新日本プロレスに電撃入団した元柔道金メダリスト、ウルフ・アロンを直撃!
2021年夏の東京五輪で柔道男子100kg級の金メダルを獲得したウルフ アロン。自身のYouTubeチャンネルにも力を入れ、ユーモアあふれる人柄で人気を集める彼が、プロレスラーへの転向を発表した!
なぜプロレスの世界に? 世間の声をどう受け止めている? 本人に直撃インタビューを敢行した!
■金メダリストが練習生として生活中!
「朝イチがスクワット500回ですからね。その後サーキットやウエイトトレーニングをやって、マット運動と呼ばれるプロレスの練習に入ります。
でも新日本プロレス(新日本)は年150回ほど大会があって、多い選手は120試合くらい出る。だから、疲れた状態でいかにパフォーマンスを発揮できるかは大事。練習は厳しいですが、理にかなっていると思います」
そう語ったのは、6月23日に柔道からの引退、新日本への入団を立て続けに発表し話題をさらった柔道男子100㎏級で2021年東京五輪の金メダルを獲得したウルフ アロン(29歳)。
6月23日、記者会見でプロレスへの転向を発表したウルフ アロン。記者たちの質問に ユーモアも交えながら答えていた
電撃発表から1ヵ月弱。今(取材日7月18日時点)は練習生として、月曜日から土曜日の午前中は道場で汗を流しているという。
柔道でトップを極めた男が、プロレスに転向し、20歳前後の練習生たちとゼロから学び直す日々。傍から見れば、決して簡単とは言えない状況に思える。
「キツいけど、つらくはないです。スクワットのせいで足はパンパンですけど(笑)、それも含めて楽しめている自分がいる。『やりたいことなら大変じゃない』ってよくいいますけど、大変なもんは大変。
でも、〝嫌いなものを無理に食べさせられてる〟わけじゃない。自分で決めた道だし、毎日が新鮮で発見の連続。楽しくやっています」
とはいえ、年齢も実績もある〝新人〟の入門に、若い練習生たちが気を揉む場面もありそうだ。
「僕が気を使うことはないですけど、周り(の練習生)には気を使わせてしまっているかもしれません。プロレスの世界では、道場に早く入った人が先輩。でも僕は年齢が10歳くらい上だったりするので......(苦笑)。どうやって距離を縮めればいいかは考えたりもしますね」
少しずつ練習環境に慣れ、今は体をつくっている段階だが、柔道とプロレスは似て非なるもの。競技の違いについては、ここまでどんなことを感じているのか。
「まず、柔道ははだしでやりますが、プロレスはシューズを履きます。その感覚からして全然違う。
ロープワークにしても、最初は体を預けるのが怖かったですし、柔道の〝体さばき〟が染みついていて、そのクセがまだ抜け切れていない。動きの方向性やリズム、受け身ひとつ取っても〝形〟が違うので、そういったところから学び直しているところです」

トレーニングのきつさをうかがわせながらも、練習生としての生活を楽しそうに語って いた
柔道の日本代表経験者がプロレスに転向した例は過去にもあるが、五輪のメダリストがプロレスラーに転向するのは、92年バルセロナ五輪男子95㎏級銀メダルの小川直也氏以来。
アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれ、物心ついた頃から畳に上がってきたウルフは、なぜプロレスに転向したのか。改めて聞いた。
「『なぜプロレス?』ってよく聞かれますけど、プロレスが好きだから、です。学生の頃、土曜深夜に放送される『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)を録画して、日曜に見るのが楽しみでした。
柔道をやっているときから、プロレスに対する憧れはずっと持っていました。そして東京五輪で金メダルを獲って、昨年のパリ五輪(7位入賞)にも出場して、『やり切った』という思いが強くなって。そうなったら、もうプロレスしかなかったですね」
ウルフの中に新日本で強く印象に残っているのが16年6月、大阪城ホールでのIWGPヘビー級選手権でオカダ・カズチカが内藤哲也を沈めた試合だ。その2ヵ月前、オカダは内藤に敗れていたが、見事リベンジし、チャンピオンベルトを奪い返した一戦である。
「オカダさんが最初に内藤さんの必殺技を食らって、そこで終わってもおかしくなかった。でも、そこから立ち上がってリベンジするわけです。あの試合は展開、熱量共に、お互いがすべてを出し尽くしている感がスゴくて......。
プロレスはリングの上だけで闘うわけじゃない。リングに上がる前、下りた後の舌戦を含めて、僕は人間としての強度が問われているような気がしますし、そんな要素が詰まった試合でしたよね」
ウルフの転向は、ネット上でも大きな反響を呼んだ。特にプロレス界隈の有識者や著名人の反応が目立ち、中にはウルフが目指すべきレスラー像や立ち振る舞いにまで踏み込んだ意見もあった。だが、本人は冷静だ。
「見られるものは見ました。けど、あまり気にしていません。もちろん参考にできるものはさせてもらいます。柔道は個人で対戦相手をいかに研究し勝利するかという競技でしたけど、プロレスは見てくださる人がどう思うかということが大事ですからね」
7月14日発売号の本誌でも、『柔道世界王者ウルフ アロン プロレス界転向の勝算』と題して、プロレス愛好家の芸人・ユリオカ超特Q氏、プロレスラーで総合格闘家の青木真也氏、前出の小川氏が、それぞれの立場からウルフについて語る企画があった。ウルフも目を通したというが、何か思うところはあったのか。
「まずユリオカ超特Qさんが『130㎏近い体重を生かして、重みのある闘いをしてほしい』と言っていましたが、僕、そんなに重くないんですよ(笑)。今は118㎏で、できれば110㎏くらいに落としていきたいと思っています。柔道でも、そのくらいの体重のときが一番調子が良かったですから。
もちろん重みも重要ですが、重すぎるとパワーで闘うしかなくなってしまう。それよりも僕はちゃんと動けるプロレスを勉強していきたいんです。
青木さんは『総合格闘技に行かなかった理由』に触れていましたね。もちろん総合格闘家に転身した柔道家がなかなか勝てていないといったことは認識していました。でも、繰り返しますが、僕はただ好きだった新日本に入りたかった。それだけです。
小川さんは、(柔道の)先輩ですから言いづらい......。でも『自分の世界をつくり上げて、プロレスファンを引っ張っていってほしい』とか、いいことを言ってくれていましたね。想像以上に前向きなことを言っていただき、いい意味で裏切られました(笑)」

本誌掲載の『ウルフ アロン特集』を見ながらコメントするウルフ本人。多くの人の声 を受け止めつつも、自身が考えるレスラー像はぶれない
青木氏は柔道でトップに立ったウルフが、〝ちゃんと負けられるか〟も心配していたが......。
「負けを受け入れるとか受け入れないっていうより、勝ちも負けも含めてプロレス。それを、今言われるとは......。
ウルフが今後、どんなスタイルのレスラーを目指そうが、他者が何かを決めつけることはできないだろう。
「僕には誰か特定の師匠がいるわけではない。言い方を変えれば、プロレスラー全員が師匠みたいなもの。先輩レスラー全員を参考にさせていただきながら、これから自分なりのレスラー像を考えていければと思っています」
■「ウルフコールに気持ちが上がった」
7月25日には東京・大田区総合体育館で行なわれた「G1クライマックス」で、早くもデビュー3年程度の若手レスラー〝ヤングライオン〟たちと、セコンドに入ったウルフ。
その姿からは緊張感も伝わってきたが、選手がリングに上がる際のロープ上げ、場外乱闘では選手と観客の間で壁になるなど、新人としての役割をこなしていた。
通常、練習生が試合に同行することはないというが、ウルフは今後も練習生としてトレーニングに励みながら、可能なときに試合に同行するようだ。

先輩のヤングライオンたちは試合中のレスラーから「かわいがり」を食らうことがある が、ウルフはこの日(7月25日)が試合会場初参加。絡みはまだまだ先の話だ
6月の新日本の入団会見では、記者から必殺技や入場時のコスチュームについて尋ねられ、まだ考える段階ではないと答えていた。ウルフといえば、これまで抜群のトークセンスだけでなく、はっきりとした物言いが印象的だったが、プロレスについて語る際にはリスペクトの念が言葉の端々から伝わってくる。
「だって、あのタイミングで必殺技やコスチュームについて語るなんてありえなくないですか? リングネームについては『名前がすでにリングネームっぽい』と半分冗談で返させてもらいましたが、『ゼロからやらせてもらいます』と言っているのに、必殺技どうのなんて考えるのは違うかなと。
リスペクトは心の中で思っていたとしても、発言を受けた側がどう感じるかが大事じゃないですか。特にプロレスにおいては、聞く人によっていろんな解釈がされるようではダメ。
だから、誰が聞いたとしても『そうだね』と思ってもらえるように、丁寧に話そうとは意識していました。まだ入門したて。今は土台をつくっている状況で、必殺技のことなんて考える段階でもないかなと思っています」
6月29日には愛知県内で新日本の社長でもある棚橋弘至プロデュースの大会に登場し、リング上でプロレスファンに向けて初めて挨拶をした。その際には、柔道では経験したことのなかった緊張感に包まれたとも振り返った。
「あのときほど、四方八方から人の視線を浴びたことはなかったですね。柔道の会場って、どこか厳粛な雰囲気があって、技が決まったときに『ウィーッ』ってちょっと沸くくらいですから。応援も『襟っ!』『組み手集中!』『袖口入ってる!』みたいな地味な声ばかりで(笑)。
それに比べるとプロレスの会場は熱気があって、ウルフコールにも気持ちは上がりました。そのおかげで、緊張して挨拶の言葉が飛んでしまったんですけどね(笑)」

来年1月4日、棚橋社長(右下)引退の日がウルフのデビュー戦。偉大な先輩の一挙手一 投足から目が離せない様子だ
デビュー戦は来年1月4日、新日本の年間最大興行でもある東京ドーム大会に決まっている。
「もう半年もない。死に物狂いでやるだけです」
最後にレスラーとして、目指す目標について聞くと、こう締めくくった。
「やっぱり最終的には新日本の中で一番大きなタイトルであるIWGP世界ヘビー級のベルトは巻いてみたいですね。ただ、それは先のこと。いつかそういうことを口にできるように、しっかり準備していくだけかなと思います」
ちなみに、今後もYou Tubeやテレビ出演などの活動は続けていく予定だ。
「タイミング次第ですが、練習に支障がない範囲で。柔道では、東京五輪の後テレビに出すぎて、普通に負けていましたからね。今回は、そうならないように気をつけながら頑張ります(笑)」
金メダリストが〝ゼロから〟挑むリングの世界。その続きを見届けるのが、今から楽しみだ。
●ウルフ アロン(Aaron WOLF)
1996年生まれ、東京都葛飾区出身。身長181㎝。祖父の勧めで6歳のときに柔道を始める。2017年に世界選手権で初優勝、19年には全日本選手権制覇。五輪初出場となった21年の東京五輪では、100㎏級で金メダルを獲得した。その後ケガで休養を挟むも、22年秋に復帰。24年のパリ五輪では個人7位に入賞し、今年6月に柔道引退を表明。同時に新日本プロレス入団を発表した
取材・文/栗原正夫 撮影/ヤナガワゴーッ! 撮影協力/GLOVES Cardio Boxing