――始まりは1通のメールから、憧れの人とコラボレーション
東芝の複合機と言えば、弊誌の裏表紙でもおなじみ、わたせせいぞう氏のハートウォーミングなイラスト広告が非常に印象的だ。一般的に商品の機能説明に終始しがちなメーカーの広告において、同社はその対極を行く。シリーズ連載モノの恋愛マンガという手法でブランドイメージを打ち出す広告は、業界ならずとも異例の試みだ。
「学生のころからわたせさんの大ファンなんです。会社に入った後も『ハートカクテル』が連載された週刊モーニングを毎週楽しみにしていました。それで、中国でカラー複合機の広告展開を考えているときに、どうにかしてわたせさんと何かできないかと思ったわけです」須毛原は開始当時をそう振り返るが、何のルートもなかったために、みずから想いを綴ったメールをホームページ宛に送ってアタックしたそうだ。
わたせ氏の絵といえば、何よりその鮮やかな色彩が特徴。東芝のカラー複合機の広告に氏のイラストを活用できれば、何よりブランド力の向上につながると須毛原は考えたのだ。
果たしてその熱意はわたせ氏にも通じ、数々の困難を乗り越えた後、中国における東芝複合機の広告展開の話がまとまっていく。それはわたせ氏にとっても初めての、海外での広告制作でもあった。
「基本的に中国の人は、日本のサブカルチャーには好意的な印象を持っている。
――真剣に取り組む姿を見れば、スタッフはついてくるもの
みずからが広告制作に深く関わる須毛原だが、同時に積極的なメディアへの露出も心がけているという。日本語情報誌以外にも、中国のさまざまなメディアで、須毛原の姿とそのメッセージをしばしば目にすることができる。
「広告って、本質的に誰も読まないものだと思ってるんですよ。だから余計なものは詰め込まない。伝えたいことは山ほどあるけれど、あえて情報をそぎ落として絞っていく。そうすることで逆に見えてくるものがあるんです。一方で、広告で伝えきれないことはプレスリリース等を活用して積極的に発信しています。また、メディアに対しては、トップが自分
のことばで語ることが非常に大切なことだと思っています」
みずからが直接想いを伝えるという行為は、媒体への露出など対外的なものだけでない。販売代理店の関係者や自社の社員に対しても同じことだ。いかにして、自分についてきてくれている人たちの気持ちを盛り上げていくか。現場で仕事をしていく彼らに、真剣に仕事に取り組んでもらえるようにするにはどうすればいいか。
その姿勢は、自身がディレクターを務めるという社内報を見ればよくわかる。販売代理店の人たちやスタッフの写真が多用されたその冊子の至るところに、同じフレームに収まっている須毛原の姿を見つけることができる。いつも現場にいるのだ。そして、一緒にいるだけではなく、そこで真剣な姿を見せるのだ。
「年に2回行なわれる販売代理店会議で、私自身が歌ったり太鼓を叩いたりと、芸を披露するようにしています。やるからには真剣ですよ。しっかり練習を重ねて本番に臨みます。本気でやると、見ている人たちにも伝わるんですね。これは仕事と一緒。何事に取り組むにも本気でやっている姿を見せる。そうすると、あいつがやっているんなら、ということでついてきてくれるものだと思う」
――みずからに課すプレッシャー、V10達成を目指して
シンクロナイズドスイミングの日本代表コーチとして一時代を築き、その後中国代表のコーチに就任した井村雅代氏と、須毛原は以前に話をしたことがあるという。
「その志に感銘を受けました。日本シンクロを世界レベルにまで育て上げた井村さんがライバル国に移籍したことで、周りではいろいろな憶測が飛び交いました。でも、井村さんいわく、選手たちにハードな挑戦をさせているにも関わらず、肝心の自分が戦っていないんじゃないか、そう感じたときに自分自身が許せなくなって、よりタフな環境に身を置こうと中国へやってきたとおっしゃっていたんです。私も代理店や社員に対して相当きついプレッシャーをかけています。だからこそ、自分にも厳しい課題を課してそれをクリアするように日々努力しています。その姿が必要なんですよ」
須毛原はそれを「コンダクター(指揮者)」という言葉で表現してみせる。「経営者って、オーケストラのコンダクターのようなものだと思うんです。それぞれのパートを完璧に理解して、リードして、音を良くしていく。実際に楽器を奏でるのは指揮者じゃないけれど、指揮者が情熱を持ってタクトを振らなければいいハーモニーは奏でられません」
9年連続でトップシェアを獲ってきた。ここまで来たらV10をやり遂げてみたいと須毛原は言う。
「ただし、大切なのはシェアだけじゃない。誰もが夢に向かって働くことができる環境を与えたい。
その舞台でともに過ごした時間は、人々の心にいつまでも残って消えないはずだと須毛原は確信している。揺るぎない実績の裏側には、経営者の努力と確固たる信念が垣間見えた。(情報提供:China Concierge)
須毛原勲(すげはらいさお)
1985年(株)東芝に入社以来、一貫してPC、複写機など情報通信機器の海外事業に従事。東芝アメリカ情報システム、東芝シンガポールGMを経て、04年4月より上海着任。中国内の全省・全自治区・全直轄市にみずから足を運び、販売代理店と直接コミュニケーションをとることがモットー。
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