ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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大好きな食べもののひとつでありながら、そばやうどん、ラーメン、カレーなどよりも食べる頻度がだいぶ低いのが、天丼だ。老舗の名店ではなく「てんや」などのチェーン店や大衆店であれば、もはやそんなに価格帯は変わらないにもかかわらず。というか、考えてみれば、よく行く立ち食いそば屋にだってたいていメニューにあるのに。
その理由をあらためて考えてみると、あくまで個人的な話かもしれないけれど、天丼は、その存在に特別感がありすぎる。ハレの日にしか食べてはいけないごちそうのイメージというか。
人生のなかで食べた回数がそんなに多くないからこそまた、過去に食べた1食の記憶が妙に濃かったりもする。もう十数年前になるが、とある老舗の有名店で食べた"たれづけ"タイプの天丼が、わざわざそれを目指して食べにいったにもかかわらず、なんだかぜんぜん好みに合わなかったということがあり、その記憶はきっと一生残り続けるんだろうという予感がずっとある。
そんなことを思い出したのは、先日てんやの前を通った時、夏季限定であるという「たれづけ大江戸天丼」のポスターを見たから。

すごい存在感
たれづけタイプの天丼にはプチトラウマがあるが、写真を見るにいかにもうまそうだ。というか、回数こそそれほど多くないにしろ、てんやで食事をして満足をしなかった経験がないから、きっとこれもうまいんだろう。"大江戸"の厳密な意味まではわからないものの、その景気のいい響きにも好ましいものがある。
これはむしろ、自分の人生におけるたれづけ天丼の記憶を良いものとして上書きするためにも、今、食べるべきなんじゃないだろうか? なんていう、いつもどおりのややめんどうな思考を脳内でくり広げつつ、僕はてんやの扉をくぐることにした。
注文は決まっている。たれづけ大江戸天丼。タッチパネルを確認すると、「ご飯大盛」(100円)、「ご飯特盛」(170円)の他に、「ご飯小盛」(50円引き)の選択肢がある。食の細い自分としては嬉しい限りで、それを選択。通常が1,050円だから、小盛は1,000円だ。ありがたや。
また、天丼なんていうハレのごちそうを素面で食らうわけにはいかない。アルコールメニュー確認。ビールに日本酒にサワー系など潤沢にあるのが嬉しいが、今日はこれかな。「キリン本搾りレモンチューハイ」(400円)。

到着!
たれづけ大江江戸天丼のごはん小盛1,000円と、キリン本搾りレモンチューハイ400円、合わせて1400円。かたわらにはみそ汁と漬けものもついている。なんて豪華な光景なんだろうか。
しかもだ。たれづけ大江江戸天丼の天ぷらのうちわけは、活〆一本穴子、大いか、海老、そしていんげん。好きなものしかない。

夢の丼
これを今から、レモンチューハイをぐびぐびと飲みながらかっこむことができる。食べる前からわかる。これぞ幸福。

いただきます
甘辛いたれにどぷりと浸かった天ぷらたちは、それでいて衣がサクサク。

シンプルにうますぎる
天ぷらたちが全身にたれをまとっているから、必然的に味は濃いめ。だからこそすすむレモンチューハイ。しかもこれが、氷入りのグラスに注ぐと、都合2杯ぶんくらいになる。嬉しすぎだ。
また、添えられた広島菜が大葉風味なのも嬉しく、ちょっと味が重くなってきたと感じたらこれをつまめば、口のなかがリセットされる。まさに、非の打ち所のないパーフェクトな布陣。2、3口食べた時点ですでに過去のトラウマは完全にどうでもよくなってしまっていたことも、てんやに感謝しなければいけない点だ。
家に帰ってから調べてみたところ、このたれづけ大江戸天丼は、なんと2007年から提供されている、てんやの夏の風物詩らしい。
取材・文・撮影/パリッコ