本作『餓狼伝説 City of the Wolves』から参戦となったのは世界最高峰のサッカー選手、クリスティアーノ・ロナウド。サッカーの動きとマーシャルアーツの融合技で戦う。
4月24日発売の格闘ゲーム『餓狼伝説 City of the Wolves』は、90年代の格闘ゲームブームの中心のひとつだった『餓狼伝説』シリーズの26年ぶりの最新作だ。だが、少し様子がおかしい。実在する世界的な有名人が操作できるキャラクターとして登場しているのだ。背後にいるのが産油国サウジアラビア。同作のメーカー「SNK」とサウジの野心から解き明かす、"奇跡のコラボ"の実態とは?
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■"クリロナ"の参戦は皇太子のプッシュで実現した?
格闘ゲーム『ザ・キング・オブ・ファイターズ(KOF)』や『サムライスピリッツ』シリーズなどが大ヒット、1990年代の"アーケード黄金期"においてカプコンやセガと並ぶ象徴的存在だったメーカー「SNK」。その代表作のひとつである『餓狼伝説』シリーズの約26年ぶりの新作『餓狼伝説 City of the Wolves』が、4月24日にリリースされた。
ゲーマーたちをざわつかせたのは新キャラクターだ。なんと世界屈指の人気を誇るサッカー選手、クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)が、マスコットでもPR大使でもなく、プレイアブルキャラクター(ゲームの中でプレイできるキャラ)として参戦したのである。
クリロナはボールを巧みに操り、シュートしたり、リフティングをしたりといったサッカーの動きで敵を攻撃・翻弄(ほんろう)する......というと「何言ってんの?」感があるが、事実そうなのだから仕方がない。
ちなみに実在の人物ではもうひとり、スウェーデンの音楽プロデューサー・DJであるサルバトーレ・ガナッチも参戦。もちろんこちらもプレイアブルキャラだ。

ボスニア・ヘルツェゴビナ生まれ、スウェーデン国籍の音楽プロデューサー・DJであるサルバトーレ・ガナッチも参戦。
ものすごくとっぴに見えるコラボだが、きちんと脈絡はある。クリロナは現在、サウジアラビアのプロサッカーチーム「アル・ナスル」に所属し、サウジの皇太子であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子(39歳)と仲がいい。そしてこのムハンマド皇太子は、「SNKを買った」男と目されているのだ。
つまり、皇太子の存在によって、この"奇跡のコラボ"が実現した可能性が高い。サルバトーレ・ガナッチもこの皇太子のお気に入りだという。
ここでクリロナが所属するアル・ナスルのファンに話を聞いてみたところ、「楽しみだ! まさか格闘ゲームでロナウドを扱える日が来るなんて!」「サウジの素晴らしいコラボで生まれた美しい結晶」と喜ぶ声が聞こえた。
一方、敵対するサッカーチームのファンからは「(ゲーム上でのクリロナの)勝ちポーズが、(リアルのサッカーの試合で)得点を入れたときと同じあのポーズだからムカつく!」なんて声もあった。
■日本→中国→サウジ。流浪するSNKのIP
とはいえ、日本の格ゲーの名シリーズがサウジの王族のやりたい放題になっている、とも言える。ただ、ここに至るまでのSNKの苦難の道のりを考えると、サウジマネーで復活を遂げたことは喜ぶべきことなのかもしれない。
さかのぼること2001年、SNK(社名はエス・エヌ・ケイ)は、家庭用ゲーム機への対応、デジタル化の波などに乗り遅れたことで経営破綻し倒産に追い込まれた。
だが、再建は決して順調ではなく開発規模は縮小。IPの新展開も苦戦し、アーケード文化の衰退とともにSNKの存在感も国内外で薄れつつあった。10年代には、SNKは本社機能の一部を韓国に移し、韓国法人を通じてKOSDAQ(コスダック)市場(韓国の新興企業向け株式市場)に上場するなど、経営基盤の見直しと資金調達の道を模索していた。

昨年9月に千葉・幕張メッセで開催された「東京ゲームショウ2024」でのSNKブースの様子
これは、資金力のある投資家層へのアクセスと、アジア市場におけるブランド再構築を狙った戦略的な判断といわれるが、韓国市場でSNKの評価は安定せず、株価の乱高下やIP再構築の課題が残された状況が続いていた。
そんな中、転機が訪れたのが20年11月。突如サウジアラビアの非営利団体「MiSK(ミスク)財団」傘下にある「エレクトロニック・ゲーミング・ディベロップメント・カンパニー(EGDC)」という謎の会社が、SNKの株式全体の33.3%を取得すると言い出したのだ。
MiSK財団は、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(当時は副皇太子)が11年に設立した若者育成を目的とした財団。30年までにサウジを脱石油依存の国家へと転換する「サウジ・ビジョン2030」構想の下、これまで教育、ゲーム、アニメ、映画、eスポーツといったソフトパワー分野への投資と大規模なイベント開催を進めてきた。
実はこの動きの前に17年11月、当時のSNKの取締役が、サウジのリヤドで開催された「MiSK グローバルフォーラム2017」に呼ばれて出席し、MiSK財団の子会社と提携契約を締結。
これにより、SNKの格闘ゲーム『THE KING OF FIGHTERS XV』(22年リリース)において、中東地域の若者からのデザインコンペを通じて選ばれた作品を基にして、中東アラブ地域をイメージした新キャラクター「ナジュド」と、サウジの首都をイメージした「リヤード」が新ステージとして追加された。

『餓狼伝説』の英語版タイトルは『FATAL FURY』(宿命の戦い)
サウジは人口の約63%が30歳未満だ。
そして、21年12月、EGDCはSNK株の約96%を保有。22年5月には、完全にサウジ皇太子の管理下に入ったといわれている。
■皇太子はSNKのガチファン
なぜ、SNKだったのか? 日本にはほかにもあまたのゲーム企業があるが、SNKは一度破綻を経験し、再建中だったため、相対的に買収コストが低かったことが理由のひとつではある。
ただ、1990年代のNEOGEOの頃から熱狂的ファンが世界中に存在するSNKのIPの価値は、決して低くなかったことも事実だ。
そして、何より重要なのは、サウジのムハンマド皇太子自身が、かねてSNKの作品、特にKOFシリーズの大ファンであることに複数の海外報道で言及している点だ。
英ガーディアン紙などによれば、ムハンマド皇太子は格闘ゲームの熱心なプレイヤーで、少年時代に熱中して『KOF』を遊んでいたという。彼のSNKコレクションは世界有数ともいわれており、自宅の"秘密の部屋"にはSNKのアーケードゲーム機が往年のゲーセンのようにズラリと並んでいる、なんて噂もある。その部屋に入るにはGPS機能があったり、撮影できるものの持ち込みは厳禁であるため、招待された人は、一時的にスマホを没収されるらしい。
つまり、SNKの買収は、単なるサウジの戦略的国家事業という枠とは別に、皇太子自身の個人的趣味が色濃く反映されたとも言えるのだ。

サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子。
23年以降、SNKはサウジのファイサル王子が率いる「Savvy Games Group(サヴィ ゲームズ グループ)」によるeスポーツオリンピック施策と並走する形で、世界的なeスポーツ市場に向けた活動を強化している。
中でも注目されるのが、KOFシリーズの世界大会「SNK World Championship」の開催だ。SNKは昨年から世界各地で予選大会を実施し、今年は決勝大会を開催すると発表している。
その開催地については現時点で正式発表はされていないが、候補地のひとつと目されているのがサウジの首都リヤドだ。同都市は過去に「eスポーツ ワールドカップ」などのゲームの国際大会の開催地となった実績があり、サウジのeスポーツ推進政策との親和性が高い。
ちなみにSNKは新規採用を拡大、大阪・心斎橋には同社のオフィシャルストアが4月19日にオープン(期間限定)するなど、日本での事業にも力を入れている。
また業界関係者によると、SNKのゲームには"実在の有名人"の参戦が次々と控えている、なんて話もある。
サウジマネーによって、廃れかけていた格闘ゲームのIPが、なんだかおもしろい方向で復活を遂げた。SNKは今後、どんなサプライズを仕掛けてくるのか、注目したい。
取材・文/西宇大介