米国との6度目の関税交渉後、ワシントンで記者団の取材に応じた赤澤亮正経済再生担当大臣
いわゆるトランプ関税を巡る日米交渉が新たな局面に。なんと米国産の日本車を〝逆輸入〟する案が急浮上したのだ。
■米国産の日本車はサイズがデカすぎる
「アメ車をもっと日本で売れ!」
米トランプ大統領の無理難題により、日米間の関税交渉はかつてない緊張感に包まれている。4月中旬から米国で始まった閣僚協議は、5月23日(現地時間)からは4週連続で計6回も開催されるという異例の展開に。
赤澤亮正経済再生担当大臣は、米側との〝親密な関係〟を必死にアピールしているが、交渉が難航しているのは誰の目にも明らかだ。
自動車評論家の国沢光宏氏は苦笑いを浮かべながらこう語る。
「日本政府は、のらりくらりとうまくやっていると思いますよ。ただ、1990年代にゼネラルモーターズのシボレー・キャバリエにトヨタのバッジをつけて日本で販売したことがありましたが、まったく売れなかった(笑)。この事実を、トランプ大統領は知らないんでしょう」
そんな中、石破茂政権が繰り出してきたのが、「米国産の日本車」を逆輸入するという奇策だ。この案が急浮上した背景には何があるのか。自動車誌の元幹部が解説する。
「実は、トヨタ自動車の中嶋裕樹副社長が、6月9日に公開された自社サイトの配信動画の中で、5月1日に行なわれた豊田章男会長と石破総理との会談に言及していました。
その中で、日本国内にある4000を超えるトヨタの販売網を活用して〝アメ車〟を販売する案や、米国で生産されたトヨタ車を日本に導入する〝逆輸入上陸案〟にも触れていたんです」
石破政権の狙いは何か。
「日本の自動車メーカーが米国で生産したクルマを日本に持ち込むことで、〝アメ車を日本で売っている〟という体裁を整えるのが狙いでしょう。日米の関税交渉では、米国側が〝日本でアメ車がまったく売れていない〟ことをかなり問題視していますからね」
いわゆる〝逆輸入車〟は本当に日本で売れるのか? その疑問に対し、国沢氏はこう語る。
「石破政権としては、トランプに〝知恵を絞っている姿〟をアピールする必要があるのでしょう(笑)。さらに、この提案で関税が25%から10%に下がれば、ビジネス的にも大きなメリットがあります。
ただし、米国仕様のクルマには、日本市場にマッチしないという根本的な問題がある。日米で求められるクルマは根本的に違うということです」
たまに米国から並行輸入されたトヨタのクルマを日本で見ることもあるが......。
「確かに、ピックアップトラックのタンドラや大型SUVのセコイアを見かけることはあります。ただ、あれは〝スキモノ〟が乗っている(笑)。日本ではサイズが大きすぎて、正直、万人向けとは言えませんね」

トヨタ「タンドラ」TOYOTA TUNDRA/トヨタが誇るピックアップトラック。米テキサス州サンアントニオにあるトヨタ・モーター・マニュファクチャリング・テキサスで生産

トヨタ「セコイア」TOYOTA SEQUOIA/ニッポンの一部トヨタファンがたぎりまくるのが、この巨大SUVのセコイア。上のタンドラと同じ工場で生産されている
では、日産が米テネシー州スマーナ工場で生産している高級SUV・インフィニティQX60はどうか。ネット上では、「逆輸入すれば日本でも売れるのでは?」という声も上がっているが、そこには大きな壁が立ちはだかるという。自動車誌の元幹部はこう語る。
「日産の高級ブランドであるインフィニティに関して、日産は日本での展開をまったく考えていません。

インフィニティ「QX60」INFINITI QX60/北米市場向けのインフィニティQX60は米テネシー州スマーナ工場で生産。日産の高級ブランド・インフィニティは日本でも大注目
実はインフィニティの〝逆輸入〟には、さらなるハードルがある。
「インフィニティを日本で展開するには、新たな高級ディーラー網の構築が必要になります。ですが、今の日産は経営再建の真っただ中。それは現実的ではありません。いっそのこと、既存の日産ディーラーで売ればとも思いますが......戦略的に難しい」
■スバルとマツダにファン渇望カーが!
一方、「上陸すれば爆売れが期待できる」と多くの専門家が太鼓判を押すのが、トヨタのタフなSUV・4ランナー(旧ハイラックスサーフ)と、3列シートSUVのグランドハイランダー。自動車誌の元幹部はこう語る。
「4ランナーは、米国で販売されている日本未導入モデルです。トヨタが日本で正式に販売すれば、大人気になるのは間違いありません。ただ、生産は日本国内なので、〝逆輸入車〟として扱われるかは微妙なところです。
一方、グランドハイランダーは米インディアナ州のプリンストン工場で生産されており、骨格はRAV4やハリアーと共通。ハイブリッド仕様もあるので、日本に導入されれば爆売れの可能性も」

トヨタ「4ランナー」TOYOTA 4RUNNER/米国で売るトヨタのタフなSUV・4ランナー。

トヨタ「グランドハイランダー」TOYOTA GRAND HIGHLANDER/トヨタのドル箱であるRAV4の兄弟車。しかも、8人乗りのSUVということもありニッポン市場から熱視線を集めている
自動車ジャーナリストの桃田健史(けんじ)氏は、注目すべきモデルとしてスバルとマツダの車種を挙げる。
「スバルのフォレスター ウィルダネスとアウトバック ウィルダネスは、確実に売れるでしょう。すでに並行輸入されており、本格的なオフローダーとしてユーザーの間で話題になっています。また、マツダのCX-50も〝オフローダー的SUV〟として注目を集めており、日本市場での関心は着実に高まっています」

スバル「フォレスター ウィルダネス」SUBARU FORESTER WILDERNESS/フォレスター&アウトバックのウィルダネスは米インディアナ州にあるスバル・オブ・インディアナ・オートモーティブで生産されている
前出の国沢氏も、逆輸入候補としてマツダのCX-50に太鼓判を押す。
「日本市場で本当に求められているのは、北米で大ヒットしているマツダのCX-50。このモデルこそ、日本に導入すれば間違いなく売れる一台です」
SNSでも「日本で売ってほしい!」という声が相次いでおり、並行輸入で手に入れるユーザーも増加中だという。

マツダ「CX‐50」MAZDA CX-50/CX-50は米アラバマ州の工場で生産され、24年には北米市場で10万台超の大ヒットを記録したマツダ渾身のSUV。ファン垂涎の一台
石破政権の奇策〝逆輸入〟は、トランプ関税を打ち破る切り札となるのか。桃田氏は冷静にこう分析する。
「そもそも米国産の日本車は、部品の現地調達率を高め、アメリカ国内でサプライチェーンを完結させることで収支を設計しているため、日本への輸出は想定されていません。
また、日本で売れ筋になりそうなモデルは限られており、仮にあったとしても特徴的なSUVが中心。販売台数も限定的になるでしょう。結局のところ、今回の〝逆輸入案〟は日米貿易交渉全体の中での〝交渉カードのひとつ〟に過ぎず、トランプ関税を根本的に回避する解決策にはならないと思います」
最後に、国沢氏がこう総括する。
「米国は今、国内では不法移民摘発に抗議するデモが全米各地に飛び火し、その鎮圧に追われています。国外に目を向ければ、イスラエルとイランの軍事衝突の激化と、情勢は極めて不安定。正直、関税どころではないのでは」
果たして、石破政権が仕掛ける〝逆輸入案〟は、膠着する日米交渉の突破口となるのか。政権の外交手腕が今まさに試されている。
取材・文/週プレ自動車班 写真/時事通信社