小さな存在に秘めた大きな幸福「ひと口ゼリー」
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。
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それは、冷蔵庫の隅っこに、静かに存在している。大袋の中で、仲間と寄り添いながら、まるで自分が目立つ日など永遠に来ないと悟っているような顔で。
ひと口ゼリー。
どこにでもいて、なんにでもなれそうで、そして誰にも本気で愛されていないと思われがちな存在。しかし、私は声を大にして言いたい。ひと口ゼリーは、実はとても完成された食品である。あのずんどうなカップの中に、優しさと哲学と欲望がギュッと詰まっている。
すごさのひとつはまず、手軽さ。これはひと口ゼリーの代名詞とも言える。容器をつまむ、口に入れる、終わり。包丁もスプーンもいらない。
現代社会において、この「食べやすさ」こそは、真のラグジュアリーではないだろうか。最小の努力で、最大の満足感を得ることができる。タイパ? ならぬ手間パ? 「〇〇パ」に当てはめたら、ある層にはアピールできると安易に考えてみる。
ひと口ゼリーにはどこか「遠慮」があるのもポイント。「どうぞ、私なんかひと口で......」というような奥ゆかしさ。食べすぎを責められない量。カロリーも気持ちも軽い。人と分け合うのにちょうどいい。オフィスで「どうぞ」と差し出しても、誰も重く感じない。ひと口ゼリーは、社交性すら兼ね備えている。
もちろんおいしい。味のバリエーションは無数だが、ひと口ゼリーが提供するものは、厳密には「味」だけではない。それは「食感」であり、感覚の変化である。ぷるんとした冷たさ。吸い込んだときのちょっとした抵抗感。噛んだときに、わずかに跳ね返すような弾力。これらは、口の中で起こる小さなイベントだ。
時には「カップの中の武道家」になることも。粘度が高いゼリーをうっかりひと口で吸おうものなら、喉が試される。「肺活量vsゼリーの粘度」。夏の午後、私は時折、自分の弱さと向き合う。そしゃくに集中せざるをえず、結果としてマインドフルネスな時間が訪れる。
でも、ひと口ゼリーの最大の魅力は、どこにも属さない中立性なのかもしれない。お菓子とも言い切れず、デザートというには控えめ。
ただ、決して脇役ではない。食卓の端に、弁当袋の隅っこに、会議室のテーブルに、その小さな姿をさりげなく置くことで、場がほぐれる。心がほどける。コンビニの棚に並んでいても、選ばれずに通り過ぎていかれる日も多い。それでも彼らは腐らない。ふてくされない(たまに、誰かの喉に引っかかりそうになることもあるけど、決して復ふく讐しゆうではない)。そっと、みんなの心の余白にすみ着こうとする。主張はしないし派手ではないけど、確実にそこにある。
この夏、あなたにもひと口ゼリーをゆっくり味わってほしい。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。中学生の頃(アメリカ)、マンナンライフのCMジングルをハモッて歌うのが流行った。公式Instagram【@sayaichikawa.official】