トーキョーミューラルスクエア Vol.11 ミスタースター
「なんだこれ?」そばを歩けば思わず足を止めて見入る。そんな壁画を日本各地で描く会社が「OVER ALLs」だ。
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6月6日、東京・青山、ミューラル(壁画)アートカンパニー「OVER ALLs」による新壁画のライブペインティングが行なわれた。描かれたのは、その3日前に亡くなった〝ミスタープロ野球〟長嶋茂雄氏(享年89)の往年の姿だった。
世間をざわつかせる壁画を次々と発表する彼らは何者なのか? 同社代表の赤澤岳人氏と、画家の山本勇気氏を直撃した。
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代表取締役の赤澤岳人氏(右)と画家の山本勇気氏(左)
――グラフィティ(公共の場に描かれた文字や絵)は描いているところを人に見せないものなので、新鮮でした。
赤澤岳人(以下、赤澤) いえ、会社の外壁に描いている以上、僕らのはグラフィティではありません。もちろん、広告でもない。街行く人に「これはなんだろう」と思ってもらいたくて描いています。
少し唐突な話かもしれませんが、僕は今の日本は〝資本主義教〟に侵されていると思っているんですよ。街中は広告で埋め尽くされているし、インスタグラムではブランド品、高級車、リゾートっていう〝金〟を見せることが一番ウケる。
そんな中、あえてわからないものを置こうということで、「make a beautiful noise in tokyo」(東京に美しいノイズを)というスローガンを掲げています。

トーキョーミューラルスクエア Vol.10 BELIEVE 東京・青山にあるOVER ALLs本社の外壁に、タレント、スポーツ選手、アーティストから政治家まで、そのとき話題の人物やトピックをテーマにした壁画を展開。2024年11月から月1回ほどのペースで描き替えをしていて、新しい絵にはその前の絵の痕跡が残っていることも

Vol.2 JIJI-NUKI
――長嶋さんの前は、農林水産大臣に就任した小泉進次郎さんを描いて話題になりました。
赤澤 大臣になってから、毎日マスコミをにぎわしていた小泉さんは、露出だけでいえばスーパースターです。そんな彼が真剣に話してる姿を見て、「これで口元にコメ粒がついてたら面白いねんけどな」と思って、山本に描いてもらいました。山本はピンときてなかったですけど(笑)。
――反応はどうでしたか?
赤澤 ここを通る人たちは笑ってましたね。僕はアートは一種のボケだと思ってるので、ツッコんでくれたらいいんです。でもSNSを開くと、誹謗中傷もすごい。「政治に無知なくせに」とか「燃やしに行ってやろうか」とか。
彼らと議論しても負ける気はしないけど、僕たちは今起こっているこのコメに関するムーブメントにアーティストとして応えただけ。政治の話になると、「何が正しいか」「どうしたらいいか」という「HOW」の話ばかりになるけど、僕らは「WOW!」という心の動き、感動を起こしたいんです。

鶴身印刷工場 2016年制作、OVER ALLsの壁画デビュー作。大阪・京橋の老舗印刷会社「鶴身印刷所」は2015年に廃業、残った工場に創業者から会社を畳む決定をした最後の女性社長(右端)まで、歴代の経営者とその関係者を描いた。すでに工場は取り壊されており、もう見ることはできない
――そもそもミューラル(壁画)アートを手がけるようになったのは、大阪の廃工場となった「鶴身印刷工場」の壁に、工場の歴史を描いたことがきっかけとか。
赤澤 約70年前に建てられた工場で、すごくインダストリアルでいい感じだったんですよ。でも、アーティストに好きにやってもらうと、どうしても自分の描きたいものを描く。それじゃいけないと直感的に思って、ここで50年くらい働いてきた工場長に話を伺って、壁画を制作しました。
それが今やってることに通じていて、どの仕事も、まずはクライアントをリサーチして、何度も話し合いをして、描く内容を決めています。
山本勇気(以下、山本) 僕はもともと美大で絵を学んで、「建築パース」という完成予想図みたいなものを描く仕事をしていたんです。そこから個人で肖像画を描くようになったんですけど、クライアントや目の前の人の思いを聞いて絵にするという意味では、今も昔もずっと変わらないですね。
赤澤 ミューラルなんて日本では競合はいなかったけど、市場そのものもなかった。そんな中、なんのツテもないのに大阪から東京に出てきて、恵比寿に事務所を構えてあっという間に資金がなくなるとか(笑)、お金の苦労はありましたよ。
ただ、自分たちとしてはあんまり苦労したっていう感覚はなくて、今もずっと必死でやっているだけですね。

福島県双葉郡双葉町 福島第一原発事故で全町避難を強いられた双葉町を、壁画アートで盛り上げようとするプロジェクト「FUTABA Art District」。2020年からスタートし、これまで計14作品を描き続けた。写真の壁画では実在する双葉町住民の生き生きとした表情を描いた
――そもそもミューラルの特性とは何だと思いますか?
山本 たぶんキャンバスに描いたキレイな絵を壁にかけても、あまりインパクトがないと思うんです。
描き手としても、キャンバスは対象として軽すぎるんですけど、相手が壁やと思いっきりパンチを打ち込めるんですよね。
ただ、ミューラルならではの苦労もあります。都内だと広告の大きさは建物の壁面積の3割以下にしなきゃいけなくて(東京都屋外広告物条例)、ストーリーをうまく伝えきれなかったり。

東京・板橋の「コナミスポーツクラブ成増」のビル外壁に描かれた壁画
赤澤 そもそもアートと広告の違いすらわからない国だということですけどね。そのへんは本気で変えていきたい。
成増のミューラルは、スポーツの社会的価値を感じてもらうことで街を明るくしたいというオーナーの思いが込められているんですけど、これ、文字(FEEL GOOD)の一部分を白抜きにしているんですよ。「この部分には何も描かれていない」ってことで、名目上の絵の総面積を減らして、条例をクリアしました。
思いついたときは「発明や!」と思いましたね(笑)。ただ、自治体によっては厳しいところもあり、対応は担当者によってさまざまなのが現状です。

エスコンフィールドHOKKAIDO 2023年に開業した北海道北広島市のボールパークにして北海道日本ハムファイターズの本拠地。
――現在、みずほフィナンシャルグループや日本軽金属株式会社など、名だたる大企業とも仕事をされています。企業にミューラルを導入する意義とは?
赤澤 今、日本の会社は〝迷える子羊〟になってると思うんです。高度経済成長期の頃は働けば幸せになれると信じられた。だけどこの「失われた30年」を経て、法人が生きる目的を失った結果、コンサルに5億も10億も払ってパーパス(企業の社会的な存在意義)をつくってもらうようになった。現代における「戒名」ですよね。
でも、CSR(企業の社会的責任)的なノリで外に向かって発信する言葉は、社員の心に残らない。僕らのやってることは、ミューラルを通じて働く人の心の中に戒名を取り戻すことです。会社の歴史や自分たちのやっていることを壁画にして、堂々と自慢してほしい。
ちなみに、このミューラルをやると、社員のスナックでの飲み方がキレイになるらしいですよ。それまでは知られていなかった会社でも、「あの壁画の建物ね」ってすぐバレるから(笑)。

トーキョーミューラルスクエアでは、ピアノの演奏と共にライブペインティングが披露される。
――最後に、今後の目標はありますか?
赤澤 そのご質問はよくいただくんですけど、目標を掲げて成功するという発想自体が〝資本主義教〟に侵されていると思います。僕らは生産性のために生まれてきたわけじゃない。それよりも、もっといい仕事をして、楽しい思い出をつくりたいです。
山本 僕は10年前に肖像画を始めた頃、「これをやっていけば自分は素晴らしい人生が送れる」と思ったんです。だから、絵を使って目の前の人とコミュニケーションをするということをやり続けたい。ホンマは、小泉さんにもここでヒアリングさせてもらってから描きたかったんですけどね(笑)。
●赤澤岳人(あかざわ・たかと)
代表取締役。大手人材会社での営業勤務を経て2016年に画家・山本勇気と共にOVER ALLsを設立。自治体や企業などの組織と一緒に壁画コンセプトを考える役割を担う。
●山本勇気(やまもと・ゆうき)
画家。OVER ALLsの副社長にしてメインアーティスト。2018年「ART BATTLE JAPAN」チャンピオン。
取材・文/西中賢治 撮影/グレート・ザ・歌舞伎町