U-zhaan
タブラ奏者であるU-zhaanが、7月に11年ぶりのソロアルバム『Tabla Dhi, Tabla Dha』をリリース。今作では、鎮座DOPENESS、Cornelius、青葉市子、ハナレグミ、原口沙輔といった仲間たちとの楽曲や、ベンガル人ラッパーCizzyや若手シタール奏者プルバヤン・チャタルジーを迎えた楽曲、そしてアナログでのみリリースされていた坂本龍一との楽曲「Tibetan Dance」の新ミックスなど、タブラの可能性を際限なく追求した音楽が収録されている。
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■タブラに魅せられて大学生でインドへ
U-zhaan 週刊プレイボーイのニュースサイトなんですね。前作(『Tabla Rock Mountain』/2014年作)が出た時も池ちゃん(池田貴史/レキシ)が週プレの連載で紹介してくれたんですよ。
――そうだったんですね。今回リリースされたのは、それ以来11年ぶりとなるアルバムですが......アルバムの話の前に、すでにさまざまなとろこで話してはいると思いますが、改めてタブラとはどういう楽器なのか教えていただけますか。
U-zhaan 北インドの古典音楽に使われる打楽器で、大小2つの太鼓からできています。古典楽器といっても誕生してから300年にも満たない、比較的新しい楽器なんですよ。1800年代となるとピアノもバイオリンもギターも、もうとっくに存在していたし。
――インド古典音楽で使われる楽器の中でも、新しい楽器ということなんでしょうか。
U-zhaan シタールやサロード、バーンスリーなんかと比べればタブラは新参者のほうです。まあ最近だとサントゥールという打弦楽器が北インド古典音楽の世界で突然ポピュラーになったり、サックスやエレクトリック・マンドリンなどの西洋楽器で南インド古典音楽を演奏するプレイヤーが出てきたりということはありますが。
タブラの原型は、2000年くらい前からあるパカーワジという打楽器ですね。横長のボディーを膝の上に乗せて両面を叩くタイプの太鼓なんですけど、そのパカーワジを真ん中で2つに割り、打面を上に向けて叩いてみたことでタブラが誕生したと言われてます。
――U-zhaanさんの他でのインタビューを読んでいたら、現地の人は子供の頃から叩くんだそうで。
U-zhaan そうですね。小さい頃からやってる人は多いですよ。子供の頃に習う楽器といえば、日本だったらやっぱりピアノが多いじゃないですか。日本におけるピアノのような感じで、インドで楽器の習い事をするってなったらタブラが一番ポピュラーなんじゃないかな。
――タブラはどういう面が優れてるんですか?
U-zhaan うーん、まず音色がいいと思うんですよね。かなり色々な音が出せる楽器なんですが、タブラが発するどの音も僕は好きです。あとは、音量が小さいっていうところは日本で楽しむうえで大きな利点だと感じています。日本の住宅事情ではドラムセットやジャンベなんかを部屋で練習するのはなかなか難しいけど、タブラぐらいの音量ならまあなんとかなるかなと。
ただ、音量が小さいということにはデメリットもあって。大きい会場のライブだったり大きな音の楽器との演奏だったりで音量を稼がなきゃいけない時にはかなり苦労します。ドラムやベースが横で鳴ってると、マイクを上げても上げても自分の音が聞こえなかったりして。
――U-zhaanさんは川越のデパートの民芸店でタブラに出会って、最初はインテリアのつもりで購入されたそうですが、叩き始めて割とすぐにインドへタブラを学びに行かれてますよね。大学生の時だそうですけど、その行動力がすごいと思います。
U-zhaan 全然行きたくなかったですね、インド。本当に「やむを得ず」という感じで行きました。当時は、きちんと上達しようと思ったらインドに行くしかなかったんです。たくさんの弟子を取っているような有名タブラ奏者のほぼ全てがインドに住んでいましたし。

タブラ
――タブラのどこにそこまで魅了されたんでしょう。
U-zhaan 正直よくわからないです。よくインドまで足を運んだなと自分でも思いますよ。海外旅行にもほとんど行ったことがなかったのに。
――でもこの楽器を学びたいという使命感があったわけですか。
U-zhaan インドで修行する前からライブでタブラを叩いたりもしていたんですけど、それができるのは聴いている人も自分自身も、本場の演奏がどれほどすごいのかを知らずにいるからだという自覚もあって。やっぱり知らないままでいるわけにはいかないよな、と。
さっきも言いましたが、習う方法も他になかったですしね。今だったらYouTubeをスロー再生して指の動かし方を学んだりもできるだろうけど、当時は本当に教材がなかった。どうやってあんな音を鳴らすのかわからないし、音が出ないのはもしかすると楽器の質が良くないからかも、なんて疑いを持ったり。だから、もうしょうがないから行ったとしか言いようがないんですよ。
――当時のインドは安全面や衛生面はどうでした?
U-zhaan 衛生面が悪いというより、僕が異国に順応できないせいで体調はしょっちゅう崩してました。インドに着いて1週間で赤痢にかかり、7キロぐらい痩せたりして。すぐにでも日本に帰りたかったけど、大学を1年休学してインドに来ちゃったから帰るのも気まずいし。
安全面に関しては、都市部に関してはなかなか安全だと思います。デリーとかだと治安が悪い地域もあるみたいだけど、僕がよく行くムンバイやコルカタは夜に出歩いても不安になるようなこともあまりないし。あ、野犬は怖いですけどね。
――先ほどもお聞きしましたが、何がそこまでU-zhaanさんを突き動かしたんですか?
U-zhaan 未だによくわかってないですね。まあ強いて言えば、それまでの18年の人生をほとんど頑張らずに過ごしてたからパワーが余ってたんじゃないでしょうか。何かに打ち込んだことなんて、せいぜいドラクエのレベル上げぐらいだったんですよ。頑張ってみたい対象に初めて出会ったのがタブラだったのかも。
――そしてさらにすごいのが、インドで国民的なタブラ奏者であるオニンド・チャタルジーさんやザキール・フセインさんに弟子入りされたということで。
U-zhaan それは全然すごいことではないです。先生たち自身は本当にすごい人ですけど、習うことができたのは僕の力とかではないので。オニンド・チャタルジー先生は、たまたま先生の弟子が大阪に住んでいたので運良く紹介してもらうことができました。インドにファックスを送って弟子入り希望を伝えたら「じゃあ、ひとまず来い」ってなって。
最初からオニンド先生に習えたのは幸運でした。もちろん、ビギナーのうちはもっとローカルな先生に習って、ある程度うまくなってから巨匠の門を叩くってやり方もあるけど、可能ならば最初から一番うまい人に習った方が変なクセがついたりしないし、間近で最高峰の演奏を見て学べるし、臆病にならずに連絡してよかったなと思います。
先生や兄弟弟子は最初から僕を快く受け入れてくれましたね。
――現在のインドの発展ぶりはすごいですよね。人口も世界一で。
U-zhaan 景気もいいし、みんなめちゃめちゃ楽しそうなんですよ。インドの人たちって朗らかだなとは以前から思ってたけど、最近は経済的にもどんどん豊かになってきてすごくハッピーな雰囲気がある。もちろん貧しい人もまだいっぱいいると思うけど、どの人も基本的には楽しそうでうらやましいなと感じることが多いです。

U-zhaan
■「タブラで自分にできることはなんだろう?」
――今回のニューアルバムでは、インド音楽のマナーみたいなものもたくさん入ってるんですか?
U-zhaan このアルバムで、明確にインド音楽をやってるのは2曲目と9曲目だけです。2曲目の「You & I」はインド古典のマナーでタブラ・ソロを演奏し、そこへ小山田(圭吾/Cornelius)さんに音を入れてもらいました。9曲目の「Raga Charukeshi」はシタール奏者のプルバヤン・チャタルジーを迎えて演奏している、伝統的な北インド古典音楽です。
――西洋音楽でいう、いわゆる変拍子みたいなものもたくさん出てきますよね。
U-zhaan そうですね。6.5拍子だったり、5拍子、9拍子みたいな拍子を普通に使っているのにはインド音楽の影響が如実にあります。半分以上の曲が変拍子のアルバムなんてインドへ行ってなかったら絶対に作らなかっただろうし。
最近はちょっと変わって来ていると思いますが、これまでのポップスの世界には基本的に3拍子か4拍子しかなかった。というかほとんどは4拍子で、稀に3拍子や6/8拍子の曲があるっていうぐらいだったと思うんです。もちろんインドでも4拍子系が基本ではありますが、西洋音楽よりは圧倒的に変拍子の出番が多いですね。
リズムに対する考え方が西洋的なものとはちょっと違うのかな。特に古典音楽はリズムの乗り易さを追求するタイプの音楽とは対極にいるところがあって。リズムをできる限り複雑に分割し、その数学的な美しさを追求するというような特殊な楽しみ方をしていたりする。そういう雰囲気は自然とアルバムの中にも入ってきてると思います。
――そういった古典音楽からの影響も取り入れつつ、一方でU-zhaanさんはタブラとテクノやヒップホップとの掛け算も常に意識されてるような印象があります。
U-zhaan インド古典音楽を追求してその道のトッププレイヤーになるには、僕の能力が完全に不足していますからね。始めた年齢も遅すぎるし、古典音楽のフォーマットで僕よりもタブラをうまく叩ける人なんてインドには山ほどいるんですよ。
それよりも「自分にしかできないことはなんだろう?」と模索するべきだろうなと。「ドラムンベースを聴くと心が踊るから、タブラでそういうトラックを作ってみたい」とか、「昨日会ったテクノのミュージシャンが素晴らしかったから、彼と一緒に何かやりたい」とか、自分が聴いてきた音楽や周りの環境の全てを活かして、ベストを尽くしていく方がいいよなと思ってやってきた感じです。
テクノもヒップホップもポップスも、節操なく色々な音楽をやってるように見えるかもしれませんが、とにかく色々な音楽の上でタブラの音を鳴らしてみたいんですよね。そうすることで新たなタブラの魅力や、新たな自分も発見できるかもしれない。
今回のアルバムで言うと、青葉市子さんの歌に合わせてタブラを多重録音している3曲目の「きこえないうた」とか、坂本龍一さんがピアノの伴奏をしている6曲目の「Tibetan Dance」とかは、とても自分らしいサウンドだなと思いますね。「Tibetan Dance」のタブラを録音したのはもう10年以上前になるんですけど、譜面をしっかり読み込んでなるべくコード進行を邪魔しない演奏をしようと心がけたのを覚えています。
――そもそもタブラは2個で演奏するものなのに、たくさん並べるスタイルはU-zhaanさん独自のものですよね。
U-zhaan 2個だけでやれたらいいな、とはいつも思いますよ。どこにでも気軽に行けるし、サウンドチェックもすぐ終わるし。もちろん始めは2個だけで演奏していたんですが、なるべく曲のキーに合わせた楽器を選んだ方が気持ちいいサウンドになるのを知ったり、曲の進行によってキーを使い分ける楽しさを見つけたりしているうちにどんどん楽器が増えてしまって。今では、10個以上のタブラを持って会場に行くのが普通になってきちゃってます。
チューニングも大変だし、なにしろ重いし、なるべく個数を減らすに越したことはないんです。2個のタブラだけで素晴らしい表現をしているインドやパキスタンのタブラ奏者もいっぱいいるし。でも簡単なメロディーとか、ちょっとしたコードを鳴らしながら演奏する楽しさを知ってしまったんで、残念ながら当分は大量のタブラを抱えて移動することになると思います。

U-zhaan
■尊敬する音楽仲間たちとのアルバム
――U-zhaanさんの元にいろんなアーティストが集まってくるのはなぜですか?
U-zhaan 集まってきてないですよ! 今回のアルバムも、尊敬する皆さんにお願いしてご参加いただいている感じで。
でも、前作の方が「アルバムを作ろう」という意志の元に色々な人にオファーを出して作っていった感じでしたね。今回、そうやってアルバムありきでお願いしたのはプルバヤン・チャタルジーぐらいです。それ以外は、鎮座DOPENESSにしても小山田さんにしてもCizzyにしても、あらかじめこちらで作ったものに音を足してもらった曲が多いです。
あとは前に知久さん(知久寿焼/パスカルズ、exたま)と一緒に作った曲を(青葉)市子ちゃんが気に入ってくれてたから市子ちゃんバージョンを収録させてもらったりとか、ハナレグミとのライブ用に作った曲が面白かったから録音してみたりとか、一緒にボードゲームで遊んでるときに「明日スタジオで曲作るんだけど暇だったら来ない?」と誘ってみたら来てくれた原口沙輔くんとか、もっと自然な流れでできあがったアルバムになりました。
――前作のリリースから11年間空いたのには何か理由がありますか?
U-zhaan ソロという形ではないですが、リリースは続けていたんですよ。環ROY、鎮座DOPENESSという2人のラッパーとアルバムを作ったり、蓮沼執太ともアルバムを3枚出したりとか。mabanuaくんやBIGYUKIともリリースがあったし、たまたまソロ名義のアルバムリリースが11年ぶりという形になったというだけだと思ってます。
――収録曲の中に「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマソングが唐突に入っているのが意外でした。
U-zhaan なんで11年ぶりにアルバムを出すことにしたのかという質問への回答は、意外とその曲にあるのかもしれません。実は、あるイベントから依頼されて鬼太郎のテーマソングのカバーを作ったんですけど、なんらかの事情でそれが使えないことになっちゃったんですよ。で、なかなか気に入ったトラックだったのに誰にも聴いてもらえないのは寂しいなと思って配信することを考えました。
だけど、突然「ゲゲゲの鬼太郎」を1人でカバーしたのをシングルリリースしたら「ユザーンは一体どうしちゃったんだろう」って心配されそうだなと。なので鬼太郎の曲が自然に溶け込むようなアルバムを作ろうと思って『Tabla Dhi, Tabla Dha』に至るわけなんですが、やっぱりみんな唐突に感じるみたいなんで結局うまくいかなかったということになります。
――(笑)。最後にこれまでの話を総括すると、たとえが合ってるかは分からないですけど、今回のアルバムは「落語」に対する「新作落語」みたいなものですか?
U-zhaan たしかに、北インド古典音楽を古典落語に例えるならば新作落語に近い位置にあるのかもしれない。ただ、最後の曲は古典ですからね。コントや漫才を色々やったあと、締めに古典落語が出てくるという。
――そう考えるとすごく楽しめるアルバムですね。だって、お笑いライブを観に行って、コントも漫才もあって落語もあるライブなかなかないじゃないですか。
U-zhaan いや、そんなことないですって。演芸場に朝から晩まで座ってみてくださいよ。落語や漫才だけでなく三味線漫談、講談、モノマネ、曲芸やマジックとか色々あってから、最後に真打ちの落語家が出て来たりしますから。
――となると、今回の見出しは「新作はタブラの浅草演芸ホールだ」になりますけど、いいですか。
U-zhaan やめてください(笑)。
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■U-zhaan(ユザーン)
1977年、埼玉県川越生まれ。タブラ奏者。
大学時代にタブラと出会い、大学を休学してインドへ。タブラの大家、オニンド・チャタルジー氏、ザキール・フセイン氏に師事。インド音楽の演奏はもちろん、さまざまなアーティストのライブや作品にも参加。2025年7月23日にオリジナル作としては11年ぶり、2作目となるアルバム『Tabla Dhi, Tabla Dha』をリリース。
取材・文/酒井優考 撮影/山添 太