今年の前半、やけに猟奇的な動物虐待のニュースが相次いだ。実際に、警察庁のデータでも動物虐待の検挙事件数はここ数年で急増しているという。
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■ウサギにハト......連続する猟奇的虐待
今年に入って動物虐待のニュースが相次いでいる。
1月、「ウサギの島」として知られる広島県竹原市の大久野島で、25歳の男がウサギを蹴り飛ばしたとして、動物愛護管理法違反容疑の現行犯で逮捕された。
島には数百匹の野生のウサギが生息しているが、昨年11月から、脚が折れていたり、鼻から血を流していたりする不審死が続いていた。環境省が確認した限りでは、その件数は99件にも上る。
明らかになった範囲で、男はそのうち7匹のウサギを虐待したとして起訴され、4月14日に懲役1年、執行猶予3年の判決が言い渡された。男はウサギの頭を踏みつける、その口にハサミを入れるなどの虐待を加え、その様子の動画撮影も行なっていた。
さらに翌月には、野生のハトを捕獲して自宅などで虐待したとして、神奈川県川崎市に住むタクシー運転手の男(49歳)が動物愛護管理法違反などの疑いで逮捕された。トリのマスクをかぶり、ケージの中のハトをむちで叩いたり、ハサミで頭部を切断したりして、その動画を複数回にわたってSNSに投稿していた。
こうしたニュースから受ける印象どおり、警視庁のデータによれば、動物虐待の検挙事件数は近年増加傾向にある。2015年には56件だったが、2023年には181件に増え、過去最多を記録。2024年は160件に微減したが、依然高い水準だ。
この10年間を見ると、前半は微増傾向にあったが、2021年に前年の102件から170件へと急増し、2023年には過去最多の181件を記録した。どうしてここまで急増しているのか? (出典/警察庁生活安全局生活経済対策管理官「令和6年における生活経済事犯の検挙状況等について」)
なぜ今、検挙数が増えているのか? まずは保護された動物の行方を追った。
■保護された動物の「その後」
訪ねたのは東京都動物愛護相談センター。もともと狂犬病予防のために設立され、現在は動物の保護、管理のほか、危険な動物の飼育許可、啓発活動などを行なっている。
虐待され、負傷した動物たちでいっぱいなのではと緊張して門をくぐったが、取材時に収容されていたのは犬4匹と猫10匹のみ。しかも、みんな毛並みが良く健康そうだ。
「40年前の収容数は年間6万頭超でした。野良猫からどんどん子猫が生まれ、野良犬もいた時代です。その後は地域ごとに野良猫などの管理を進め、現在の収容数は年間200~300頭です」
こう語るのは、同センターの獣医師のひとり、栗田 清さんだ。栗田さんの案内に従って収容エリアに向かうと、ワウワウと激しくほえる犬の声が聞こえてきた。こわごわ収容室をのぞくと、筋骨隆々のアメリカン・ピット・ブル・テリアがガラス戸に体当たりしている。
「威嚇しているのではなく、遊んでほしいんですよ。人が大好きな1歳の女の子、ラブちゃんです」
栗田さんにそう言われてよく見ると、確かに瞳にあどけなさが残る。警察に捕獲されてセンターに収容されたが、飼い主に捨てられた可能性もあるという。ちなみに、名前はセンターの職員によってつけられたもの。

初めは興奮した様子でガラス戸に体当たりしていたが、おとなしくなった瞬間を激写。警察に捕獲されてセンターにやって来た。体についていたICチップから飼い主を探し出したが、「知人に譲渡したので私は知らない」と引き取りを拒否されてしまった。その後、動物愛護団体に引き取られることが決まっている
センターに収容された動物は、飼い主が見つかれば可能な限り返還し、あとは新しい飼い主に譲渡する。その際には40以上の動物保護団体と連携している。
犬も猫も譲渡先が決まると次々に退所していくが、1年以上収容されているのが、柴犬のしげちゃんだ。空を飛ぶ鳥や飛行機に過敏に反応し、ケージの中をぐるぐると歩き回って落ち着かない。知らない男性が近づくと火がついたように激しくほえる。

しげちゃんはセンターで1年間ほど過ごしている。鳥や飛行機を警戒したり、見知らぬ男性に異様にほえたりする様子から、以前に男性の飼い主から虐待を受けていた可能性もある。落ち着かない様子でケージ内を歩き回っていたが、たまに近寄ってきてくれた。後ろにいるのは同じく収容中のバニラちゃん
「収容前の情報がないのですが、飼い主からひどい目に遭わされていたのかもしれません。
もちろん、収容が長期にわたっても、しげちゃんが殺処分されることはない。昔は数万頭の収容動物すべての譲渡先を見つけるのは不可能だったため、やむをえず殺処分もあったが、7年前から東京都内での殺処分はゼロだ。
ただ、事故や病気などで収容され、その後死亡した動物や、瀕死の状態にあり獣医師が安楽死を判断した動物は「致死処分」の扱いとなる。

現在、動物愛護相談センターに収容された動物たちは、引き取り手が見つかるまでセンター内で暮らすことができる。一匹一匹に手作りのカードが作成されており、スタッフの動物愛が伝わってくる
■新たに増えている〝消極的〟な虐待
動物たちは街中で捕獲されたり拾われたりと、いくつかの収容ルートがある。その中で最近増えているのが高齢の飼い主からの引き取りだ。
飼い主が施設や病院に入るため、あるいは経済的な理由から飼えなくなるケースが、引き取りの約8割を占める。飼い主と共に年を取った老犬、老猫が多く、「老老飼育」といった状態だ。飼い主の体力が衰え、餌や糞尿の世話ができていない状況も多い。
殴る蹴るなど意図的に危害を加える〝積極的〟な虐待とは違うが、健康管理ができずに劣悪な飼育環境に置くことも〝消極的〟な虐待だ。

多数の動物(主に猫)を飼い、健康管理も衛生管理もできなくなる「多頭飼育崩壊」も、ひとり暮らしの高齢者が起こすケースが多い。これも消極的な虐待で、近隣の住民から悪臭や害虫の苦情が出て初めて発覚する。
「通報があればわれわれが現場を見に行きます。
しかし、中には話を聞いてくれない人もいる。家がいわば「ゴミ屋敷」状態で、近隣住民から孤立していることも少なくない。警察が捜査して動物虐待と判断し、証拠物件として動物を差し押さえ、収容に至ることもある。
「今後の課題は高齢者の飼育をどうサポートするか。動物との触れ合いが高齢者に良い影響を与えることはわかっていますが、飼ったら最後まで面倒を見なければなりません。世話ができなくなったときにどうするかを考えておくことが必要です」(栗田さん)
検挙数増加について、栗田さんは「動物虐待に対する人々の意識が高まっている結果ではないか」と語る。
センターへの通報の中には、ネット上の虐待動画のほか、ペットショップのケージが汚い、屋外で犬を飼っているのは虐待だと連絡してくる人もいる。小型犬を庭で日なたぼっこさせていたら通報されたというオーバーな事例もあったほど。
動物虐待のニュースが目立つのは、メディアがこうした意識の高まりを反映している面もあるのかもしれない。
■検挙数増加は法改正の影響も
同じく、人々の動物愛護意識の高まりを感じているのは、NPO法人どうぶつ弁護団の理事長を務める、細川敦史弁護士だ。同団体は物言えぬ動物たちを代弁し、虐待から守る活動をしている。
同団体のホームページにはこれまでに約500件の動物虐待の情報提供があり、そのうち10件を刑事告発した。
「情報提供数に比べて告発が少ないのは、ネット上で『客観的な証拠』を保存するのが難しいからです。
虐待動画をネットにアップする人は、嫌悪感や恐怖心を狙ってビュー数を稼ぎます。ハトの犯人は例外として、そういった人は通常、自分が動物虐待で捕まるような証拠を残そうとはしません」
炎上した後に虐待の証拠となる写真や動画が消されることも多いため、SNSなどで見つけた虐待の告発を依頼する際は、すぐに写真や動画を保存するのが大事とのことだ。
また、検挙数の増加に関しては、動物愛護の意識とは別に、法律の状況も変わってきていると細川理事長は言う。
動物虐待を扱う動物愛護管理法が改正され、2020年から施行されたのだ。
「殺傷罪が『2年以下の懲役または200万円以下の罰金』から『5年以下の懲役または500万円以下の罰金』に引き上げられるなど、罰則が強化されました。
刑罰が重くなると警察の中でも重要度が上がり、しっかり取り組まなければいけないという意識が高まります。従来は動かなかった件にも、積極的に取り組むようになっていると感じますね」

動物虐待自体が急増しているのではなく、それが通報・逮捕・検挙されるケースが急増している、ということだ。
では、日本の動物虐待の厳罰化は今後も進むのだろうか。
「殺傷罪が『3万円以下の罰金』だった26年前と比べれば、かなり重くなったと考えています。
また、虐待罪は『1年以下の懲役または100万円以下の罰金』ですが、動物を取り扱う業者が1000頭を劣悪な環境で飼育したとしても同じ量刑です。コンビニで万引したら窃盗罪で『10年以下の懲役または50万円以下の罰金』ですから、虐待罪の懲役をもっと厳しくしてもいいという見方もできます」
それでは、厳罰化以外で動物虐待をなくす方法はあるのだろうか?
「児童虐待の現場に入ると、動物も親(飼い主)から乱暴な扱いを受けていることが多いと聞きます。何かしらの弱者が、さらに弱いものをいじめるという構造もあるでしょう。社会の生きづらさがなくならない限り、どんな虐待もなくならないと思います」
確かに、少子化にもかかわらず児童虐待の相談対応件数は増え続けている。社会のひずみが物言えぬ弱いものに向かっているという側面は否めないだろう。

少子化が進んでいるにもかかわらず、全国の児童相談所における児童虐待相談対応件数は増加傾向にある。動物虐待と同様に、虐待自体が増えているのではなく、児童保護の意識の高まりによって相談が増えているという可能性もあるが......(出典/こども家庭庁「令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数」)
■動物を虐待する者はいずれ人を殺す?
冒頭のウサギの事件の犯人は、大手メーカー関連会社の社員だった。異動や上司の指導から適応障害となり、事件の約4ヵ月前から休職していた。初めは観光目的で「ウサギの島」を訪れていたが、SNSでたまたまウサギの虐待動画を見て、かわいそうと思う半面、自分もやってみたくなったという。
犯罪心理学者で東洋大学教授の桐生正幸さんはこう語る。
「社会生活でたまった不満をどう発散するかという問題ですね。体を動かしたりお酒を飲んだりして発散する人もいれば、放火する人や物を壊す人もいる。今回は動物に向かってしまったケースですね」
動物虐待の要因のひとつとして、桐生教授は「キュート・アグレッション」を挙げる。これは、かわいいと思うものを傷つけたくなる人間心理のこと。この心理自体は多くの人に当てはまるが、加減を間違えれば残酷な虐待に発展してしまいかねない。
「昔は小学校でウサギやニワトリが飼われていて、動物に対するコミュニケーションの加減を覚える環境がありました。今は教員の働き方改革やアレルギーなどの問題から、動物を飼育する学校は減り、そうした機会も少なくなっています。
こうした環境も、過激なキュート・アグレッションを生みやすくなり、動物虐待を起こしやすくしているとも考えられます」
ただ、動物虐待にはより深刻な結果へとつながってしまうケースもあるそうだ。
「動物虐待に性的興奮を覚える場合、その行為が人間に及ぶ可能性が高いです。これは、(神戸連続児童殺傷事件の)〝酒鬼薔薇聖斗〟やアメリカの有名なシリアルキラーたちに共通して見られる傾向です」
もちろん、動物虐待をした人がみんなシリアルキラーになるわけではない点は要注意だが、FBIの調査では、猟奇殺人を犯したシリアルキラーの大半が子供の頃に動物虐待をしていたという。
動物虐待自体が近年急増しているわけではなさそうだが、それでも猟奇的な動物虐待は起こり、「老老飼育」や「多頭飼育崩壊」などの新しいケースも増えている。動物虐待のない社会は人間にとっても生きやすいはずだが、そこに至る道はまだまだ遠そうだ。
取材・文/仲宇佐ゆり 撮影/村上宗一郎