ロシアから飛来したミサイルの残骸
元米陸軍情報将校であり、アフガンで実戦も経験した飯柴智亮氏は、仕事で戦争勃発後のウクライナを何度も訪れている。さまざまな事を見聞きし、体験した。
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ウクライナにはロシア本土から各種のミサイルが飛来します。ロシア軍(以下、露軍)の放った弾痕と砲爆撃の跡が残る最前線近くにいた時、私は自分の意識が友軍と共にあると認識しました。
その大元は、耳から脳に届いた音。低空を飛ぶF16戦闘機の音が聞こえたのです。
アメリカ陸軍兵士は、常に米空海軍戦闘機の制空権下で動きます。しかし、ここはウクライナ。ならば、ウクライナ空軍のF16かと思いました。
しかし、何機も飛来するし、飛び方がおかしくて編隊を組んで飛来するのではなく、一機ずつ来ていました。亜音速で目視できるスピードでしたのでよく見ると、翼がチョコンと出ている......。露軍巡航ミサイルが亜音速で頭上を通過していました。
シングルエンジンのF16の飛行音に似ていたのはミサイルでした。
しかし、恐怖はありませんでした。なぜなら、巡航ミサイルだとわかった時には、すでに5、6発飛び超えていきましたから。英語で言うならば「It's too late.」。遅きに失したということです。自分のいた地点が目標ならば、すでに戦死していましたね。
しかし、私は生き残ることができたので、銃後のどこかに着弾する前に地対空システムで撃墜されることを祈りました。ウクライナ軍(以下、ウ軍)の兵士たちは、その銃後を守るために必死に戦い続けています。

キーウのある広場。ウクライナのために戦った自国、諸外国の戦死者を讃え、弔う
首都キーウのとある広場には、戦死者を弔う場所があります。
今のウクライナの最前線を2003年のアフガニスタンと比べると、テクノロジーの進化に驚きます。当時のアフガンには無人機(UAV)はありましたが、ドローンはありませんでした。今、この最前線では偵察用ドローン、迫撃砲弾を投下する爆撃ドローン、そして榴弾戦車や兵士を無力化するFPV自爆ドローン各種が飛び回っています。
何より一番の違いは、「情報伝達の速さ」です。
偵察ドローンが敵の戦車、歩兵を発見し、どのドローンが戦車・装甲車を爆撃するのか、または、自爆ドローンが歩兵を攻撃するのか、情報を伝達。後方にいるドローンパイロットが命令を受けて、攻撃を開始。これがすさまじい速度で行なわれます。
日本人志願兵が戦死する理由の一つとして考えられるのが、言葉の壁です。「ドローンが来るぞ」「手りゅう弾だ」などのウクライナ語が理解できないと、言語が通じる周囲の歩兵よりも避難行動が一瞬遅れ、そこが生死の分かれ目となります。
戦死した日本人兵の方々においては、本当に残念で仕方がありません。しかし、彼らが戦場で生き残り、陸自に復帰すれば、陸自が現代の戦場で強くなれます。
仕事で割り当てられた宿舎は、旧ソ連時代からのボロボロのアパートでした。空襲警報が発令されてドローンの音を聞いたとき、思わず窓から外を見ました。
すると、露軍ドローンが独特のプロペラ音が響かせて飛んできました。その後、カラスの大群が自分たちの縄張りに入ってきた大型鳥を追い出すように、すさまじい鳴き声を上げながら追尾していました。
首都キーウの迎撃率は90%でしたが、昨年の暮れから60%強に落ちました。しかし、自分はそのウ軍対空網をすり抜けた露軍ドローンは、怖くはありませんでした。
それは、頭が自然と情報将校に切り替わり、「標的はこんなボロアパートではなく、もっと優先順位の高い標的に向かって行くはずだ」との判断を下していたからです。単なる消去法です。
露軍ドローンはカラスに追われるように去っていきました。そのカラスがバードストライクとなって、自爆ドローンのプロペラに激突して失速して落ちてくる可能性もあるわけです。このようにアクシデントで当たる時は当たるでしょう。現役時代のアフガニスタンでもそうでしたが、割り切って考えないとこの商売はやってられません。
それから、ウ軍の無人ドローンを作っている工場へも行きました。手作り感がすごくて、まさに前近代的でした。その辺で売ってるラジコンドローンに毛が生えた程度の物です。まだこんなやり方で作っているんだと感心するほどでした。
もっとも、ガンガン壊すわけですから、そんなに高級品を作るわけにもいきません。使い捨てですから。そう考えると納得できました。それが露軍相手にあれだけの戦果を挙げているのですからね。
■銃後で贅をつくすコネ男たち
首都キーウ市内では、何人もの傷痍軍人がくたびれた戦闘服でウォーキングをして、傷を癒し体力を戻して、再び最前線に戻る準備をしています。
その傷痍軍人たちの顔は疲れ果てていて、「もう嫌だ、勘弁してくれ」という思いが満ち溢れていました。露軍が侵攻してきて3年目。クリミアから数えたら11年目ですから、それも仕方のないことです。
夜は仕事の同僚の屈強な男と、たまには美味いもんを食いに行こうとなります。戦時下であっても、首都キーウではそれが可能です。


高級レストランには新鮮な食材、そして、冷えたシャンパンがある
新鮮な生カキ、魚介類、キンキンに冷えたシャンパンなど、銀座、六本木、麻布並みの高級レストランでは、この戦時下でも食材に溢れています。それもふたりで250ドルと、米国に比べれば格安です。
ウクライナ人の平均月収は1000ドル。だから、この高級レストランにには来れないと思っていました。しかし、それは間違いでした。
私が行った日に、ウクライナ人の40代の男が、若くて美しいウクライナ女性4人を連れ、シャンパンを何本も開けて盛大に飲み食いしていました。勘定はゆうに1000ドルを超えるでしょう。
まさにいま、ウクライナは、コネのある勝ち組にとって「天国」です。その40代のウクライナ人の御尊顔を拝しましたが、コネがあるおかげで絶対に一度も戦地に行ってないいのでしょう。厭戦気分も何もなかったです。
最前線では40~50代の男でも、ずっと戦地と後方を行き来して戦っています。しかし、ここウクライナは旧ソ連の衛星国家。なので、コネと汚職が蔓延する国なのです。
その金遣いの荒い四十男もコネがあって戦場に行かずに済み、銃後の後方で大金を稼ぎ、毎晩若い姉ちゃんたちと遊び歩いているのです。昼間、青空市場に行ったとき、自分で漬けた漬物を初老の女性が一生懸命に売っていました。底辺の人々はその日の生活するだけで精一杯です。
ウクライナ政府の要人のスタッフの方々にもお会いしましたが、米国のような「ベストアンドブライテスト」(最良の最も聡明な人々)から程遠い、コネのお陰でその地位に就いた人たちでした。優秀な人間よりも、コネの世界なんです。
そして、ウクライナ国内で後を絶たないのは、ロシアに利敵行為をするウクライナ人スパイの摘発です。利敵行為で起訴されたウクライナ人はものすごい数に及びます。
最初はひどいなと思っていたのですが、事情は複雑で、単純な問題ではありません。何回も行ってわかったのが、ロシアとウクライナの地縁血縁の深さです。ウクライナ人に聞いたら、絶対に誰かの叔父さんの奥さんがロシア人とか、親戚や血縁にロシア人がたくさんいます。
政府で要職に就いている人物の摘発も後を絶ちませんが、元々ロシアとウクライナは同じソ連邦内の共和国でした。ですので、首都モスクワとの関係を完全に断ち切れと言うのがそもそも無理な話です。ご存じの通り、家族を人質に取って脅すのは旧KGBの常套(じょうとう)手段です。ロシアのプーチン大統領が旧KGB出身ですから、何をいわんかやです。同時に親族かロシアFSBに焚きつけられて情報収集活動を行い、ウクライナ側の親戚が無意識に情報を流してしまう、といった事もあるのでしょう。
■ウクライナの未来は?
現在、首都キーウにいるのは若い女性だらけです。健康な成人男性は皆、戦地に行っています。ウクライナ人の男女比は男4に女6となっています。女性好きの男たちには羨ましい比率ですが、男がいっぱい死んでいるからそうなっているだけ。この状況が進めば、将来、ウクライナ民族がいなくなることも考えられます。
戦争が続けば当然、男の数が減っていきます。プーチンが本気で手をかければ、民族浄化も可能でしょう。だからこそ、一刻も早い停戦、終戦が必要なのです。
しかし、戦争が終われば、復興支援という名のもとにウクライナにすさまじい金額の復興費用が入ってきます。その差配をウクライナだけに任せておけば、コネのある人々が横領と私物化で大儲けをして、私腹を肥やすの結果となるのは目に見えています。コネを持つ金持ちがさらにリッチになり、底辺の貧乏人はさらに貧しさを極める。
この構造を根本から変えなければ、本質的な解決にならないはずです。だからこそここは、ノルウェーなどの北欧諸国...金勘定がしっかりできて汚職が少ない国々の人が、復興資金を管理するなりしないと大変なことになると思います。ノルウェーの調停外交には一日の長があり、国連を含めた下手な国際機関よりも成果は期待できます。
ウクライナ戦争がこのまま続けば、民族浄化によるウクライナ民族の消滅へと向かい、停戦、終戦となればウクライナの金持ちたちが大儲けし、汚職と横領のオンパレードになる。「続けるも終わるも地獄」。それがこの、ウクライナ戦争なのです。
ウクライナはこのジレンマからどう抜け出すのでしょうか? それに対して日本は何ができるのか? 今は日本国民の一人一人が真剣に考えなければならない段階に来ていると私は思います。なぜなら、北方領土をロシアに占領されている日本にとって、ウクライナ問題は『明日は我が身』だからです。
構成/小峯隆生