まっピンクの選挙カーに乗り各地を回った水道橋博士(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
ドキュメンタリー映画『選挙と鬱』が面白い。2022年参院選に出馬した芸人、水道橋博士が奇跡の当選を目指して全国を旅するロードムービーであり、当選、鬱病再発による休職、辞任、そして再生までを追ったジェットコースタームービーである。
■「鬱になったときに、殿に『来い』って言われて」
――選挙運動初日でしたか、遭遇した麻生太郎さんから「まだ生きてたのか」っていう悪態をつかれて。結果的にあれがこの映画のラストへの、壮大な前振りになりましたね。
博士 いいセリフをもらって、いい悪役になってくれました。
――鬱に関して、選挙チームのひとりで、長年側近として博士を間近で見てきた原田専門家さんは選挙中から「これは落ちていくな」って予感していたそうですが、博士ご本人としてはどうだったんですか?
博士 人間誰しも、人生は大小の波の中で揺られていますからね。 大きな山が来ると次は降りなきゃいけなくなる、谷に向かっていくっていう予感は全ての人が秘めているとボクは思っていて。 精神疾患者を特別に見るんじゃなくて、みんなそうですよって感じますね。 まあ、ボクは大きい山をすぐに作ってしまうから、次に谷が来ちゃうんだけど。全ての人間が、感情の波は躁鬱ですよって思ってますね。
――程度の差こそあれ、誰しも波を持ってますよね。
博士 そうですね。そしてこの山は越えられない、みたいなことは起きますよね。 だから毎回あらゆる局面で、これで俺も終わったのかと思いながら、いやまだ始まってもないっていう言葉を自分に言い聞かせて。
今62歳で、引退してないんだから。今日もこれから「14歳」っていうコンビで漫才の新人コンテストに出るしね。ボクはゴルフとか、接待麻雀とか、盆栽とか、ギャンブルとか、本来、引退後にやるようなことに全然興味がなくて。新しい相棒を見つけて新人として挑戦するっていう老後の楽しみを見つけようとしてるんだよね。
――映画ですごく印象に残ったのが、当選したときの、「弟子が国会議員になったっていうのは殿も嬉しいと思うんだよね」という発言です。やっぱり何をしていてもたけしさんの存在というのは意識しているものなんですか?
博士 そうですね。北極星のように、絶対に到達できない場所にある、ゆるぎない存在。鬱になったときに、殿に「来い」って言われて。もう合わせる顔がありませんよって言っても、「いいから来い」って。何も精神的な話はしないんだけど、そういう慰め方をしてくれました。
先日、この映画をお渡ししましたけどね。
――たけしさんが78歳でそんなことおっしゃられたら自分も頑張らなきゃって気持ちになりますね。
博士 そうだよね。

新宿で演説する水道橋博士(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
■「れいわは『道場』が強いのよ」
――あともう一つ、映画評論家の町山智浩さんは博士にとってどんな存在なんですか。青柳監督に博士の撮影を勧めたのも町山さんだし、当選の瞬間など大事なシーンでは町山さんとオンラインでつながってますよね。
博士 よく盟友って言われますけど、町山さんはボクの中で「メンター」=「先生」という感じがありますね。お笑いという、いわば狭い世界でボクはサバイブしてきたわけですけど、「コラムの花道」(TBSラジオ『ストリーム』の人気コーナー)で町山さんを知って、世界はこういうふうに広がっていて、あらゆる国にこういう問題があってという話を聞いて、自分は無知蒙昧なんだと気づいて、世界が開いた感じがしたんですね。
それからすごい夢中になって町山年表とか作ったりして。今に至るまで町山さんはボクに知らない世界を見せ続けてくれている。今でも盟友っていうよりは、「先生」のほうが感覚的に近いですね。

博士が自身の「メンター」だと語る、映画評論家の町山智浩氏(c)ノンデライコ/水口屋フィルム
――博士が選挙運動のキャッチコピーにしていた「Me,We」も、町山さんのコラムの世界観に近い感じがします。
博士 そうですね。「Me,We」はボクが大好きなモハメド・アリの言葉で、即興で口にした世界一短い詩です。「私たちはあなたであり、あなたは私たちである」という意味。演説をやったら絶対この言葉を使おうと思ってました。
――世界中でいろんな分断が深刻になっている今、いいキャッチコピーですよね。
博士 「右翼でもない、左翼でもない、みんな仲翼(なかよく)」っていうのもあったんですけどね。もとは喜納昌吉さんの言葉です。そういうフレーズや演説を磨いていくのもすごく面白かったです。演壇からもうひと押ししたら、拍手が起こって共感が広がっていくっていう変化がどんどん見えてくるんですよ。聴衆がひとつの生命体のように見えてくるというか。選挙は本当にアドレナリンが出て面白いですね。
――演説といえば山本太郎代表はやっぱりすごいなと映画で改めて思いました。
博士 もうめちゃくちゃすごいですよ。カリスマです。どこ行ってもすごい。最初はイロモノかなって思うところもあったけど。理論武装を重ねていて、もう6年間、政策を変えず、演説、交流会を続けている。毎日これを続けてんだから。国会だけじゃなくて、土日は絶対地方にいるから。いや、すげえ行動力ですよ。政治史に残る人になりつつありますよね。何かを成し遂げていくだろうなと。
――最後に。来月参院選がありますけど、もし後輩とか知人が立候補するとなったら、経験者としてどんなアドバイスを送りますか?
博士 やっぱり面白い選挙をしてほしいよね。
れいわの演説では聴衆にマイクを持たせて質問させるんですよ。そういうことをバンバンやるから、候補者は鍛えられますよ。いわば、れいわは「道場」が強いのよ。ガチンコばっかりやってるもん。ボク自身は今、この映画の宣伝が選挙運動みたいになってるんですよ。だって宣伝部というものがなくて、本当にボクと監督、プロデューサーの3人でやってるんだから(笑)。
主役が自画自賛するのは照れ臭いけど、タイトルから社会派のドキュメンタリーと思われがちだけど、マスコミ試写だと劇場中が笑って、泣いて、最後は必ず拍手が起きてます。手応えがありすぎて......。誰が見ても面白いエンタメ作品になっています。

●『選挙と鬱』
監督・撮影/青柳拓 配給・宣伝/ノンデライコ
6月28日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
取材・文/イワン・中込・ゴメス