【モーリー・ロバートソンの考察】エリートがつくり上げた経済シ...の画像はこちら >>
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、いわゆる「新自由主義」的な経済システムを採用した国々で社会に軋みが生まれている理由を考察する

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貧富の格差が極大化し社会を揺るがしているアメリカ、公的サービスが崩壊寸前のイギリス、「失われた30年」に多くの"負債"が固定化された日本......。

優秀な官僚や経済学者、金融のプロフェッショナルといったエリートたちが、その時ごとに緻密な制度設計を検討し、ベストな選択をしているはずの各国の経済政策の理想像は、なぜこうも現実と乖離してしまうのでしょうか。

この点に関してイギリスの経済学者アビー・イネスは、2023年に出版した著書『Late Soviet Britain(ソビエト末期イギリス)』で、大変興味深い指摘をしています。

1980年代以降、米英を筆頭に西側各国が推進したネオリベ(新自由主義)の"源泉"となっている経済学派「新古典派」は、ニュートン力学をコピー&ペーストしたような数式と確率論でできている。

実は、その構造は、元ソ連共産党書記長ヨシフ・スターリンがつくり上げた経済システムと、真逆のようでいて鏡合わせのように重なり合っている。そのモデルは、現実社会の複雑性(個々の人々の行動心理、地域や産業ごとの事情、制度間の摩擦......)を切り捨てざるをえない宿命を持つ。

そして、極めて冷徹で科学的に見えるその姿勢は、実際には"信仰"に近く、「理論的には正しい」制度設計がもたらす痛みや犠牲への感度を鈍らせてしまう。今やネオリベ経済の市場原理主義は、皮肉にもソ連末期のような「自己修正不能な体制」を生み出している――と。

経済学のアカデミックな議論の細部を正確に解説することは私の手に余ります。しかし、少なくとも現在の経済システムが高度な理論モデルに依拠しているにもかかわらず、その利益が社会全体に行き渡らず、格差は拡大し、中間層は衰退し、不満と不信が蓄積され、ポピュリズムが台頭していることは紛れもない事実。これは経済学の教科書や論文には書かれていない、今まさに目の前で進行している現実です。

アメリカの場合、この構造を「テック資本のユートピア幻想」がさらに後押ししています。

国家や議会による調整すら不合理であるとし、市場原理とあらゆるデータの活用によるアルゴリズムで最適化された社会の未来図を理想とするイーロン・マスクやピーター・ティールは、今や政治への介入意欲を隠そうともしません(J・D・ヴァンス副大統領もその一員という見方もあります)。

株式会社における株主のように国家を所有し、市民の権利を"契約"と見なし、公共の意思決定までもプラットフォームに委ねる。そんな未来図は、私には科学への強い"信仰"と妄想が入り交じった危ういカクテルに見えます。宇宙移住や超人的進化の夢を語りつつ、足元の社会の亀裂や貧困には見向きもせず、置き去りにしているわけですから。

どれほど精緻な制度も、人間社会の複雑さや"揺らぎ"をすべて織り込むことはできません。数字やモデルが社会設計に必要不可欠であることには100%同意しますが、しかし、それだけでは個々の人々の表情が見えない。

政策の巧拙以上にわれわれが危惧すべきなのは、その欠落に気づく感度を社会が失っていくことです。地図だけに目を落として歩いていた人間が、いつの間にか底なし沼にはまってしまうように。

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