ウクライナの首都キーウは、連日、ロシア軍による数百機のドローンとミサイルの空爆を受けている(写真:Xinhua/ABACA/共同通信イメージズ)
元米陸軍情報将校であり、アフガンで実戦を経験した飯柴智亮氏は、仕事でウクライナ戦争勃発後、ウクライナを何度も訪れている。
その飯柴氏が最近、実戦を経験した元米陸軍情報将校として現地で肌で感じ、見聞きし、直接経験したことより、あるシナリオをよく考えるようになった。
「ウクライナの首都・キーウは陥落するのでは?」
なぜそう考えるようになったのか。飯柴氏に語ってもらった。
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ロシア軍(以下、露軍)が無人機と各種のミサイルを使って、すさまじい空爆を続けています。その中で、私が常に見ている数字、パーセンテージがあります。
それは「迎撃率」です。
これまでの平均迎撃率は80%以上でしたが、去年の11月から首都・キーウでは、ウクライナ軍(以下、ウ軍)の迎撃率が50~60%を下回っています。さらに今年の6月は50%以下になり、7月は少し持ち直して50%に戻りました。
迎撃率低下の要因には、ロシアがウクライナの迎撃パターンを読んできたことや、ウクライナの戦争疲れもあると思います。しかし、バイデン前米大統領が約束した軍事支援は、すでに終わったということが数字に表れています。これからはトランプ米大統領が選ぶCOA(Course Of Action:選択肢)次第なのです。
地対空ミサイル「パトリオット」に関して「米国内備蓄が空になっているから、そっちの備蓄が先だ」とトランプは言っていますが、当たり前の話です。自分の国を守ること、それは大統領として最優先にすべきことです。
そして、7月10日の「テレ朝NEWS」の報道では、7月に入って露軍が大規模攻勢を行ない、一週間で200㎢にわたるウクライナ領を占領したとしています。
この報道の数値を元に分析すると、ウ軍は一日約28㎢の領土を失っている計算となります。東京都の品川区の面積が22.85㎢ですから、それよりひと回り大きな領地が毎日失われ、東京23区ならば約3週間で占領するペースになります。
露軍はウクライナの20%、つまり12万700㎢を占領しています。そして、ドニエプル川より東の国土面積は27万8000㎢。残りの15万7300㎢がこのペースで毎日奪取されるとすれば、5617日=約15.4年で占領して、首都・キーウ対岸まで来れる計算です。
現在、キーウではカモフラージュ服を着た40~60歳の老人をよく見ます。退役軍人の人々なのですが、ウ軍より「身体が動くんだったら、ちょっとまたやってくれないか?」と声がかかり、最前線に投入されているのです。

スペースのなくなっていくウクライナの墓地(戦死者のみ)。丘の上から順に墓が建てられたが、今では車が止まっている駐車場手前まで広がってしまった。これが人命消費戦争の現実だ(写真提供:飯柴智亮氏)
一方、露軍は日本の北方領土や、内陸部の田舎から法外な値段で若者をリクルートし、最戦線に叩き込んでいます。
英国防省の6月12日の発表では、露軍の死傷者数が100万人を超えました。
だから、露軍はすさまじい戦死傷者が出ていても前進を止めません。今、ウクライナ戦争は両国の"人命消費戦争"になっています。そこまで考えたところで、首都・キーウ陥落を意識し始めたのです。
■戦争における「カタストロフ」がはじまる
大学の予備役将校訓練課程(ROTC)で「カタストロフ」という言葉を学びました。一般的には「破局」「大惨事」という意味で使われますが、戦争においては「戦線崩壊」を意味します。そして、これが始まると片方の軍隊の兵士は後方に逃げて、敗走に伴う悲劇が始まります。
ウクライナにおけるこの「戦線崩壊」は、バフムトからドネツクの辺りで発生すると分析しています。大雨で河川堤防が決壊すれば、大洪水が引き起こされる。つまり、戦線が一気に切れれば、それと同じことがウクライナ東部で起きるのです。
露軍に捕まったらどういう運命になるのか。ウクライナ人は誰よりもわかっています。第二次大戦中、ソ連軍がナチスドイツ軍に対して行なった蛮行は、今でも言い伝えられていますから。
自分がやってみた核攻撃以外のMDCOA(米陸軍が作戦を立案する上で、敵の最も危険な行動を予測する手法。また、それに対して自軍の作戦立案すること)の結果はこうです。
まず、東部のドネツク・バフムトで戦線崩壊が発生。
すると、ウクライナ西部で国境を接する新ロシア国家・沿ドニエステル共和国が動きます。兵力3000人の一個旅団がキーウを目指して進撃を開始するのです。
しかし、これは牽制です。カギとなる主攻は、ロシアとベラルーシの合同軍。露軍はすでにベラルーシ国内で何度も軍事演習をしています。
同時にもうひとつのロシア・ベラルーシ合同軍が、ベラルーシ国境からウクライナ西部、リビウ東側数十kmを目指して南下。これは、ポーランドからの補給路を断つのと、逃げてくるウ軍の退路を断つためです。
このふたつのロシア・ベラルーシ合同軍は、最初の数日は捕虜を獲りません。皆殺しで進軍します。これが報道で伝われば、さらにウ軍の混乱は増します。
沿ドニエステル共和国から進軍した露軍一個旅団は100kmほどしか進めませんが、それでも目的は果たせます。
ドニエプル川左岸は敗走するウ軍で地獄絵図となります。第一次湾岸戦争で敗走するイラク軍に米軍は空爆を叩き込み、「死のハイウェイ」と呼ばれました。ロシア空軍も同じことをするでしょうね。
ウクライナ国内にいると、ミグ31がロシアの基地を飛び立っただけで、手持ちのスマホに空襲警報が届きます。ミグ31は巡航ミサイルを発射しますからね。
それからウ軍が敗走したあと、東部での露軍による略奪はひどいものとなります。資産は奪われ、女性は暴行される。
一方、ドニエプル川右岸の西部では、パニックに陥ったウ軍を横目に、ヘルソンから出た露軍がオデーサを保障占領します。そこを占領することで、ウクライナは海に出られない内陸国となるからです。
この流れの中で、ポーランドとルーマニアの国境も封鎖します。ウ軍兵士は完璧に国外に逃げられない状況となるのです。
プーチン露大統領が『ジンギスカン並みに徹底的にやれ』と命令すれば、露軍はウクライナ全土を掌握し、皆殺しにしてすべてを略奪します。しかし、ウクライナ戦争後の世界的な圧力を考えると、首都・キーウを陥落させて、黒海の湾口のオデッサを抑えたら進撃を中止。ウクライナ西部の残りの地が小ウクライナ国となり、首都はリビウになります。
他の地域はロシアに自然と吸収されます。プーチンは緩衝地帯が欲しいので、直接、ポーランドやルーマニアとは国境を接しない所まで進むでしょうね。
この凄惨な悲劇を避けるには、どこかでウクライナが停戦すればいいのですが、勝っている戦争をプーチンが止めるはずありません。
しかし今、トランプの気分が変わったのか、パトリオットミサイルはNATOの負担で提供されようとしています。そして、トランプお得意の武器「関税」が発動され、石油・天然ガス輸出からの儲けがなくなると、ロシアにとっても危機です。
いずれにせよ、これから武器と金がふんだんにウクライナに入っても、ウクライナ戦争は"人命消費戦争"になっていきます。なので、ウクライナがいくら退役軍人の老人たちを投入しても、もって3年でしょう。
人命消費戦争なので、人口の多い国、つまりロシアが最後に勝ちます。その前に最前線のどこかで崩壊が起きれば、前述のような悲劇となります。つまり、今のウクライナは戦争を続けるも地獄。負けは確定しながら、停戦するのも難しいという状況に陥っているのです。
取材・文/小峯隆生