【邦画編】
『宝島』(監督:大友啓史)
一部劇場公開中
まず挙げたいのがこの大作だ。2025年は邦画歴代実写No.1の興収記録を22年ぶりに打ち立て、200億円に迫るロングランが続いている『国宝』(監督:李相日)をはじめ、興収50億円突破の『8番出口』(監督:川村元気)、興収25億円突破の『爆弾』(監督:永井聡)など、品質の高さと商業性を兼ね備えた日本映画が次々とヒットを飛ばした。
原作は第160回直木賞や第9回山田風太郎賞に輝いた真藤順丈の同名小説(講談社文庫)。描かれるのは1952年を起点とした約20年、アメリカ統治下の戦後沖縄だ。FEN(在日米軍ラジオ)から海の向こうのヒット曲が流れてくる時代、米軍基地のフェンスを乗り越え、全力で走る“戦果アギヤー”と呼ばれる義賊の孤児たち。冒頭からブラジル映画『シティ・オブ・ゴッド』(2002年/監督:フェルナンド・メイレレス、カティア・ルンド)を彷彿とさせるクロニクル(年代記)形式の『宝島』は、3時間強の長尺をハイエナジーで駆け抜けていく。
お話は“戦果アギヤー”のヒーローだったオンちゃん(永山瑛太)の不在を核に、幼なじみとして育った三人の運命が紡がれる。姿を消してしまったオンちゃんの生き様や理想を指標にして、それぞれ別の道をたどる仲間たち。グスク(妻夫木聡)は刑事に、ヤマコ(広瀬すず)は市民運動にも身を投じる教師に、そしてレイ(窪田正孝)はヤクザから過激派に……。
圧巻なのは1970年12月20日に起きたコザ暴動の一夜のシーンである。
ある種の青春冒険物語の枠組みの中で、沖縄の基地問題など、戦後沖縄が抱えてきた多層的なテーマを扱うが、大友監督が本質的に見据えているのは悲劇を生み続ける世界構造だ。ロシアのウクライナ侵攻、パレスチナ・ガザ地区の惨劇、イスラエルとイランの交戦と緊張……戦火はいまの時代も覆っている。確実にこの世界情勢を背景に設計された『宝島』は、ジャーナリスティックな志にあふれた、まさしく“2025年の映画”だ。かつてNHKの連続テレビ小説『ちゅらさん』で返還後の沖縄の日常を美しく綴った大友監督は、そこで描き残した現実と歴史を、今回は巨大な壁画のようなスケールで叩きつけるように描いたのだと言える。
いまからでも遅くはない。配信に関してはまだ発表されていないが、11月7日(金)からは《沖縄ことば対応字幕付き》となり、全国の一部劇場で上映されている。もしお近くの映画館で掛かっていたら、ぜひこのチャンスにご鑑賞いただきたい。
『宝島』
原作/真藤順丈 監督/大友啓史 出演/妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太 配給/東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2025年/日本/上映時間191分
『敵』(監督:吉田大八)
Amazonプライム、U-NEXTなどで配信中
2024年11月の第37回東京国際映画祭コンペティション部門で、東京グランプリ(最高賞)、最優秀監督賞、最優秀男優賞(長塚京三)の三冠を獲得。その快挙を受け、2025年の頭に劇場公開された傑作がこれ。『桐島、部活やめるってよ』(2012年)や『紙の月』(2014年)、『美しい星』(2017年)などの吉田大八監督による長編第9作で、筒井康隆の同名小説を映画化した『敵』だ。
「老人文学の傑作」とも評された筒井先生の原作小説は、1998年(平成10年)に発表されたもの。それを吉田監督はモノクロームの映像美で綴り、驚くほど現代的に独自変換した。これは停滞や不況が常態化した、先細りの日本社会で老いていくことについての考察であり、またフェミニズムの現在値に対応した、情けない男性性についての真摯な告白映画でもある。
主演の長塚京三が演じる渡辺儀助は、フランス文学(近代演劇史)を専門とする77歳の元大学教授だ。描かれるのは彼の独居生活。いまはフリーランスとして原稿や講演の依頼を受けながら、古い一軒家で料理や食事、執筆などを淡々と行う日々。そのディテールが丁寧に綴られていく。描写は原作に沿ったものだが、穏やかな声のトーンをはじめ、長塚京三という演者固有の生の形が映画を有機的に組織する。長塚の肉体という具体のリアリズムを核にした再構築であり、年齢設定も1945年7月6日生まれの長塚にぴったり合わせているようだ。
こういったイケオジシニアの日常生活のルーティン描写は、役所広司主演の『PERFECT DAYS』(2023年/監督:ヴィム・ヴェンダース)と重なる魅力もある。しかし渡辺儀助の場合、実は“X-DAY”という言葉で自らの死期を決めている。それは預貯金が尽きた時。
そう、『敵』はいわゆる“終活”映画でもある。妻に先立たれた渡辺儀助は、自らの死を見越したうえで、逆算的に穏やかな余生を楽しもうとしている。しかし理性のみで人生が統制できるわけもなく、若者と特段変わらぬ“性欲の煩悶”がモヤモヤと渡辺儀助を襲うのだ! このエロス関連の描写はなかなか果敢に踏み込んだところで、裸身も晒す撮影当時77歳(現在80歳)の長塚京三が何べん拍手しても足りないほど素晴らしい。
そんな渡辺儀助を取り巻く3人の女性――元教え子の瀧内公美、バー『夜間飛行』で出会った大学生の(立教大学仏文3年)の河合優実、そして亡き妻の黒沢あすかという豪華競演が、渡辺儀助の煩悩をぐわんぐわんと振り回す。さらに、ほぼSMの女王様と化した医者役の唯野未歩子も加えた女性たちが、現実と幻覚の境目を突き破って登場し、時に甘美な、時に不安な時間を渡辺儀助にもたらすのだ。
しかもこれだけでは済まない。劇的にヤバくなるのは後半の展開だ。渡辺儀助の日常を脅かす“敵”とはいったい何なのか!? 同じモノクローム映像でも、小津安二郎や成瀬巳喜男の世界から、塚本晋也のサイバーパンクやサイコホラーに転化するようなダイナミズムが巻き起こる。この説明では何のことやらサッパリわからないと思うので、ぜひ本編で怒涛の跳躍を実際味わっていただきたい。最初と全然ジャンルが変わってしまった!――というくらいの不条理なカオスが爆裂するのだが、それでも澄明なユーモアにあふれ、妙に爽やかな後味を残すのがこの映画の不思議なところだ。
そして繰り返すが、本作の長塚京三は本当に素晴らしい。今年、『国宝』の吉沢亮に張り合える主演者は彼だけだと思う。
『敵』
原作/筒井康隆 監督・脚本/吉田大八 出演/長塚京三、瀧内久美、河合優実、黒沢あすか、松尾貴史
2023年/日本/上映時間108分
『アジアのユニークな国』(監督:山内ケンジ)
一部劇場公開中
最後にとっておきの一本をご紹介したい。最初は東京のミニシアター、ポレポレ東中野でこっそり上映開始された映画が、あまりの面白さに鑑賞者たちがざわつき出し、しかし「バズったらヤバい」と皆一様に思ったのか、本当にじわじわゆっくりと日本各地の劇場に上映が広がっていった。まさしく今年のカルト・オブ・カルト。それが『アジアのユニークな国』だ。著名人からの言及も多く、例えば宮藤官九郎先生は「痛快で不気味で完璧な風刺喜劇。ここまで手際良くやられると、もう右とか左とか不問だし不毛だ。やられた」と惜しみない絶賛の言葉を贈っている(『週刊文春』2025年8月7日号、連載『いまなんつった?』より)。
監督・脚本の山内ケンジは1958年生まれ。以前は本名の『山内健司』名義で活動していたが、かまいたちの山内健司とは何の関係もない。もともとCMディレクターとして名を馳せ、マイケル富岡が出演した日清食品『UFO仮面ヤキソバン』(1993年~95年)など数多くの名作を生み出した鬼才。演劇では『城山羊の会』を主宰。『トロワグロ』で第59回岸田國士戯曲賞、『温暖化の秋―hot autumn―』で第74回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。
これほど充分すぎる立派なキャリアをお持ちのベテラン作家が、67歳にして「とんがりたい」という若手真っ青のフレッシュかつ明快な志を携え、自宅の一階で老いた義父の介護を、二階で違法風俗を行っている主婦(鄭亜美)の映画を作ってしまった。主婦のセックスワークという点では、シャンタル・アケルマン監督の名作『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975年)なども連想させつつ、しかし相当ふざけている。そして劇中では、ある特定の政治家の名前が連呼される。真剣なのか、おちょくっているのか判別し難いほどに、とにかく何度も連呼される。
「これは政治的な映画ではない。政治と社会に敏感な、ある妻についての話である」と、「聞かれる前に言っておこう」的なフレーズが本作のキャッチコピーに採用された。上映時間77分の愉快犯……いや、しかし、結構本気で核心を射抜いた日本論の傑作(のような気がする)。配信の予定はいまのところなし。公式サイトで上映中のお近くの映画館を見つけたら、なるだけ早く駆けつけていただきたいと切に願っている。
『アジアのユニークな国』
監督・脚本/山内ケンジ 出演/鄭亜美、岩本えり、金子岳憲、岩谷健司 配給/スターサンズ
2025年/日本/上映時間77分
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文=森直人 text:Naoto Mori
©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
©1998 筒井康隆/新潮社 ©2023 TEKINOMIKATA
(C)「アジアのユニークな国」製作委員会
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