武士としての心得をまとめた書物「葉隠」には、「武士道とは死ぬことと見つけたり」との一文がある。中国人からすると、現代日本人の死生観は中国人と大きく異なっており、武士ほどでないにしても、日本人は中国人ほど死を忌み嫌わない傾向にあると映るようだ。
中国メディアの快資訊はこのほど、「日本人はなぜ死を恐れないのか」と問いかけ、それは武士道の影響が関係しているのではないかと分析する記事を掲載した。
日本の映画ではたびたび死を美しいものとして描くことがあるが、こうした描写は中国人からすると違和感を覚えるようだ。また、中国では墓地は人間の居住地から遠く離れた山中などに作ることが多いが、日本では墓地が住宅地にあることも珍しくない。こうした違いは日本人にとって死が身近にあり、自然の摂理として死が受け入れられているということなのかもしれない。
記事は、日本人は中国人ほど死を恐れないように見えると主張し、それは武士道の影響ではないかと主張。命を懸けて仇討ちをした忠臣蔵の話があるように、武士道の世界では死よりも忠誠心や名誉、義理や人情といった要素の方が重視されたと指摘し、こうした考え方が日本人の死生観に影響を与えたのではないかと主張した。
また、日本では「桜」が愛されているが、日本では美しく咲いて美しく散る桜が好まれると指摘し、こうした点からも日本人は「散る」ことに抵抗を抱いていないどころか、一種の美学を感じていることがわかると強調した。
日本人と中国人の死生観には確かに大きな違いがある。記事では言及していないが、違いは葬儀の内容にも表れていて、例えば中国では葬儀は「派手であれば派手である方が良い」という傾向が強く、参列者を増やすためにストリッパーに躍らせることが流行したこともある。一方、「あの世」があると考えるのは日中で似ている点であり、中国ではあの世のためのお金「冥銭」を手向けたり、死者のために結婚式を挙げる「冥婚(めいこん)」があったりする。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)