2022年参院選に出馬し、奇跡の当選を果たした水道橋博士(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
ドキュメンタリー映画『選挙と鬱』が面白い。2022年参院選に出馬した芸人、水道橋博士が奇跡の当選を目指して全国を旅するロードムービーであり、当選、鬱病再発による休職、辞任、そして再生までを追ったジェットコースタームービーである。
■「最初はすごく楽しくふざけてました」
――3年前の6月、れいわ新選組の山本太郎代表のひとことから急遽、博士は出馬することになりました。後輩芸人、弟子、元マネージャーらで構成された選挙チームと共にドタバタと全国行脚したわけですけど、あの選挙運動の日々は、今振り返るとどうですか?
博士 60歳を迎える夏の選挙ですから、過酷な選挙でしたよ。その年齢で出るのもしんどいし、ましてや資金力もなければ、政治的な人脈もないわけです。選挙事務所を構えて、為書きを壁中に貼ったりとか、ウグイス嬢とか、そういう選挙の定石っていうのも何もなくて。
映画評論家の町山智浩さんが青柳拓監督に撮影を勧めたことからこの映画は始まったんですけど、全国比例区だから日本中を回るんで、ロックバンドのロードムービーを撮ってるみたいなイメージでしたね。選挙カーのスピーカーでスネークマンショーをもじったりしてずっと遊んでたし、最初はすごく楽しくふざけてました。当選するはずないと思ってたから。
――え、そうなんですか?
博士 ボク自身の動機は、大阪市長の松井一郎さんとのスラップ訴訟(博士のSNS投稿を名誉棄損として、当時の松井大阪市長が550万円の損害賠償を求めた訴訟)を可視化したいと思っていただけなので。
落選しても映画という形でボクの裁判への問題意識は残っていくと思ってやっていたのだけれども、実際に選挙運動で全国を歩いてみると、東京にいたら見えてこない地方の惨状を目の当たりにした。あちこちで人々の声を直接聞いているうちに、これは本気で政治家になって救わなければという気持ちになっていきましたよね。
本当に最初はサシャ・バロン・コーエン(英国のコメディアン、俳優)の影響で、政治家をからかうってことがやれると思ったんですね。選挙中なら直接会えるし、衝突したときにコメディーが生まれるって。そこは狙い通りになったんだけど、まさかの当選だったので、登山部に入ったらいきなりエベレストに連れていかれて、登頂してしまったような感じです。

演説する水道橋博士(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
――当初から、選挙運動をしながら映画を撮っているという意識をしっかり持っていたんですね。
博士 もちろん。それこそ大島新監督の一連の選挙ドキュメンタリー映画(『なぜ君は総理大臣になれないのか』など)も見ているし、ノンフィクションやドキュメンタリーに対する意識の高さはもともとあるから。
で、この映画の被写体である自分はコメディアンなんだから、マイケル・ムーアやサシャ・バロン・コーエンのような、笑える、しかも大物に接触していくっていう姿勢、カメラを引っ張っていくような被写体であるっていう自覚はありましたよ。青柳監督がどんなふうに撮ってるのかはわからなかったけど、彼の過去作を見て映画的才能への信頼感はずっとありました。
――もともと政治にはあまり興味がなかった青柳監督が、博士への密着を通して政治を自分事としていく過程も面白かったです。最初、青柳監督に対する印象はどうでしたか?
博士 青柳監督のことは知らなかったんですけど、編集権を欲しいと言ってきて。ボクのYouTubeを作っているK‐MAXっていう制作会社に直談判して、編集権が欲しいと20代の若者が言っているわけです。K‐MAXの取締役の小西さんもボクも町山さんも60歳だから、若者のその言や良し、素晴らしいねっていう感じで、ファイナルカット権も渡したんです。
で、監督は東中野の風呂なし家賃2万円のアパートに住んでるって聞いて驚いて。君は俺に対して何も払う必要ないからねって言って。こういう気持ちで来てくれてるんだって、意気に感じましたね。
青柳監督はものすごい量の時間カメラを回してましたね。ボクらを待ち受けていたり、自転車を駆使してカメラの位置とかも計算して、できたものは疾走感があったし。最初にできた当選までを収めた2時間の映像は、負け犬が大逆転劇する痛快なニューシネマの傑作みたいな感じだったんですけどね。

青柳拓監督(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
■麻生太郎や松井一郎とのゲリラ戦、空中戦
――遊説中の山本太郎代表に反スラップ訴訟法案を直訴したら、ならば博士自身が国会議員になって法律を作ったらどうかと誘われたわけですよね。すぐに決意したんですか?
博士 3日で決めましたね。それ以前にも選挙に出ないかって誘われたことは2回ぐらいあったんだけど、選挙に出ると出演番組が終わったりするんですよ。それで周囲が困るっていう状況をさんざん見てきたから。レギュラー番組を持ってるときに選挙なんていうのは自分の都合では出ちゃいけないと思ってた。けど、たまたま2022年当時はレギュラーがほぼ月1のラジオぐらいしかなかったんですね。これなら出られると。
――そして奇跡の当選を果たしました。勝因はなんだったんでしょうか?
博士 これは全ての候補に言えることだけど、選挙期間中ってマスコミ報道がないじゃないですか。
――まさに「ルポライター芸人」としての活動がそのまま選挙戦略にもハマったわけですね。
博士 そうですね。かつて青島幸男は参議院全国区で初当選したとき、出馬した後は選挙運動は一切せずにずっと海外を旅行してたんだけど、そういうインパクトのある作戦もあるって思ってたんですね。だから、青島幸男みたいにお金を全くかけないやり方で、お金がかかる選挙への批評行為ができるはずだって言ってたんだけど、これは青島さんだからできたのであって博士の知名度ではできませんよって話になって、それはすぐに諦めたんだけど。でも、ドバイに住みながら当選したガーシーは一種の青島幸男型でしたよね。
――あれも博士と同じ選挙でしたね(笑)。
後輩芸人の三又又三も博士の選挙運動に参戦。空気を読まないパフォーマンスで躍動する(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
博士 選挙の面白さは堪能しましたよ。 選挙カーに乗ってね、RCサクセションの「ドカドカうるさいR&Rバンド」とかサザンオールスターズの「旅姿六人衆」とかをかけながら興行を回っていくみたいなところは面白かったし。
――確かに、選挙戦初日と終盤ではかなり変わっていましたよね。
博士 ネタも次々とできるしね。演説ネタって「あるある」なんだなと思いましたよ。「戦争反対」なんて100対0で正しいに決まってるじゃないですか。だけど、たとえば消費税に関する細かい部分で、51対49になるような状況で、ボクの意見はこうですって視点を表明するとみんなが納得してくれたり拍手が来たりするんですね。だから芸人にすごい向いてるんですよ。 とは言ってもいざ国会に入ったら、それは霞が関文学の世界だからボクなんかが読み解けなくて、官僚にも絞られて、鬱になっていくような目に遭うけれども。
――そして映画も結果的に『選挙と鬱』という形になって。
博士 そうです。本来の、当選までを追った2時間の作品を短くして、そこから先の部分を作ってるわけだから、出口を決めるのがすごく大変で。休養明けに始めたウーバーイーツは、国会とか議院会館から注文が来て、そこに向けてボクが自転車を漕いでいくっていうシーンをイメージしてたんです。
(後編につづく)

●『選挙と鬱』
監督・撮影/青柳拓 配給・宣伝/ノンデライコ
6月28日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
取材・文/イワン・中込・ゴメス