ローリー・ダーラム国際空港にて。本文でも解説するが、この地区は「リサーチ・トライアングル(Research Triangle)」と呼ばれている。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第131話
これまで結構な数の飛行機に乗っているけれど、一度も経験したことのなかった事態がまさか自分に降りかかるとは......。今回は、旅行や出張でよく耳にする「ロストバゲージ」について。
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■「左上」から「右下」へ
モンタナ州・ミズーラを発つ日。時差ぼけが抜けきらず、午前2時前に目が覚める。それからほとんど寝つくことができず、午前5時過ぎに北海道大学のMと合流し、Uberで空港に向かう。空はもう白んでいる。
この日は、モンタナ州からノースカロライナ州へ移動する。国内移動ではあるものの、地図を見ていただければわかると思うが、アメリカ合衆国の「左上」にあるモンタナ州から、東海岸中腹、「右下」にあるノースカロライナ州への移動は、なかなかの大移動である。
乗り継ぎ待ちの時間も含めると、およそ8時間が予定される旅程となっていた。早朝便で、テキサス州のダラスへ。そこで乗り継ぎ、ノースカロライナ州のローリー・ダーラム国際空港に向かう......はずが、ダラスからの飛行機が、なんと4時間の大幅遅延。
モンタナ州に向かう便(129話)に続いて、この旅のフライトには妙にトラブルが重なる。このときにはまさか、このトラブルがそんな形で帰結するとは露ほども思ってもいなかったが......。
結局、ようやくノースカロライナ州のローリー・ダーラム国際空港に到着したのは、21時を過ぎた頃だった。
■「よく耳にするけど、『まさか自分が』」事件
旅行や出張をしていると、よく耳にする用語がある。「ロストバゲージ」である。つまり、飛行機に預けた荷物が、乗り継ぎの際などに、なにかしらの理由でどこかに消えてしまう現象のことである。
「ロストバゲージに遭った」という話は、「アカデミア(大学業界)」にいると割とよく耳にする。よく遭う人は何度も遭遇するようで、「またロストバゲージに遭っちゃってさー」というノリで、酒の場の鉄板ネタのひとつのようになっている。
私もこれまで結構な回数で飛行機に乗っているが、ロストバゲージに遭遇したことは一度もない。冷静に考えてみてほしい。「乗り継ぎの空港で荷物をピックアップしなければならないところを忘れてしまった」というような場合には、それは起きうるだろう。それは自分の過失だからだ。
しかし、中継地での荷物のピックアップが必要でない場合、なぜ預けた荷物が消えてしまうのか? 預けた荷物には、タグが付いていて、それに行き先が明記されていて、機械で読み込むバーコードまで付いているのである。手品じゃあるまいし、普通に考えて、消えてなくなるはずがないのである。
というように、「ロストバゲージ」というのは私にとって、「よく耳にするけど、『まさか自分の身に起きるはずがない』」類の、マユツバなイベントだと思っていた。
......しかし。
――そんなバカな! 4時間も遅延した便だし、きっと私の荷物だけ、ちょっとだけ遅延しているに違いない!!
などという淡い期待に身を寄せていたわけだが、そこで同行していた北海道大学のMが、見かねて私に声をかけた。
「これはもうロストバゲージですね。窓口に行きましょうか」
Mが、搭乗した航空会社のウェブサイトで調べてくれたところ、私の荷物は、なぜかいまだに中継地のダラスにあるようだった。
Mに連れられるようにして、搭乗した航空会社の、預け荷物のトラブル対応窓口に行く。手元に届かない私の荷物のIDやバーコード、私自身の身元情報、スーツケースの形状や色、中に詰めこまれている荷物の情報などを事細かに伝えた。
■パジャマのない夜
結局、そのロストした私のバゲージは、翌日、私が滞在するホテルまで届けてもらえることになった。
......それにしても、である。思い返せば、今回の旅程は、出だし(129話)から妙なバタバタが続いていた。それがこんな形で着地するとは、である。
ノースカロライナ州のダーラムという街にあるホテルにチェックインする頃には、時刻はもう23時を過ぎていた。
消沈していた私であるが、ホテルのフロントマンが、とても陽気な黒人の青年だった。韓国に数ヵ月滞在したことがあるという彼は、韓国語に加えて、片言の日本語も交えて私に対応してくれた。
その、英語、日本語、韓国語が入り混じった妙なやりとりで息を吹き返した私は、ロストバゲージした旨を伝え、フロントの横にある小さな売店で、歯ブラシとマウスウォッシュを購入しようとした。
すると彼は、私が買おうとしていた歯ブラシを売店に戻し、フロントのバックヤードに戻っていった。そして、自分が持っていた未使用の歯ブラシを私にくれたのだった。
ちょっとした好事は続くもので、同行するMが、徒歩圏内の食事もできるバーを見つけてくれた。われわれはそこに赴き、ビールを飲み、ハンバーガーやチキンを食べ、これまでの旅程を労うのであった。
結局、着替えや、ミズーラやハミルトンの土産が詰まった私のスーツケースは、翌日の夕方、滞在するホテルに無事届けられた。しかしこの日の夜には、着替えのひとつもない。日曜の深夜ということもあり、衣類を買える店もない。
夕食を食べ、ホテルに戻った私は、シャワー浴び、フロントマンにもらった歯ブラシで歯を磨き、マウスウォッシュでうがいをし、その日に履いていたパンツを再び履き直して床に就くのであった。
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文・写真/佐藤 佳