『キン肉マン』週プレ連載500回の記念すべき機会にゆでたまご・中井義則先生が対談相手に選んだのは、伊集院 光さん
『キン肉マン』週プレ連載500回の記念すべき機会にゆでたまご・中井義則先生が選んだ「今、最も会いたい人」。それは、ラジオパーソナリティをはじめさまざまな分野で約40年活躍し続ける伊集院 光さん。
おふたりから見えてきた意外な共通点とは?
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●対談を望んだ理由は、5年越しの"心残り"
―まずは今回の記念対談、中井先生はなぜ伊集院さんをご指名されたのでしょうか?
中井義則(以下、中井) 5年ほど前まで話がさかのぼるんですけど、伊集院さんの朝のラジオ番組でゲスト出演のオファーがあったんですが、直前に身内が入院することになりまして......。それがずっと心残りで今回、満を持してこちらからお声がけさせてもらいました。
伊集院 光(以下、伊集院) そこまで気にかけていただけて、こちらこそ本当にありがとうございます。そのときにお話しできなかったことも含めて、お聞きしたい話はたくさんありまして。例えば最近、世の中のあらゆるものがどんどんアナログからデジタルに移り変わっていってるじゃないですか?
中井 はい、僕らの漫画もその影響は大きいですね。
伊集院 ラジオもそうなんですよ。急速に環境が変わってきていて、その中で自分はどうあるべきなんだろうって、しばらく迷ってた時期があったんです。ちなみに先生は、今はどういう形で漫画を描かれていらっしゃるんですか?
中井 僕個人はずっと変わらない、アナログスタイルなんですが、漫画の作業全般はスタジオ・エッグというチームでやってまして、スタッフの中にはデジタルを使いこなす者もいますので、今の完成原稿としてはデータと紙の原稿が半々くらいで混在してます。
伊集院 どちらか、ではなくそれぞれの良さを生かす形で取り入れていらっしゃる?
中井 そうですね。実際、デジタルのほうがスムーズにいく作業もたくさんありまして、例えば水や炎の表現ですとか、あと『キン肉マン』に特化した話だと、体が下半身から徐々に消えていくような現象も、デジタル処理できるようになってからは大幅に時間が短縮できて助かりましたね。
●アナログからデジタルへ。何を受け入れ、何を残す?
伊集院 ラジオでもそういう話は多々ありまして、放送がスマホ対応になったり、タイムフリーも導入されて。いよいよ倍速機能までついて。
そうなるとリスナー側が聴く際の気持ちや姿勢も昔とは違ってくるんですよね。そのあたりをどこまで意識しながらしゃべればいいのか。自分の"間"とかもあるので、それを楽しんでもらうつもりでしゃべってましたし。
そんな"こだわり"がいくつかあってしばらく悩み続けてたんですけど、最近目から鱗(うろこ)が落ちたのは「こだわる」って単語を辞書で引いてみたら「他人がさして問題にしないことに執着すること」みたいな書かれ方をしてて、あまりポジティブな言葉じゃなかったんですね。
それでよくよく考えてみたら、僕の悩みの種の大半はごく個人的なこだわりに過ぎないとも思えるようになって、ようやく気持ちに整理がついてきたところなんです。
僕は大事にしてる"間"があって、それは僕のこだわりでいいんだけど、リスナーの中には倍速で聴いたほうが楽しめる人もいて、その人にとってはそれこそがこだわりかもしれない。

中井 読者がどういう状況で読んでくれてるかっていうのは、僕らもやっぱり意識します。
そもそも僕らが子供の頃は、雑誌特有のインクのにおいを嗅ぎながら読むのがごく当たり前のことで。それこそ昔は、ウチの相棒(嶋田先生)なんて、目をつむったまま雑誌広げて顔の前まで持っていくんですよ。それでインクのにおいだけで嗅ぎ分けて「これは『ジャンプ』、こっちは『マガジン』」って言い当ててましたもん。
伊集院 すごい特技ですね(笑)。それに漫画雑誌って再生紙だから、紙も青かったり、緑だったりしますし。
中井 紙の色の話で思い出したのは、同じ『週刊少年ジャンプ』の先輩で『コブラ』を描いていらっしゃった寺沢武一先生。絵に対する意識が非常に高い方で、執筆中に掲載号ごとの紙やインクの色を編集者に逐一確認して、それによって仕上げまで変えてらっしゃったそうなんですよ。
伊集院 はあ~~、それはすごい! そういうプロの方のこだわりエピソードって本当に面白いですよね。でも、時代が進んでメディア特性が変わると、そこにひもづけされていた、そういう人なりのこだわりや個性も変わったり消えたりしていくわけで、断腸の思いでそれを切り捨てた分、新しく便利になった部分で代わりに何ができるのかっていうものには、自分なりの答えを出していきたいなというのは最近よく思うことですね。
●最強のライバル候補は、AI製の自分自身!?
中井 作業システムそのものが変質していくという話で、僕が漫画家として特に怖いと感じてるのはAI技術の進歩の速さなんですよ。
前にそういう研究をしてる人から聞いたんですが、AIがあれば、漫画の設計図であるネームが仕上がった後の工程を全部やって、本格的な完成原稿にしてくれるところまで技術的にはもう来てるらしいんですね。
そんなものに頼り始めたら、確かに僕ら楽はできますけど、漫画技術の進歩はそこで完全に停止しますよね。例えば僕も、自分なりの職人気質みたいなものは持ってて、丸ペンの細い線の描き上げひとつに満足したり、しなかったり、それこそこだわり持って一筆入魂でやってるんです。
だけどもしかしたら、そんな思いを持って原稿描く漫画家はこの先もういなくなってしまうんじゃないかという危惧がものすごく大きいです。

伊集院 わかります。僕はかれこれ30年以上やっているひとりしゃべりを全部学習させたら、デジタルの合成音声で、もうほぼ完璧な伊集院光の新録データができると思うんですよ。それは嫌な時代だなぁと思うし、僕自身、ソイツに勝てるかどうかですよね。
中井 僕らにしても「ゆでたまごらしい漫画原稿」というのを、もしAIが作ってきたら複雑ですよね。
伊集院 逆に、AIからは絶対生まれないものとして、追い詰められたときの爆発力による産物ってないですか?
中井 ありますね。特に『週刊少年ジャンプ』で毎週描きながら、さらに『フレッシュジャンプ』で『闘将!!拉麵男』(たたかえラーメンマン、1982~89年連載)という作品も毎月45ページ同時連載してた頃なんて、もうずっとストックもないまま追い詰められっぱなしでしたので......。
そのときはひたすら夢中で気づかないままでしたが、後になって妙に勢いがあっていい絵が描けたな、ということもけっこうありました。まさにキン肉マンの火事場のクソ力、みたいな話ですけど。
伊集院 それですよ。そういう瞬間って絶対ありますよね。それがあるからこそ、僕も生放送にこだわってるところもあるくらいで、僕の中で「これは一生、ラジオで食っていけるかも」と初めて思えた放送がありまして、その回は「今日は何も起こらなかったのでしゃべることがない」という話だけで、ひたすら30分しゃべり続けられたんですよ。
中井 それはすごく聴いてみたいですね(笑)。
伊集院 でも、その後切羽詰まったとき「どうせなんとかなるからいいや」くらいに思ってると、まぁ来ないんですよ(笑)。だから今は一応、毎回放送前にメモ書きを手元に用意しておいて、それをしゃべっていけばいいというふうにはしてるんですけど、いい放送になるのはそのメモ書きにあるネタは一切使わずに全然違う話で2時間やり切ったとき。
それが常に理想なんですけど、じゃあ、そもそもメモ書きいらないじゃんって手元からなくすと、決まってまた全然しゃべれなくなるから不思議なんですよねぇ。
●結局「好き」でやってるというのが最大の強み
―今後、お互いに期待したいことはありますか?
伊集院 今日のお話を踏まえて、僕がこの先、読んでみたいと思ったのは、先生方がご自身のこれまでの名場面を振り返ってその経緯をまとめていただく、藤子不二雄Ⓐ先生の『まんが道』のような自伝もの。
もっと細かく言うと、その時々のストーリー展開や絵の先生ご自身による解説付き、しかも「今ならこう描く」という過去と今を比較した新規描き下ろしなんかもあれば、めちゃくちゃ読んでみたいです。

中井先生からはキン肉ヒカルのイラストをプレゼント!!
中井 そんなこと言い始めたら、僕なんて描き直したいところだらけですよ。忙しすぎてこうなった、という言い訳本みたいになりそうで(笑)。
伊集院 それがいいんですよ。プロの作家がどれだけ大変かというのも含めて、リアル漫画入門みたいな雰囲気が出たら最高に面白いと思うんですよね。逆に先生は僕に期待することなんてありますか?
中井 めちゃくちゃありますよ。例えば文化・芸事を極めたら人間国宝という肩書がついたりもしますけど、ラジオパーソナリティってそれくらい評価されてしかるべき仕事だと僕は思うんです。だから今、その立場でトップの座にいらっしゃる伊集院さんにこそ、ぜひそういう道を開いてもらいたいと。
伊集院 そこまではお約束できないですけど(笑)、でも幸い僕、ラジオ大好きなんですよ。だから時々、準備の手間とか考えたら本当に大変ですねって言われますけど、僕としては、その大好きなことにカロリー使ってるだけだから全然苦痛に思わなくて、むしろ楽しくて仕方ない。
結局、何事もここまで長く続けられるというのは「好き」に尽きると思うんですよね。
中井 大好きですね(笑)。
伊集院 だからこそ、そういう先生にこそ、自分の漫画の「ここは良かった!」みたいなことを、好き放題存分に語っていただけたら絶対面白いと思うんですよね。今後はそんな本が出ることも期待しつつ、このたびは復活連載500回、おめでとうございます。
中井 ありがとうございます。僕も引き続き楽しくラジオを聴かせてもらいます。お互い毎週、頑張っていきましょう!

『週プレ』連載500回記念トロフィーを伊集院さんから授与していただいた
●伊集院 光(Hikaru IJUIN)
1967年11月7日生まれ、東京都出身。1984年に六代目三遊亭円楽(当時は三遊亭楽太郎)に弟子入りし、落語家に。その後、伊集院光としてラジオパーソナリティを主軸に活動を本格化。現在も『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』(TBSラジオ、毎週月曜25:00~)など多数のラジオ番組をはじめ、テレビやゲーム業界など幅広い分野で活躍中
●ゆでたまご 中井義則
1961年1月11日生まれ、大阪府出身。原作シナリオ担当の嶋田隆司先生との共同ペンネームである漫画家ユニット「ゆでたまご」の作画部門を担当。スタジオ・エッグ代表。1979年『週刊少年ジャンプ』誌上で『キン肉マン』で連載デビュー。
取材・文/山下貴弘 撮影/榊 智朗 ヘア&メイク/佐々木 篤(GLUECHU) ©ゆでたまご/集英社