撮影/北川直樹
②井上尚弥の世界4団体統一戦さえ超える感動を与えた、史上稀な日本タイトルマッチ(連載・第2回)
(前回までのあらすじ)
先月6日、神戸市立中央体育館で開催されたプロボクシング興行。初のメインイベンターとして10回戦に挑んだ19歳、伊藤千飛(真正ジム)は4回KO勝利。関西の新鋭はあらためてそのポテンシャルを見せつけた。
伊藤の師匠は、元世界3階級王者、長谷川穂積と共に世界を戦った真正ジム会長、山下正人会長。見据える先はもちろん世界。しかし伊藤とコンビを組む事になる直前、リング禍で愛弟子を失った山下は、一度はミットを外し、ボクシング業界自体から離れる事も考えていた。
東京2020五輪出場を目指したものの予選敗退。夢破れてボクシング自体からも離れていた時、山下が自らスカウトしてプロで再起させた愛弟子の名前は、「穴口一輝」といった。
2023年12月26日、東京・有明アリーナで開催された、井上尚弥4団体統一記念杯、バンタム級モンスタートーナメント決勝。試合結果を聞いた直後、足が痙攣し始めて自力で立てなくなった穴口は控室で意識を失った。右硬膜下血腫――。救急車で搬送されて手術を受けたものの意識は戻らないまま、穴口は翌2024年2月2日、午後5時38分に永眠した。
* * *
■日本ランキング12位からの下克上
穴口が永眠した翌日、東京・後楽園ホールで開催された真正ジム自主興行の第一試合開始前に黙祷が捧げられた。
「ご家族が到着するまで頑張ってくれました。この1ヵ月間、ある程度は覚悟し、(心の)整理をしていましたが......。
自分は一生で1番ぐらい泣きました。
最後まで傍で見守り、前日から一睡もしないまま同日を迎えた山下は、記者からの質問に沈痛な面持ちで答えた。
搬送先の都内病院に入院していた穴口は、真正ジム主催の自主興行前日に旅立った。自主興行は普段は神戸。たまたま東京で打たれたタイミングで最後の時を迎えた事に、山下は単なる偶然とは思えない、不思議な気持ちになった。
バンタム級モンスタートーナメント決勝戦は、WBC &WBO世界スーパーバンタム級王者の井上尚弥と、WBA &IBF世界同級王者のマーロン・タパレス(フィリピン)による4団体王座統一戦のセミファイナルに組まれていた。
穴口は、勝てばファイトマネー300万円以外に破格の優勝賞金、1000万円を手にする事が出来た。対戦相手は優勝候補筆頭で、同級日本王座3度防衛中の堤聖也(角海老宝石)。同試合は、穴口にとってはトーナメント決勝戦と同時に、日本バンタム級王座獲得を懸けた大一番でもあった。
世界主要4団体すべて世界ランキング入りしていた堤にとって同決勝は、世界戦に弾みを付ける前哨戦に近い位置付け。一方、穴口はトーナメントエントリー時は日本バンタム級12位とランキング入りしたばかりで、プロ通算もまだ4戦(4勝2KO)だった。
トーナメント出場が決まった際、穴口は自身のInstagramに
井上尚弥杯 MONSTER TOURNAMENTに出場する事が決まりました。
出場選手の中で1番知名度も低いし1番ランキングも下やけど、1番強い事を証明して来ます!
必ず優勝して優勝賞金1000万貰ってきます。
と投稿した。
抜群のボクシングセンスと潜在能力は評価されていたものの、穴口は、エントリー時はダークホース的な存在だった。決勝まで勝ち上がり、日本ランキングも12位から3位まで上昇していたが、実績経験ともに堤とは大きな差があった事から、戦前の予想は堤勝利と見る向きが大半だった。
■Real Soul(リアル・ソウル)
大方の試合予想は堤勝利――。
ところがいざ始まると、優勢に進めたのは穴口だった。
3回、穴口は有効打で堤の左目上をカット。堤の左目上からは鮮血が溢れ出した。
試合は公開採点方式ではなかったが、穴口は4回にダウンを奪われるも折り返し5回を終えた時点のジャッジペーパーは、2-0(48-46が2名。残り1名は47-47)で優勢だった。
穴口は6回も得意のフットワークを駆使して距離を保ち、伸びのあるジャブや左ストレートをヒットさせてリードを広げた。堤は出血の酷さから、いつ試合ストップされてもおかしくない状態だった。
7回、穴口は大量の鮮血を流しながらも反撃に転じた堤に、右ストレートを合わされて2度目のダウンを喫した。しかしすぐに立ち上がり、続く8回はふたたび優勢に試合を進めた。8回終了時点でのジャッジペーパーは「2-0(76-74が2名。残り1名は75-75)で穴口」という状況で、試合は残り2回となった。
ジャッジペーパーは非公開でも僅差である事は間違いない。ただ、もし優劣をつけるとすれば、8回終了時点では、穴口の方が若干優勢に思われた。
ダウンを奪い、判定に持ち込まれても勝利を確実にしたい堤は9回、終盤にもかかわらず攻撃のギアをさらに上げて襲い掛かってきた。自身の攻撃スタイルを「cyclone(サイクロン)」と表現する堤は、左右どちらの構えでも戦える変幻自在のファイター。まさに暴風雨のごとく激しく腕を回転させて連打を浴びせ、堤は穴口から3度目のダウンを奪った。
それでも穴口の心は折れない。三度(みたび)立ち上がった穴口は、心身ともに極限状態だったはず。

撮影/北川直樹
両者一歩も引かないまま、試合は最終10回を迎えた。
10回、穴口はもはや神がかっているとしか思えないような脅威的な粘りを見せて試合を盛り返した。ボディの打ち合いからの左ストレート、返しの右フックをヒットさせ、鮮血で顔を朱色に染めた堤を追い込んだ。堤も気力を振り絞り、足は軽快に動かなくなっても体ごとぶつかるように前進し続けた。
残り10秒を知らせる拍子木を叩く音が鳴りほんの数秒後の出来事だった。
堤の連打で押し込まれた穴口は痛恨の4度目のダウンを喫し、前のめりに崩れるようにして倒れた。「もはやこれまで」と思われるような倒れ方だったがやはりすぐ立ち上がりファイティングポーズをとった。レフェリーが試合再開を告げると同時に、終了を告げる鐘の音が響いた。
試合終了の瞬間、ふたりは互いの健闘を讃えるように拳と拳を突き合わせた。そして額がつくほど顔を寄せて短い言葉を交わした。

試合は3-0(2名が94-92。
日本ランキング12位からの下克上を逃した穴口。しかし、観客からは勝者も敗者も関係なく、感動を伝える拍手が惜しむ事なく贈られた。
勝利者インタビューで堤は、
「穴口選手の気持ちの強さを試合中に凄く感じた。それがあったからこそ、お客さんを盛り上げる試合ができたと思っている。穴口選手にも本当に感謝しています。ありがとうございました」
と話し、この後すぐに控えたメインイベント、世界スーパーバンタム級4団体王座統一戦、井上尚弥対マーロン・タパレス戦を前に、およそ1万5000人の大観衆に向かって「来年世界獲ります。待ってろ世界!」と声高らかに宣言した。
勝者が眩しいスポットライトと歓声を浴びる中、リングを下りた穴口は両脇を抱えられ、陣営と一緒に控室に戻った。
まだこの時点では誰も、これが穴口のラストファイトになるとは思えなかったかもしれない。
■伊藤千飛(いとう・せんと)
2005年6月25日生まれ、19歳。兵庫県伊丹市出身。元プロキックボクサーの父親の影響で4歳からキックボクシングを始め、同時にボクシングにも取り組む。興国高校に進学後はボクシングに専念し選抜2冠、アジアユース&ジュニア選手権で銅メダル獲得。2024年1月にB級ライセンス取得し同年4月20日にプロデビュー。現在の戦績は4戦4勝3KO。OPBF東洋太平洋バンタム級11位、WBOアジアパシフィック同級9位。
■山下正人(やました・まさと)
1962年4月30日生まれ、63歳。高知県生まれ。真正ボクシングジム会長兼チーフトレーナー。2歳で兵庫県伊丹市に引っ越し現在も同市在住。高校卒業後、兵庫県警警察官となり、主に暴力団対策本部の刑事として勤務。35歳の時、体を鍛える目的で入会した千里馬神戸ジムで長谷川穂積と出会い、36歳で警察官を退職しトレーナーとして共に世界を目指した。24歳の時、バンタム級で世界王者になった長谷川は以後、3階級制覇達成。2005年度、優れた実績を残したトレーナーに贈られる最高の名誉、エディ・タウンゼント賞受賞。
■穴口一輝(あなぐち・かずき)
2000年5月12日生まれ。大阪府岸和田市出身。芦屋学園高時代は選抜&国体二冠(フライ級)。芦屋大進学後は東京五輪出場を目指すも予選敗退。ボクシングから離れるも山下にスカウトされて再起。プロデビュー以来4連勝で井上尚弥4団体統一記念杯バンタム級モンスタートーナメント出場を決め、2023年12月26日の決勝ではのちWBA世界同級王者になる堤聖也と激闘を繰り広げた。同試合直後に右硬膜下血腫で意識を失い翌年2月2日永眠。生涯戦績7戦6勝(2KO)1敗。享年23歳。
取材・文・撮影/会津泰成