【#佐藤優のシン世界地図探索117】消えゆくG7の中で、石破...の画像はこちら >>

G7では石破首相が180度回頭の荒業を見せたが、今後G7はG8、G9となっていくのだろうか?(写真:EPA=時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――6月15日から17日にかけて、カナダ・アルバータ州カナナスキスで、G7先進国首脳会議が行われました。

しかし、敗戦し落ちぶれていく西欧各国の中で、ゼレンスキー・ウクライナ大統領に会いたくないのか、早退したトランプ米大統領。なくなりつつあるG7なんですけど......。

佐藤 それよりも日本国、石破茂首相が見せた荒業、「一斉180度回頭」ですよ。ここで立派なのは、やっぱり石破さんです。

――180度回頭といえば、艦隊の軍事行動であり、大海戦の中でも荒業中の荒業でありますよ。海戦でも行なわれていたのですか?

佐藤 いえ、13日に出したイスラエルによるイラン攻撃への日本の外務大臣談話です。とんでもない声明を出しました。日本の外務大臣、それから首相は、激しくイスラエル非難をしているわけですよ。

――岩屋外相は13日の記者会見で「イランの核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは極めて遺憾だ」と、アメリカがまだイスラエル非難をしていないのに、日本は非難してしまいました。

さらに、この小火を大火にしてしまったのが石破首相。同日、イスラエル軍のイラン空爆に対して「到底許容できるものではない。極めて遺憾だ」と、日本最強の武器「遺憾砲」を発射しました。

これ、まず外務省の下っ端の役人が、小学生のような発言案を書いた。それがそのまま局長か外務次官の決裁を得てしまった。首相に意見する国家安全保障局も機能しなかった。

佐藤 国家安全保障局局長だった秋葉剛男という頭脳がいなくなったので、こういうことになってしまったんでしょう。外務省の20代のチンピラみたいなのが書いたコメントですよ。それを、そのまま通してしまったと。

外務省の外務事務次官も、秋葉氏に代わって安保局長に就いた岡野正敬さん(前外務事務次官)がきちんと機能してないんです。

――それはヤバいですね。

佐藤 だから、この報道を見た瞬間に内閣官房に電話したんですよ。

――『ゴルゴ13』にあるようなシーンです。

佐藤 「岡野さんに連絡しといて」と伝えたら、当の岡野氏は「総理に言わせちゃった。どうしたらいいんでしょうか?」とうろたえていたということです。

――やがてトランプからその岡野さんにバンカーバスターが投下されますね。

佐藤 でももう、総理に言わせてしまいましたからね。

――外務省にバンカーバスターであります。それで、石破首相はリカバーする声明を出したのですか?

佐藤 G7の共同声明が出たじゃないですか?

――「我々はイスラエルは自国を守る権利を有することを確認する」。そして、イランについては、核兵器保有を認めない姿勢を常に明確にしました。

佐藤 イスラエルは自衛権があることを認めて、さらにイランの核兵器にも触れています。だから、13日から17日の4日間で180度、逆になったわけですよ。

――これが、石破首相のG7における緊急180度回頭の荒業!! 米国がイスラエルの自衛権を認めているのに、日本の石破首相は認めていないことになった。しかし、G7共同声明にサインしたことで一転、認めたことになったと。

佐藤 だから、私は外務省から来るものは「とにかく疑え」と石破首相にアドヴァイスしました。外務省から来るものだけでなく、安保局から来るものも信用できないから、自分の頭で考えろと。

いままで安保局から上がって来るものを、その通りにやっていれば大丈夫だと思って、いつもの調子でいたら、今回ひどい目に遭わされたんです。

――頭脳である秋葉さんが抜けて、安保局は空っぽの頭になっていたと。一回ずつ、秋葉さんに電話して聞くべきではないですか?

佐藤 そう、電話すればいいんですよ。今回の声明も秋葉さんに聞いておけば「えっ!! 素人が何やっているんだ!!」となったでしょうね。

――空っぽの頭蓋骨に頭脳の声が響き渡る。

佐藤 でも、すごいのは石破さんの政治判断です。4日間でひっくり返せるわけですから。

――素晴らしいであります。

佐藤 一般論としては、短期間に真逆のことを言う国は、国際社会では全くもって信用されないんですけどね。ただ、正しい方向に変わったかのでいい判断だったと思います。

――それは確かであります。

■G7、G8、G9の選択

――それで、G7なんですけど、トランプは早退するし2ヵ国交渉しかしない。だったら、G7解散じゃないですか?

佐藤 もしG7を生き残らせようとするならば、安全保障間でふたつの要素が必要になってきます。

まずひとつが、集団自衛権です。外部の脅威に対して戦える体制を作って行くやり方です。

G7のそもそもの発端は1973年に発足した日本、アメリカ、フランス、イギリス、西ドイツのG5です。そして1975年にイタリア、76年にカナダが参入しました。これは、このままだと社会主義体制に勝てないという脅威から作られた組織だったわけです。その意味において、G5は資本主義の価値観を守るための同盟でした。

――納得できます。

佐藤 そして1998年、ロシアも資本主義となったことで参入しました。

――それでG8となった。

佐藤 ところが、ロシアは資本主義であるものの、外交スタイルが他の民主主義国とは違ったため、2014年に参加停止になりました。G7が価値観同盟だからこそ、排除されたわけです。だから、そうした外部の脅威を抑えるために集団自衛権が必要になります。

もうひとつは、集団安全保障による脅威の除去です。OSCE(欧州安全保障協力機構)がその典型で、価値観の異なる国を入れておくことです。そして、その中でこれはやらないとか、それは軍縮するとか、対立を内部化することで削減するわけです。

――多国間で内向きに調整していくのですか?

佐藤 そうです。トランプのベースは2ヵ国間交渉ですが、集団安全保障ならば問題ありません。要するに、多国間の枠組みでコストを極小化する一定のルールを決めるんです。詳しく言うと、そこでは共同方針を決めるわけでなく、やったらいけない事を決めるんです。

それから、そういう場所にロシアを、さらに中国を含めることもトランプは賛成です。

――要するにG9になる。

佐藤 そういうことになりますね。しかし、日本のスタンスとして、こういった時は理念で考えてはいけません。損得で考えるべきです。

ロシアが加わるG8であれば日本にとって得です。なぜなら、ホルムズ海峡を通行できなくなる可能性が、イランによって現実的になってきていますよね。

――はい、大変ヤバい戦況でございます。

佐藤 そうなってしまった場合、日本の石油や天然ガスはどうするんでしょう?

――ロシアからいただければと思います。

佐藤 だから、G8は原理的にプラスになるのでいいんですが、中国を入れたG9となると損得的に考えて反対です。アジアで唯一の代表である日本の地位が落ちますからね。

――正しい損得勘定であります。

佐藤 だから、G9に関して中国、アメリカ、ロシアが調整できる機関ができるのはいいことです。しかし、日本の地位が下がるから反対という立場になります。

これからはそういう計算が重要なんですよ。理念としては素晴らしいけど、日本の国益にはマイナスだから、損なことはやったらダメだと。

――G7では、トランプに絶対会いたかったゼレンスキーと韓国の新大統領はトランプと会えなかった。だけど、石破さんはふたりでどっしりと座っての会談となった。

佐藤 争点は自動車だとはっきりしていました。そして、日鉄はUSスチールを買収できました。

――赤沢亮正経済再生担当相はトランプからえらく気に入られてますからね。

佐藤 石破さんからも気に入られていますよね。

――G8になっても、日米はナイスなG2となって動いていくと。

佐藤 そうですね。いまのところ状況は日本にとって悪くありません。

次回へ続く。次回の配信は2025年7月18日(金)予定です。

取材・文/小峯隆生

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