は徹底されていた。
悲しい出来事もあった。問題児の彼をいつも擁護していた母が若くして亡くなったのだ。深い悲しみを抱えた彼は、これを機にかねてより憧れを寄せていたヨーロッパへと踏み出し、絵の勉強をしながらイタリア、スペイン、フランスを転々とする。帰国後は、ニューヨークで映画やドラマに携わる美術監督という仕事に興味を持ち、ならば『演技』についてしっかり習得しなければと、演技学校で勉強を始める。まさにターニングポイント。ここで得たものが俳優という天職につながるなんて思ってもみなかったはずだ。
冒険心に満ちた妥協なき映画人生
金髪好青年なルックスもあり、かなり早い段階からドラマや舞台の仕事をもらえるようになる。だが同時代の売れっ子といえば、男らしさを剥き出しにした個性派ばかり。レッドフォードは自分の容姿を逆に足かせのようにすら感じていた。
結局、彼がブレイクするのは、それから何年も経った1969年。アメリカン・ニューシネマの金字塔『明日に向かって撃て!』で口数が少なく射撃の腕は抜群の銀行強盗サンダンス役を演じ、ブッチ役のポール・ニューマンとの名コンビぶりが大絶賛されたのだ。二人はこの時、現場でずっとふざけ合いながら、生涯続く友情を築き上げる。
『スティング』(1973年)
70年代はもうトントン拍子。『白銀のレーサー』(1969年)で得意のスキーの腕前を披露し、シドニー・ポラック監督と組んだ『大いなる勇者』(1972年)では大雪原に生きる男の日々を、最小限のセリフで体現。バーブラ・ストライサンドと共演した『追憶』(1973年)は上質のラヴストーリーとして大ヒット。再びニューマンと組んだ『スティング』(1973年)では卑劣なギャングを罠にはめる天才詐欺師を妙演し、アカデミー賞作品賞を獲得するほか、レッドフォード自身も初の主演男優賞候補入りを果たした。さらに政治モノはヒットしないと言われながら挑んだ『大統領の陰謀』(1976年)は生涯を通じての代表作になるほど高評価を得た。
80年代に入ると、映画作りへの思いは募り、『普通の人』(1980年)で監督業へ進出。作品賞、監督賞を初め4つのオスカーを獲得した。その後も情景描写があまりに見事な『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)や、手堅いメディア批判を内包した『クイズ・ショウ』(1994年)といった話題作を生み出していく。
キャリアの最後まで挑戦が続く
還暦を過ぎても演技への挑戦は続いた。
『オール・イズ・ロスト』 (2013年)
70代以降で際立つのは『オール・イズ・ロスト』 (2013年)だろう。全編にわたってたった一人で、制御不能に陥ったボート内にて試行錯誤を続けるサバイバル叙事詩だった。ラストに響く言葉は、ある意味、次世代に託したメッセージのように観る者の胸を貫く。それから5年後、自身の俳優引退作(その後、撤回)と定めた『さらば愛しきアウトロー』(2018年)も、気概に満ちた一作だった。
ちなみに、最後の出演となったのは殺人捜査ドラマ『Dark Winds(原題)』の1エピソード。わずかなカメオ出演ではあるものの、自らがエグゼクティブプロデューサーを務め、なおかつ長きに渡って権利擁護のため尽力してきたネイティブアメリカを主軸に据えた作品というのが、極めてレッドフォードらしいところである。
『候補者ビル・マッケイ』(1972年)
レッドフォードは自由を抑圧する政治権力や社会構造、組織的不正に対して厳しい視線を投げかける人でもあった。
なぜ、こういった意識が培われたのか。彼がよく口にするのは、子供の頃の忘れ難い記憶だ。周囲の大人たちは「大事なのは勝ち負けなんかじゃない」と言い続けた。しかし現実はどうか。世の中の全てが勝ち負けによって決定づけられているではないか。とりわけレッドフォードは幼い頃からスポーツを通じてこういった不条理に触れてきたこともあり、「社会の表と裏」「現実とまやかし」といったものに対する怒りが人一倍強いのだろう。
また、大学を中退してヨーロッパへ飛び出し、1年半ものあいだ自らをアウトサイダーの身に置き、俯瞰した位置からアメリカを見つめたことも非常に大きかった。とりわけパリに滞在した頃には、同世代の多くが政治や思想に興味を持ち、「君はどう思う?」と問いかけてきた。彼には返す言葉もなかった。そこで初めて己の無知を自覚し、アメリカの民主主義や政治体制に関する本を紐解きはじめたという。
傑作『大統領の陰謀』へ至る過程
『候補者ビル・マッケイ』(1972年)は、一人の精悍な若手弁護士が上院議員選挙の民主党候補に祭り上げられるシニカルな政治ドラマだ。
『大統領の陰謀』(1976年)
そして何よりも重要な一作として映画史に名を刻むのが『大統領の陰謀』(1976年)である。この映画では、のちにニクソン大統領を権力の座から引き摺り下ろすことになるウォーターゲート事件の顛末が、真相を明るみにしたワシントン・ポスト紙の二人の記者の目線で描かれていく。
実はレッドフォードは、記者たちがポスト紙で一連のスクープを連発している頃から経緯を注意深く見守っていたという。そして、原作本が書かれる前の段階で彼らと接触し、映画化の可能性も含めて言葉を交わすことに。この時、本の執筆にあたって「事件に立ち向かった記者たちの取材目線」を活かした構成にした方が絶対いいとアドバイスしたのはレッドフォードらしい。「事件の経緯」だけを綴ろうとしていた記者たちにとって、これはまさに目から鱗の発想だった。
なるほど、二人の記者たちは、片方がユダヤ系、もう片方はワスプ。さらに彼らの政治的信条は正反対。
時代を超えて輝き続けるアイコン
『スパイ・ゲーム』(2001年)
その後も史上最悪の刑務所を改革しようとする社会派映画『ブルベイカー』(1980年)では変わり者だが一切妥協しない所長役を熱演。監督作『クイズ・ショウ』(1994年)では彼自身が若い頃にリアルタイムで視聴していたクイズ番組をめぐるメディアの組織的不正を描いた。『スパイ・ゲーム』(2001年)ではシビアなCIAの諜報世界に生きる引退間際の男を体現して見せた。さらに監督作『大いなる陰謀』(2007年)は、上院議員、ジャーナリスト、大学教授という三者の視点でアメリカの対外政策の実態を炙り出そうとする意欲作である。
興味深いのは、70代後半になってからのマーベル作品、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)への出演だ。これまで無縁だったアメコミというジャンルではあるものの、しかしそこで描かれるのは、巨大な組織内で進行する陰謀であり、それを暴こうとするキャプテン・アメリカの孤独な戦いである。『コンドル』や『大統領の陰謀』を彷彿とさせるモチーフが本作には脈々と息づいている。
かくなる作品に、従来の「真実を追いかける側」とは真逆の、追い詰められる悪役で出演するところが極めて粋だ。これもまた、幾つになっても颯爽と挑戦を続ける「レッドフォードらしさ」と言えるのではないだろうか。
『明日に向かって撃て!』(1969年)
古き良き時代、風景、文化、自然を刻んだ作品たち
レッドフォード作品のもう一つの特徴、それはアメリカの原風景への郷愁だ。彼が子供の頃に愛していた風景、文化、自然。第二次大戦後の好景気の訪れとともに、街並みは劇的に変わり、自然は失われ、人々の価値観までもが急速に変貌していった。彼の作品には過ぎゆく時代を惜しみ、抱きしめ、時として変化に強く抗おうとする意識が見て取れる。
『明日に向かって撃て!』(1969年)では時代の変化によって強盗稼業が難しくなったブッチー&サンダンスが南米に拠点を移すも、徐々に逃げ場所を失っていく。アウトローたちはもはや消えゆく存在。それでもなお、時代の波に抗い続ける姿にもはや善悪を超えた二人の矜恃がほとばしる。
『大いなる勇者』(1972年)
『大いなる勇者』(1972年)も厳しい自然の中に身を投じ”伝説”と化していく一人の男の生き様を、信じがたいほどの壮大な映像と共に描いた。また、逆境を乗り越え30代半ばでメジャーリーグに挑む『ナチュラル』(1984年)は、1930年代という時代の魔法がセピア色の輝きを放つ作品だ。
過ぎゆく時代を映画に刻もうとする傾向は、監督作においてなお一層強まった。若きブラピの才能を見出した『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)では、地上の楽園のごとき水辺の物語を心揺さぶるタッチで描き出した。『バガー・ヴァンスの伝説』(2000年)もまた、レッドフォードが生まれた30年代を背景に、主人公が失った人生を取り戻そうとする物語だ。
レッドフォードが未来へ遺した功績、サンダンス
サンダンス映画祭(2019年)
レッドフォードが都会の喧騒から遠く離れたユタ州の大自然を定住の地に決めたのも、反逆児、もしくはアウトサイダーとしての生き方と共に、変わりやすい時代の波に飲み込まれることなく、彼が愛する自然や動物たちに囲まれながら日々を重ねたいとする生き方によるものだろう。
遡るとその伝説は、60年代に購入したワサッチ山脈ふもとの2エーカーの土地と、そこに建てられた山小屋から始まった。徐々に拡大し、5000エーカーにまで及んだその地は、やがてサンダンスと命名された。名前の由来はもちろん、かつてレッドフォードが演じた役名である。
さらに『白銀のレーサー』(1969年)以降、映画製作に乗り出した彼は、世の中に映画製作を実践的に学べる研修施設がないことを知り、思案の末、自らの手で非営利団体『サンダンス・インスティテュート』を立ち上げる。若き新人クリエイターたちがベテランの手ほどきを受けながら、脚本、演技、監督、撮影、編集の腕を磨ける『学びの場』を提供したのである。いつしかそこには人が集まり、とりわけサンダンス主催の映画祭(パークシティで開催)は、観客はもちろん、作り手、バイヤー、マスコミが集まる映画業界の重要な聖地となっていった。
サンダンス映画祭を通じて世の中に巣立った才能は数知れず。スティーヴン・ソダーバーグもそうだし、クエンティン・タランティーノやポール・トーマス・アンダーソンもここでの上映で映画界進出のきっかけを手にしている。
サンダンスが縁をもたらした最後の主演作
サンダンスは、レッドフォード自身にも新たな主演作に挑む機会をもたらした。J・C・チャンダー監督はサンダンスで自作が上映された際、レッドフォードに直接『オール・イズ・ロスト』(2013年)の構想を伝えて、主演を直談判したのだとか。駆け出しの新人と雲の上のレジェンドがこれほど近い距離で接することができるのも、ハリウッドでは決して得られない魅力だ。
『さらば愛しきアウトロー』(2018年)撮影中
さらに、レッドフォード最後の主演映画『さらば愛しきアウトロー』(2018年)の監督を務めたデヴィッド・ロウリーもまた、サンダンスで上映された短編や長編作をきっかけに成功を掴んだ気鋭である。
レッドフォード自身が「これで俳優引退」と宣言した『さらば~』は、老齢ながら拳銃を手に銀行強盗と脱獄を繰り返す、実在した”黄昏ギャング”の物語だ。いつかは捕まる運命と知りながら、それでもなおルールを破り、挑戦を続け、それでいて人を瞬時に魅了する気品とカリスマ性が漂う。そのアウトローぶりは、レッドフォードの生き方のメタファーでもあるのだろう。
感傷的な描写はなく、楽しく、コミカルな中に矜恃を感じさせる本作。訃報を受けた今、改めて鑑賞すると、過去に彼が映画史に刻んだ様々な役柄、描写、心意気が随所に見てととれて、本当にたまらない気持ちになる。
89年の壮大な人生の旅を終えた彼。しかし遺した作品、功績、価値観はこれからも末長く生き続ける。そうやって、ことあるごとに私たちの胸に語りかけてくることだろう。
参考資料:
「アクターズスタジオ・インタビュー」
『大統領の陰謀』ブルーレイ収録ドキュメンタリー映像
https://www.theguardian.com/film/2025/sep/17/robert-redford-sundance-american-independent-cinema
https://variety.com/2025/film/news/robert-redford-dead-all-the-presidents-men-1236520246/
文=牛津厚信 text:Atsunobu Ushizu
photo by AFLO
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